#8
「私は、マーガレット・ブルーメ。あなたの姉よ」
私に目線を合わせ、潤んだ瞳で告げてくる令嬢。
銀髪に蒼の瞳。
最後に見たよりもずっと幼い見た目だけれど、この人は間違いなくブルーメ公爵マーガレット。
私の、大事な、お姉さま。
「……」
再会の日は遠くないと分かっていたけれど、こうも突然に訪れるとは思っていなかった。
本来なら、ここに来るのは本人ではなく、密命を帯びた役人だったはずだ。
実際、前回私を迎えに来た役人は、私の顔が先代公爵に似ているからと私を引き取り、その人と共に公爵邸へ向かった。
それなのに、ここには公爵でもあるお姉さま本人が護衛もつけずに着ているのである。
呆然としている私の口から、ぽろっと疑問がこぼれ落ちる。
「どうして?……」
訳も分からない問いをどう解釈したのか、お姉さまは端正な顔を歪めて謝罪する。
最後に見たのと同じ、こちらまでつらくなるような顔。
そんな顔をさせたいわけじゃないけれど、私たちは一応初対面なのだ。
慌てて話をそらしつつ弁解する。
「ごめんなさい! 父も母も亡くなってしまって、あなたの存在を知るのに、随分とかかってしまったの。つらい思いをさせてしまってごめんなさい……」
「ち、違います! 違うんです! その……どうして、ビリーと来てくれたんですか? えっと、ビリーは役人の方に、助けを求めるものと思っていたので、その」
思わぬ展開に、私は慌ててお姉さまに来てくれた訳を尋ねる。
「あなたを探すために、領内の孤児院を全て周ったのだけれど、ここに向かう途中でさっきの子が馬車の前に飛び出してきたの」
「ビリーが⁉」
確かに、彼には助けをもとめてほしいと言って逃がしたけれど、そこまでやってくれたなんて。
今更ながら、とんでもない指示を出してしまったと後悔する。
この人が居なかったら、きっと、ビリーは私の所為で死んでいた。
「様子が尋常ではないから私が直接話を聞くことにしたの。そうしたら、目的地の孤児院で違法に売られる子供がいるというじゃない。護衛たちと行くと後れを取りそうだったから、先に私と彼だけ馬で来たのよ」
公爵の地位にある人が護衛も付けずに来て、奴隷商と対峙する。
前回お姉さまがこんな無茶をする場面を、私は見たことが無かった。
最初に出会ったその時から、私の最後に駆け付けたその日までは、いつも冷静で感情の起伏を見せない人だったはずなのに、今の彼女は十五歳の少女らしい無茶をしてのけたのだ。
「……やっぱり、いきなりこんなことを言われても信じられないわよね」
私の戸惑いを再び曲解して、お姉さまはぐっと視線を逸らす。
顔をそらした先でつとつとと涙が流れだすその痛々しさに、堪えきれなかった私は彼女に抱き着いた。
「し、信じます。信じます! だから、だから泣かないでください。……ただ、家族に会えるなんて思っていなくて驚いただけなんです」
指摘されて初めて、自分が泣いていることに気付いたのか、お姉さまは自分で頬を拭い驚いた。
それから、私のことをぎゅっと抱きしめかえしてくる。
「ありがとう、リリアーネ。私の最後の家族があなたでよかったわ」
私もです、お姉さま。今度こそ、悲しませませんから。
言葉に出さず、私はお姉さまにそう誓ったのだ。
「それじゃあ、改めて自己紹介をさせてちょうだい?」
商人と院長を手早く縛り上げ、孤児院の一室に閉じ込めたあと、お姉さまは私だけでなく、子どもたちを全員集めて名乗った。
部屋で寝ていたアノンは先ほどまでのことを聞き、自分は役に立てなかったとおちこんだりしていたし、ネラは二晩ぶりに見たビリーに顔を輝かせて引っ付くとしばらく離れなかったけれど、私たちの間には少しの高揚と、大きな安堵があった。
「私の名はマーガレット・ブルーメ。この北端のブルーメ領の大領主、ブルーメ公爵家の当主よ。あなた達がこんな目に遭っていたのは、私の責任。犯罪者は全て罰するから、もう二度とこんな目には遭わせないわ」
私は前回の記憶があるから既に知っていた情報だけど、皆は初めて見た貴族に興味津々だ。
「こうしゃく⁉ すっごいえらいひとじゃん!」
「こうしゃくってもっとこわいおっさんかとおもったのに、リリのねえちゃんなのか!」
「リリのおねえさん、すっごくかっこよかった!」
特に四歳の三人は先ほどの雄姿に憧れたのか、とてもキラキラした瞳でお姉さまに詰め寄る。
「こらっ、公爵様に失礼だろっ! そんなに詰め寄るんじゃない!」
一歩出遅れたビリーが慌てて三人をお姉さまから引きはがす。
そして彼は突然床に膝をつき、土下座する。
三人は最年長がこういう態度を取る相手なのだと気付き、顔をこわばらせた。
お姉さまもいきなりの土下座には少し面食らっている。
「公爵様、正体を知らなかったとはいえ、通行の邪魔をしたのは俺の責任です。こいつらの不敬も、俺が責任を取って罰を受けます。どうかこいつらは罰さないでやってください」
お姉さまは首を振って、気にしていないと手を振る。
「お前にとっては一刻を争うことだし、話を聞くと決めたのは私。何よりお前たちは被害者なのだ。私よりも幼い子どもがそのようなことを気にするな」
それに、と私の方を向いて目が合うと嬉しそうに微笑む。
「遅すぎたかもしれないが、妹がこれ以上不幸になる前に止めることが出来た。むしろ、ビリーには感謝しかないの」
だから堅苦しくなる必要はないわ、と言いながら、三人へ手招きをする。
恐る恐る近づいてきた三人の頭を順に撫でる。
「それに君たちは妹を守ろうとしてくれたのだろう? 多少の無礼で怒ったりはしないよ。ありがとう」
それを聞いて、一気に勢いづいたのか、双子もメルも矢継ぎ早に質問をする。
「ねぇねぇ、あのかっこいいうごき、おれにもできるかな⁉」
「うま! こうしゃくさまのうまみせてよ!」
「メルは、こうしゃくさまのおようふくをちかくでみたいの!」
あまりにぐいぐい行くので、本当に大丈夫なのかとひやひやするが、お姉さまは一人一人に丁寧に相手をしてくれた。
「あの動きは、訓練をする必要があるが、慣れればそう難しくはない」
「そうだな。一人では危険だから後で私と一緒に見に行こう」
「今着ている服は、少し汚れているから、後で来る馬車に置いてある、もっときれいな服をじっくり見ると良い」
ふいに、アノンが椅子を降り、お姉さまの所へ向かう。
アノンは、お姉さまのことを未だに警戒しているようだった。
顔は少しだけ緊張で強張っているが、意を決したようにいつになく真剣な目で口を開く。
「こうしゃくさまは、リリのおねえさんなんですか?」
「そうだよ。私はこの前まで妹がいることを最近まで知らなかったから、見つけるのに時間がかかってしまったけれど。もう、家族はいないものだと思っていたから本当に会えて嬉しいんだ」
「こうしゃくさまは、リリを、たいせつにしてくれますか?」
「当たり前だ。リリアーネは私が必ず幸せにする」
それを聞くと、アノンは再びお姉さまを見つめた後、こっくり頷き私に笑顔で言った。
「リリ、おねえさんとふたりではなしてきてよ。ぼくたちがいたらはなせないことを」
「え?」
「さっきからみんながおはなししたがるから、リリはおねえさんとはなせてないもん。リリのかぞくなのにさ」
確かに、お姉さまが来てから私と交わした言葉はそう多くなく、私に気づいたときには感極まったお姉さまも、我に返ってからはちらちらとこちらを見るばかりで会話はない。
まさか、まだ三歳のアノンがそれに気づくとは思わなかった。
「ほら、みんなもはやくでなきゃ。こうしゃくさまのまえに、リリのおねえさんなんだからさ。ちゃんと、「かぞく」にしてあげなきゃ」
アノンはさっさと動くと、部屋のドアを開けて、ぐいぐいとあっけにとられている双子やメルを追い出す。
ビリーは私と目が合うと軽く頷いて、アノンに追い出される前にネラを抱き上げ自分で出ていく。
「アノンの言う通りだったな。公爵様の家臣の方が来たら教えるから、しばらく二人で過ごせよ、リリ」
「じゃあまたあとでね、リリ!」
慌ただしく皆が出て行って、部屋の中には私とお姉さまの二人だけが残される。
なんとなく、それを気まずく思いながらも、おそるおそるお姉さまと向き合う。
「えっと、公爵様?……」
お読みいただきありがとうございます!
Q2 マーガレットが騎士服なのに馬車移動をしているのはなぜか?
マーガレット一人で迎えに行く方が速いので、馬で行くつもりで準備までしたのですが、
騎士団が護衛をつけると譲らなかったこと、
まだ本編未登場の側近に、幼い令嬢にいきなり乗馬移動はきついぞと説得されたことで
しぶしぶ馬車移動になりました。
服はドレスに着替えるのは動きづらいので騎士服のままでした。
結果的に乗馬することになったので良かったですね!
次回更新予定 2/13 12:00




