#7
(side メル)
次の日の朝。
いつものように目を覚ましても、リリとビリーのベッドは空いたまま。
昨夜、かぎをぬすんだ罰だと言って、院長がリリを倉庫にとじこめたからだ。
院長が食堂を水でびちゃびちゃにしたことをほとんど怒らなかった
ビリーはまだかえってこない。
……リリは、ビリーが無事なら、もどってこなくてもいいって言ってた。
院長がまだ寝ているすきに、こっそりリリに会いに行った。
だいじょうぶ、ってなんども言っているリリがだいじょうぶじゃないことくらい、メルにだってわかる。
リリにとびらごしに聞いたことを頭の中でくりかえす。
「もし、ビリーも、私もいなくなったら、メルが代わりに皆をまとめて? メルならきっとみんなを守れるお姉さんができるわ」
「やくにん」さんが来たら、すぐ助けをもとめること。
それまでは、院長をおこらせないこと。
リリには、そう約束させられたけど、メルはそれを破るしかない。
リリもビリーも、わたしのみんなだから。わたしだけなにもしないなんて、むり。
リュットとテッドは昨日のしっぱいからすごく落ち込んでいて大人しいし、アノンはビリーをにがしてから、ベッドにたおれこんで、そのままコンコンとねつづけている。
ネラもちょっとだけ空気をよんでいるのか、ぐずりもせずしずかになった。
「おい、院長。取引に来たぞ! 次の坊主はどこだぁ?」
玄関のほうから声がした。
いつもくる商人の男だ。
ここら辺の村人と違って身なりがよく、どことなく胡散臭い、というのはビリーが言っていたんだっけ。
リリは、この人がこどもたちをどれいとしてうる「どれいしょう」だって言ってた。
メルから家族をうばう、わるいやつ。
商人は院長の返事を待たずにずかずかと院長室まで入って、とびらをしバタンとしめた。
わたしはそっと、とびらに耳を当てる。
「はあ⁉ 坊主が逃げた⁉ しかも子どもたちには奴隷売買までばれたって⁉」
「ちょっと、声が大きい! まだ他の子にはばれてないんだから、静かにおしよ。あんたの声がそう大きいからばれたんじゃないのかい⁉」
「そうは言ったって、一人逃げたんだろ? そいつが役人に告げ口したらどうなるんだよ?」
「分かってるよ! だからあんたはさっさと追っ手を雇ってちょうだい!」
「はあ⁉ なんで俺がそこまで……」
部屋の中で、院長と商人はしばらくいいあらそっていた。
「仕方ねえな。とりあえず、今日の所は、その小娘を出荷して、坊主の方は急ぎで人を雇ってやるよ。まあ、あのくらいのガキなら、どうせ、そこらでくたばってんだろうけどな」
「……それで良いわ。今回はあたしのミスだから、リリの代金は半分にまけたげる」
「ちっ、半分も取んのかよ。はあ、いいや。じゃあ、早速案内頼むわ」
たいへん! リリがうられちゃう!
部屋を出ようとするけはいをかんじて、あわててとびらのまえからにげる。
「リュット、テッド! いいかげん、おちこんでないでうごいてよ!」
子ども部屋に走りこんで、めそめそしつづけている双子に向かってどなる。
「め、メル?」
「ど、どうしたんだよ」
わたしがこんなに大きい声でさけんだのははじめてかもしれない。
気付いたら涙もぼろぼろとこぼれ落ちている。
双子はあっけに取られてわたしを見つめた。
「なんで、ずっと、うじうじしてるの⁉ リリともう会えなくなるのがいやなら、いますぐわたしときて! 早くしないとリリがつれてかれちゃう!」
真っ赤な顔でわたしはいいすてると、倉庫のほうへ走って向かう。
すでに、倉庫の鍵は開けられ、ぼろぼろで血だらけのリリが、商人につれていかれるところだった。
引きずられるようにして、歩かせているのを見て私の勢いは増す。
「リリを、つれていっちゃだめ!」
「なっ、何するんだクソガキ!」
必死にさけんで商人の足にしがみつく。
商人は、おどろきながらもわたしのことをかんたんにふりはらう。
わたしは、地面になげだされて、リリがハッとしたようにさけんだ。
「おい、院長! 何が他の子にはばれてないだ、しっかりばれてんじゃねえか!」
「メル⁉ どうして、来ちゃだめよって言ったでしょ!」
「くっ、リリ、お前、皆に言ったのね! これまで育ててやった恩を忘れるなんて恩知らずめ!」
リリ以外のみんなも悪いことをしていたことに気づいたと知った院長の顔は真っ赤になっていた。
お仕置きに使っていたムチを手に取り、リリにむかってふりおろそうとする。
わたしは立ち上がろうとしたけれど、変な打ちかたをしたのか、体がうごかない。
その手をつかんだのは双子たちだった。
「リリにてをだすな! あくとうめ!」
「そうだ! だいじな家族に手を出すな!」
「くっ、放し、なっ!」
「「うわぁっ!」」
院長が体をひねってなんとか双子をふりはらう。
ふりはらう拍子にしなったムチは双子の体に傷をつけた。
双子も、わたしと同じように地面になげだされ、立ち上がれない。
「やめて! 私、大人しく売られるから、もう、この子たちには手を出さないで!」
叫ぶようにリリが言う。
リリだって、絶対にいやなはずなのに、うられたくないはずなのに。
わたしたちがこれ以上、傷つかないように自分が行くって言っている。
くやしそうなそのかおで、分かってしまう。
「はあ、最初から大人しくさせとけよな。手間かけさせやがって。チビどもが動けないうちにさっさと行くぞ。おい、院長、こいつらも早いうちに売り飛ばす。逃がすんじゃねえぞ」
「分かってるわよ。チッ、これ以上他の子たちが痛い目に合わないようにちゃんと大人しくなさいよ、リリアーネ?」
「はい……」
商人とリリ、そして院長が歩き出す。
いやだ。このままじゃリリがいなくなっちゃう。
うごいてよ、わたしのからだ!
メルがうごかなきゃ、だれもリリをたすけられないのよ?
それでも、わたしのからだは、まったくうごいてくれない。
だれでもいい、だれでもいいから、リリをたすけて。
わたしの、みんなの、おねえちゃんをたすけてよ……
「これは一体どういうことだ?」
りんとしたきれいな声があたりにひびく。
声のしたほうにかろうじて顔をむける。
そこには、銀のかみに、リリとまったく同じ色の目をしたきれいな女の人が立っていた。
絵本に出てくるきしさまが着るような白に蒼と金でそうしょくされた服で、こしには剣を帯びている。
リリがふしぜんなくらいに、肩をゆらして反応したのがしかいのはしっこにうつる。
商人は一瞬面食らったようにうごきを止めたけど、すぐごまかすようにねっとりとした話し方で女の人に話しかける。
「お嬢ちゃんが誰だか知らねえが、引っ込んどいてくれるか? 俺は見ての通りこの娘を引き取る所だからさ」
「引き取る? 売り払いに行くの間違いではなくか? その少女は、血だらけだし、後ろのほうにはさらに小さい子どもも倒れているが? それを放置すると?」
「いやあ、随分と子どもたちが離れたがらなくって多少乱暴にはなっちまったが、酷いのは見た目だけだよ。じゃあ、俺は急ぐから、さっ⁉」
女の人は、いっさい顔色を変えないまま、足早にリリをつれて行こうとした商人の足をひっかけ、ころばせた。
「何しやがる!」
激怒した商人がつかみかかるのをひょいとかわして、もう一度足をかけると、女の人は剣をぬいて、しりもちをついた商人ののどにつきつけた。
リリの腕から商人の手がはなれたことでかいほうされる。
「三人とも、大丈夫? アノンとネラは?」
「う、うん」
「二人は、ねてるから。わたしたちだけで、なんとかしたかったの」
「リリこそ……」
「私は大丈夫。……間に合ってよかった、けど」
リリはすぐにわたしたちにかけよって、体をおこしてくれる。
リリのからだも、ぼろぼろなのに、それを感じさせないようにふるまう姿はあんしんかんをおぼえさせる。
リリが女の人の方におくる視線は、たすけてくれたことへの気持ちいがいもあるように見える。
「こちらの台詞だ。この私をたばかるとはな、奴隷商」
冷たい声で言い放った女の人に、商人がびっくりして声を上げる。
怒っただけじゃない、警戒心が見える。
「お前、何者だ? 何で知って……」
「俺が、教えたんだよ」
女の人のうしろからあらわれたのは、にがしたはずのビリーだった。
わたしたちやリリと同じくらい見た目はぼろぼろだけど、うごくのはそこまでたいへんではなさそうだった。
「ビリー……」
「リリ、皆……」
わたしたちのところまで来ると、ビリーは一人一人をだきしめてくれる。
「良かった……間に合って、本当良かった……痛かったよな、よく頑張ったな」
そうやってほめてくれたのがうれしくて、わたしと双子はビリーにすがりついて泣きだしてしまう。
リリだけは、涙を流さず、心底ほっとしたようなやさしい顔でみんなを見つめている。
それからふっと目線を大人たちのほうへずらして何かをつぶやく。
「……どうして、お姉さまが?」
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(side マーガレット)
私が孤児院に到着したとき、最初に目に入った光景は、血まみれになった金髪の少女を商人らしい男と、この孤児院の職員らしい中年の女だった。
誰がどう見ても、売られていく子どもと売りに出す大人だ。
よく見れば、後ろのほうにはさらに幼い子どもが三人ほど倒れている。
最初からビリーの言うことは疑っていないが、これは、確実にクロだ。
ひとまず、止めようと商人の男に声をかけたが、私を単なる裕福な娘と見たのか、舐めた口をきいて少女を連れて行こうとする。
……騎士服が分からないとは、この領の者ではないだろう。
現に、察した院の職員らしき女は後ろでがくがくと震えるだけだ。
商人が無理やり去ろうとするところに足を引っかけると、面白いくらい簡単に転がるので剣先を喉につきつけてやる。
私の正体を問うた男も、後ろで腰を抜かした女もガクガクと震えるばかりで、組織だったものではなさそうなことに、少しだけ安堵する。
大量に援軍がいたら、流石に私一人で片づけることは少々面倒だ。
「私の正体はどうだっていい。お前らが人身売買という違法行為をしていたことに比べればな」
「ど、奴隷売買だなんて人聞きが悪いですぜ、お嬢様。俺はあくまで養子として引き取ってくれる人の所へ連れて行くつもりだったんだ」
「……この状況でそんな言い訳が通用するとでも? 言い訳がしたければ牢の中ですると良い。私はお前らのような下衆に関わっている暇はない」
大した弁明もできない癖に言い募ろうとするので、面倒になり、剣をどけ、みぞおちに一発喰らわす。
うっと、うめいて男は気を失った。
ついでにそれを見て怯えている女にも一発入れ意識を奪う。
遠目にこちらをうかがう子どもたちの視線に気づき、怖がらせたかと心配するが、警戒しながらも子どもたちはそろそろと近づいてくる。
「どこかに縄はないか? あとから私の家来が来るから、それまで拘束しておきたいんだ」
「裏倉庫に使ってない奴があります! すぐとってきます!」
私の問いかけに、ビリーがすぐさま裏庭へ走っていく。
私は、改めて子どもたちを見て、ビリーを除いた中で年長であろう少女と目が合う。
鏡で毎朝見るのと同じ、蒼い瞳。髪は血でひどく汚れているが、恐らく金髪だろう。であれば、亡くなった父と同じ色だ。
何より、私の中で渦巻く魔力が、この子は間違いなく私と血のつながりがあると訴えている。
「……あなたの、名前は?」
「リリ。リリアーネです」
「リリアーネ……」
母が、生まれ来る子どもに付けると決めていた名前。
私は迷わず少女の前に膝まづき、その手を取る。
「初めまして、リリアーネ。私はマーガレット・ブルーメ」
あなたの、姉。
お読みいただきありがとうございます!
Q1 マーガレットが公爵家を継いでから本編時点までの軌跡ー2
マーガレットは十歳の時点で、次期公爵としての教育を半分ほど終わらせていたので、
残りを一年間で詰め込みました。
ここ五年でかなり上の人員は入れ替わった模様。
公爵領にちょっかいをかけてくる層は一定数いましたが、
前述の外戚を上手く利用しつつ、
領内の小物を厳しく罰したことで一応は落ち着いたようです。
次回更新予定 2/11 12:00




