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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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6/7

#6

(side マーガレット)

 ビリーと名乗った赤毛の少年は、話を終えると悔しげな顔で再度懇願してくる。


「お願いします! お貴族様の邪魔をした罰は俺が受けます! だから、どうか、どうか、俺の大事な仲間を、家族を助けてください! お願いします!」


 とっくに体力が尽き、倒れてもおかしくないくらいにぼろぼろの姿で、それでもなお、少年の瞳にはどこから湧いているのか分からない気力が宿っている。

 真っ直ぐなその瞳は、普段相手にするような貴族たちとは違う、どこまでも澄んだ瞳だ。これを濁らせるような真似をさせるものか。


「ビリー。馬は乗れて?」

「い、いえ、乗ったことない、です……」


 唐突な私の質問に勢いをくじかれたようにしながらビリーが答える。


「そう。では危ないから暴れないようになさい」


 私は走行中の馬車のドアを蹴り上げ開けると、指を口に当てピィーウっと鳴らす。

 馬車の後方を走っていた愛馬のグレイシアが即座に駆けてきて、馬車と限りなく近づき並走する。

 白い毛並みの天馬のような美しさを持つこの雌馬は、聖獣の血を引き、特別賢い。

 今も、私が呼んだことにすぐに気づき、その意図を察して馬車に速度を合わせて走っている。


 ビリーが目を丸くしているのにも構わず、私は彼を小脇に抱え、馬車の床を思いきり踏み蹴った。

 ひらり。

 一瞬の浮遊の後、計算されたように綺麗に馬上に跨るとビリーを前に座らせる。


「馬車では、遅すぎるもの。舌を噛まないようにお前は黙っていなさい。少しでも体力を温存するの」


ビリーは返事をしようとして口を開きかけ、言われたことを思い出し口を閉じるとこくりと頷いた。


「閣下! いきなり何をなさるのですか!」


 馬に乗ったクラウスがすぐに後方から追いつき文句を呈するが、私はそれを聞き入れる気は毛頭なかった。


「事態は一刻を争う。私の妹をみすみす奴隷商に渡すわけにはいかないからな」

「はっ? 閣下、それは一体……」

「私は先に行く。お前はあの役立たずどもを連れて後から来い!」


 戸惑うクラウスを置き去りにし、グレイシアの速度を上げさせる。

 私の危機迫る感情を完璧に理解した愛馬は、まさに風の如き勢いであっという間に一行を置き去りにする。


 私の心は既に、ビリーの話に出てきた少女のことでいっぱいだった。

 リリアーネは、母が妹に付けることを望んでいた名前。

 ビリーと同じ年の頃であれば、計算も大体合う。

 探し求めていた家族が危機にさらされているかもしれないのだ。

 実際に会って落胆するかもしれないというのに、私の心は不思議な高揚感で満たされる一方だった。

 それと同時に、その妹かもしれない少女が苦しみの中にあるだろうことがどうしようもなく耐えがたくなる。

 どうか、間に合ってくれ。

 その願いに応えるように、私と少年を乗せた白馬は街道を真っ直ぐ突き進むのだった。


______

(side リリアーネ)

「どうしてお前が倉庫のカギを持っているんだろうね、リュット?」

「い、いんちょう、せんせい……」


 掃除終わりに、鍵がすり替えられていることに気付いた院長の前で、リュットがうっかり鍵を落とした。

 院長は、誰かがいたずらをしたりミスをするたびに、鞭で打って、体にミミズ腫れが出来るまでお仕置きを楽しむ歪んだ人間。

 皆が院長が悪人であることを承知していたからこそ、奴隷商の話も信じてくれた。

 院長が使うのは特殊な鞭なのか、痕はほとんど残らないけれど、死ぬほど痛いし、トラウマになる。

 だから、顔を真っ青にしたリュットを見て、私はとっさに庇ってしまった。


「待ってください、院長先生! その鍵、盗んだのは私なんです! リュットのポケットに入れておけば、私が疑われても、誤魔化せると思って……リュットは知らなかったんです!」


 私の言葉を聞いた院長は、一瞬だけ怪訝な顔をしたが、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。


「へえ、リリアーネ。お前は大人しくてつまらないと思っていたんだけどね。ようやくお前も生意気なガキになったってことね? あんな何もないような倉庫に入ろうだなんてね」


 まだ四歳のリュットを虐めるより、五歳になって体力も安定してきた私を虐める方が楽しいと思ったのだろう。

 私が名乗り出たことで、幸い、なぜ倉庫の鍵を盗んだのかまでは辿り着いていないけれど、それも時間の問題だ。

 何とかしてビリーを逃がさなければ。

 頭の中で必死に考えを巡らせていると、突如階下から大きな音が聞こえる。


 ガッシャ―ン!


「! 一体なにごとだい!」


 慌ててその場を離れ、院長は階下に向かう。その隙にアノンがさっと部屋に入って来た。


「だ、だいじょうぶ二人とも?」

「「アノン!」」

「メルとテッドにバケツをひっくりかえして食堂をみずびたしにしてもらったの。なんだかまずそうだったから」


 それを聞いて、ほっと溜息を吐く。

 階下からは、院長の怒鳴り声が聞こえているが、鍵を盗み出すより罰が重くなることは無いはずだ。

 水浸しというくらいだから、多少は後片付けにかかるだろう。

 これでみんなに指示を出すくらいの時間は稼げる。


「助かったわ。でもこのままだとビリーが見つかるかもしれないの。だから計画を変更するわ」

「ごめん、俺のせいで……」


 しゅんと落ち込むリュットの頭を撫でてあげる。


「仕方がないわ。鍵を預からなかった私も悪いしね」


 おっちょこちょいなところがあるということも分かっていたのに、預けた鍵を一度回収しなかったのは間違いなく私のミス。


「このまま、私が一人でやったってことにするから、リュットは何も知らないふりをして。」

「え、う、うん。でも、リリは……」


 罰を受けずに済むことにホッとしながらも、私だけに責任を負わせることが辛そうなリュットに向かってにっこりと微笑む。


「私の方がお姉さんだから大丈夫。……アノンは院長が気付く前にビリーを倉庫から逃がして。それとこれも伝えてほしいの」


 アノンには、伝言内容を耳打ちする。

 街道を領都側にまっすぐ行けば、偉い人の馬車にあたる、と。

 半ば賭けにはなってしまうけれど、日数的にはそろそろこちらに私を迎えに来る役人が向かっていることだろう。

 商人が去るよりも早く役人が来ればきっとなんとかできる。

 最悪の場合、ビリーの代わりに私が売られれば次までの時間も稼げるのだから。


「お願いできる? アノン」


 緊張からか少し震えるアノンを見る。

 その瞳には幼いながらも家族を思う強い覚悟が見て取れた。


「わかった。まかせて、リリ」


 上手いことリュットを庇って私の単独犯だと判断した院長は、その夜、私を倉庫に連れ出した。

 ……正直、鍵を取り返される前にビリーを逃がせたのは大きい。

 助けが間に合うかは別として、流石にこの不正を見逃すような馬鹿はいないと思うから。


 水浸しの食堂の処理で苦労した院長は、相当イライラしているようで、倉庫の内容確認もそこそこにして、自前の鞭を取り出した。


「お前は普段から利口で虐める隙が無いと思ってたんだけど、とっても面白いことをしてくれたようだね」


 ビュンビュンと威嚇するように鞭をしならせながら、院長は言う。

 前回の人生は何度も鞭を振るわれる経験をしたけれど、その中で最も惨い鞭さばきが出来るのがこの院長だ。

 これからの仕打ちを考えて自然と身がすくんでしまう。

 下手に出て謝ることで、怒りをおさめようと試みる。


「倉庫のことなら、謝ります! もう二度としませんから……」

「そうじゃない。ビリーのことだよ」

「び、ビリーがどうかしたんですか?」


 まさか、ビリーが見つかった?

 一瞬、思考が真っ白になる。

 そんなはずはない。

 ビリーなら、アノンがちゃんと逃がしてくれたはずだから。

 自分にそう言い聞かせ、院長の言葉を聞き逃さないように集中する。


「どうかも何もないだろ! 明日にはあの子は引き取られる予定だったのに、夜中になっても帰ってこないだなんて、お前が何かを吹き込んだんだね! まさか私と商人の会話を聞いていたんじゃないだろうね」

「奴隷? 何のことですか?」


 院長の口ぶりからビリーが未だに見つかっていないことを知り、少しだけ安心する。

 良かった。ビリーが捕まっていないなら、まだ勝機はある。

 強気に睨み返してやると、激昂した院長が腕を振り上げる。


 バチン! バン! ビューン! ベシン!

 院長の振るった鞭が幾度となく、私の体に痕を残していく。

 これは治すにはかなり時間がかかりそうだ、なんて、痛みを感じないために考える。

 これがもし一度目の私だったら、きっと心も壊れていただろう。


「ここ数日お前の様子が少し変だったからね。お前、私が奴隷商と取引していたのに気づいたんだね? だからビリーを逃がしたんだろ?」


 やっぱり、今回もビリーを売るつもりだったのね。

 当然のように言いだすその姿に吐き気すら覚える。


「その目はやっぱり気づいていたんだね。全く、どこから嗅ぎつけたのか知らないけどね、孤児のお前たちに奴隷と言う働き口を紹介してあげてるんだ、ありがたく思えばいいのに」

「院長、あなたは最低よ! 私たちを何だと思っているの? 孤児院を悪用するなんて!」


 私が必死ににらみながら言い返すと、院長は冷たく言い放つ。


「体の良い資金源に決まってるだろ? そうじゃなきゃガキどもの世話なんて誰がするもんですか、馬鹿馬鹿しい。こんな端の孤児院を気にかける人間はいないんだから有効活用してやっただけさ」


 私の体は既に血だらけだった。じんじんと体をうごめく痛みは、今の私の体に相当な負担をかけている。

 院長はいい加減鞭を振るうことにも飽きてきたようで、鞭を壁にかけると、イラつきを押さえるようにして私を見下ろした。


「仕方がない。ちょっと早いけど、明日はお前を売り飛ばして、ビリーは商人に探してもらうことにするわ。お前は明日までここで大人しくしてな!」


 院長はそう怒鳴ると、ランプの灯を消し、倉庫を出て鍵を閉めて行った。


 ビリーのことを思う。

 彼の体力でも、役人と出会えるまでは一日はかかるだろう。

 役人が彼の言うことを聞いてくれるかも定かではない。

 それでも、私が代わりになって逃げのびてくれるならそれでも良い。


 体中を走る激痛に耐えながら、私は祈る。


 神様、私を巻き戻してくれたのがあなたなら、私の失ってしまった大事な家族を、どうか守ってください、と。

お読みいただきありがとうございます!


先日作者宛てにいただいたメッセージで本作の設定に関するご質問を受けたので、

あとがきにて少しずつご紹介させていただきます!


Q1 マーガレットが公爵家を継いでから本編時点までの軌跡ー1


 本編で触れられている通り、マーガレットは公爵家唯一の直系であり、当時十歳の幼い少女です。

更に言うと、公爵家はそもそも子供が生まれにくい家系のようで、

先代公爵(姉妹の父)も先々代(祖父)も一人っ子なので、かなり遡らないと公爵家系の親族はいません。


ただ、公爵夫人は中央の法衣貴族(領地がなく官職につく貴族)の出で、

そちらの祖父や叔父(夫人の弟)は公正を重んじる方なので、仕事の仕方などは大分サポートがあったようです。

当時の公爵家の執事長、及び侍女長は公爵夫妻と共に事故死しているのですが、

引退していた先代の執事長と公爵夫人に仕えていた侍女が復帰することで、内向きを任せました。

(次回のあとがきに続く__)

_____________

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次回更新予定 2/9 12:00

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