#4
(side マーガレット)
「ようこそいらっしゃいました、公爵様」
驚きつつも私に向かって恭しくお辞儀をする職員たちに、私は手短に告げる。
簡易な騎士服で齢十五の領主がいきなり尋ねたら、そうなることも無理はないが。
「今年四歳から五歳にあたる少女を皆ここへ」
「か、かしこまりました!」
……安物だな。
応接室で大して上手くもない紅茶を礼儀程度に飲み、気長に待つ。
北部を治める大領主、ブルーメ公爵家当代マーガレット・ブルーメ。
両親の死により五年前に継いだこの地位に不満はない。大した能力のない見た目だけの令息や、浅ましい思考を隠し切れない領主どもの相手をすることよりもこうして外に出る方が気が楽だ。
もっとも、領内の孤児院をすべて見て回るなど、本来であれば公爵位にある私が直接するような仕事ではない。
視察の名目の下、父が死の直前にメイドに産ませたのであろう娘を探すのが今回の本当の目的だ。
ソファの後ろで立ち待機している護衛騎士のクラウス・ゼノンが呆れたような口調で言う。
「本当に、先代様の隠し子が見つけられると思っておられるのですか、閣下?」
この男は、忠誠心は高いが頭が固く、少し面倒なところがある。
私と比較的歳の近いもう一人の側近である文官と共に、この視察にも最後まで反対していた。
最終的に騎士たちを二部隊丸々引き連れることで折れてやったが、おかげでひと月もかからないはずの視察は、途切れ途切れにせざるを得ず、移動も私一人でするよりも時間がかかる。
そんなに護衛を付けても、この中の誰一人として私に太刀打ちできる実力はないというのに。
こんな時は、己のそれなりに高い地位が、心底憎らしく思えるものだ。
「まだそれを言うのか? 何度言えば分かる。公爵家の直系の娘が孤児になっているなら問題だろうが」
「そうは申しますが、後ろ盾を失った状態で孤児の娘がどれだけ死にやすいのかはご存じでしょう」
なかなか痛いところを突く。
公爵領の孤児院は経営者の良心に頼るところが大きく、孤児院によっては七歳までに八割が天へ上ることもある。
私の異母妹が生きている可能性が決して高くないことは、私にも分かっている。
「だが、生きている可能性もある」
「それなら、部下に調べさせれば良いではありませんか。閣下が動く必要がどこにあるのです?」
「生まれた子の容姿が分からない以上、魔力で判断できる私が行くのが一番早いだろう?」
異母妹のことが書かれた母の日記には、生まれる前の記述しか残されていない。
出産前の魔法検査による女であるという情報だけで、容姿では判別不可能。
名前も、候補として書かれていたリリアーネという名が本当につけられているかも定かではない。子が生まれる前に両親は死んでいるからだ。
メイドが娘を産んだことだけは確からしく、領内の孤児院に子をやったという、微かな手がかりのみで探すしかなかったのだ。
下手にこの情報を知る者を増やせば、偽物が送り込まれる可能性がある。
他家の付け入る隙を増やすのは得策ではない。
一刻も早く彼女を保護しなければならない。
もちろん、それだけが探している理由ではないが。
半分とはいえ、私と血の繋がる家族が、生きている。
そのことが、愛に飢えた私に、どれだけの喜びを与えたのか、私の部下はきっと誰一人理解できない。
「大体、閣下の血筋は、閣下ご自身がお増やしになれば問題ないではありませんか。縁談も今なら選びほうだっ……失礼しました」
余計なことまで口に出したので腰の剣を抜き、クラウスの喉に切っ先を突きつける。
クラウスも己が主人の地雷を踏みぬいたことを自覚したのか、すぐに両手をそろりと上げて降参の意を示す。
「主人の婚姻にまで口を出すような愚かな口なら、一生話さぬように縫い付けてやろうか?」
「いえ、出過ぎた真似を申しました」
腹立たしいが訪問先で部下の醜態をさらすわけにもいかないので剣を収める。
「私の妹が、見つかろうと、見つかるまいと」
キッと、クラウスを睨みつける。
「次に私の家族について文句を言ってみろ。主人の意も図れぬ駄犬は邪魔なだけだからな」
「……肝に、銘じます」
俯いたクラウスが私の言葉をしっかりと聞く気があるのかは疑問だが。
今はこれ以上気にしていても仕方がないと切り替えることにしたのだった。
_______
「これで条件の合う年頃の子どもは全てでございます、閣下」
結局、この孤児院にも妹らしき少女はいなかった。
落胆の気持ちを表に出さないようにしつつ、職員に話しかける。
部下に対して口調はきつめにしても、領民たちには少し口調を和らげる。その方が私の見た目も相まって親しみやすさが出るのだ。
「ここの孤児院は他と比べても、子どもたちの状態が格段に良いわね」
緊張一色だった職員は、顔色をパッと明るくすると嬉しそうに言う。
心底子どもたちが健康であることが嬉しいようだ。
「本当ですか? お恥ずかしながらあまり子どもたちに回してあげられるお金もなくって。削れるものは削っているのですが……」
妹探しを悟られないために、視察と称して動いているが、目的の妹が見つからないおかげでこちらのほうがメインになりつつある。
先ほど出された安物の紅茶も、貴族に出すには失礼になる可能性もあるような代物だが、こんなところに貴族はまず来ない。
削れるだけ無駄な出費を削り、子どもたちに還元する。
これだけのことが出来る孤児院も少ないのだ。
「近々、領法を改正するの。今度は、六歳以下にも人数で予算が付くから、今よりも楽になるはずよ。当面はこれを与えるから、何かの足しになさい」
そう言って、職員に金貨を握らせる。
普通ならこの大金を懐に入れる浅ましい者が大半だが、この者なら大丈夫そうだ。
「ありがとうございます! これで子どもたちに新しい外套を買ってやれます!」
「ええ。これからも励みなさい。クラウス、行くぞ」
「……はい、閣下」
ここでの目的は済んだので長居はせず次に向かうことにする。
何度も頭を下げながら見送ってくれた職員が見えなくなるまで馬車が移動したところで、思わずため息を吐いた。
「これで、領内の孤児院は後一つだけか」
領内で見つからないのであれば、捜索範囲を領外まで広げなければならないが、その場合、隠し通すことは難しい。
きっと、私の血族を偽る不遜な輩が大挙して押し寄せるだろう。
境界が接する隣国は決して仲は悪くないものの、万が一隣国に妹の身柄を押さえられたら?
あるいは、偽物の妹を送り込まれたら?
そこまで考えて、話の飛躍に気づき、首を振る。
考えても、仕方のないことだ。
どうあっても、まずは最後の孤児院で見つかることを願うほかない。
ガタンッ。
突如として馬車が止まり、外が騒がしくなる。
「何事だ」
馬車の扉をそっと開け、すぐ近くに控えていた兵士に尋ねる。
「はっ。馬車の前に孤児らしき少年が飛び出してきまして。すぐに処分いたしますから馬車でお待ちいただければ」
「……孤児だと?」
「はっ。何やら、大分焦っている様子ではありましたが、公爵閣下の行く手を阻む大罪を犯した者は誰であれ放っては置けませんので」
兵士が目線をやった方に視線をずらすと、確かに少年らしき人影が騎士らに囲まれているのが見える。
処分、と兵士が口にした通り、彼らは少年のことを切り捨てるつもりなのだろう。
貴人の行く手を阻んだ人間にはよくある結末だ。
しかし。
「私が直接話す」
あのぐらいの体格の少年が貴人の乗るような馬車の進行を妨げるリスクを理解していないとは思えない。
せめて理由を尋ねてやるべきだろう。
今日連れて来た騎士の中に、そういう柔軟性を持ち合わせたやつはいないので、私が止めて、聞いてやる他あるまい。
兵士が戸惑っているのを無視して馬車を降り、騎士たちの元へ向かう。
近づいていくにつれて、騎士たちが囲んでいる少年の様子がはっきりと分かる。
随分と無理をしたであろうぼろぼろの格好に、泥まみれの赤毛。
更には、いまさっきの行為で騎士たちに乱暴に取り押さえられたのだろう、頬や肩が酷く腫れあがっている。
「退きなさい」
馬車にいるはずの主人がここにいることに驚いた騎士たちよりも、明らかな貴人を見つけた少年の動きの方が早かった。
「貴族様! お願いします! リリを、俺の仲間を助けてください!」
無理やり体を動かして私の目の前にひれ伏すと必死に懇願してくる。
私は少年を押さえようとする騎士たちを手で制し、目線を合わせるためにしゃがみ込む。
「……落ち着きなさい。お前がそれほど焦ったところで状況は好転しないわ」
「け、けど! 早くしないと!」
少年の次の言葉で、空気が凍る。
「早くしないと、『リリアーネ』が、俺の代わりに隣国に売られるんだ!」
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