#3
私は五歳でお姉さまに引き取られるまで、公爵領のはずれに存在する孤児院で暮らしていた。
どうやら今の私はお姉さまに引き取られる以前まで巻き戻ってしまったようである。
この体格からすると、恐らく五歳にはなっているだろうから、お姉さまが迎えに来るまではほとんど時間がないだろう。
もっと時間があれば、そもそもお姉さまに見つからないように、別の領へ隠れることもできたけど。
それをするには時間が足りないし、前回と同じことがまた起きるなら、阻止しなくてはならないことが私にはあるのだ。
寝間着から着替えをして、階下に降りる。
寝間着も今着ている服も、巻き戻った私には庶民の子どもすら着ないぼろであることが分かっている。
「ビリー、今日って何年の何日か知ってるかしら?」
「あ? ルビリス歴の九年目、春の二月の五日だろ? ……ていうか、お前、かしら、ってどこのお貴族様だよ。起きてくるのも珍しく遅かったし、変なものでも食ったか? もうちょっと休むか?」
私の心配をしてくれたビリーは、私より一つ上の六歳の男の子。
この孤児院の現在の最年長で、口調は荒いが、情に厚く漢らしい明るい少年だ。
この子が、運命を変えるなら私が真っ先に救いたい人。
「春の二月か……。春の二月!?」
私は勢いよく、ビリーに詰め寄る。
「それ、ホント? 本当に!?」
「お、おう、春の二月だよ。……体は元気そうだけど、やっぱりお前なんか変だぞ。大丈夫か?」
お姉さまの使いがここに来るのは二月の九日。
……彼との前回のお別れは七日。二日後だ。
私の勢いに気圧されながら、ビリーは肯定した。
ショックで顔色を変え、ぼろぼろと涙を流す私を慌てて気遣いながら、ビリーが言う。
「お、落ち着け、リリ! どうした? 怖い夢でも見たのか?」
首をブンブンと振って、涙を拭う。
泣いてる場合じゃない。この兄同然の存在を何としても守ってみせる。
「ねえ、ビリー」
「どうした、リリ?」
「私のこと、信用できる?」
唐突な私の質問に、ビリーは真剣な顔で答える。
「当たり前だろ。リリは俺の大事な家族なんだから」
「なら、お願い。私に協力してほしいの」
_______
この孤児院には、一歳から六歳までの子どもが私以外に六人いる。
最年長六歳の赤毛に緑の瞳の少年、ビリー。
四歳、スミレ色の髪と瞳の女の子、メル。
同じく四歳、茶髪の双子の少年。赤の瞳のリュットと青の瞳のテッド。
三歳、灰色の瞳に緑の髪の男の子、アノン。
そして、一歳になったばかりの女の子、黒い瞳とパステルピンクの髪のネラ。
私は院長が買い物に出かけた隙に、ビリーに頼んで全員を一室に集めた。
「リリ、全員集めたぞ」
「ありがとう、ビリー」
「……よかった、もう大丈夫そうだな」
お礼を言ってにっこりと微笑むと、ビリーはホッとしたような顔をする。
さっきのようにいきなり泣くのは、この頃には記憶の限り一度もなかったから、心配させてしまったらしい。
「……リリ、わたしもひつようなの?」
孤児院の中で一番力が弱く大人しいメルは、自分も呼ばれたことが不思議なようで首をかしげている。
「なあなあ何すんの?」
「いたずら? いたずらする?」
逆に元気いっぱいの双子はこの前院長にいたずらを仕掛けて、一週間夕飯抜きとむち打ちを喰らったのに、懲りずにいたずらを仕掛ける気みたいだ。
「なにするのかわかんないけど、ぼくたちもリリのおてつだいしたーい、ねー、ネラ?」
「うゆー、うあー」
アノンはまだ話せないネラを抱き上げて膝の上に載せている。
二人がどこまで話を理解できるか分からないけど、二人を仲間はずれにはしたくないから、一緒に呼んだのだ。
「それで話って?」
ビリーが促してくれたのに乗って話し始める。
「みんなは去年までいたグライスを覚えてる?」
「もちろん! 兄貴は俺にリーダーとしての心得を教えてくれたしな」
「「おぼえてるー!」」
「わたしも……」
「ぼくも、わかるよ、おおきいおにいちゃんでしょ?」
「あうう!」
「ネラもわかるってー」
ビリーの一つ前のリーダーだった少年は昨年、里親が見つかって孤児院を去っていった。
ネラが本当に覚えているのかは置いておいて、流石に数か月前までいた家族のことは皆覚えていたみたいだ。
巻き戻ってきた私にとっては、もう遠い人だけれど、今いる皆を守るために、少しだけ名前を利用させてもらう。
「あのね、院長先生の所によく来る商人さんがいるでしょう?」
「兄貴を引き取った人もあのおっさんの紹介だよな。ここから出てくやつの大半はそうだよな。おっさんがどうかしたのか?」
「うん、あのね。商人さんと院長先生がお話してるのが聞こえちゃって」
___グライスは、金貨三枚で売れたんだって。
「は?」
「グライスおにいちゃんが、うれたって、え?」
言葉の意味を理解した、ビリーとメルは驚き呆然とするが、双子とアノンたちにはピンとこなかったようだ。
キョトンとした顔の四人にかみ砕いて説明する。
「院長先生と商人さんがグライスを奴隷として売ったってことよ」
「「「⁉」」」
奴隷。その言葉を口にすると双子たちも理解したようで少しの怯えと驚きが表情に浮かぶ。
「リリ、それ、本当かよ」
「本当よ」
院長と商人のやり取りは嘘だけれど。
グライスが奴隷として売られてしまったのは本当だ。
普通、王国の孤児院には十二歳で成人するまで保護する義務がある。
この国では出生率の問題から、平民は七歳を超えて初めて戸籍に登録され、登録された子どもの生死は孤児院が責任を負うことになる。
それ以下の子どもたちにはおおよその人数ごとに孤児院へまとめて支援金が入るのだ。
ケチな院長はそれもだいぶ懐に入れていたようだけれど、七歳以上の子どもからは正確な額しかもらえないためにうまみが少ない。
院長はそこで思いついたのだ。
金食い虫になる七歳になる前に、奴隷制度のある隣国に売り渡してしまおうと。
幸いここは、公爵領の端の端。
不正をしてもまず見つからないし、隣国と接しているため、商人との渡りもつけやすい。
おまけにこの孤児院で働くのは院長一人。
子どもたちは幼く、何も理解しないまま売られていくのだ。
そんな内容を皆にかいつまんで話す。
「確かに、院長は誰かがもらわれていくたびに機嫌が良くなるしな。俺たちを売って儲けたからってのはいかにもあのババアらしいし」
「メルも、院長先生は、あやしいとおもう」
「ひっでー! 『だいあくとう』じゃん!」
「せーばいしよーぜ、せーばい!」
「よくわかんないけど、ぼくも、いんちょうせんせいはわるいひとだとおもうー!」
「やーの!」
ここにいる仲間と違って、院長より孤児に過ぎない私の言うことを信用してくれる人はここらにはいない。
前回は、そのせいで、大事な家族を失ったから。
「けど、なんでそれを俺らに先に言ったんだ? 来月には監査の役人がくるだろ。虐待はともかく人身売買ならふつうに捕まえてくれるんじゃないか?」
この先のことを知らなければ、私もきっとそうしただろう。
「それじゃ遅いの。だって」
次の言葉を一瞬ためらう。
こぶしをぎゅっと握って口を開く。
「明後日には、ビリーが売られるから」
お読みいただきありがとうございます!
先行更新中のサイト、Caitaでは二次創作機能が付いていて、AIで手軽に二次創作を作れます!
続きが待てない方は是非お試しください!
https://caita.ai/profile/kyoukann
次回更新予定 2/2 12:00




