#20
間に合わなかった……
「部屋……。あー、部屋か。……見せても良いけど、余計なことは言うなよ?」
私が他の部屋も見せてほしいとせがむと、ビリーは気まずそうな顔をして頭をかいた。
少しの逡巡の後、私に口出しをしないことを約束させて階段を上っていく。
事前に聞いていた家族用宿舎なら、二階は個室や書斎があるはずだ。
綺麗に掃除されていた一階と違い、二階は何処か埃臭い。
ビリーは上がってすぐの部屋の扉を開ける。
「え?」
中を覗いた私は絶句してしまった。
「何これ……まるでごみ屋敷じゃない」
部屋を覆いつくすほどの、ごみの山。
どう見ても、人為的にばらまかれたのであろう散らかり方だ。
個室用なのだろう、クローゼットとベッドの枠が置いてある。
流石にベッドの上にまではごみの浸食はしていなかったが、子どもが片付けるにはかなり無理がある量だろう。
ハッとビリーの顔を見たけれど、彼は何でもないような表情で肩をすくめるだけだった。
「仕方ないだろ? 公爵様がはっきり妹だって言ったお前にもそんなことする奴らがこっちに手ぇ出さないわけないだろ」
おそらく、私を認めない人たちの仕業だろう。
あるいは、ビリーたちの待遇を妬む人たちの。
一階部分は、孤児院から持ってきた荷物を入れるために人が入ることを想定して綺麗にしていたのだろう。
空き家になった宿舎は管理人が綺麗に管理しているはずで、わざわざ入居する家が決まってから汚しに来たに違いない。
「でも……」
これじゃ、口出ししないなんて無理だろう。
そう思って口を開きかけたけれど、ビリーは手をひらひらと振る。
「むしろ外から見えるような部分は綺麗にしてもらえただけありがたいよ。ここのソファだって、俺たちがしばらく寝るには十分だし」
「お姉さまに相談しちゃダメ?」
この状況を知ったら、お姉さまが黙っていないはずだ。
私が彼らを気にかけていて、お姉さまもそれを知っているとなれば、もう彼らに手を出す奴もいなくなる。
そう思って口に出すも、ビリーの態度は頑なだった。
「だ、め、だ! 大丈夫だよ。今のところ直接何かされたわけじゃないし」
「私が同じこと言ったら怒るくせに……」
私の反撃にビリーは一瞬、ぐっと詰まるも、私の頭を撫でながら苦笑する。
「お前は抱え込みすぎなの。お前と違って俺は無理なんかしないし、どうしようもなくなったらその時は頼むから、な?」
そう言われてしまうと、私もこれ以上相談を促すことも出来ない。
釈然としない気持ちも抱えながら、しぶしぶ頷く。
「……分かった」
「大丈夫だよ。何人か親切にしてくれる人もいるんだ。今度、休みの日に大きいごみは運んでもらう予定だからさ」
「助けてくれる人もいるの?」
その言葉にホッとして思わず返答の声も上ずる。
流石に、子どもたちだけでこの部屋をかtづけてこれからやっていくのはかなりきつそうだと感じていたからだ。
「そうそう。チビたちの食事も気にしてもらってるから心配すんなって」
「……そっか」
ひとまずは、様子見と言ったところか。
と、階段をとてとてと上がる音が聞こえて扉の向こうから少年が顔を出す。
「あ、ここにいたんだね、リリ、ビリー」
「アノン? 皆と遊んでたんじゃないの?」
アノンは私たちに駆け寄ってくる。
「リリが連れてきた侍女の人、三人で手一杯って感じだったし、ネラも寝ちゃったから、ひさしぶりにリリと二人でお話したいなって。まだぼくに内緒のお話なら待つけど」
アノンは少しだけ頬を赤らめてそう言うと、上目遣いに私たちの様子をうかがう。
お姉さまと再会してから、ビリー以外と二人で話す時間はほとんどなかったから、私も少しだけ寂しかった。
とはいえ、ビリーと話している最中ではあったので、どうしたものかとビリーを見る。
ビリーはあっさり頷いた。
「いや、俺から言うことはもう特にないし、リリが良ければアノンと話せばいいんじゃないか? アノンが確認したなら大丈夫だろうけど、一応ネラのこと見に行ってくるよ」
「そうね、私もアノンといっぱいお話したいわ」
ビリーに続けて私がそう言うと、アノンは心底嬉しそうな顔で頷いて私の手をつかみ走り出そうとする。
「ほんとう? やった! 早く行こう?」
しかし、ビリーが思い出したというように、その肩に手を置いて私たちをとどめる。
「あ、ごめんな。ちょっとだけリリに言い忘れてたことあったから、先に下に降りててくれるか?」
アノンは大人しく頷くと、手を放すとあっという間に階段を下りていく。
「分かった。じゃあリリ、台所で待ってるね!」
その姿を見ると、孤児院の頃より少し快活になったような気がして嬉しくなる。
私はアノンを見送ると改めて、ビリーと向き合う。
「ビリー、言い忘れてたことって」
「ああ……アノンのことなんだけど、さ」
「? アノンがどうかしたの?」
てっきり新しい家に関する話の続きかと思っていたけれど、ビリーの口から出たのは先ほどまでここにいた可愛い弟の名前だった。
「アノンが、ここのところ、変なんだ」
「変?」
「ああ。こっちに引っ越してから、いや、もっと前か……。そうだ、公爵様に会った日からかな」
記憶をたどるように、ビリーが話し始めたのを聞くと、どうやらアノンが最近何かを隠しているように見えるらしい。
その時期は私も私で、新しい環境やこれからを起きることを思い出すのにいっぱいいっぱいだったので、気づくことが出来なかった。
けれど、確かにここ最近のアノンは四歳組よりも難しい言葉を使ったり、周りを気遣ったりすることが多かった。
元から賢くて優しいところの強い子だった分、一緒にいる時間が少ないとそこまで違和感を感じられなかったのだ。
「はじめは、やっぱり貴族に会ったこととか、リリと離れ離れになったこととかのせいかって思ってたけどさ。妙に勘が良かったり、発言が大人びたり、ごくたまに、まるで知らない誰かに見える瞬間があるんだよな」
ビリーの様子はあくまで弟を心配する父親や兄のそれで、ただ純粋にアノンの変化を心配しているように見える。
「お前もそうだったろ」
「え?」
急に私にも話が振られて顔が青くなる。
過去に巻き戻ってきた私は、この先十数年のいわば予知ともいえる記憶をこの現在に持ち帰って来たのだ。
昨日までただの五歳児と接していたビリーには当然、違和感を覚えられるだろう。
「俺たちに奴隷商の話をしてくれた時から、リリは変わったよ。俺たちには伝えられない何かを抱えてる」
「それは……」
私が過去に巻き戻ってきた一連の話を、衝動的に打ち明けたくなるのを必死に我慢する。
全て話すには難しすぎるし、信じてもらえないかもしれない。
何より、下手に危険に巻き込みたくない。
奴隷商の件は、彼らにも危険が及ぶ話だったから協力してもらっただけ。
これ以上のことを知るのは、危険に巻き込むきっかけにしかならないのだ。
でも、ビリーが望むなら、きっと話してしまう。
私がどう思われようと、誤魔化すのはきっと不誠実だから。
ビリーは私の様子を見ると、安心させるように目線を合わせる。
「あ、責めたりはしてないからな? 俺が助かったのはリリのおかげだし」
ビリーは再び私の頭を撫でると、真剣な顔で言い切った。
「ただ、俺はリリもアノンも心配だってだけなんだよ」
お読みいただきありがとうございます。
メッセージの返信とか長らくできてない(´;ω;`)
次回更新予定 3/13 (がんばれ私!)12:00




