#2
誰よりも貴族らしい冷徹な先代公爵が、唯一犯した過ち。
公爵家のメイドに手を出した結果、身籠った娘がこの私、リリアーネ・ブルーメだ。
妊娠が発覚した直後、不義が夫人にバレた先代は、メイドに幾ばくかの金銭を握らせ、公爵領の外れにある村に匿った。
どうして、メイドが処分されなかったのか。
それは、公爵夫妻の間にはまだ十歳になったばかりの娘・マーガレットがいるだけだったからだ。
直系の娘が一人いるだけでは、王家や他の貴族家に容易に乗っ取られてしまう可能性がある。
もしも、生まれた子供が男であれば、当主に。
女であれば、政略の駒に。
公爵は、夫人に提案した。
子どもを引き取り、夫人の実子として育てないかと。
公爵夫人も既に二人目の子どもは難しいと医者に言われていた。
夫人は公爵の不義に気付いても、とやかくは言わなかったが、もしメイドの子どもが自分の地位を脅かしたら? と警戒していた。
自分の実子として育てるなら、血はどうしようもないが、自分を敬うように躾けられる。
妊娠したメイドが公爵によって関係を強いられたことも、彼女は知ってしまっていた。
だから、自我のはっきりする前に赤子を引き取ることを条件に、メイドを見逃すと決めたのだ。
メイドが妊娠した原因を知る者はほとんどいなかったから、一部の側近に話したのみで、公爵家の第二子の存在はひた隠しにされた。長女のマーガレットにさえ。
公爵夫人が十年ぶりに妊娠したという知らせには懐疑的な者も多かったが、人々との交流を密にしていた夫人が屋敷から出なくなったことで、人々はそれを信じ込んでいく。
生まれてくるのがメイドの子だと知られてしまえば、公爵家に仇成すものがそれを利用しようとすることは明白だったからだ。
そうして密かに準備は整えられ、もう少しで生まれるだろうという頃。
悲劇が起きる。
奥まった屋敷で出産の間は隠れようと、山間の別荘に向かった公爵夫妻が事故によって亡くなったのだ。
別荘には秘密を知る者全員で向かっていたので、その秘密を知る者はいなくなる。
残されたメイドも産後の肥立ちが悪く、小さな娘を産んでひと月の後、秘密を漏らすことなく亡くなってしまう。
メイドはせめて誰かが気付いてくれることを願って、夫人の考えていたリリアーネという名前を与え、村に一番近い孤児院に預けた。
夫妻の跡を継いだ当代公爵マーガレット・ブルーメ、私のお姉さまが夫人の手記から異母妹の存在を知るのは三年後。
先代の死によって起きた領政の混乱も収まり、家中を掌握したお姉さまは放置され続けた両親の遺品整理を始めたのだ。
宝飾品のほとんどは使用人たちによって整理され、売りに出されるか宝物庫に収納されたが、書類に関しては機密情報がある可能性を鑑み、本人だけが目を通したのだ。
お姉さまは即座にメイドの避難先へ使いを出すも、メイドは既に死に、生まれた娘が孤児院に送られたことを知る。
生まれた娘の特徴が、金髪に自身と同じ空色の瞳だと村の者に聞いた彼女は領中の孤児院をめぐり該当する少女一人一人に会ったが、それらしき娘はいない。
夫妻の死から五年が経とうという春。
領内にある最後の孤児院でやっと出会った本物の妹が私だ。
突然発覚した先代の隠し子に、領内も王侯貴族も疑いの声を上げたが、すぐにその声は収まった。
私の容姿ががあまりにも先代公爵に似ていたからだ。
お姉さまが私の為の声明で、自らに何かが起きれば妹が後を継ぐことも同時に発表したため、嫡男以外の貴族の若者はこぞって彼女に求婚を申し込むようになる。
平民生まれの少女を落とせば、広大な領地の権限が入るかもしれない。
冷静で優秀な女公爵を落とすよりも、世間知らずの箱娘をだます方が簡単だ。
そんな彼らの夢は唐突に崩れ落ちる。
リリアーネ・ブルーメと第二王子ベルンストが恋に落ちたからだ。
引き取られてからは、義務的に顔を合わせるばかりの公爵くらいしか会う相手もいなかった私は、権力を使って頻繁に会いに来てくれる彼にいとも簡単に落ちた。
お姉さまは王族に近付くことにあまり良い顔はしなかったが、王子の求婚には反発せず、付き合いを承諾した。
平民の血交じりとはいえ、公爵家の娘。
しかも、婚姻相手には公爵家の後援が付く。
王も否とは言えず、とんとん拍子で婚約、結婚へと話が進み二人は結ばれる。
その直後、公爵領と境界が接する隣国で政変が勃発。
隣国の王族を救うために、マーガレットが王都を離れたところで風向きは変わる。
公爵の後ろ盾を得たのだから、リリアーネ自身は用済みだとばかりにベルンストが遊び歩くようになったのだ。
公爵に告げ口されても困ると幽閉された私を、世間では擁護するどころかさらに貶めたのだ。
生粋の貴族からすれば、半分下賤の血が入った存在が王子妃など汚らわしい。
国民からすれば、自分たちと同じ生活で苦しんできたくせに贅沢ばかりで妬ましい。
そんな感情のせいだろうか。
市井に流れる私の噂はどれも現実とはかけ離れた酷いものだった。
例えば、常に見目麗しい奴隷を十人くらい侍らせて色に溺れている。
例えば、一度買った装飾品には目もくれず、王族の半年の予算を三日で使い果たしている。
ほぼ軟禁状態で書類仕事だけさせられていた私にはどれも不可能なことだったのに、実態を知る者でさえこの悪評を好んで流していた。
そんなある日、王子の恋人の一人が毒殺されかけた。
私は、冤罪でありながら王子の恋人を暗殺しようとした罪で処刑されることになる。
勿論、私はそんなことをしていない。
そもそも軟禁状態にある私にそこまでの計画は不可能だ。
裁判の場で王子が言ったことが真実なら、私を嵌めるために恋人のことも利用したのだろう。
公爵であるお姉さまさえいれば、こんなことにならかっただろうに。
あっという間に、私は処刑台に立たされ、磔刑にされてしまったのだ。
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孤児院の一室で鏡越しに自分の顔を見つめながら、そっと息を吐く。
「どうして戻ってるのか分からないけど……」
こぶしをぎゅっと握りしめ天に掲げる。
「今度は絶対に死なないんだから!」
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