#17
またしても遅れましてすみません……
(side マーガレット)
リリアーネが目を覚ますのとほとんど同じ頃。
父から引き継いだ当主の執務室で、私はもう幾つ目になるか分からない書類の山を片付けていた。
「たった一週間でこれだけ貯めるとは、我が領はどうも私を頼りにし過ぎのようだな」
「閣下、そろそろ休憩されてはいかがですか。昨夜もろくに寝ていらっしゃらないのでしょう?」
執務室でともに書類の山を片付けてくれているゼルスが言う。
妹を探すために、滞在予定プラス一週間分の仕事を先んじて片付けておいてから出立したというのに、超過分と帰ってきてからリリについていた数日で、私の執務室は書類の山が出来上がっていた。
領主の許可も必要ないような軽い内容が殆どなのだが、稀に公爵にしか判断できないような機密情報も混じっているので、部下に任せるとしてもうかつにはできない。
ましてや、公爵家の嫡子が、言い方は悪いが先代の妾の子を引き取ったのだ。
この情報が入ってから、貴族や有力な商家からの探りやご機嫌伺いも続いている。
信を置いていた前侍女長があんなことをしでかしたので、屋敷の中の者も完全には信用できない。
その結果、リリが起きている間は出来るだけ顔を出すことでやっと屋敷の者たちに、妹も仕えるべき公爵家の一員であると認識させることが出来つつあるのだ。
自分の睡眠時間など、後で取り戻せばいい。
動けるうちは問題ない。
家族は失えば取り返しが効かないのだから。
そんなことを想いながら、執事長の言葉を軽く流し、次の指示を出す。
しかし、祖父の代から公爵家に仕える彼は流されてはくれなかった。
「……ん、ああ、ゼルスか。あと少しでこちらの書類も終わるから、文官たちの所へ持っていってくれ」
「……話を聞いておられますか?」
私の差しだした書類を受け取りながらも、少し怒ったような目でこちらを睨むのは、私を純粋に心配してくれているのだろう。
「すまない、聞こえてはいるのだ。なかなか時間の余裕が取れないだけでな」
ため息を吐きながら苦笑すると、ゼルスは心配だという顔になる。
「これぐらいの書類であれば、ここまで急がずとも問題ありません。私もお手伝いしますから」
「文官の仕事を遅らせることも悪いし、出来るだけすぐに仕事は処理したいんだ。それに、そうは言ってもお前もいい歳ではないか。引退したのを呼び戻してしまったことも申し訳ないというのに、これ以上の負担はかけられないよ」
ゼルスは私が五つの頃に、息子へ執事長の地位を譲り一度引退している。
小さい頃は私も彼のことを「じい」と呼び、よく遊んでもらったものだ。
……彼の息子は、五年前私の両親と共に事故に遭い、亡くなった。
遺体となってきた息子を目にしても、彼は一切私の両親も、私のことも責めてはくれなかった。
ゼルスは、息子の残した孫を養うため、そして長く仕えてきたブルーメを守るために戻ってきた。
ゼルスの息子は私の父と同い年でまだ若く、後継となり得る執事も育っていなかったために、仕事を回せる者が必要だったのだ。
後継者教育を終えていなかった私に、仕事の仕方と立ち振る舞いの基本を教え込んでくれたのも彼だ。
彼がいなければ、私もこの家も他の貴族たちの食い物にされていただろう。
私が主導で執務を回せるようになってからも、彼はまだまだ働けると言ってこうして私の政務まで自主的に手伝ってくれる。
そろそろ長い休暇の一つもやりたいところではあるのだが、提示しても毎度断られてしまう。
「そういえば、リリに付けたミディはとても優秀だな。妹がしきりに褒めるものだから、私は嫉妬しそうになった」
「我が孫娘ながら、技術力は勿論、洞察力に長けておりますから、ご自分の不調を隠しがちなリリアーネ様とは相性が良かったのでしょう。男子であれば、否、本人が希望してくれれば執事長はあの子に継いでもらったのですが、侍女になりたいと譲りませんでしたから……」
「結果的にそうなってもらってよかった。流石に執事長候補を令嬢に付けるのは厳しいからな。まあ、私に劣らぬほど妹を好きになってくれたなら嬉しいが」
ミディはゼルスの亡くなった息子の長女で、私の二つ下。
本人が侍女を希望したとして、昨年から見習いとして夫人の下についていたが、仕事はそつなくこなすもののそりが合わなかったようでなにかと反発していた。
流石にまずいと感じ、ゼルスが自分の管理下に入れたことで、侍女でありながら侍女長に従わない、指示も受けない立場になっていた彼女は今回の侍女長の指示を侍女で唯一知らなかったのだ。
後で執務室で事のあらましを説明したときの彼女の形相を思い出しくすりと笑う。
烈火の如き怒りは、その対象がいなかったことで不発に終わったが、代わりに仕え始めたばかりの我が妹への熱烈な賛美が小一時間続いたので、流石に私も彼女を信用する気になったのだ。
「リリアーネ様は先代と同じ色彩でもありますから、昔から仕える者はみな歓迎すると思いますよ。顔だちもふとした時のしぐさも、よく似ていらっしゃいます」
ゼルスはそこで言葉を切ると、窓の外に目をやる。執務室から見える内庭には、若い騎士たちが見える。
みな、私が公爵になった頃に取り上げ始めた者だ。
「懸念はむしろ若い者、ということか」
「若くても閣下の振る舞いを見て分かる者は分かるはずですが……。どうも視野が狭い者も多いようですね。アデラ・ガルムの処罰も軽く済ませてしまいましたし」
リリにろくでもない部屋を用意したアデラ・ガルムはいち侍女に降格の上、三か月の謹慎と休養を言い渡した。
……母が残した、日記を授けて。
アデラもゼルス同様、引退していたところを呼び戻す形での雇用だった。
年の離れた妹のように大切に思っていた母を亡くした彼女の痛みを、私ももう少し思い遣ってやるべきだったと、気づかされてしまったのだ。
これまで、母の遺品はほとんどを宝物庫に預けていたし、母が書いた日記には機密情報も多いからと精査の為に手元に残していた。
実際、リリの存在を知ったのもこの日記からで、日記に記された最大の秘密がそれだった以上、無理に隠す必要はなくなった。
母がどんなことを考えてリリの存在を許したのかを、アデラは一度も知る機会がなかった。
母の日記を受け取った彼女が泣き崩れる様を見て、私と母には甘くなってしまいがちな昔の彼女を思い出してやるせない気持ちになったことは、きっと誰にも言えないだろう。
狙い通りに反省してくれるかは分からないが、次に手を出せば、命はないと警告もしたのだ。
そう次の事件を起こす心配もないだろう。
コンコンコン。
執務室の扉がノックされて、向こう側から名乗りが聞こえた。
「リリアーネです! 入っても大丈夫ですか?」
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