#14
「ここがリリアーネ様に与えられた部屋になります」
アデラ夫人に連れられて通された部屋は、屋根裏の物置部屋。
使用人すら宿舎のある公爵邸では、凡そ人の居室としては扱えないはずの部屋だ。
前回の私は、第二王子と出会い婚約者になるまでの数年をこの部屋で半ば監禁に近い状態で過ごしていた。
あの時と同じように、薄汚い部屋の中には申し訳程度の小さなベッドと箪笥が一つ、そして浴槽。
最低限のことを全て揃えたまるで牢屋のような部屋だ。
「……この部屋は、お姉さまが選ばれたのですか?」
「まさか。お忙しいあの方に私生児如きの部屋選びなんて手間をかけさせるわけにはいきませんから。私どもがあなたの格にもっとも合った部屋を用意して差し上げたのです」
子どもの私を上から見下ろす冷たい瞳に確信を持つ。
ああ、やっぱり。彼女たち使用人の独断だ。
お姉さまはこのことを知らないのだろう。知っていたらこの人に私を任せるはずがない。
客人やお姉さまが来る時だけ、きれいに整えられている「公爵令嬢の部屋」で過ごし、普段はこの「私生児の部屋」で過ごす。
一度目は疑問に思うことすら許されなかったその行動は、巻き戻った今、はっきりと異常だと分かる。
「格に合った、ですか。私の身分に相応しいのがこの部屋なんですね?」
「ええ、その通りです。マーガレット様にこれ以上ご負担をかけないよう、この部屋で息を潜めて暮らすことこそが貴女の役割です。さあ、そこの浴槽に水も張ってあります。汚らしい血はどうにもならないとしても、マーガレット様のお目汚しにならない程度には綺麗になってもらわないと。さっさと入ってください」
彼女の目線の先、浴槽には本人の言葉通り、お湯ではなく水が張られている。
いくら暖かくなってきたとはいえ、ここは寒冷な北部。
春先に真水で体を洗うのは、子どもには負担が大きい。
前回でさえ、体を洗うのはぬるま湯だった。まあ、十歳を過ぎる頃には部屋まで自分で運ばなきゃいけなくなったのだけど。
それでも水で洗うよりはマシである。
はあ、とこれ見よがしにため息をついてみせる。
間違っても弱気になってはいけないことは十分知っている。
強気でいかなければそれにつけ込む奴らは多いのだ。
「今すぐ部屋を変えてください。入浴も、この部屋ではなく、公爵邸の浴場をちゃんと使わせてください。私に使う権利がないとは言わせません。どうせお姉さまに見せるための部屋も準備はしてあるんですから、それくらいはできるでしょう?」
「なっ! 本当に卑しいこと。メイドごときの娘が、お嬢様の好意を良いことにご迷惑をかけるなんて、私が許しません!」
私の反応にいきり立った夫人が声を荒げる。
この人は、私を見下しているのではなく、憎んでいるのかもしれない。
それを私に悟らせるくらい、彼女の瞳には強い憎悪が宿っていた。
「ただの侍女にどうして許される必要があるのですか? 貴女がどう思おうと私はお姉さまに引き取られた正真正銘の公爵令嬢ですし、それに見合う待遇を受けるべきだとお姉さまに言われています。独断でこんなことをするのは忠誠心が足りないのでは?」
「五月蝿い、黙りなさい! もういいわ! 公爵も私のお嬢様ではなくあんなメイドに手をつけるだなんて本当に馬鹿げてたけど、お前は両親の嫌なところばかり受け継いだようね。言っても理解できないなら体に教えてあげないと」
そう言って夫人は、拳を握りしめて私にゆっくりと近づいてくる。
以前だって彼女は暴力を振るわなかったからと甘く見てしまっていたかもしれない。
人気のない屋根裏部屋に入った時点でもう少し警戒しておくべきだった。
後ずさりをしながら、私はここからどうやって逆転をするか必死で頭を働かせた。
私の頭上にその拳が迫った瞬間、私は衝撃に備えて目を瞑る。
けれど、予想していた衝撃は一向にこない。
「マーガレット様!? どうしてここに!」
恐る恐る目を開けると、夫人の拳を受け止めていたのは、先程別れたはずのお姉さまだった。
「お姉さま!」
「伝え忘れた話をしようとリリの部屋に行けば、二人はいないし、夫人がリリを屋根裏に連れていったと言うから焦ったわ。騎士だけではなく使用人にも私の意向を無視されるなんてね」
「マーガレット様は分かっておられません。その娘は公爵様がお嬢様を裏切った証なのですよ!」
その言葉で私は気付いた。
彼女は先代公爵夫人の実家からついてきた侍女だった。
ならばこの人は、私や私の母が許せないんじゃない。
公爵夫人を裏切った先代公爵が許せないのだ、と。
「分かっていないのはお前だ、アデラ·ガルム。今の公爵は私だ。私が認めた以上、臣下であるお前たちはこの子にも仕えるか、公爵家を出ていくかの二択しか許されない。……母の侍女だったお前がそう考えることも予想できなかった私もまた、愚かだがな。この子を生かすと決めたのはお前が慕う私の母様だ。母様はリリを自分の嫡出のとして育てると決めたのだ。お前は母様の決断まで否定する気か?」
「そんな、だって、私のお嬢様が私生児を生かすなんて……」
お姉さまはそう吐き捨てると、夫人から手を離す。
夫人はそのまま床に崩れおち、呆然としている。
既に、私に対する害意はなくなり、ただ初めて知った事実に困惑しているようだった。
その姿に少しだけ哀れみを覚える。
そんな様子は全く気にせずに、お姉様は夫人に冷たく告げる。
「私の可愛い妹に傷をつけた責任を取ってもらおう、夫人」
その言葉に私は思わずお姉さまのドレスの裾を引き、止めてしまう。
「お姉さま」
「ん?」
「あの、夫人を殺したりはなさいませんよね?」
お姉さまが私を愛してくれているのが分かっている今、お姉さまが私を害そうとした人に厳しい処分を下すことは想像に難くない。
奴隷商や院長は他にも罪を犯しているのだからどうなろうと知ったことでは無いけれど、目の前の彼女は私をいじめようとはしたけれど、未遂だし、原因も誤解だったみたいだ。
お姉さまが彼女を紹介したときも、お姉さまの口調が柔らかであったことを考えても、大切な人であることは分かる。
私はお姉さまに自身の大切な人を手にかけさせるのは嫌なのだ。
お姉さまは私の問いに優しく答えているけれど、夫人に向けるその視線は冷たいままだ。
「あら、あなたに酷いことをした人間だもの。リリが気に病む必要はないわ。死者の意志を勝手に解釈して、主の言葉を無視した彼女が悪いわ。命で償うのは当然のことよ」
「で、でも、夫人はたくさんの使用人に信用されているのでしょう? 私の所為で死んだら、私が悪く言われますよ! だ、だから、殺すなんてしちゃだめです! お願いします!」
私の懇願に、お姉さまは仕方ないかといったふうにため息をつくと、夫人に向き合った。
その視線は既にいつものように柔らかくなっている。
これなら、きっと夫人も死なずに済むだろう。
「そう……仕方ないわね。夫人」
「はっ、はい」
「次にこの子を侮辱したら、証拠がなくともお前の首を切るわ」
「はい」
「優しいリリアーネに感謝することね。正式な処分を下すまで自室で待機しなさい」
「……ご温情に感謝いたします」
夫人は静かに一礼すると、部屋から先に出ていく。
二人きりになるとお姉さまが私に話しかける。
「リリ、私が許せるのはここまで。命は取らなくても、命令を無視した罰は受けてもらわなきゃいけない。それでも良い?」
「はい、お姉さま! それで、充分です」
もとより、私だって彼女の仕打ちを無かったことにするつもりは無かった。
彼女に記憶がなくとも、前回の私への態度は褒められたものではなかったし、結果的に未遂で終わっただけで手をあげた事実は消せない。
私はお姉さまの心を心配しただけである。
「ありがとう、私を止めてくれて」
「え?」
「母を覚えている人は少ないもの。私個人としては許せないけれど、母のことを想ってやれる人間が減るのは母に悪いから」
どうやらお姉さまには私の意図が丸わかりだったらしい。
「お姉さま」
「けれど」
お姉さまは私の両頬に手を当てると、むぎゅっと挟む。
お姉さまと視線が合うとその瞳が辛そうに潤む。
「自分の価値をしっかりと理解なさい。あなたは公爵の唯一の妹よ。誰が何と言おうと、何かがあれば私の跡はあなたが継ぐことになるわ」
そこまで言ってはっとすると、お姉さまは首を横に振る。
「……言葉を間違えたわね。本当はそんなこと、どうだって良いの」
頬から両手を放し、私の頭を撫でながら抱きしめる。
「あなたは私の妹。私の家族よ。家族が傷つくことは自分が傷つく以上に我慢ならないの」
わざわざ言い直さなくたって、ここまでしてくれたお姉さまの優しさを疑うほど、私は捻くれていない。
「誰が何をしようと、私がリリを守るから。だから、あなたも自分のことを大切にしてちょうだい」
更新遅れて本当に申し訳ありません!!
次回はなんとか間に合わせます……
現実の方で色々と予定や、体調不良が重なり執筆に遅れが出てしまいました。
お読みいただきありがとうございます
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次回更新予定 2/27 12:00




