#12
「家臣、ですか?」
「ええ、あなた直属の使用人なら、傍に控えても問題ないでしょう。公爵邸に勤める使用人には、敷地内に宿舎があるから、家族用のものを一軒与えてそこで暮らせば良い。将来を幼いうちに縛ることになるけれど、敷地内なら交流があっても安全だし、あなたも会いたいときに会いにいける」
公爵家の側近なら、公女に対してもある程度親しくても、公の場以外でなら大目に見てくれる。
今から仕込めば、リリが外で活動する頃には使用人として働くことも出来るようになる。
お姉さまはそう話を続ける。
「私があなたの側近まで全て決めてしまってもいいけれど……さっきのクラウスのような者もいるでしょう。出来る限り排除するつもりだけど、あなた自身を大切にしてくれる臣下に出会うには時間がかかるわ。あなたは家族を家臣として扱わなきゃいけなくなるけれど、この子たちの将来には良いことのはずよ」
……お姉さまの提案はそれなりに理にかなっている。
実際、前回お姉さまが私に付けてくれた使用人の大半は、お姉さまの熱心な信望者で、半分しかお姉さまと血が繋がらない私のことを蔑み、傷つける者が殆どだった。
お姉さまは、それも最後まで気付かなかったかもしれないけれど、あの護衛騎士の態度は、異常なものでもないのだ。
ビリーたちなら、絶対にそんなことはしないと言い切れる。
一緒に育ってきたというのもそうだし、彼らは孤児ゆえに、人を環境だけで判断することが無い。
本人がどうすることも出来ないような理由で人を恨んだり蔑んだりはしないだろう。
一度死んで、二度目の今を生きる私と違って、ただの子どもな彼らだけど、頭の回転は速く機転が利き、運動能力も高い。
しっかりとした教育を受ければ、将来、騎士に文官、商人にだってなれる素質はあるだろう。
ただ、主と家臣という関係性になることで、彼らと完全に身分が隔絶されることになる。
今まで対等な家族として接していた相手に、敬意をもって仕えなければならないのだ。
きっと抵抗だってあるだろう。
私の貴族としての振る舞いで彼らを傷つけて、嫌われてしまったら?
私は、彼らを臣下にしたことを後悔しないだろうか。
あるいは、私が彼らを臣下としてしか見なくなったら?
彼らが私の下にいる選択をしたことを後悔してしまわないだろうか。
私があまり乗り気でないと感じたのか、お姉さまが付け加えて言う。
「もちろん、あなたが嫌ならこの話はなかったことにするわ。使用人だって元から人選は進めているのだし」
「いえ、お姉さまの気持ちも、提案もすごく嬉しいんです。けど、一番苦労をするのは私じゃありません。だから私から彼らに一方的に言うのは嫌なんです」
私の言葉を聞いたお姉さまは頷いて、子どもたちの方へと視線を向けて問う。
「そう。分かったわ。……ならば、君たちの意見を尊重しよう。どうする? それぞれ別の孤児院に行くか、妹の家臣となり忠誠を誓うことで傍にいることを選ぶか。どちらを選んでも構わない。君たちの意思を尊重しよう」
「なりますよ。リリの家臣になります」
そうあっさり言い切ったのはビリーだった。
「公爵様の提案は、俺にとっては良いことしかない。大事な妹を傍で守れるし、就職先も決まるだなんて、孤児にはこの先一生出会えない好条件だ。ただ、俺と違ってこいつらはまだ話の半分も分かっちゃいません。だから今の俺と同じ年になった時、もし離れたいと言ったら、その時はそいつを辞めさせてあげてくれませんか。俺がその分働きますから」
「そのくらいなら構わない」
「ビリー、本当に良いの? だって、私の家臣って、私が酷いことをしても従わなきゃいけないかもしれないんだよ? 私がビリーのことも傷つけるかもしれないんだよ?」
お姉さまはビリーの言葉もそのまま受け入れたけれど、私はあまりに軽く言い切ったことを不安に感じ、思わずビリーに詰め寄る。
公爵家の家臣なんて絶対に苦労も多いし、簡単に辞められることでもないのだ。
人生を縛り付けられるそのリスクをちゃんと分かっているのだろうか?
「分かってるよ、それくらい。それでも、リリなら大丈夫。リリは、俺たちが嫌がることは避けようとしてくれる奴だって知ってるから。訳もなく虐めてくるような奴らとは違う。知らない偉そうな誰かの下で働くより、ずっといい条件だろ?」
大事な妹が幸せになれる手伝いまでできるんだ、いいことずくめじゃないか。
真剣な目をした後、そう言って笑うビリーに、胸がじんときて、たまらずに抱き着く。
「ありがとう、ビリー!」
「うわっ、急に抱き着くなよリリ。本当に、仕方ない妹だよなあ」
「そういう妹に育てたのはお兄ちゃんでしょ」
「言うじゃん、リリ。……けじめはちゃんとつけなきゃな」
抱き着いたまま顔を見合わせて笑いあった後、ビリーは距離を取り直し、私の前に跪く。
「リリ、いや、リリアーネ様。俺をお前の家来にしてください。俺は絶対に裏切らないし、この選択を後悔もしない。表立ってはもう言えないけど、リリが公爵令嬢だろうと何だろうと、俺にとってはずっと大事な兄妹で仲間だから。リリアーネ様のそばにいるのはそういう想いを忘れないためだ」
「……分かった。なら私からも。お願い、私の臣下になって。ビリー、私にとっても、あなたは大切な家族で、絶対に幸せになってほしい人なの。私も恥ずかしくないような主人でいられるように頑張るね」
私が跪いたビリーに右手を差し出すと、ビリーはその手をしっかりと握り立ち上がる。
「……あー、ごめん。勝手に進めちゃったけど、皆もそれで良いか?」
周りが静かになっていることに気付いて、ビリーが誤魔化すように言うと、黙っていた子どもたちが興奮した様子で一斉に喋り出す。
皆一様に目がキラキラしているけれど、ビリーに不満ばかりぶつけていく。
「ずるい! わたしもちかい、したかったのに! 「家来にしてくれ!」っていいたかったのに!」
「おれもおれも! ビリーばっかいいとこもってくんだからさあ」
「そうそう! おれたちだってリリのこと、ちゃんとたいせつなのにな。あたりまえのこと、もったいぶっちゃってさあ」
「ビリーはかっこうつけだから、しかたないよ。ねえ、ネラ?」
「なー!」
「お、お前ら茶化すなよ! 俺は真剣にだな⁉……」
自分でも少し恥ずかしいことを言った自覚があったのか、ビリーの顔は、茹で蛸のように真っ赤になる。
「てゆーか、リリもリリだよ! よくわかんないけど、いっしょにいられるのが一番だいじだろ?」
「うん、わたしも、リリといっしょにいられるなら、いっぱいはたらけるよ?」
「ぼくも、リリに会えるならいっぱいがんばる」
「はたらくのも、ネラにはまだちょっときびしーけどな?」
「やー!」
「だ、だって、皆に無理やりとか、嫌だったから……もう、そんなこと思わないよ」
矛先が自分に向いて、一瞬でたじたじになる。
勢いに負けて後ろによろめいたところをお姉さまが支えてくれる。
お姉さまは改めてビリーたちに向かって声をかける。
「話は決まったか」
ビリーが代表して前に出て、お姉さまに返事をする。
「はい。どうか俺たちのことをリリの家臣として雇って下さい!」
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