#11
皆が、これからも一緒にいるための方法はありませんか。
そう言おうとした私の手をつかんで止めたのは、ビリーだった。
「ビリー?」
私の手をつかんだビリーは静かに首を振ってから、お姉さまに向かって言った。
「なんでもありません、公爵様。なあ、皆?」
「「「……」」」
振り返って皆に同意を求めるものの、皆はどう答えたものか、困る様子で黙り込んだ。
私が何を言おうとしているのか、ビリーがどうして止めたのか。なんとなく察しているのだろう。
自分たちが売られることを防いだら離れ離れになってしまうなんて、きっと私以外は想像もしていなかった。
ただ、悪者をやっつけて、子どもたちだけの日常をつくっていく、そんな漠然とした考えでしかなかったはずだ。
私だって、自分が居なくなるであろうことに目が行き、他の子たちまで散り散りになるということに思い至らなかった。
けれど、今のお姉さまになら、お願いすればきっと皆を一緒にさせてくれる。
私としても、その方が安心して皆と別れられるもの。
「ビリー、やっぱり正直にお姉さまにお願いしない? お姉さまならみんな一緒に暮らせる孤児院を探してくれるわ」
「いや、駄目だ。俺も寂しいけど、それはしちゃいけない」
それでもビリーは頑なに拒む。
誰よりも辛そうな顔をしながら。
「どうして駄目なの?」
「リリは、リリは公爵令嬢になるんだろ? 俺たちとはもうすぐ住む世界が変わる。俺たちが口をきいてもらったことが知られて、リリと強い繋がりがあるって思われたらどうなるか分かるか?」
「……皆が、私の為に利用される?」
その可能性に気付き、私は愕然とする。
そうだ。
前回の私は、人身売買の事実に気づかないままビリーを見送り、直後に現れた役人によって皆にしっかりと別れを告げる暇もなく出てきた。
彼らとの繋がりも、そこで切れ、私を孤児だと馬鹿にする人たちも、私が孤児院の仲間に情を残しているだなんて、気づかなかっただろう。
でも、今回は違う。
私が、彼らと共に奴隷商に抵抗したことを、お姉様の連れて来たこの隊にいる人はすでに知っているし、騒ぎがあったことは近くの村にも知られている。
実際のところ私たちは前回よりももっと強い絆でつながっているのだ。
これからも私は彼らのことを気にかけ続けるし、もし、彼らが危機にさらされたら、迷いなく首を突っ込んでしまうだろう。
「それはでも、ばらばらになっても、一緒の所に行っても同じでしょ? どうせならみんなで守ってもらえる所に行った方が良いじゃない」
「公爵様のところに行ってもリリは俺たちに会いに来てくれるだろ? そしたら一か所に外出先が定まって危険になる。ばらばらにしてもらえば、少なくとも、リリは平等に行けないからってまず自分では来ないし来れない」
「行かない我慢だってできるよ! 皆が一緒に暮らせるなら、それで」
「違う! そうじゃなくて! 俺たちがリリだけいないのは嫌なんだって言ってるんだよ!」
思いもよらない言葉に私は固まってしまう。
ビリーは堰を切ったように話し出す。
「今までだって別れはいっぱいあったけど、リリは俺たちの大事な家族で、恩人なんだよ。新しい場所で皆とすごして、それは確かに幸せかもしれない。でも、リリだけがいないなんて、俺は、いや、俺以外も、きっと耐えられない」
瞳に涙を浮かべながらも、ビリーは決して泣くまいと袖で目元を拭いながら言う。
「それならいっそ、ばらばらになった方が良い。そうすればきっとなつかしさが、いつか思い出になる。俺は忘れられなくてもまだ小さい皆なら、忘れることも、それに慣れることも出来るはずだからさ」
「ビリー……」
「いや!」
メルが叫ぶ。
「わたし、いや。……やっぱりはなれたくない。おねがい、リリ、ずっといっしょにいよ?」
私に向かってすがるように言うと、メルは耐えきれないとばかりに泣きだす。
「メル! そんなこと言うな!」
「いや! リリもいっしょがいい! みんなもいっしょがいいの!」
「……お、おれも、みんなといっしょがいい! テッドだけいっしょじゃなくて、みんなといっしょがいい!」
「リュットもメルもずるい! おれだっていっしょがいい!」
慌てて、ビリーがメルのことを叱るけれど、メルの勢いは増す一方だ。
それにつられて双子たちも泣きだしてしまう。
終いには、ネラも訳が分からぬまま泣きだしてしまい、事態の収拾はいよいよつかなくなる。
一人だけ、瞳に涙を浮かべながらも泣くのをこらえていたアノンが、私の前までやってきてこう言った。
「ぼくも。ぼくも、リリとはなれるのはいやだ。でも、リリがしあわせになってくれるなら、ぼく、がまんするよ」
だから、と私に抱き着く。
「だから、ぜーったい、しあわせになって、リリ。ぼくたちを、わすれないで」
お姉さまについていくと決めたのに、同時にここを離れたくない、大事なもう一つの家族を、失いたくないと、心が、叫んでいる。
ぎゅっと、アノンを抱きしめ返したとき、私はもう、あふれる涙を抑えることが出来なかった。
「私もっ! 私も、離れたくないよぉっ! お姉さまもっ、好き、だけど、みんな、も、同じくらい、だいすきで、だいじだもん!」
めったに泣かない私まで泣き始めたせいで、ビリーはかなり焦って、怒ったように言う。
……ビリーも涙腺はかなり限界に近いというのに。
「リリまで泣くな! 俺だってずっと一緒が良い! だけど、家族だって言ってくれる人が見つかったんだから、そっちで幸せになって良いんだ! ほら、皆、泣き止めって!」
それまで蚊帳の外で沈黙を保ち見守っていたお姉さまが、不意に口を開いた。
「リリ。あなたはこの子たちが大好きなの?」
「……はい。血は、繋がっていなくても、ずっと、一緒に育ってきた私の大事な兄弟です。お姉さまは嫌かもしれませんが、私がここまで生きてこれたのは彼らと一緒だったからです」
「……そう。厳しいことをいうけれど、あなたと彼らの身分はこれから先永遠に隔てられるわ。その想いはこの先あなたが公爵令嬢になっても、変わらないと言えて?」
その問いに一もにもなく頷く。考えるまでもない。
「当たり前です! 私が何に変わろうと、この子たちがどう変わろうと、思い出は、一緒に過ごした時間は、変わりませんから」
私の返答に軽く頷きを返したお姉さまは、次にビリーたちに問う。
「君たちはどうだ? リリが公爵令嬢となって、身分の差が出来れば、自ずと同じ振る舞いは難しくなるだろう。それぞれ立場を優先しなくてはならないことが多くなる。それでも、リリのことを変わらずに大切に思い続けることが、家族だと思うことが出来るか?」
「! できる! できます!」
真っ先に返事をしたのはアノンだ。
先ほどの涙で腫れつつある赤い顔で必死に叫ぶ。
「リリは、だいじなぼくのかぞくです。だから、なにがあっても、きらいになんてなりません!」
「おれも! リリはおれとリュットをちゃんと見わけられる、すっごいねえちゃんだから!」
「お、おれも! テッドといっしょにわるいことしたら、ちゃんとおこってくれるリリは、おれのねえちゃんだ!」
「わたしも、リリはだいじなおねえさんだから、ぜったいきらいにならない!」
テッド、リュット、メルと続いてそんなことを言ってくれるので、私の顔は真っ赤になってしまう。
もう少しでお別れだと分かっているのに、やっぱり別れたくないなあ、なんて思いがどんどん募っていく。
「ビリー、君は? リリのことをずっと大切に思えるか?」
最後にお姉さまは黙っているビリーにそう尋ねる。
ビリーはじっとお姉さまを真正面から見つめて口を開く。
「公爵様。失礼なことを言いますが、リリと先に出会ったのは俺たちです。公爵様がこうやってリリを見つけてくれるまで、俺たちはずっと一緒でした」
私たちの方をビリーは一瞬見やって優しく笑うと、またお姉さまに向き合って言い放った。
「誰よりも家族想いなリリを嫌うなんて、俺たちには天地がひっくり返ってもあり得ませんよ。たとえどれだけ離れたとしても、……リリが俺たちを嫌いになったとしても、です。俺たちはそういう兄妹でありたいから」
それを聞いたお姉さまが満足そうに笑う。
「そうか。リリは良い家族に恵まれた」
それから、私に向かってこんな提案をする。
それは、思いもかけない提案だった。
「リリ、この子たちと立場は離れるけど、一緒にいられる方法が一つだけある」
______この子たちを、リリの家臣にしない?
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