#10
「閣下、このような真似をされては困ります! 貴女はブルーメ家の当主なのですよ! お一人での行動は本当に危険だというのに……」
赤毛に赤目の若い騎士が、怒りを隠し切れない説経じみた声でお姉さまに抗議しているのを、私はお姉さまの膝の上に座り聞いていた。
院長たちの拘束から二時間ほど経って本隊が到着した。
院長に鞭で打たれた傷は治るかも怪しいかと思ったけれど、幸い、後から到着した集団の中に医師もいた。骨までは折れていないことを確認した後、最上級ポーションによって私の傷は全て綺麗に治ってしまった。
ついでに近隣の村で買い付けてもらった子ども服に着替え、浮浪児から村娘へと見た目もランクアップ、といったところか。
私以外の孤児院の面々にも、けがの治療や体調チェックの為に医師の方が付いてくれている。
……この場に皆が居なくて良かった。
先ほどから邪魔だとばかりに私のことを睨んでいるこの騎士は、私の仲間を容易に傷つける。
その確信を私は持っていた。
お姉さまが聞き飽きたとばかりに首を横に振る。
「いい加減にしろ、クラウス。お前の言ったことは百も承知だ。それでも私が行かねばならなかった。それもまた明白だろう」
この騎士の名は、クラウス・ゼノン。
お姉さまの側近の一人で、傍に控える護衛騎士だ。
北部でも公爵家に仕えて長い子爵家の嫡男で、その血筋を何よりも誇りとしている。
武芸に関しては、北部でも指折りの実力者であり、頭の回転もそこそこ早い。
彼自身は公爵家というより、お姉さま個人への崇敬が凄い男だけれど、その価値観は何よりも身分を重視し、格下の貴族や平民、孤児を見下すような最低の人間だ。
私がお姉さまを「公爵様」と呼ぶようになったのも、この人からお姉さまがそれを望んでいると告げられたせいでもある。
お姉さまの側近であることだけは間違いない事実だったから、私はそれが本当にお姉さまの望みだと信じてしまったのだ。
……この人は、直接の暴力こそなかったものの、お姉さまのいない場所では私に対して何度も暴言を吐いた。
恥さらし、能無し、公爵家の汚点、平民混じり。
思い出すだけでも心臓がぎゅっと縮み上がる。
久しぶりに聞いても悍ましいその怒声に思わず身をすくめた私の背を、お姉さまは大丈夫と言うようにそっと撫でた。
お姉さまの言葉にも勢いは収まらず、クラウスは尚も言い募る。
「孤児なんぞの為に動くのであれば、馬車で行かれても十分だったはずです。貴女様が先んじて馬で行かれずとも良かった。せめて、我々の中から護衛をお連れになってください」
それを聞いてお姉さまのこめかみに筋が立つ。
どうやらイラついているようだ。
膝の上に座っているからか、怒りの余波がこちらにまで伝わってきて、私まで息が詰まりそうだ。
思わずぎゅっとこぶしを握る。
「馬鹿を言うな。私についてこれるような技術を持たぬお前たちの移動速度に合わせろと? そうすれば日が暮れただろうな。あと少しでリリが、北部の唯一の公女が隣国に売り飛ばされるところだったんだ。そうなっていたらお前に責任が取れたのか? 子爵家といえど、一介の騎士に過ぎないお前が?」
お姉さまの言葉にクラウスは一瞬ぐっと詰まると、ですが、と続ける。
「ですが、我々にとっては、いるかどうかも分からない公女、しかも平民混じりの者などより、閣下の安全の方がよほど重要です!」
ああ、ほら。やっぱり。
この人は、私のことを歓迎する気はないんだ。
よりにもよってその「平民混じり」本人とそれを引き取ると決めた人間の前でその話をするなんて、公爵令嬢としての立場を認めないも同然だ。
「もういい。部屋から出ていけ」
お姉さまは、クラウスとは視線を合わせず、静かな声で、部屋から退出するように促す。
「なっ、何故です! 話は終わっておりません! 私は閣下の為を想い、っ⁉」
納得できない様子のクラウスが、こちらに詰め寄ろうとする。
私は反射的にお姉さまに身を寄せたけれど、その必要はなかった。
突然、クラウスの動きは止まり、彼は口をぱくぱくと空気を求めるように開閉する。
私は一瞬呆気にとられたけれど、すぐに理由に思い当たった。
お姉さまの魔法だ。
高位貴族の直系らしく、お姉さまは数少ない魔力の持ち主である。
剣の方が速いからと、魔法を滅多に使おうとはしないお姉さまだけど、魔法の腕前も専門職に負けないくらいの腕前だ。
今使ったのは、恐らく風魔法。空気の塊で動きを阻害しているのだろう。
どこか間抜けな構図でありながら、それでも私の方へ微かな殺気をむけてくるクラウスの瞳の燃えるような色が恐ろしい。
お姉さまは冷ややかな目で彼を見た。
「出て行けと言ったのが聞こえなかったのか? 私はお前の下らない誇りの為に誰かを犠牲にできるような愚か者ではないからな。これ以上食い下がるつもりなら、ここでお前を解雇する」
そう言い放って、部屋の扉の方へクラウスを魔法で追いやると、ドアを開けて叩き出した。
部下らしき騎士たちがぞろぞろとやってくるが、怒り心頭のお姉さまの顔が見えると、縮み上がりクラウスを回収して一目散に去っていった。
騎士たちが去ると、お姉さまは私の頭を優しくなでながら謝罪する。
「ごめんなさい、リリ。間違った暴言を聞かせてしまって悪かったわ。あれは一応私の側近だったのだけど、あんな発言をするような人間なら、あなたには近づけさせないから」
「だ、大丈夫ですよ。そう言われるのは、覚悟しているので」
お姉さまとこういう出会い方をしなかった一回目はもっと酷かったし、つらかった。
それに比べれば本当になんてことない。
体がちょっと震えるのは見逃してほしいけれど。
お姉さまは私の言葉に目を伏せる。
「……不甲斐ない姉でごめんなさい」
私は頭から離れたその手をぎゅっと握った。
「私が、お姉さまの手を取ると決めたんです。お姉さまの傍にいても何も言われないような私になってみせますから。だから、安心してください」
お姉さまと共に部屋を出て、ビリーたちのいる医療班の所へ向かう。
「リリ! 公爵様も!」
こちらの存在に気付いて声を上げたビリーは、私と同様、ぼろぼろの服を着替え、包帯が巻かれていた。
奥には他の子たちも座っており、こちらに向かって手を振っている。
どうやら怪我も大丈夫そうである。
私とお姉さまは二人で子どもたちの方へと向かい、椅子に腰を下ろす。
「ビリー、お疲れ様。怪我は大丈夫?」
「おう、俺も皆も大したことないから一週間もすれば治るってお医者様が言ってた」
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろしていると、お姉さまがビリーに声をかける。
「体調に問題がないなら今後の話をしたい。この孤児院は閉鎖することになるからな。君たちにはそれぞれ別の孤児院に行ってもらう」
「「「「え……」」」」
その言葉に子どもたちの間へ緊張が走る。
そうだ。院長が逮捕されたということは、ここの保護者となる大人が居なくなってしまったということなんだ。
新しい孤児院に皆一緒に移るとなれば、新参者となる彼らがいじめられることは目に見えている。
集団で反抗されるのは困ると、どこの孤児院も皆をまとめて引き取ってはくれないだろう。
ここでバラバラにされてしまえば、一緒に生きてきた家族とはもう会うことはできない。
そしてそれは、私もそうだ。
ここで別れたら。きっと皆と一堂に会すことは二度とないのだろう。
「丁度調査をしてきた後で、空きがある施設のことは分かっているから、それぞれに向いているところを斡旋して……どうした?」
お姉さまが暗い顔になった私たちに気づき、尋ねてくる。
「お姉さま、どうにかして、皆が」
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