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初めての任務①

読んでいただいてありがとうございます。これは間違って消してしまったものを再度アップロードしたものです。何卒宜しくお願い致します。

絵里の嗅覚の元、血の匂いを頼りにしてから約30分。絵里は不快そうに顔をしかめた。

このあたりの空気中から鉄のような冷たい匂いが、かなり強く感じられることが絵里のジェスチャーを通して伝わる。絵里はそれ以降、鼻を抑えながら匂いを追う。

風情のある商店街を抜けたあたりで、絵里は鼻を片手で抑えながらも、もう片方の手で一軒の住宅を指す。

落ち着いた木造建築で、屋根は緩やかに傾き、黒ずんだ梁が年月の重みを語るように軋んでいる。

絵里によると、2階がにおいの発生原因のようだ。

おそらく被害者は生きていないのだろうと黎は思った。

敷地の、ところどころに草が生えている土の上を、全員でズッズッと音を立てて踏み込んでいく。玄関の呼び鈴を鳴らしてみても応答はない。顔を見合わせる。

一度敷地外に出て、その家を一周して異常がないかを確認する。

!!

二階の窓ガラスが割れており、その破片が敷地内に散らばっている。

「あそこから侵入したのかな~」ノアと春人が状況を話し合う。

「でもおそらくヴェイルは中には居ないでしょう。音が何も聞こえてこない。

少しお行儀が悪いけど、家に入らせてもらいましょう」

そう言ってノアは再び玄関を横切り、リビングだと思われる1階の窓付近に行く。

そしてノアが合図をすると、春人は持っているナイフの持ち手の部分を窓に接触させ、一瞬圧力を加えた。

パリン、、窓の一部を破壊して、古風の施錠方式の窓から手を入れ解錠する。

春人を先頭に全員で土足のまま上がり込む。

室内はカーテンがかかって暗いが、そのことから殺されたのが結構前であることが分かる。朝昼とカーテンを開けないのは、普通ではない。それに、開けないともったいないと思わせるほど風情があり、落ち着いた家だった。

骨董品や火鉢が、きれいに配置されており、家主の好みがうかがえる。軽くそれらを眺めながら、リビングを抜け、階上に上がろうとする。

すると、液体階段の下部に溜まっていた。暗がりの中でも、それはただの液体ではないとわかる。上に目をやると、階段の段差をゆっくりと伝いながら、それが向かってくる。血だ。

そして、2階の床から男性の手と思われるものがブランと垂れ下がっているのが目にはいる。ノアは絵里に配慮して話す。

「絵里、少し1階で待ってなさい。私たちで確認しに行くから」

そう言いながら、絵里に伝わるようジェスチャーをする。絵里は、うん、と頷く。

ノアが先頭に立ち直線状の階段を上がっていく。途中、春人は黎にノアのスカートを覗けと指示した。それに対して,黎はバカ言え,と体で否定を表している。そんな緊張感のない2人をよそにノアはグイグイと階段を登っていく。

その後に続いて,2階に近づくにつれ、黎の視界にはノアの足ではなく、男性の頭頂部が入ってくる。

割れた窓ガラスがそこら中に散らばっており、その死体をいびつに映し出している。

確かめるまでもなく死んでいるだろう。

この光景には、黎も春人ほど飄々とはしていられない。それでも春人は普段通り話し始める。

「あらら、これはもう亡くなってますね。ご愁傷様です」

両手を合わせたまま、軽いノリでそう言った。

「…そう」

春人はポーチから黒のビニール手袋をつけ始める。そして、うつ伏せの死体を、失礼するね、と言ってこちらに向けた。このような死体確認が初めてではないことが、慣れた動作からも伝わってくる。

黎も少ししゃがんで、男の顔を覗き込む。

皮膚が蒼白化している。顔の横側と首あたりに大きな切り傷が複数ある。まるで、、

「やっぱり、ヴェイルだね。こりゃ」その傷跡を確認して春人が言う。

「傷跡で分かるのか?」

「うん、ちょっとね。驚くかもしんないけど、これはあいつらの爪痕だよ」

それを聞き黎の背中や額から、じっとりとした汗が出てきた。

「爪でこんな傷を負わせたってことか…」

「そう、今まで確認された死体にはこんな傷跡がついてるのが多い」

流石にこれには黎も恐怖を覚えた。それを悟られないように冷静さを示すが、ノアには気づかれていたかもしれない。それほど、鼓動が強く脈を打った。

そんな彼の胸中をよそに、春人は死体付近を平然と観察している。

階段横には横長の窓ガラス。さっき外から確認した窓であることが分かる。

それらの証拠を見て春人が口を開いた。

「多分、ヴェイルはその窓の外から、この人めがけて爪で攻撃したんじゃないかな。

ここ以外にあいつが侵入した形跡も見当たらないしね」

屋根の上から階段を降りようとした老人を、窓ガラス越しに攻撃したということだ。

「そう、分かったわ。絵里には酷だけど、ここに来てもらって、あいつの匂いを嗅ぎ取ってもらいましょう」

そう言ってノアは階下に行き、絵里を連れてくる。絵里は臭いに耐えられないため鼻栓をしており、鼻の穴を外側からの圧力により閉じている。そして春人に言われるがまま、台を使いヴェイルが現れた窓枠に登って、瓦屋根に顔を出す。死体の強烈な異臭に、惑わされないように窓を閉め、絵里が一人で屋根上付近のにおいを嗅ぐ。

少しすると、ひらめいた!という表情を携え、戻ってくる。

ノアは絵里が痕跡を嗅ぎ分けたことを理解し、全員に家から出ることを促した。

暗闇の中を進み、入り込んだ窓から静かに退場する。

目に入る光量の劇的な変化で外はいっそう眩しく感じられた。

ノアはリスト型デバイスを用いてARCに連絡を入れ始めた。その家の住所と遺体について、そして任務を続行するという旨を伝えた。その時のノアはもう目をいつも通り開けていた。

「ノア、視力が戻ったのか?」

「ええ、ついさっき切れたわ」

「CS薬の効き時間が終わったってことさ。だから視力を取り戻したんだ」

春人は黎の薬の理解を深めるために丁寧にそう説明する。

「今、ノアの脳内では取り戻した感覚情報を処理するために神経回路がもとに戻っていてるはずだよ。つまり、今のノアは普通の人だね!」

つまり、今、ヴェイルを感知できるのは絵里のみということだ。

「絵里、道案内頼んでいいかしら?」

絵里はOK,とジェスチャーして皆を先導する。絵里はここに来た道を戻り始めた。

商店街を抜け、先ほどのベージュの石畳ときれいに整備された川の間を歩いていく。

その間に少しでもヴェイルについての情報を増やしておきたいと黎は思うようになった。

ベルトに付けられた護衛用ナイフを触りながら訊き始める。

「ヴェイルっていうのはどんな見た目をしてるんだ?」

「そうね、全身が黒くて、人型…あと爪が長いってかんじね」とノア。

「全身が黒いだと」

「ええ、一目瞭然。感触的には私たちの皮膚より硬いってかんじ。

まあ、筋肉質ってことね」触ったことあるのかと、気にもなるが、

「もしもの時に、こんなナイフでダメージを与えれるのか?」と黎は訊くことにした。

春人も会話に参加する。

「黎、ダメージを与えるんじゃない。このナイフにはヴェイルに有効な神経毒がコーティングされている。だから少し傷口を作ってやる程度で問題ないよ。じゃないと、ひょろい僕と女子2人がこんなの持ってたって何の役にも立たないよ」

「確かにな」ひょろいって表現に、黎はくすっと笑ってしまった。

「あー、今、馬鹿にしただろ」

「自分で自分のことを下げておいて、人に言われたら怒るのかよ…」

「そんなのよくあることじゃないか」

そんな他愛もない話を聞いて、ノアが黎に尋ねる。。

「少しは安心した?」

「…別に不安とかではなかったぞ」

「強がるのもいいけど、いきなりあんなものを見て不安にならないほうがおかしいわ」

「そうそう、見たらびっくりすると思うけど、ちょっと武器でチクッとしてやればあいつらも動けなくなるさ。たしかテトロドトキシンっていうのがメインで使われてたはずさ」

春人の話には博識さが混じることがある。

「これにそんな技術が施されてるのか」ナイフを鞘越しに触ってみる。

まだ絵里が普通の状態であることから、ヴェイルの存在が近くにいないことがうかがえる。

そのうえで、ノアが黎に他の質問を促す。

「ほかに何か聞きたいことはない?」

ヴェイルに対する基本的なことは聞けた。しかしノアが言った、

”人を助ける力“というのをまだ黎は何も聞かされていなかった。

そしてその力というのが、神経可塑性というのに繋がっていることは分かった。

「絵里の嗅覚や、お前の聴覚のように、俺にも優れた感覚でも備わってるのか?」

「ええ、もう言っていいと思うけど、ARC付近の学校ではね、神経の可塑性の高さを調べる簡単なテストが実施されるの。その結果、あなたはかなりのハイスコアだった」

それは脳内の神経回路が柔軟に変化することを表している。

「あなたの学校でも半年に1回ほどの頻度で行われていたわ。と言っても多分気づきはしなかったでしょうけど」「というと?」

「体育や音楽、そして五科目の授業中に一時的にあなた達を観察していたのよ。正確に言うと、あなた達の脳内の神経系の変化を、だけど」

そんなのあったか、と思い出そうとしても思い出せない。黎のその様子を見てノアが説明した。けれど、聞いてもあまり意味はなかっただろう。ナノ光子技術がどうとか、量子センサーがどうとか、近赤外線分光法とかなんとか。

全く、黎には理解できなかったからだ。ノア自身も本当に理解してるのか怪しいような、拙い説明だった。けれど、隠れて機械でこそこそ観察されていたことは黎にも分かった。

もちろん許可を取ったうえでの話のようだけど。

「とは言っても、学校で行われるのはしょせん、簡易的な検査に過ぎない」

とノアは続ける。

「1週間前、あなたに受けてもらって身体検査。それがより正確な可塑性のスコアを測るものだったの。それで調べてみても、あなたの可塑性のスコアはやっぱり高かった」

ああ、あの1時間近く、わけのわからない物理信号を浴びせられたやつか、黎はARCに来て検査されたときのことを思い出した。

「まあ…喜んでいいのかは分からないけど」

そのスコアが高いという理由で、黎はヴェイルを見つけるための任務に駆り出されることになったのだから、確かに喜んでいいのかは分からない。

「君の脳内の回路は普通より、目まぐるしく変わるってわけだ。才能の持ち主だね!」

神経再編というのは誰にでも起こる普通の現象だ。新しいことの学習、普段はやらない運動、不慣れなこと、これらすべての行動により人間は少しずつ、その行動がしやすくなるように脳内の神経回路が再編される。

「もう一ついいか?」「何?」

「お前は聴覚処理を高度化するために、視覚野の一部を聴覚処理に充てているんだろ。

そのためにCS薬で視神経の神経伝達を阻害していると」「そうよ」

「黎、なんか頭良くなったんじゃなーい」

おかまみたいな口調でおちょくる春人にノアが軽い肘撃ちを入れ、黎に続きを促す。

「なんでわざわざ、視力を失う必要がある?

はっきり言って、もっと失っていい感覚があっただろ」

「あなたね…そういう無神経さまでは簡単には変わらないのね」

春人は肩をすくめながら、人は簡単には変わらないよ、と言った。

「まあいいわ。言いたいことは何となく分かったから。あなたの知りたいことは、

どうして優れた聴覚を得るために、他の感覚ではなく視力を代償にする必要があったのか、

ということよね?」「ああ」

「それは私の場合、視覚情報を処理する視覚野が聴覚野に対して、神経再編が起こりやすかったから。別の言い方をすると、高い効率性で聴覚の発達に貢献したのが視覚野だった、

そういう理由よ」ノアの視覚野が聴覚野を代用するのに最も適していたからだそうだ。

それなら、絵里の場合、聴覚野が嗅覚・味覚を司る部位の代わりになりやすいということでもある。ノアは話を続ける。

「それに、視覚からの情報が優れているのは十分承知しているけど、聴覚からの情報もかなり増えるから、視界からの情報まであると少し情報過多になる感じがするの」

さっきまでノアは視力が少しは残ってる状態であるにも関わらず、完全に目を閉じていることが多かった。その得るものと失うもののバランスも考慮に入っているということなのだろう。

「それであなたは、自分がどこの可塑性が高いのかを知りたいのよね?

自分の優れた感覚が何なのかを」「ああ」

「いいわ、教えてあげる。あなたの優れた感覚はーー」

「ちょっと待って!」


興味を持っていただいてありがとうございます。本当に感謝します。

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