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実演

読んでいただいてありがとうございます。これは間違って消してしまったものを再度アップロードしたものです。何卒宜しくお願い致します。

数分が経ちドアに背をかけているノアが話し出す。

「あと20分ほどで目的地周辺に到着する。今は各自リラックスしときなさい」

「りょーかい」

そんな中でも、絵里から緊張が伝わってくる。両手を握りしめ胸の前に置いている。

ノアの表情も普段よりか真剣に見える。


「そろそろ、目的地、影野かげの市に到着します」

「「了解」」絵里と春人が同時に答えた。どうやら毎回の確認であるようだ。

「じゃあ私は先にCS薬とMS薬を服用する」

「俺たちは飲まなくていいのか?」

「まず私の聴覚情報だけで、ヴェイルの位置を探してみる。あなた達はその後でいい」

そう言ってノアは神経再編を促す白色のMS薬と、特定の感覚器を遮断するCS薬を同時に体に流し込む。ノアが飲み込んだCS薬は青かった。

――少しずつノアの視界が閉ざされていくー

ノアは思考の層がゆっくりと組み替えられる強い不快感を覚える。

しかし、その感覚が次第に輪郭を持ち始め、混乱の霧を押しのけるように、感覚が研ぎ澄まされていく。

聞こえすぎる…

静寂と表現されるものがノアにとっての静寂とは限らない。

聞きたくない、とノアは両手で両耳をふさぐ。

いつもMS薬を飲んだ後は突然の感覚の変化に対応できないでいる。

脳が情報の処理を拒んでいる。さざ波ですら今のノアの神経を揺さぶるには十分な効果を持ってしまう。

しかしそれも、人間の知覚能力の慣れ、感覚の順応性により少しずつ緩和されていく。

「ノアちゃん、大丈夫?」絵里が心配そうに小声で訊く。

「えっ、ええ。もう大丈夫。それより着いたみたい」

ノアの声量が普段より小さい。今のノアはわずかな音でさえ聞こえてしまうから、普通の話し声が相対的に大きく感じられるのかもしれないと黎は推測した。

そんなノアの体調などお構いなしに、輸送車のドアが左右にスライドする。

影野市が彼等を迎え入れる。

そこは森、川、木、木造の建物が並んだ、自然と風情を感じさせる場所であった。

草の匂い、樹皮のわずかな湿り気、遠くで揺れる葉の香り。それぞれが空間を構成している。

「ふーー、気持ちのいい場所だね」春人は相変わらず落ち着いている。

「ノアは今どこの感覚を失ってるんだ?」ノアに気を使い黎は小声で訊いた。

「視力だよ。いつもと同じさ」

「完全に?」

「んー、どうだろう。そのあたりはARCが色々調整できるから。確か、特定の感覚受容体と結びつく物質がCS薬に含まれていて、それで感覚信号の伝達を抑制する、みたいな仕組みだったはずだから、調整は可能なはずさ。まぁ、でもその辺は本人に訊くのが一番だよ、ほらっ」そう言いながら春人はノアのいる前方に顎をくいっと出す。

ノアの表情からして今の2人の話が聞こえていたようだ。

「心配してくれてるの?でも大丈夫、完全に見えないわけじゃない」

「そうか、ならいいが」

今のノアにひそひそ話は意味をなさないのかもしれない。

「心配いらないさ。僕らもいるし。ノアの場合、目を閉じてたって転んだり、物にぶつかったりなんかしないよ」

「そうそう、ノアちゃんはすごいんだから」

「ここはもうすでにヴェイルが確認された場所に入ってる。

あなた達も周囲への注意を払いなさい。それと護衛用ナイフを装着しなさい」

「「了解」」絵里と春人の返事からは、またも連携の熟達度がうかがえる。

2人は輸送車の無人の運転席から、ポーチとナイフのような形の物がぶら下がったベルトを持ってきた。ポーチは黒い四角形のシンプルなもので細かなものを色々収納できるようになっている。ナイフのような物も同じ色合いのキャンバス生地に入っている。持ち手の金属の部分が出ている。

「これは黎の武器。ヴェイルに対しての特効ナイフだよ。戦闘時にはこいつを使って戦うんだ。まあ、ただの護衛用だから使うことはないと思うけど」

ベルトについたナイフに指をちょんちょんと接触させ、春人はそう説明した。

2人に習い、黎は渡されたベルトに付け替えた。尻の部分にポーチの接触を感じる。

護衛用ナイフは右側にある。装着して黎に緊張感が生じた。

護衛用とはいえ、ナイフを渡されたことに変わりはない。

今まで、出来の悪い不良達と黎は殴り合いになることも何度もあったけど、その時には恐怖感はなかった。あの喧嘩は全部、黎のほうが強いという前提での戦い、いやいじめのようなものだった。勝って当然だった。

でも今回は違う。人を殺す怪物が相手なんだ。そう思い、黎は渡されたナイフの取っ手を触る。金属製のごつごつとした触感。少し力を入れ、上にスライドさせようとする。すると春人が焦ったように黎の手を制してきた。

「だっ、ダメだよ、住宅がそこらにあるんだから。ARCの任務っていうのは極秘なんだ。警察に補導なんかされても、弁明なんてできないんだからね」

焦った春人の表情が黎には面白く感じられた。それが言葉の端っこに出る。

「悪いな」

「もー、何が面白いんだよ」

「ほら、二人とも、もうノアちゃん先に行ってるよ」

絵里の指指す方向には淡いベージュの石畳と、石造りでしっかりと整備された川がある。

その合間をノアが歩いている。普段と何ら変わらないようにも見えるけど、何か神秘的な響きを与えているような気もする。まるで静寂を纏うように歩いていた。

「あんまり音を立てないようにしないとね。ノアちゃんの邪魔になっちゃうから」

絵里のつま先が慎重に道路に接触しているのが見て取れる。


それから数分しか経っていないが、絵里の言葉が脳内からすぐに消えたのか、春人が両手を頭の後ろに組み、リラックスした状態で鼻歌を口ずさみ始めた。

「♪ ふふん~ふんふん、ふふ~ん ♪」

黎も少し暇になって話始める。任務中だけど分からないことがまだまだ多かった。

「意外と気楽なもんなんだな、慣れてるのか?」

鼻歌を止められても、表情は気楽そのもの。

「まぁーね。もう1年ぐらいはやってるから。♪ ふふん~ふんふん、ふふ~ん 」

「このナイフ、今までに使ったことは?」

「うーん、ないね!まあ動けないヴェイルにチクッとしたことはあるけど、僕らが襲われて使わざる負えない、みたいな状況は一度もなかったよ」

「そうか」

「そうそう」

ヴェイルを倒すのは自分たちではなく、国防省の人間だと春人は説明した。けれど、さっきからその人達と合流するような気配はない。そのうえで、黎は春人に訊く。

「ヴェイルを討伐するっていう軍人はいつ来るんだ?」

「うーん。彼らはね、僕らがヴェイルの位置を特定できた時に来てくれるんだ。

僕らの任務っていうのはね、不規則だし、見つけるまでにどれだけの時間がかかるかも分かんない。僕らがヴェイルの位置を特定してARCに報告する。そしたら複数人の軍人さんが来てくれるってわけさ」

彼ら2人が言う軍人というのは国防省からヴェイル討伐に派遣される人間を指している。

国防省は防衛省に代わる省庁で、地政学的リスクの増加に伴い設立された。

一般的な名称として、防衛より国防の方がより積極的な軍事的備えや戦略を含むことが多い。対外的なリスクにより、ここ数年で特定省庁は様変わりした

「なるほどな」

「ほんと見ものだよ!スナイパーライフルだったり、アサルトライフルだったりと殺意マシマシよぉ」春人はライフルを構えるジェスチャーを見せ、それを撃ってみせた。

「もう2人とも、気抜きすぎだよ」絵里が気楽な2人をたしなめる。

その間もノアは先頭で、確認されたヴェイルの場所を捉えようとしていた。


森の周囲をぐるっと囲む川沿いを歩いて10分ほど。ノアが振り返り絵里に向かって話す。

「…絵里、あなたの力も借りて構わない…?」

わずかに唇が引き結ばれている。絵里の力を借りることに躊躇していることが分かる。

あまり使ってほしい薬ではないようだ。それほどの苦痛を伴うということ。

「もっ、もちろんだよ!」

そう言って、絵里もポーチからMS薬とCS薬を必死に取り出して、すぐに体内に流し込んだ。CS薬は銀色をしている。そんな姿を黎は傍目で見守る。絵里がどこの感覚を一時的に失うのか気になったが、聞く気にはなれなかった。どうせ、すぐにわかることだ。

絵里は川附近のベージュの石畳みに座り込んだ。立っていられない、ということは分かる。

――絵里は周囲の音が遠くなったように感じた――

脳内の神経回路が、今、再編されようとしている。

ううっ…辛い…。やっぱり、何回やっても慣れない

香りが鋭い輪郭を持ち絵里に苦痛を与える。淡い花弁の繊維まで捉えるように、鼻腔へ流れ込む。森の中の土の湿り気、住宅の方向からやって来る果実の甘さ、そして血の匂い、影野市に存在する粒子たちが鮮烈な情報として押し寄せる。

ノアたちが絵里に近づき、心配そうな表情で、目線を揃えるようにしゃがみ込む。

…ノアちゃん。そんな心配しないでいいのに。自分だって、同じことをしてるのに…

春人とノアが絵里を立ち上がらせようと手を差し出す。絵里はそれに答えて2人の手を握り、ゆっくり立ち上がる。絵里には二人の優しさが言葉よりも感じられた。

…でも、うかうかしてられないよね!

住宅地の方から強い”血の匂い”を絵里は捉えていた。

絵里はノアに無言でジェスチャーをする。”血の匂いがした“とリスト型デバイスのホログラム機能に書き込む。ノアや春人が顔を見合わせて絵里の情報を話し合う。絵里にはほとんど聞こえないが、絵里の線で行くことが決定した。

絵里は聴覚情報をほとんど遮断することで非常に鋭い、嗅覚、味覚を得ていた。

しかし聴覚を遮断されると失うのは音だけではない。話すことが困難になる。自分の言葉の抑揚やリズム、声量を自分の耳で聞いて調整できないためだ。それに音に過敏に反応するノアが居るため絵里は基本的にジェスチャーとリスト型デバイスを用いて意思の疎通を図ることになる。

「では全員で絵里の感じた匂いに向かいましょう。先行してくれる?」

ノアの合図を読み取り、絵里は大きく、うん、と頷いてみせる。



興味を持っていただいてありがとうございます。本当に感謝します。

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