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西尾春人・花園絵里

読んでいただいてありがとうございます。これは間違って消してしまったものを再度アップロードしたものです。何卒宜しくお願い致します。

金曜午前10時20分頃。黎はノアに言われた通りARCに来た。

前とは打って変わって人が大勢いる。小さい子供や、黎と同じぐらいの年齢の学生が、広場で遊んだり同世代同士での会話を楽しんだりしている。皆、ノアと同じ色合いの制服を着ている。ARC独自の制服なのだろう。女子はクリーム色の落ち着いた制服に、下は黒のスカート。男子も同じ色合いの組み合わせである。その中で、黎の白のシャツに黒の制服ズボンは少し浮いてしまう。

周りを見渡してノアを探すも、時間しか指定しなかったため探す手間がかかる。

もっとちゃんと待ち合わせすべきだった。

前来た時と同様に黎は正面から建物内に入る。

ロビー入り口には白衣を着た、いかにも研究者らしいのが数人。不審なものを見る目線を黎に向ける。そのうちの一人が近づいてくる。

「ちょっと君、ここの関係者ではないよね?」

「そうですが、人と待ち合わせてます。柊ノアはどこにいますか?」

「君、あの子を知っているのか?」「はい」

「分かった。ちょっと待ってなさい」

その研究者は正面右側の教育施設の方に入っていった。


数分後その研究者と一緒にノアが出てきた。

「ごめんなさい、ちょっと用事があって。ほんとはARC正面にいるつもりだったのだけど」

「別に構わない。来たばかりだ」

「そう、良かった。では今から簡単に校内を案内するわ。付いてきて」

そう言って教育棟の入り口に2人は向かう。大きなガラス張りのドアがそこにはある。

「ここがARCの教育棟の入り口。これから、あなたにはこの棟内で勉強してもらうわ」

「へー」

「興味ないの?」

「やけに悠長なんだな」

「悠長?」

「化け物を捕まえるために、ここに入ってほしいって話だろ。

こんなことしてる場合なのか?」

「それはそうだけど、私たちはまだ子供よ。そんな血生臭いことばかりしてられない。

そうでしょ?」

「それは…そうかもな」

「それにヴェイルの任務は不規則なの。常時、駆り出されるわけじゃない。近くに出現したら倒しに行くの。警察みたいなものよ。分かった?」「ああ」

「どのみち、ARCに属するということは教育棟で教育を受けるか、研究棟で研究をするかの2つに1つ。だからあなたはこの教育棟で勉強をしてもらいます」「ああ」

返事を訊くや否や、ノアはARCの教育棟の方へ進んでいき、リスト型デバイスをデバイスリーダーに接触させて中に入った。黎もそれに続く。

中に入ると広々とした空間が黎の目前には広がっていた。高い天井まで空間が突き抜けて、各階にはガラスの手柵が張り巡らされており、下からでも全体を把握できるようになっていた。内観も外観同様にマットな白と木材がデザインのメイン。観葉植物も多くちりばめられている。

以前の学校との違いに黎は驚いた。普通の学校の構造ではない先進性。

「だいぶ作りこまれてるな」

「ええ、有名な建築士が設計したそうよ」

黎は自分と同じような孤児を対象にした教育にしては力を入れすぎたと感じた。

明らかにほかの施設とは出来が違うと。

「君の居た学校とは全然違うだろ?」

黎の背後から聞いたことのない声がする。透明感のある男の声。

振り返ると男子と女子が一人ずつ立っている。男子の方は髪が茶髪で無造作な状態ではあるが、清潔なイメージ。女子の方は髪がピンク色で、いわゆるロングボブ。少しふっくらしており、天然なイメージ。二人ともノアと同じ色合いの制服を着ている。

「ここの生徒か?」

「そうだよ。僕の名前は、西尾にしお 春人はると。よろしくね。春人って呼んでくれていいよ。君は、月城 黎君だろ?」

「もう知ってるのか」

「うん、もうノアから聞いたよ」

「そうか」

黎の目線は春人の横の女子へと向かう。

その子は少し驚いて、ドタバタしながら自己紹介を始めた。

「わっ、私は、花園はなぞの 絵里えりです。よろしくお願いします」

「よろしく」

一通りの自己紹介を見届け、ノアが話す。

「この二人は私と同じ任務をしている仲間ね」

「同じ任務、ヴェイルに対する?」

「ええそう」

再び春人と絵里を、力量を図るように黎は交互に見る。

「お前らもノアのように感知能力が優れているってことか?」

「まぁそんなところだね。そっか、君はもうノアの能力を見たんだったね」

「ああ、ふざけた能力だった」

「ははは、普通そう思うよねー」

話を遮るようにノアが割り込む。

「取り敢えず、私はこれから黎を案内するから、あなた達は2限の講義教室にでも向かったらどうかしら。もう始まるでしょ」

「はいはい、俺らはお邪魔みたいだからお先に失礼するよ。じゃあ黎これからよろしくね」

春人は陽気にそう言ってその場を離れた。絵里も、私も失礼します、と律義にお辞儀をして離れた。春人の“これから”という言葉に黎は少し引っ掛かった。

その黎の表情に気づき、ノアは説明する。

「これからは、あなたにも私と同じようにヴェイルを見つける役割を担ってもらう。

そのために、私たちはグループで行動することになる。私とあの2人は現在同じグループで任務をしているわ。あなたにも私たちのグループで行動を共にしてもらうつもり」

「お前らと?」

「不服?」

「別にそういうわけじゃないよ。分かった」

ただ、あの2人がヴェイルという化け物を相手にしてるようには黎には思えなかった。

特に絵里の方は。

「だから春人や絵里とも、ある程度の関係は築いておくことね。

任務遂行のためには連携が重要だから」

「ああ、そうする」

だとしたら、2人を追い払ったのは、関係構築を促す行動とは矛盾していると黎は感じたが、

指摘はしなかった。指摘しても何か反論されそうな気がする、と今までのノアとの会話を思い出して思ったからだ。

「案内を続けます。この教育棟に入ってすぐの、この広い場所がオープンスペースといわれているわ。学生達がほかの生徒と交流したり休憩したりと色々な用途がある」

オープンスペースと呼ばれるこの場は、端的に言えばおしゃれでだだっ広い。

中央にある大きな柱には黒のステンレス製の階段がらせん状になっており、上層まで行けるようになっている。奥には廊下がすっと伸びており、床には基本的にマットが敷かれている。

そんな空間を見渡していると、黎は不意に視線を感じた。ARCの学生たちが、こっちをじろじろ見ていたのだ。 どう考えても服装が浮いている。ノアもそれに気づく。

「案内の前に、取り敢えず、その服装、何とかしなくちゃね。ついてきて」

ノアと一緒に1階フロア奥の廊下を黎は進んでいく。

更衣室やトイレなどを抜けた先に、職員室のような大きな部屋。その横の保健室にノアは入っていく。そこは先進的な建物からは想像できないほどに、普通の保健室だった。

「取り敢えず、制服の寸法を取りたいから」

ノアはそう言って、黎を試着室のような場所に通した。

「その中央に足の形のマークあるから、そこに合わせて立ってて」そしてドアを閉まる。

言われた通り数秒間立っていると壁面のセンサーが静かに光り、ドアが開いた。

「もう寸法測ったから、出ていいわ」

「保健室に普通、こんなハイテク機器あるか?」

「ここにはあるのよ。何でもね。寸法も終わったから、私は制服を用意してくる。少しここで待ってて」そう言ってノアは保健室を出ていった。

見渡してみても、先生やベッドで休んでいる生徒の姿などは見つからない。

数分後、ノアが戻ってくる。再び「付いてきて」と促され廊下を戻る。

次に黎が案内されたのは更衣室だった。ノアもその男子更衣室に入っていく。

中には誰もいない。服屋の試着室のような個室が4つほど横並びになっている狭い空間。

「そこの袋に制服一式入ってるから着替えてちょうだい」

そう言い残し、ノアは更衣室を後にした。

ベージュの紙袋を開けてみると、中からクリーム色のブレザーと黒のズボンが出てきた。

なーんか、雰囲気変わっちまうな…少し子供っぽい。

学生服の色が黒からクリーム色に変わるため黎は少々戸惑う。ブレザーはポリエステルとウールが配合されており、比較的ウールの比率が高いため柔らかい感じだ。

まあでも、そこそこ似合ってんじゃないか、と鏡に映る全体像を見て黎はそう思い、更衣室を出た。壁に背を預けていたノアが振り返り、黎の新しい制服を上から下へと順々に見やる。

「案外似合ってるじゃない」

「それは良かった」

「ところで、デバイスは付けないの?」

ノアは自分の腕の周りを囲うデバイスを人差し指で、コンコンとたたく。

ありふれたリスト型のウェアラブルデバイス。

「そんなの持ってないぞ」黎は通信端末を何も持っていなかった。彼にとってはさして必要な物ではなかった。

「さっきの紙袋に入れといたんだけど…」呆れたといった様子のノア。

黎は「悪い」と謝って、更衣室に戻り、ごみ箱に捨てた紙袋を確認する。その中には確かにノアのものと同じデバイスが入っていた。

ディスプレイはとても薄く、バンドと同じように曲線を描いているため、腕時計のようなフォルムではなく、リストバンドのような形。装着しても軽い。右手を上下左右に動かしても何の違和感もないほどの質量。こんなものまで支給されるとは。

ARCの資金と規模間に黎は驚かざる得なかった。

再度紙袋はごみ箱へと捨て、更衣室を出る。そして再度、ノアはまじまじと姿を直視する。

「あなた右利きでしょ。ならデバイスは左手首に付けなさい」

理由は分からないながらも、黎はその通りに従った。

付け替えて起動してすぐにその理由が分かる。

右手――自分にとっての利き手で操作する必要があるからだ。

「そのデバイスにはAAと呼ばれる機能があるの。これを校内にあるリーダーにかざすことで、講義の出席や本の貸し出し、校内の特定領域へのパスなどが出来るようになってる。

分かった?」黎は顔を縦に振る。

AAとはアカデミックアクセスの略称だと、ノアが自慢げに話していた。

「よし、これでこの学校の基本装備は完了。

それと、あなたには、まだやらなきゃいけないことがある。付いてきて」

狭い廊下を抜け、再び日光が強く刺し込むオープンスペースへと出る。オープンスペースを囲うガラスからは木質の外階段が見える。その階段下には円形のテーブルと椅子が並んでおり、テラスのようになっている。階段が日射避けのような役割をしてる。

「具体的に、今日は何をすればいいんだ?」

「そうね、今日は身体検査と簡単な入校に関する手続きをしてもらうわ」

「手続き?」

「一昨日は必要ないとは言ったけど、入校の意志を確認する旨の書類ぐらいは書いてもらわなくちゃね。サインするだけ」

「取り敢えず、付いてきて」

オープンスペースを抜け、教育棟を出て、黎は教育棟でも研究棟でもない場所に出る。

一昨日、ノアと話していたロビーのある場所だ。

そしてARC正面に戻り、入り口入ってすぐの階段で2階、3階へと上がっていく。3階にはグレーのマットが敷かれており、小さめの机と椅子が一面に散りばめられている。その端っこの場所に2人分の椅子があり、円形木質の机を挟んで座る。

「ちょっと待ってて」と指示され少し待つと、ノアは透明なファイルを持ってきて、その中の書類2,3枚を机に広げた。

「ARCで学ぶために、正式に入校するために必要なもの。読んでサインして」

そう言われ、目の前の書類に目を通す。こういうのはアナログなんだな、と黎は感じた。

ざっと目を通すと、入校に関する意思の確認、志望理由、そんな類の形式ばったものばかり。普通、成績証明書などが必要になるはずだけど、ノアの言ってた通り、その辺のことは本当に済ましてくれたみたいだ。全体をざっと読んで、サインして、まとめて返す。

「はい、これが受理されれば、あなたは正式に入学確定ね」

「…まだ確定してなかったんだな。それが一番驚きなんだが…」

「安心して、一昨日も話したけど、ここは孤児を対象に教育を提供する機関。だからあなたは当然に入学できるわ」

そう言い残し、ノアはそのフロアの奥へと書類を提出しに行った。


「あと、あなたにやってもらいたいのは身体検査。これが終わったらもう今日、あなたがやるべきタスクは終わり」再び「付いてきて」と促され黎はノアに続く。

1階に降り、ARCのロビー前に出て、教育棟とは反対側の研究棟の前まで来る。

そう言えば、なんで教育機関と研究機関が一緒なんだ、と黎は疑問に思ったが、今はノアに従うことにした。どうせいつでも訊けるのだから。

黎はデバイスをかざして研究棟中に入る。既に与えられたデバイスで本人確認が出来るようになっている。仕事の早いことだと感心する。

研究棟に入ると、以外にも教育棟と同じようなお洒落な雰囲気。教育棟にあるオープンスペース程、広くはなく、大きな窓などもないが、小窓が点々と存在しており、日光は十分に入ってくる。そういう意味で教育棟よりは落ち着いている。細菌一つ寄せ付けないような、真っ白の壁面などを黎は想定していた。

そのスペースを突っ切るとd様々な機械設備がまばらに存在している。この部屋はいかにもな研究室、という感じだ。研究員らしいのが数人、話し合っている。

ノアはそこへと向かって行き、何かを話しだした。教育棟の生徒と、研究棟の研究員はかなり近しい距離にあるようだ。

でも、普通じゃないよな。こんなの、という違和感を黎は憶える。

そう訝しんでいる黎のもとに、ノアは白衣を纏った女性を1人連れてきた。

「では、あとはお願いします」ノアはその女性にお辞儀をして、その部屋を出ていった。

黎はその後、言う通りに従った。脳のマッピングを行うとその人は話始める。身体検査と言っても、体重、身長、あと運動能力を測るとかそんなものではないようだ。

荷物やら、腕に巻いたデバイス、あとベルトなどは取り外し一か所に集める。金属製のものは駄目なようだ。そして、カプセル型の機械に黎は通された。MRIだ。しかも約50分間も。その間、多感覚刺激装置と説明された機械から、音、光などの物理信号を黎は浴びせられた。ただ長時間黙って、白いプラスチックを見ているのは苦痛以外の何ものでもない。

とはいえ、時間は過ぎていくもの。一体何を検査されているのかも分からいまま、黎の検査は無事に終わった。結局、行われた検査はそれだけだった。

そして黎は1人で研究棟を後にした。棟を出るときも、デバイスをかざす必要がある。入退出者の管理だろう。


研究棟を抜けて、中央のロビーへ。

ノアが待っている様子もないため黎は途方に暮れる。

帰っていいのか?と悩んでいると、黎はお腹が空いていることに気づいた。与えられたデバイスに目を落として時間を確認すると、12時を過ぎている。

だから、もう少し留まることに決定する。校内をもっと散策したいとも思ったから。

お腹も空いてるし、学食も食べてみたい。教育棟にデバイスをかざして入る。

そして1階、2階を数分間、散策していると、講義が終わりだと思われる学生たちが一気に数を増やした。時間的にも昼休みといった感じだ。

ちょうどいいし頃合いということで、黎は散策を中止し、食堂を探し始める。どうせ生徒が多くなっている場所に食堂はあるのだ。

黎は慣れない足取りで人ごみに付いていく。教育棟内を貫く大きな柱に巻き付いたステンレス製の階段を上っていく。歩くたびにカンッ…カンッ…カンッ…と気持ちのいい音が響く。

3階の階段の奥の廊下から食べ物の匂いを黎は感じ取った。

そこに向かうと、昼食をとっている学生達が大勢いた。

どうやら食堂に着いたみたいだ。

けれど教育機関の食堂にしては、かなりおしゃれな雰囲気。食堂というよりカフェと呼んだ方が適しているかもしれない。

ダークな色の木質の簡易的な正方形のテーブルに、簡易的な椅子が向き合うようになっている。そのテーブルいくつかがくっついて配置されている。

けれど、学生食堂にありがちな密度が高いというわけではない。床もダーク色とホワイト色がまるでチェス盤のように組み合わされている。空間全体としては落ち着いた雰囲気。

新調した制服姿で黎は中に入る。少し歩いているだけですぐに気づく。

この空間は女子の占める割合が高い。とはいえ男子も少しは居るし、お腹も空いているためここで食べることに決まる。あまり女子生徒の団欒の近くには行きたくないという黎の経験則のもと、比較的落ち着いた場所を探し始める。

とりあえず食堂を一周すると、入り口付近の盲点になりやすい場所に見覚えのあるピンクの髪が視界に入る。食堂の端っこで、絵里が一人で昼食をとっていた。

髪形は普通のボブだが、髪色の所為で、よく目立つ。

絵里は一人で食堂の壁に体を寄せ、カレーを食べている。

そこは2人用の机だったから、手前が開いていた。

ちょうどいいか、と思い、黎は絵里のもとに行く。ノアにも、絵里と春人とは任務で同じだから関係構築をしておけ、と言われていた。

「花園、ちょっといいか?」

「はっ、ハイ!」

突然の呼びかけにびっくりして、カレーが付着したプラスチック製のスプーンを落とす。

「ごっ、ごめんなさい」お辞儀。

「いやべつに謝ることはないはずだが」

「ごっ、ごめんなさい」深いお辞儀。

「……」困惑する黎の顔を見て、再度謝る絵里。

ノアとは正反対みたいなやつだな…

「まあ、いったん落ち着いてくれ。ここで俺も昼食をとっていいか?」

ぽかんとした表情の後、絵里は承諾する。そして落ちたスプーンを、まるで野ウサギのように俊敏な動きで拾った。そんな絵里に黎は、この食堂での注文方法等を聞いた。

ARCの食堂では券売機のようなものは置かれておらず、テーブルにAAを読み取るリーダーが置かれている。そこにAAを通すと認証され、テーブル中央の硝子盤がらすばんにメニューが表示され、そこから注文する仕組みとなっている。その後、その硝子盤は他と同様の木質に同化するようにディスプレイが消える。

この仕組みにも黎は驚いたが、それ以上に驚くことがあった。

ARCの学生は学食で決済する必要がないらしい。AAを読み取り注文するだけで、無料で食事にありつくことが出来るのだ。

「ここはかなり支援が手厚いんだな」

「そうかな、私、ずっとここに居るからあまり分からないや」

さっきよりか落ち着いた様子。ただの人見知りなのだろう。

「ノアに聞いたが、ここの生徒は全員、孤児なんだってな」

真昼間から、黎は絵里に訊きづらい質問を平気でぶつけてしまう。

「うん、そうだよ。だからそういう子供たちはここや、別の施設で育てられるの」

「なるほどな。ところで俺はお前のことを何て呼べばいい?」

「なっ、何でもいいよ。名前でも名字でも」

「ノアはお前のことをなんて呼んでる?」

「絵里って呼ぶよ」

「じゃあ、俺もそうさせてもらう。構わないか?」

「うん。私は黎君と呼べばいいかな?」

「ああ、構わない」

ノアの言う通り関係構築の最初の段階はクリアできたようだ。

しばらくすると、黎の頼んだきつねうどんを高さ1mぐらいのロボットが運んできた。するりするりと学生達の中を移動している。黎の頼んだ食べ物以外も同時に運んでいる。

『月城様が頼まれたきつねうどんデス。ゆっくり味わってください』

「ほんっと、便利なことだ」と独りごちる。

黎は昼食を平らげ、これからの日程などについて絵里に説明を求めることにした。

「ごめん…私はその辺のこと良く分からなくて。ノアちゃんに訊くのが一番だと思う」

「そうか、でもあいつ、どこにいるか分からないんだよな…絵里、あいつに連絡とかできるか?」絵里は、うん、と頷き、リスト型デバイスを触る。

それに付帯されたホログラム投影機能が作動し空間上に青い通話画面が空間上に浮かび上がる。

【ノアちゃん、今大丈夫?】

【ええ、どうしたの?】

【今ね、黎君と一緒にいるの。これからの行動について教えてほしいって】

【あのバカと一緒なのね、分かったわ。今どこにいるの?】

【…3階の食堂にいるよ】

【すぐに戻る】

ホログラム通話の音の指向性が”周囲“と設定されていたため、ノアのセリフが

黎にも聞こえてきた。

「…黎くん、何かノアちゃんを怒らせるようなこと言ったの?」

首を横に振る。バカ呼ばわりされる理由が思いつかないからだ。

学力は…まあ高くはなかったが…

絵里も同様に何だか分からず、黙って俯いている。


戻って来て早々、ノアは両手で机を叩き、抗議しだした。

「あなた、どこ行ってたの?研究棟に行ってもいやしない!」

「検査が終わったから、少し散策してたんだよ」

「散策って…学舎の案内は私が担当でしょ!」

知らねぇよ、と黎は内心でツッコむ。

「それに、何度も連絡を入れたのに、全部、無視!?」

そう言われ、黎はリスト型デバイスに目を落とす。確かに何かを通知していた。

確認すると、柊 ノア、の名前のもとメールのようなものが複数来ていた。

「ほんとだ、気が付かなかった。こいつ、案外ポンコツなのか?」

黎は左手首に着いたデバイスをコンコンと叩いた。

「ポンコツなのはあんたよ!通知切ってたの!?」

そう言って、ノアは黎の左手首をガシッと握り、デバイスをいじり始める。

「やっぱり。それでも、振動するはずなんだけど…気づかなかったの!?」

「あのな…、何を怒ってるのか知らないけど、少し振動するだけど気づくわけないだろ」

「気づくわよ!普通!」

「お前は付け慣れてるからだろ。俺は今日、初めてこれを付けたんだ。それに、初めての場所だと普段より注意が一層、散漫にもなる。気づかなくても何も不思議じゃないだろ」

そのセリへでノアが黙り込んだ。反論が出てこないようだ。

バカと呼ばれたお返しだ、という表情を黎が見せると、威厳を取り戻すべくかノアが再び仕切り始める。

「そういえば、これからのことについて私に訊きたいのだっけ」「ああ」

「午後1時からここの学生は講義を受けることになる。あなたの受ける講義は私たちのと、ある程度被るようにしとくから。一人じゃ心もとないでしょ?」

「ああ、助かる」めんどくさいから、黎は適当にそう返事をした。

「でも、まだ講義の受講者データに、あなたのデータは保存されてないから、講義は来週から受けてもらうわ。だからもう、好きにしていいわ。帰ってもいいし、あなたの好きな散策とやらをしてもいいし」皮肉で締めくくって、ノアは食堂を後にした。

「……あはは、ごめんね。ノアちゃん悪い子じゃないんだけど…」

バツが悪そうに絵里がそう言った。


結局、昼食を食べ、そのまま帰ることになった。ノアの発言に気を悪くしたから、というわけではない。どうせ、来週からは普通に通うようになるのだ。わざわざ、あの人ごみの中を、せわしなく歩き回る必要もない。生徒たちが大勢いるような状況を黎はあまり好きじゃなかった。

帰り際、交通機関の中でノアからのメールの通知をタップすると、縦20cm、

横30cmサイズの青い画面が黎の目の前の空間に現れた。ホログラムとかいうものだ。

慣れないながらも、空間上に表示される画面に手を伸ばし、疑似タッチにより画面を操作。

周囲を確認して黎は少し安堵する。人が少なくて助かった、と。

機械の扱いには慣れていないのだ。

そして、アスペクト比は変えずに、画面サイズだけを小さくする。

けれど、画面サイズを変えたところで、ノアの数件の怒りのメールのインパクトは何も変わらない。着信履歴が現時刻から近づけば、近づくほど語気が強くなってる。

そんなに怒ることでもない気がするが…まあ、癇癪でも持っているんだろう、という結論を出して、黎は帰路に着いた。


興味を持っていただいてありがとうございます。本当に感謝します。

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