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温かい記憶

読んでいただいてありがとうございます。これは間違って消してしまったものを再度アップロードしたものです。何卒宜しくお願い致します。

ARCの構造を見ていると、ノアが目をつむりながら戻ってきた。

「証拠見せてくれるんだろ」

「ええ、見ればすぐに分かるわ」

「それは楽しみだ」

先ほどからずっとノアが目を閉じているのに黎は違和感を抱いた。

「お前なんでずっと目を閉じてる?」

「その説明も後。あなたには体感してもらうのが一番早いでしょうから。

立ってくれる?」黎は指示に従い、面倒くさそうに椅子から立ち上がった。

すると、突拍子もなくノアが話し始めた。

「今から私はあなたと戦闘をします」

「まだ笑わせてくれるのか?」

「目が見えない状態でも、私はあなたの攻撃を躱す(かわす)ことが出来る。

私からも攻撃は加えるから不公平でもないでしょ」

「何を言ってるのか全然分からないけど」

「言った通りよ。あなたと喧嘩しても私が勝てるって言ってるの」

黎はやれやれ、と言わんばかりに首を振ってみせる。

「そんなこと出来るわけないだろ。ほんとバカなんだな、お前。

現実との区別はちゃんとついてるか?」

一指し指をこめかみに当てて、黎はノアを小ばかにした。

「要らない心配ね。それに、お姉さんが死んだことで、ずっと不良みたく喧嘩ばかりしてるような人には言われたくない言葉だわ」

その言葉で黎の表情から薄ら笑いが消えた。そして不快という感情だけが、強く顔面に現れる。初めて怒りの表情をあらわした。そして、低く押し殺した声がノアに向かう。

「言う通りにしてやる」

「じゃあ3秒後にでも初めましょう。3,2,1」

開始早々、ノアが右足で上半身に蹴りを入れる。

それに対し、黎は左手でガードしながらノア同様に右足で蹴りを入れた。

黎は確信した。これで決まった、と。

今まで相手の攻撃をいなして、空いた側に攻撃を加えるのが、彼なりの戦闘スタイルだ。

それに対応できたものなど一人もいなかった。今までは。

ノアは体勢を保ったまま伸びる黎の右足に、肘を上から振り下ろした。

“痛っ!!“

黎は驚きながらも、瞬時に後方へと距離を取る。ノアはずっと目を閉じたまま。

どういうことで、何が起きたのかを理解するには時間が足りなかった。

「あなたからも攻撃してきたら?受け身な姿勢ではつまらない」

「そうだな」

今度は黎から前方に詰め寄り掌底しょうていの握りでノアの右上半身を狙う。

しかしその攻撃も、肩を引き、半身になってかわされる。

そして、バランスを崩しているのを狙われ、腹に蹴りを入れられた。

“おぇっ!”

ふらっ、と後方へとよろめく。全く状況がつかめない。

「いきなり掌底打ちなんてするから躱されてバランスを崩すのよ。

それとも女の子にパンチは、あなたでも気が引けたの。案外、優しいのね」

「…どういうことだ。目を閉じてるのに…」

「ふんっ、少しは私の言うことを素直に聞く気になった?」

「…」

「黙ってちゃ何も分からない」

「どうやって俺の攻撃を、それも目を閉じたまま躱した?

そもそも、目が開いていたとしても女に躱せるとは思えない、」

ノアは目を開き、呆れたと、言わんばかりにため息をついた。

「あなた、質問が多いのね。まあいいわ。その答えは“反響定位”」

反響定位はんきょうていい?」

「エコロケーションとも言われているわ。聞いたことない?」

「…」

「ないわね、いいわ、教えてあげる。反響定位というのは、発声音の反響を利用して物体の距離などを知る能力のこと。分かる?」

上から目線の言い方に黎はイラっとした。

「お前は特に音を発していなかったはずだ」

「そうね。でも私が発信源である必要もない。あなたの靴音、息遣い、それに外からの環境音、これだけの情報源があれば十分なのよ。私にはね」

そんな環境音、俺には全く聞こえなかった。それに息遣いだと…。

何を言っている、こいつは

「俺の攻撃を見ずに避けるなんてありえない」

「ありえないも何も、今見せた通りよ」

ノアの言っていることを肯定したくないという気持ち一心で、黎は反論を探す。

「だが、これじゃ化け物が存在する証拠にはならないだろ」

自分でも、この言葉は負け惜しみにしか聞こえない。

「はぁぁ、面倒ね、あなたは。ヴェイルと遭遇でもしてくれたら信じてくれるの?」

「それなら信じてやるよ」

「じゃあ、ARCに入るってことでいい?」

「は?」

「は?って…さっきも言ったけど、ヴェイルはね、あなた一人で見つけられるような相手じゃないの。私のような特殊な能力の持ち主にのみ見つけることができるの」

「お前のさっきの能力はどういう仕組みだ?」

「さっきも言ったじゃない、反響定位だって」

「なんでそんなことが出来るんだ!って訊いてんだ」

ノアは一瞬沈黙したが、淡々と話し始めた。

「…それは、極秘事項。部外者には教えられない。でも分ったでしょう?

私が普通の人間ではないということ。そして、それは優れた感覚によるものであることを」

再びロビーに沈黙が流れる。黎はこの現状の対処法を知らない。

ここに来たのも、ただの好奇心でしかなかったからだ。

視線を合わそうとしない黎にノアが語り掛ける。

「あなたを縛り付けているものは何なの。社会への不満があなたをそのようにしたの?

それとも、やっぱりお姉さんの死が」

「その話は止してくれ」黎の声のトーンが下がる。

この話には触れたくない。

「悪かったわ。でも、あなたは不良のように生きるべきではない。

あなたには人を助ける力がある」

「俺に…」

そんなもの…あるわけないだろ

「さっきも言ったでしょ。あなたにはその力がある。

あなたにも私同様に、いえ、おそらく私以上の能力を得る素質がある」

「どうしてそんなことが分かる?」

「公正な手続きによる推測の結果。でも、その詳細に関して今は話せない。

部外秘だからよ。だから私を信じてもらう以外に方法はない」

ノアの眼差しは真剣そのものだった。

「すぐに結論を出してとは言わない。あなたが、ARCに所属すればヴェイルと遭遇することになる。そうなれば、あなた自身の安全も保障はされない」

少しの間の後、ノアは意地悪そうに微笑んだ。

「でも、女の子にやられっぱなしでいいの?」

既視感。黎はどこかで、こんな表情を見たことがった。

記憶を呼び起こされる。彼のお姉さんの友達が訪れてきた時の記憶。


そういえば、姉さんの友達、名前は…雨衣ういさん。よく優玄ゆうげんさんと一緒に家に遊びに来た。2人にはよく遊んでもらってたっけ。

それで家にあった…チェスボード。…そう…チェスを指してたんだ、雨衣さんと。何度やっても勝てなかった。それで俺が拗ねてるときに雨衣さんに同じことを言われったけ。

「女子にやられっぱなしでいいのかな?」

それで俺の額を小突いてきたんだ…口角の上がった、いたずらっぽい笑顔で…。

ちょっと…いい思い出なのかは判然としないが…それでも…思い出せたのは良かったのかもしれない。

今までは何も思い出せなかった、いや、思い出さないようにしていた。

お姉さんが亡くなってからずっと。思い出さないように黎自身がそうした。

辛い出来事だったから。過去を思い出すと痛みを伴うから。

その過去にはいつも、お姉さんがいるから。

それでも、思い起こされた記憶は彼の冷えた空っぽの心を少しばかり満たしていった。

…俺にもそんな頃があったんだな

「ふっ」

薄ら笑いではなく、純粋な笑みがこぼれた。

「そんな表情つくれるのね」

「俺の負けだ」両手を上げ、顔を振りながら降参の意を伝える。

黎はこの時、ARCの活動内容や、組織の構造などほとんど知らされていない。

けれど、その辺のことはもうどうでもよかったのだ。

「そう、良かった。あなたを歓迎する」

「さっきは悪かったな、ノア」

一瞬沈黙が流れた。

「あれ、柊って、呼んだ方がいいか?」

「…いや、いいわ、ノアで。友達もそう呼ぶから」

そして、ノアはすぐに話を変えた。

「ところで、あなた、一人で住んでるのでしょ?」

「ああ」

「孤児なのにどうして施設や公共団体の世話にならずにいるの?」

「姉さんが死んだあと、多大な金を渡された」

黎の表情が一瞬だけ沈んだ。それを見て、ノアはそれ以上の追及は控えた。

それを察して黎は話を続ける。

「俺は、お前らと同じ居住スペースにでも移ったほうがいいのか?」

「そんなルールはないわ。でも、ここにいる子は、もともと親がいないのが普通なの。

だからARC内の宿舎に住むのが一般的。もちろん私も」

「取り敢えず話も合意で終わったことだし、ここを出ましょう」

ロビーを後にし、2人は正面入り口に出る。

雨後であり地面がぬかるんでいるが、空気は澄んでいる。

「俺はこれから何をすることになる?」

「そうね、取り敢えずあなたはARCの教育機関で我々と一緒に教育を受けることになる。だから今の学校は辞めることになる。困る?」

「全然」

「そう、基本的な手続きはこちらで済ましておくから安心していいわ。

あなたは明日から登校する必要がなくなる」

「そんなことまで出来るんだな」

「ええ。ARCの研究は複数省庁からも資金が流れてくるほど期待されている。

だからその辺の手続きは簡単に通るようになっているわ」

「お前のような特殊な人間を生み出す研究にか?」

「そうね。でもARCにとって、私のような人間を生み出すことはそれほど

難しいことじゃないわ。あなたもすぐに私と同じレベルのことを出来るようになる」

「なら、ヴェイルって化け物にもすぐに会うことになりそうだな」

「怖い?」口の端がわずかに上がった、からかった言い方だった。

「どうだろうな、俺はそいつらに関する情報を、お前から全く聞かされていないからな」

黎もまけじと皮肉で返す。

「言ったら驚いちゃうと思って、あえて言わなかった」

「ひどいやり方があったもんだ」

「まあ大丈夫よ、なんとかなるから。

…それに、何か生きる目的があるというのは悪くない感覚」

その表情には自信が現れている。それを見て、黎は思った。

…多分、俺には得ることが出来ない感覚だな。

「なっ、何見てるの!」

「別に。じゃあ俺はもう帰ればいいか?」

「ええ、要件はすべて伝えたから。また…そうね、明後日の金曜日にここに来てくれる?

「時間は?」

「午前10時30分には来て。色々渡さなきゃならないから」

「何か必要なものは?」

「特には。ペンケースぐらいは持ってきなさいよ」

分かった、と返事をして、黎はARC前のバス停に向かう。

まだ昼過ぎだから、バスの乗客はほとんどいない。

黎は高校前のバス停を通り過ぎる。もう学校に戻るつもりなどなかった。

交通機関を乗り換えて、住まいの最寄り駅で降りる。田舎だからか歩道には水溜まりが至る所にある。車道は整備されているのに、歩道の方はからっきし。水がうまく排出されるような構造にはなっていない。雨後の水たまりが黎の靴を濡らす。


古い公営マンションに黎は暮らしていた。

未成年者だけで暮らすことなんか出来ない。

普通は、児童養護施設や児童相談所が法的な保護や支援を行う。

けれど、黎の場合は少しだけ事情が違う。

お姉さんが、2人で暮らすのに最低限必要な分の生計を立ててくれていた。

だから、未成年でも公営マンションで生活をすることが出来てた。

とはいえ、未成年であることには変わらないため、相談所が定期的に訪れてきた。

生活が送れているかを確認しに来ていた。

古びたマンションの5階に黎が一人で暮らす部屋がある。

間取りは2DK。1人で住むには広すぎるサイズだ。

個室が2つ。一室は黎ので、もう一室は亡くなったお姉さんのものだ。

黎が11歳のころ、お姉さんは17歳で事故によって命を落とした。高校2年の時だ。

彼も今年、高校2年に上がったばかり。


扉を開け、濡れた靴下を玄関で脱ぎ、ソファに座る。黎の視界の端にはお姉さんの部屋が入る。目に映る景色は変わらないのに、そこにあるはずの時間だけが遠ざかっていく。

姉さんが死んで、もう5年…

姉さんがいなくなってから、俺の生活は荒んでいた。

姉さんを除いて、親も社会も、俺に頼れるものは何一つなかった。

親に捨てられてからずっと姉さんに頼りっぱなしだった。何もしてあげられなかった。

誰かに助けられた覚えなんてない。

だから、ノアの言うように、化け物が人を殺してるとしても、被害者に感情移入出来ない。人を助ける理由なんて見つけられない。だからこそ分からない。

あいつも孤児で似た境遇なのに何のためにそんなことする?

―黎、友達を大切にしなさい。私たちは一人では生きられないのー

お姉さんの言葉が黎の中ですっと浮かんでくる。

…今日はこんなことばかりだな、あいつが原因か?

姉さんの言っている”友達“というのをノアに映し出したのか?

「はっ」と乾いた息が黎から漏れる。

…俺に限って、そんなわけないか

「はぁーーあ、今日はもうゆっくりしよう。疲れた」両手をぐ―っと上に伸ばす。

そしてソファに横になった。考えることは色々あるけど、少し疲れたみたいだ。


夕方に黎は目を覚ました。気づいたら眠っていたのだ。

思考がすっきりして、くすんだ白の天井を見つめる。

そして、ソファからぐっと立ち上がる。

…久しぶりに姉さんの部屋でも掃除するか。

けれど、お姉さんの部屋はもともと綺麗だから黎がすることはほとんど無い。

部屋の扉を開けると、閉じ込められていた微かな匂いが流れ込んでくる。長い間閉ざされていた空間は、埃をまといながら、静かにそのままの形を保っていた。窓のカーテンが少し開いており、柔らかなオレンジの光が細く差し込んでいる。



興味を持っていただいてありがとうございます。本当に感謝します。

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