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モノクロの女神と魔王  作者: 蒼雲ふい
第1章  枯れかけの種
8/11

灰色の霧①


 入学式のあの日から一週間。

 今日は毎年新入生恒例の『前世召喚の儀』が執り行われる。

 2・3年生に見守られ(値踏みされ)ながら己の前世を召喚するのだ。


 __前世召喚の儀

 庶民、貴族、立場関係なく、この世界に生きるすべての生物のが魔術を使うことのできるこの世界。もちろん生まれた瞬間から魔力を宿している。

 古の時代、この世界の創造神フェリスティアがすべての生命が協力し、平和な社会を創ることを命じた。

 それと同時に、その便利道具としてすべての生命に魔力を与えた。

 そして何故前世召喚の儀を行うのか?

 それは今から1000年前、人々が権力に溺れ、各地で争いが止まなかった頃、世界を救った者がいた。

 後に彼らは魔王と女神と呼ばれるようになった。

 誰もが従わざるを得ない絶対的統治者。この2人が生きた時代には平和がもたらされたという。

 そして人類の研究の進歩により、その2人の記憶を、生まれ変わりに思い出させ、世界を統治させようというのが平和を願う人々の考えだった。そんな考えが広まり、魔王と女神を崇め奉るのがこの国の国教にまでなっている。そのため、今日まで500年もの間、この儀式が毎年行われてきたのだ。

 裏を返せば、魔王と女神以外の生まれ変わりの前世はただのおまけに過ぎないのだ。だが、参加賞として自分の前世の能力を得られる。しかし、自分のひとつ前の生の力だけという条件付きだ。魔王と女神は他の生物になることはない。

 そして昨年度、ついに魔王の生まれ変わりが見つかった。オフィーリア・イルセ、その人である。

 しかし、女神も同年に生まれ落ちたと神託が降っていたにも関わらず、女神の生まれ変わりは現れなかったのだ。

 魔王と女神は一定以上の魔力を持って生まれる、という研究結果のもと、学院にはその一定を超えた者しか入学できない。

 この学院はそういった意味である程度絞り込みができるのだ。そのため、庶民も入学することができる。その分、毎年貴族の庶民いびりが後を絶たない。


 今年こそは、と誰もが期待している。

 女神が現れることに。

 そして今日、その儀式が行われる__。




 「マリーシア、楽しみですね!」

 スピアナが本当に楽しそうに話している。

 少しずつ、彼女が心を開いてきてくれているようで心が温かくなる。

 「そうですね。自分の前世って、少し興味あります。」 

 嘘だ。自分の前世を知ったとしても私の生活は変わらない。正直に言うと、知る意味もないと思っている。

 「私は爵位が低い家の出身だからか28番目です……。周りの視線が怖いのです、ほら、会場には同級生だけではなく上級生もいらっしゃるでしょう?」

 確かにスピアナの言う通りだと思う。特にスピアナは男爵家だから上級生も礼儀の欠片かけらもない視線を送ることと安易に想像できる。

 きっと、格上の伯爵家の身であるマリーシアの隣にいるのも気が気ではないだろう。

 そう考えると、スピアナの優しさや約束を守ってくれる律儀さを改めて感じる。

 例え周りが何と言おうと、私はスピアナの味方でいようと心に決める。


 儀式が始まる。

 「スピアナ・アンダーソン、前へ!」

 教員のやけに通る声が会場内に響く。

 「いってらっしゃい、スピアナ。ここで待ってるから。」

 できるだけ、安心感のある笑みを、貴女に。

 「……ありがとうございます、マリーシア」

 少し緊張が和らぎましたと言って、魔法陣のある会場の中心に向かった。

 会場は学院最大級の広さを誇る実技ドーム。

 生徒や教員が囲むようにして魔法陣に立つたった1人に視線を向ける。

 魔法陣に立ち、自分の名前を魔力を声に込めながら叫ぶのが前世を召喚する方法。

 

 「スピアナ・アンダーソン!!!」

 スピアナが叫ぶ。

 魔法陣が眩い光を放つ。

 この暖かさはスピアナらしいと思った。すると。


 「ペガサスだ!」

 誰かがそう叫んだ。

 瞼をそっと上げると、そこに顕現していた光の上位精霊、ペガサスのそれだった。

 「スピアナ・アンダーソン、光の上位精霊、ペガサス召喚!!」

 教員がそう宣言する。

 スピアナはペガサスと握手を交わした。

 これが、記憶譲渡の方法だ。

 精霊を前世とする人は非常にごく稀だ。更に上位で、属性は光。

 会場のヒートは上がっていく一方。

 しかし教員は冷静で、次の生徒の名を呼んでいた。

 もしかしたらこれまでにも上位精霊を召喚した生徒がいたのかもしれない。

 スピアナは一礼して魔法陣を去った。

 その姿が、遠目から見ていても誰もが美しいと感じるぐらい、パチパチと弾ける強く柔らかな光を纏っていた。

 

 「スピアナ、おめでとう!すごくかっこよかったですよ!」

 「ありがとうございます、マリーシア」

 私に笑顔を向けてくれる彼女の笑顔は、召喚したペガサスから受け取った記憶の影響からか、どこかいつもよりも光り輝いて見えた。

 スピアナが私の隣に腰を落とす。

 「マリーシアは一番最後でしたよね?」

 「うん、そうなのよ……」

 同級生の中には公爵家の子だっているというのに、学年首席だか何だか知らないが、一番最後になっていた。

 「こんな私が言うのも何ですが…、きっと大丈夫ですよ!どんな前世だったとしても、私はマリーシアのお友達です。あの日、私を助けてくださった優しいマリーシアであることに、変わりはありませんから。前世を思い出したからといって人格が変わるわけではないですし。」

 私の両手に優しく手をのせて、励ましてくれたスピアナ。それだけで私は十分すぎるほどの幸福感を味わった。

 

 「マリーシア・クランドール、前へ!」

 教員の声が会場内にはっきりと響く。

 気がつけばあっという間に私の番になっていた。


 「ありがとうございます、スピアナ。私のお友達になってくれて、本当にありがとうございます。」

 彼女が返してくれた優しい笑みを胸に刻んで、私は席を発った。


 魔法陣の前に立つ。魔法陣がよく見えるように設計された専用の特別席には、オフィーリアの姿があった。背後には、従者と思われる男子生徒が立っている。

 こちらにあの頃と変わらない品のある自信に溢れた笑みを向けている。

 あんな顔、見ているだけで一般人はあの圧に負けて逃げ出したくなるだろう。

 魔法陣の中心に立つ。

 自分の名前を叫ぶ、という儀式の方法が好きではなかった。

 私はこんな時でも自分勝手で、私はマリーシアではないと叫びたくなる。言ったとしても、誰も信じてくれないだろうに。なのに、私はここにはいない両親を恐れてしまう。

 スピアナが仲良くしてくれるのも、私がマリーシアとして振る舞っているからこそ。

 

 

 「マリーシア・クランドール!!!!」

 __スピリット

 私の名前はスピリット。

 誰か、気づいて。

 私はマリーシアではないの。

 いつか、誰かに私の真名を呼んでもらえる日は来るのかな。

 一筋の涙が伝う。

 でもこの距離なら、誰にも見えない。


 「何だ!?」

 私の周りを、金色の光が包み込む。

 周囲に強い風が吹く。まるで竜巻のように、私を中心にして渦を巻き、雲をも割いて突き抜ける。

 

 『スピリット、貴女は貴女。他の、誰でもない__』

 頭の中に響いた、清らかな女性の声。

 光が徐々に消えて、竜巻も、最初から何もなかったかのように辺りは静まり返っていた。

 風により飛ばされたベンチや書類も元通りの位置にある。


 「お前は、誰だ……?」

 教員がそう呟いた。

__え?

 私は自身の顔に触る。

__どうして!?

 髪の毛の色は真っ白で、短い。着ているものも制服ではない見たこともない服。肌は不自然なぐらい白く、目線も先程より高い位置にある。

 

 周りの騒然とした空気が見えていないかのように、突然目の前に現れた美女が私に右手を差し出す。

 私はこんな状況にも関わらず、自然と同じように右手を差し出していた。

 握手を交わし、また会場が金色の光に包まれる。しかし今度は一瞬だった。

 「……マリーシア・クランドール、女神召喚……」

 教員は動揺しつつも職務を忘れてはおらず、その一言が静まり返った会場内の人々を更に動揺させた。

 流石のあの教員でも、女神召喚の宣言を自分がすることになるとは思ってもみなかっただろう。

 何故だか私はひどく冷静だった。

 偶々目をやったところにあった特別席に、あの従者と思われる男子生徒はいたが、何故かオフィーリアの姿はなかった。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。


 私はおそらく、母の呪いが解けてスピリットの姿に戻ったのだろう。誰にも解けず、存在すらバレなかった母の強力な呪いも、女神なら解呪可能なのだろう。

 そう瞑想していたからか、人が近づいてきていることに全く気づかなかった。

 「……スピリット」 

 声のした方を向くと、そこには動揺の垣間見えるオフィーリアが立っていた。


 __まさか最初に私の真名を呼ぶのがこの人だなんてね。

 自然と口角が本当に浅い瓜を描く。


 すると、彼は急に私に腕を伸ばし、抱き締めてきた。

 冷えた身体が彼の体温を感じる。

 「ずっと、会いたかった。……スピリトール」


 スピリトールとは、誰のことだろう。

 また再び瞑想することを、周りの大き過ぎる歓声が許してはくれなかった。

 


次回予告:前世を召喚し、スピリットが得るものは__?

10月13日更新です♪

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