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モノクロの女神と魔王  作者: 蒼雲ふい
第1章  枯れかけの種
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出口のない檻②


 日がうっすらと昇っていると感じ始めた頃、手錠を外され、マリーシアとしての1日を始める。

 予習、復習、読書をして朝食をお父さまとお母さまと摂る。マリーシアとして午前中は教育を受け、午後は礼儀作法の授業を受け、刺繍をする。夕食も家族揃って食べ、談笑し、お風呂に入ってからお母さまにおやすみの挨拶をする。

 いつも寝るのが早いわね、と言われるのももはやルーティーンと化していた。

 母や屋敷の従者たちが寝静まったころ、メイド長が私の部屋にやってきて、地下牢へ連れていく。ラピスラズリのペンダントはもちろん身に付けて。

 メイド長は無言でいつも通り手錠の魔術をかけ、牢から出ていく。

 父はこの二重生活が始まって1年ぐらいしてからスピリットとしての私の前に姿を見せなくなった。

 マリーシアすごいね、頑張ったねと、マリーシアは生きていると、そう信じ込んでしまったのだ。信じようとすればするほど、嘘は本当になっていく。

 父もまた、壊れてしまったのだ。

 誰もこの牢からいなくなった頃、ようやく私は安心して眠ることが出来る。ほんの3時間の、自由と言っていいのか分からないがこの時間だけ、私はスピリットでいられる。

 今日は鉄格子越しに見える月が綺麗な円形をしていた。だがそれもすぐ、雲に隠れて見えなくなる。

 感情は無い方が絶対に苦しまずに生きられる。

 誰かに絶望感を抱くことも、すぐに消されてしまう幸せを感じることもない。

 でも、このたまに感じる虚しさや疲労感、虚無感は何なのだろう。

 外から雨音が聞こえる。直に土砂降りになるのだろう。いっそ雨粒のひとつになって蒸気になりたい。

 変わらない日常。終わりの見えない人生。私は、死ねなかった。

 一度、本気で死んでやろうと思ったことがあった。落ちていた鉄片で頸動脈けいどうみゃくを切ろうとすると、メイド長が息を切らせて走ってきた。

 「……どうして」

 「貴女が今死んだら、誰が奥様を止められるというのですか……!この屋敷にいる者全員の首が飛びますよ!?貴女は、それだけの人の命を背負っているのですよ!自覚がお有りですか!?」

 珍しく心底慌てた様子で訴えるメイド長は、リーダーとしての責任感があるようだった。でも。

 そんなこと、知らない。

 どうして私がこの人たちの意見を優先しなければならないのか。甚だ疑問だった。

 「申し訳、ありませんでした」

 今ここで求められていることは何か。

 最期すら自分で決めることを許されないのだと悟る。今、諦めたことで、心が軽くなったような気がした。

 「……分かればよろしい」

 メイド長は背を向けて去っていった。




 あれから、4年。

 今日はマリーシアの国立フェリシア魔術学院入学式。座学・実技の試験に受かった16歳になる貴族のみに入学資格がある。

 私はどちらも首席として入学した。お母さまの望みをしっかり叶えたのだ。そのため今から新入生代表の挨拶をすることになっている。

 「__続いて、新入生代表挨拶。首席、マリーシア・クランドール前へ!」

 ステージの上に立つ。この場にいるすべての人の視線が私1人に突き刺さる。

 今求められているのは、首席マリーシア・クランドールの威厳と可憐さ。

 「春の暖かな日差しが差す中、今日このフェリシア魔術学院に入学出来たこと、心より嬉しく思います__」

 拍手が止まらない。ちらりと両親のいる方を見ると、2人とも満足そうな顔をしている。どうやらお気に召したようだ。

 しばらくして司会の教員が進行を再開するとともに静かな入学式へと戻った。

 「続いて、在校生代表の挨拶。オフィーリア・イルセ!」

 その名前に、周りが一気にどよめく。

 去年度、前世召喚の儀で魔王の前世を持つ世界最強の魔術師。それだけの魔術を行使できるにも関わらず何故か学院に留まり続ける変人。その理由は誰も知らないとの噂。

 「本日は、魔術の才を持つ518名の入学を嬉しく思っています。これから多くの困難が待ち受けているとは思いますが__」

 先程とは比べ物にならないぐらいの拍手が湧き起こる。

 言っていることは一般的なことなのに、オフィーリア・イルセが言っているというだけで、声を発するだけで、誰もが感動する。

 そして恒例の首席どうしの握手では私の瞳を見て、こう言った。

 「君の活躍を楽しみにしているよ」

 多分、私にしか聞こえていなかったと思う。

 その笑顔はあの頃とはちっとも変わっておらず、完璧だった。

 「期待に応えらるよう、頑張ります。」

 また私も、鍛え抜いた笑みで返す。

 

 そうして入学式は幕を下ろした。



 入学後、私のもとには毎日のように媚を売りたい生徒が現れる。言うことは、誰も同じ。

 それにもさすがに辟易していたある日。

 「__返してください!!」

 静かな回廊に聞こえた物騒な言葉。

 息を潜めて状況を窺うと、そこには3人の女生徒に囲まれ、泣き腫らした1人の女生徒がいた。

 真ん中にいる女生徒のもつリボンに手を伸ばしている。

 「返してください、お祖母さまの形見なんです!」

 それを嘲っている女生徒たち。虫唾が走る。

 「綺麗なリボンですわね!」

 「これはソフィア様にこそ似合う代物だと思いますわ!」

 「あら、やっぱり貴女たちもそう思うわよね⁈」

 「「ええ、もちろんですわ!」」

 この4人を無視して歩く生徒は、何人もいた。

 どうして、誰も助けようと思わないの!?

 特にあの女生徒に義理があるわけではない。

 でも、助けるのに理由なんてない、わよね。

 本来、スピリットは人助けを好んでするような人ではない。だが、私の中に燻る何かが私に助けろと訴えかけてくる。

 「__貴女が持っているリボン、私にも見せていただけませんか?」

 「……え」

 「学年首席…」

 わかりやすく狼狽える取り巻きの2人。

 しかし主犯なだけあってソフィアとかいう女生徒は堂々としている。

 「マリーシア様、ご機嫌よう。こちらのリボンは私の大切なものなのです。丁重に扱ってくださいませ?」

 「はい、もちろんですわ。」

 この人、罪悪感とかいうものはないのかしら。私の怒りは更にヒートアップしていく。どうやって懲らしめてやろうか。

 「マリーシア様もよければ私たちと学園生活を楽しみませんか?」

 この私に取り巻きになれと?馬鹿なのかしら。どうしよう、段々言葉がおかしくなってきた。もうそろそろ終わらせようかしら。

 「皆さん、掌を私の方に向けていただいてもよろしいでしょうか?」

 「?」

 3人は何が何だか分からないまま言われた通りにする。

 「ありがとうございます」

 私は呪いとも言われる簡易的な魔術をかける。

 「!!!?」

 そう、3人が2日間リボンになる呪いだ。物理的に傷つけると後でこの女生徒も私も何と言われるか分からない。それが密かに恐怖として私を支配していた。

 ただ当然、この3人は当分動くことは出来まい。

 「……大丈夫ですか?」

 泣き腫らした名前も知らない女生徒に声をかける。

 「ありがとうございます、マリーシア様。」

 「堅苦しいのは大丈夫よ。お名前を伺ってもよろしいですか?」

 「スピアナ・アンダーソンと申します。助けていただいたこと、感謝いたします。私にできることがあれば、何なりと。」

 こんなしっかりした人、初めて見た…。こういう時、マリーシアなら何と言うのか。

 「それなら、私と対等なお友達になってくださると嬉しいわ。」

 「そんなことで、よいのですか?」

 どこか信じられないという顔をしたスピアナ様は失礼も承知という顔をして問うた。

 そんな彼女を安心させたいと、私は"包容力のある笑み"を彼女に向ける。

 「ええ、私は貴女とお友達になりたいと思ったの。どうぞマリーシアと呼んで。私もスピアナと呼ぶから。」

 「ありがとうございます……マリーシア」

 こうして私はこれから3年間を共にする友を得ることに成功したのだった。

 



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