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モノクロの女神と魔王  作者: 蒼雲ふい
第1章  枯れかけの種
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造形のない白②


 あれから丸1年の時が経った。

 子供の順応の早さは恐ろしいもので、今ではクランドール家にも慣れ、マリーシアとの血の繋がりなんか気にせずに毎日本物の姉妹のように過ごしている。

 朝食の時間は家族4人で長いこのテーブルを囲む。 朝食の後は2時間礼儀作法などの淑女として恥じないようにするための教育を受ける。

 その後は王城に訪れてシャルルに地理、歴史、数学などを学ぶ。

 シャルルには相変わらず稽古をつけてもらっている。シャルル曰く、どうやら私には魔術の才能があるらしい。


 魔術師の世界では魔力の保有量で階級が決まるらしい。上から順に、サファイア、ルビー、トパーズ、ペリドット、水晶とある。

 シャルルによると、今の私はルビーはいけるとのことだ。

 だが魔力の保有量は16歳を境に急激に増えたり、減ったり、変わらなかったりと個人差がある。

 

 前世召喚の儀があるからだ。

 前世召喚の儀では、前世の自分の魔力を今世の自分の器つまり体内によみがえらせる。そのため、前世で強い魔力を持っていれば今世でより強大な魔力を持つことができる。

 しかし、前世の自分の種族によっては人に合わないものもあり、逆に16歳までに保有していた魔力が著しく減ることがある。

 だからシャルルはこうして自分の職務の空き時間を確保しては私の稽古をしてくれる。

 私の僅かな可能性に期待しているのだ。そのおかげで私は今もこうして魔術を学ぶことができている。

 「今日の稽古はこれで終了です。スピリット、また腕を上げましたね。」

 男性らしくない微笑みを浮かべているシャルルを知る者は少ないと聞く。

 普段から氷のような愛想笑いしか浮かべないシャルルは、満足した時だけこうして笑う。

 だから私は彼に褒められると、むず痒くて、でもすごく嬉しい気持ちになる。

 「ご指導ありがとうございました。失礼いたします。」



 帰路につく。体力をつけるために王城からはいつも歩いて帰っているが、女の幼子がすることではないと思う。けど、もうひとつは__

 

 「そこのかわいいお嬢ちゃん、こっちへおいで。おいしいお菓子があるよ」

 裏道へ誘う黒いローブのフードを深く被ったおじさんが、突然私の腕を掴んだ。

 「結構です」

 そう言うとおじさんは更に私の腕を強く掴んで、私を裏道に連れ込んだ。

 「お前の意見なんか関係ねぇんだよ、いいから手持ちの金貨を出せ」

 私はさっきまで浮かべていた『子供らしい』笑みを引っ込める。

 「え、無理」

 雷の魔術を行使し、この男以外の周辺にいた仲間にも雷の雨を降らす。私がくるくると回り続ける限り、この雷は降り続ける。

 そう、もうひとつの目的はこうして襲いくる馬鹿な盗賊の掃除。魔術を使った防御の練習。


 パチパチパチ…

 背後から拍手の音が聴こえた。慌てて振り返る。私より遥かに上の魔力を感じたから。

 その影は私に確かに近づいてくる。

 「驚いたよ。まさか貴女があんな風に魔術を使うなんて。シャルルの教育の賜物ですね。あんなに美しく敵を半殺しにする魔術師なんて、なかなかいませんよ?」

 「……オフィーリア様、ご機嫌よう。」

 「そんな堅苦しい挨拶はいい。俺たちはまだ子供で、おまけに同い年だ。こいつらはじきに呼んだ兵たちに回収される。今日は伯爵邸まで送ろう。」

 「ありがとうございます。」


 今日の夕日は、一段と綺麗に見えた。橋の上から見える川の水面みなもは空の橙を映しているようだった。

 別れ際、オフィーリア様が話し出した。

 「もし機会があれば、また王城で会えるかもしれないな。」

 「オフィーリア様は先日、最年少でサファイアを賜ったと聞きました。そんな貴方と王城で会えるとは思えません。」

 「ははっ、貴女は素直な人だな。だが、この広い世の中何が起こるかは誰にも分からない。良くも悪くもだ。まぁ、魔力量ならあと9年ではっきりする。楽しみにしているよ。」

 そう言って彼は私に背を向けて去っていった。右の手を上げてひらひらと無気力に手を振っているのが少しうざったかった。

 「お姉さま、おかえりなさい!」

 背後から抱き締めてくるマリーシアは、やっぱり天使のように可愛かった。無意識のうちに口がふにゃりとニヤける。

 「ただいま、マリーシア」

 

 「…ゴホッゴホッ」

 「マリーシア、大丈夫?」

 「大丈夫だよ、お姉さま。風邪でも引いてしまったのかな?」

 「…そう」

 マリーシアは私と違って体がとても弱い。風邪を引いたら治りはするが、必ず重症化してしまうのだ。早く戻ろうと促して私たちは伯爵邸内に入った。



 私が幸せだったのは、ここまでだろうか。


 事態が急変したのは、ここから1ヵ月も経たない頃。

 マリーシアが、この時代では完治の難しい病気にかかっていたのだ。

 毎夜のごとく教会から来られた領地一の神官さまが慌ただしく出入りする。

 父も、母も、もちろん私も毎日気が気ではなかった。

 ある日、マリーシアを除く私たち家族3人が神官さまに呼ばれた。

 「皆さま、耳を塞ぎたくなる内容ですがよくお聞きください。…マリーシア様は、おそらく今夜が最後になられるかと思われます。」

 とうとう、そう告げられる日が来てしまった。

 「嘘、でしょう!?」

 母は気を失うようにして床に倒れた。父がそんな母を自室の寝台に寝かせるよう、メイド数人に指示を出す。

 私はただそこに呆然と立ち尽くすしかなかった。

 涙が一筋、頬を伝う。この生ぬるい水は、私に絶望を映すには十分過ぎて、余計に止まらなくなった。

 「スピリット様。人の命というものは、いつかは散るものです。今貴女様に出来ることは涙を流すことではなく、最期までマリーシアの側にいて差し上げることではないでしょか。」

 神官さまがそう優しく諭してくださったおかげで、少し冷静になることができた。

 絡れる足で涙を雑に拭いながら回廊を走る。

 部屋に行くと、マリーシアは生きていないみたいに、見たこともないほどの青白い顔をしていた。

 今はただ眠っているようだが、今、この場を絶対離れてはいけないと肌で感じた。

 しばらくして、扉の開く音が聞こえた。

 振り返ると、父がそこに立っていて、私の隣にやってきた。

 「マリーシア」

 悔しそうに、愛おしそうに、名を呼ぶ父を私は見ていられなかった。

 また更に時間をおいて母もこのマリーシアの部屋にやって来た。

 3人でただマリーシアの小さな手を握った。その温もりを忘れぬように。ずっと温かい手であって欲しいと祈るように、そっと優しく。ただこの手を握っていたい。そう願うことすら、この世界は許してくれないのか。

 神官さまは、ずっと私たちから少し離れた所で待機していてくれた。


 流れ星が、晴れ渡った夜空に流れた時だった。

 マリーシアの手の温もりをもう感じることができなくなったのは。


 神官さまが帰られて、マリーシアの手から私たちの手の熱も消え失せた頃。

 母が信じられないことを言い出したのだ。

 マリーシアは生きている。ほら呼んでいるわよ、と。

 父も私も、何も口から言葉が出てこなかった。

 ただ黙ることしかできなかった。

 とうとう父が言葉を発した。

「マリーシアは、死んでしまったんだ。」

 その言葉に、改めてマリーシアの死を実感させられる。

 すると母は人が変わったかのように私のことを指差す。

 この目を、私は知っていた。これまでの美しい思い出で覆い隠されていて、忘れていた。

 「どうして、この子は生きているのよ!!!」

 その瞬間、私の身体を黒い靄が覆う。私は動くことができなかった。体は両足を杭で刺されたように重かった。

 黒い靄が晴れた瞬間、目の前にあったマリーシアが使っていた大きな鏡に、マリーシアが映っていた。私__スピリットが立っていた位置に死んだはずのマリーシアが映っている。

 目を見開かずにはいられなかった。

 何より私を絶望の沼に蹴落としたのは。

 父と母が、私を見るなりこう呼んだから。


 

『病気がよくなったのね、マリーシア!』

 その輝く目が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 これは、私が幸せになることへの神様の罰。

 私に幸せだなんて、最初からいけなかったんだ。

 2年前の私の醜い部分が顔を出してこう告げる。



___貴女が幸せになれるわけないじゃない



 ほら、やっぱり白に造形はない。存在しているように見えているだけで、本当は最初から存在すらしていなかったんだ。





 

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