地獄色の黒①
今回は異世界ファンタジーです。
ハッピーエンドの作品なので、言い回しはおかしいかもしれませんが…、安心して読んでください!
13年前の、あの日。
何年経っても絶対に忘れることのできない日。
物心ついた頃から、私は孤児院で暮らしていた。
本当に一般的な孤児院だった。
少ないけれどまともな3食の食事に、優しい大人たち。みんなそれぞれ事情があるけれど、助け合って日々共に生きている仲間たち。大切なものが確かにある、私にとったらそれは幸せな生活だった。これが、ずっと続いていくのだと信じて疑わなかった。
ある日、人相の悪い、誰が見ても危険だと分かる武器をたくさん持った大人の男たちが次々にやって来て、一瞬で孤児院を占拠した。私たち子供は、恐怖で体が震えていた。シスターたちが、私たちを誰も知らない床下倉庫に匿ってから、魔法を使って応戦しに行った。すぐに戻ってくるからね、という言葉を信じて私たちはずっと息を潜めて隠れていた。
どのくらいの時間が経ったのか、あの恐ろしい男たちはどうなったのか、何一つわからない。シスターたちは一向に戻ってこず、私たちの不安は更に加速する一方だった。
ようやく、天井、つまり床の上に足音が聞こえた。シスターたちが戻ってきたのだと、私たちの空気は一変した。みんなが希望を取り戻す。もう悪い大人はここにはいないのだ、と見てもいないのに誰もが確信していた。そして床下倉庫の鍵を開ける音が聞こえる。
上から顔を覗かせたのは、顔面が飛沫血痕に塗れた男たちだった。こちらに気持ちの悪い笑みを浮かべて、鋭い刃に日光を反射させている。
さっきまでよりも確かに感じる恐怖と、『死』という文字。各々の体が震え、ぶつかり合う。怖い。怖い。誰か助けて。シスター!院長!
声にならない声。どこまでも解放してはくれない恐怖。私たちにのばされる大きい手。
この大男たちの背後に見えたのは血を流してうつ伏せに倒れるシスターたち。彼女たちが着ている服の白は赤に染まっていた。そして、足音を平気な顔して鳴らしながら歩いてきたのは、院長だった。
みんな驚きを隠せない。どうして。早く、こいつらを退治してよ。見えてないわけないでしょ?なのに、なんで。院長、と呼ぶ仲間たちの声に1ミリたりとも反応しない。
そして院長がようやく口を開いた。目の前にいる男たちに向かって言う。
「ダント、そこにいる白髪の娘だ。」
院長は今まで聴いてきた優しい善人の声じゃない、ドス黒い欲に溺れたこの男たちと同じ、悪人の声と目をしていた。
その言葉に、ダントと呼ばれた男と他の周りにいた男たちは口角を醜く上げる。その一瞬でぎらついた双眸がいちばん怖かった。まるで品定めするようにこちらを見つめる。
「へぇ、こいつか。」
その手が、私に向かって一直線にのびる。
そして私の胸ぐらを軽々と掴んでニヤリと私一人を視界に映す。怖い。やめて。なんで……!
それだけに留まらず、ダントはこんなことを言った。
「なぁ、ガキども。このガキを俺らに渡して自分たちの平穏を得るか、自分たちを犠牲にしてでもこのガキを守るか。選ばせてやる。見張っててやるから、全員で話し合え。」
……なんてことを。でも、大丈夫。だっていつもお互いが困った時は助け合おうねって。ずっと一緒だよって。ゆびきりして、約束したんだもん。みんなだって覚えてるよね。
だから私は絶対に助かると思っていた。この時までは。
「……俺は、スピリットをあいつらに渡したほうがいいと思う。」
「リオンの言う通りよ。私たちが助かるためにはそれしかないんだから。みんなだって自分たちが助かるにはそうするしかないって、そう思ってるでしょ。」
サラ、何を言ってるの?いちばん仲良くしてたのは貴方なのに!リオン、貴方前に私のことが好きだって言ってくれたよね?どうして。どうしてみんな、2人に賛成するの。
リオンは立ち上がり、震える足で見張りをしているダントに近づいて言った。
「スピリットは、あんたたちに渡す。だから。だから俺らを解放しろよ!」
その言葉を言うのを待ち望んでいたようにダントはニヤリとする。そうしてなんの躊躇いもなく再び私の胸ぐらを掴んで持ち上げ、さっきと違って今度はがっしりと筋肉のついた硬い肩に乗せて運ばれた。
仲間たち一人一人の顔がはっきりと見える。リオンは罪悪感に呑み込まれそうなぐらい顔色が悪い。しかしサラはそれと対照的に静かに、隠そうともせずに醜く笑う。サラは私のことが、嫌いだったのかな。だから、不自然なくらいあんなに私に近づいて仲良くしてくれたのかな。それが妙にしっくりときた。
さよなら。私の___仲間だった人たち。そう思うと、感情がぐちゃぐちゃになって、涙を流す余裕すらもなかった。
しかし、事態はこれで終わりではなかった。
「殺れ」
今まで聴いた中でいちばんに芯まで冷えるような声で、ダントを取り巻く男たちに命じる。
男たちは口角を思いきり醜く、歪な形を描くようにして上げた。それぞれが今さっき歩いてきた方向に走っていく。そして逃げ惑うリオンたちに向かっていき、次々に殺していく。斧やハンマー、拳銃。果てには手切棒を使う奴もいた。
院長もこのことは聞いていなかったようで、子供たちに混ざり、足がもつれながらも逃げ回っていた。
絶え間なくたくさんの血飛沫の飛ぶ音と笑い声、軽快な足音が聴こえる。
「スピリット、助けて!!」
「俺たちが悪かった!だから……!」
「スピリット、助けなさいよ!!」
「俺たち仲間だろ!!?」
みんなが私に助けを乞う。ついさっき私のことを売ったのに。みんな自分のことばっかり。1、2時間前は確かに仲間だと、大切だと思っていた。でも、もう今はそんな風に思うことなどできるはずもなかった。
「どうする、スピリット。お前が望めばこいつらが助かるかもしれないぞ?」
ダントはどこまでも最悪な性格をしていた。
「スピリット、助けろよ!」
「スピリット、俺たち仲間だよな!!?」
この時の私は狂っていた。頭の中では確かに、ダントが言っていることがどれだけ酷いことか分かっていた。仲間たちを助けた方がいいことも。
でもこの時の私はダントよりも、私を自分たちの命のためになんの迷いもなく売った仲間たちのほうがよっぽど許せなかった。だから、ダントの思い通りに動いてしまったのかもしれない。
「私は、この人たちを助けない。」
迷いなんてなかった。
私のこの言葉によって、ダントが皆殺しを仲間に命じる。多分私が何も言わなくてもこうしていたのだろうなと頭は自然に理解する。
そして最後、ダントは仲間たちが全員孤児院の建物内から退出したこと、孤児院に住んでいたスピリット以外の全員が死んだことを確認し、常人が片手では持ちきれないほどの大きさをした手榴弾を軽々と投げた。
怖いくらい晴れ渡った青空の下で、炎が、煙が、たちまち上がる。
炎を背にしても平然としていられるダントと男たちの中にいる私は、はっと我に返って自分のこの状況がどうしようもないぐらいに恐ろしく感じた。
それと共に、仲間を簡単に切り捨てられてしまう自分自身が、軽蔑なんかでは足りないぐらい嫌悪と憎悪で溢れ返っていた。
もう、自分がどうなってもよかった。いっそ殺して欲しいとも思った。
その瞬間からかは分からないが、私の中の何かがその時流れた涙と共に音も立てずに、ガラガラと壊れていった気がした。
今日この先、何が起こったのかは、記憶にない。
ただ覚えていたのは、雲ひとつない青空。それに見合わない孤独感。
それだけ。