最終話 「……だから、さ」
我らが同窓会は、このホテルの中では小さめなホールで一頻り盛り上がったようだった。三十に満たない年齢では、まだ同窓会で大騒ぎできるような若さがあるんだろう。
伊勢達が用意したというスライドショーは、まんま俺がイメージしていたようなものだ。小学校一年生から六年間の通年で同じクラスだったので、一年生の各行事のスナップショットが懐かしの曲と共に流れ出す。初めのうちは誰が誰だか分からなかったが、写真の子供達は――過去の俺たちは、着々と俺たちの思い出に映る顔そのものに変貌していったようだ。会場からは様々な感情を湛えた声が上がった。
俺は、なんだかまともに昔の写真を眺めたら、思い出が壊れるような気がした。
スライドが終わり、照明がゆっくりと灯る。会場の隅に移動して、ひたすら一人で酒を飲み始めた。
席に座っていたら先ほどから女性が絡んでくるのだ。それは受付で変なことを言っていた二人組だけじゃなくて、他の女性もそうなのだった。他の男性諸氏と比べて俺はいささか奇天烈な雰囲気を湛えているようで、それを面白がられたらしい。きっと、まともな仕事をしていないからだろう。
ホテルが提供する食事は美味しかったが、食事だけでは参加費の割に合わないと思っていた。だが、いくら飲んでも酔いきらず、ただ席に座った伊勢が、周りに集まった女子男子が話す度にあちこちへ首を回すのを遠巻きに眺めていた。
そのうちに、この同窓会も終了の時刻が近づいたらしい。
感心したのは、それまで席に座っていた北方先生が立ち上がって、かつての生徒一人一人に声かけをし始めたことだった。酒を飲む人間にはグラスに瓶を傾け、そうでない人間には肩に手を叩いて、それをこの会場に集まった全員に行うのである。
少しして、その手番が俺に回ってきた。会場中央から、瓶ビールを持った北方先生がにこやかにやってくるのである。多分、一番最後だった。
「松尾、なんだお前、一人でこんな端っこにいて」
「騒がしいのが苦手なんで」
「取りあえず、ほれ。酒飲めや、酒。うはは」
俺が用意もしないうちに目の前で瓶を傾けようとするので、慌ててグラスを添えた。加減もなかったので泡だらけのビールが満ちたが、瓶にはグラスの半分以上を満たす量はなかった。
「あ、どうもどうも」
「実際、松尾には色々世話になった」北方先生は振り返って会場の全景を見渡す。感無量、といった面持ちだ。「こんなに立派な同窓会ができたのも、お前のお陰だ」
「頂いた金の分、働いただけのことですよ」一口グラスを煽って続ける。「それに、感謝するんなら伊勢やけいちゃん、委員長の方じゃないですか。同窓会の企画に関しちゃ、俺は一抜けしてますからね」
「とんでもない。松尾――お前のお陰なんだぞ」
「言い過ぎですよ……」
「お前のお陰だ」と、北方先生がグラスを持っていない方の俺の手を両手で掴んできた。それは握手だった。今まで遠巻きに見ていて、生徒にこんな素振りはしていなかったのでびっくりした。彼の手は記憶のそれより大分乾いている。「お前が今年の夏に小学校に来なかったら、こんな機会はなかったんだぞ。たまたま俺が校門の辺りを散歩しているときに、お前が来たんだ。それで今は人捜しのプロだって言うじゃないか。こんなことは、中々無いんだぞ、お前」
「はあ」
そうなんだろうか。確かに、地元の人間で探偵業というのは出くわしたことがない。
そこに、それまで席で談笑していた伊勢が立ち上がってこちらに歩いてきた。何故か彼女の近くで飲んでいた男――竹中? も付いてくる。
「校長先生、そろそろ締めの言葉頂いてよろしいですか?」と、どこから持ってきたのか、会場のマイクを北方先生に突き出した。
「う! はいはい」
先生はマイクを握ると、いそいそと会場正面のスクリーン前に向かって歩き出す。……その道中で、あちこちの生徒に、嬉しそうに絡まれている。
伊勢は、なんとなく席に戻らないまま俺の目の前で立ったままだ。
「エビ、ところで北方先生は……」
と、言いかけたところで「おいおい」と、竹中(らしき男)が半笑いで俺に絡んできた。「いい加減やーめろって、その呼び方」
「あ?」
「エビちゃんじゃなくて、里映さんだろ。な? 里映」
「ん?……はあ」
「いい加減、そんなガキみたいな弄り方すんなよ、松尾」
「弄り?」
伊勢と視線を交わした。彼女は戸惑っていて、いかなる意思も伝え合えなかった。
そういえば、再会してすぐの頃に「エビ」というあだ名に文句を言われた気はする。……彼女は、この呼ばれ方が嫌だったのだろうか? だとしたら、俺は今まで彼女のヘイトをため続けていたことになる。
「――ごめん、伊勢」
「え、と……」
「ばーか」と、竹中(だよな?)が半笑いで目を細めるので、俺は伊勢に聞こうとしていたのをそのまま、機会を失ってしまった。北方先生の送り迎えはどうするのか、ということを聞きたかったんだが。
「――え、本日は、この老人のわがまま一つで――」と始まる北方先生の締めの挨拶が始まる。なんとなく、俺はその場にいにくくて、反対側の会場の隅にとろとろと移動した。
挨拶が終われば、会場の人間は数分間を掛けて立ち上がり、また何分かたってようやく捌けだした。荷物や外套はホテルのに預けている。
俺たちが時間を捧げた同窓会の幕切れは、そんな感じだった。
*
ホテルのロビーで、俺は困った。
今日はここまで伊勢の運転で来ている。……で、帰りはどうする? 伊勢はどうするんだろう。駅まで戻るのならホテルが出してくれるバスに乗る選択肢もある。今日電車で来た連中は既に乗り場の前に固まり始めていた。
「まっちゃん。この後どうする?」と、ホテル入り口の前で声を掛けてきたのはベージュのコートを着た委員長。「二次会行く人は向こうに集まっているみたいよ」
「二次会? 会場は?」
「LINEに書いてる。エビさんが駅近くの焼き鳥屋に、席だけ予約取ってるって」
「ああ」
あの辺りと言うと、久しぶりに再会した晩に、伊勢と二人で行った店だろう。焼き鳥屋だったかな。交差点の隅にある地味なビルの外階段を上がるといきなり焼き鳥屋の看板があって、中は意外にも広々とテーブル席が並んでいる。あそこなら、人数が嵩んでも入れるか。
「……委員長はどうする?」
「私はどうしよっかなーって。帰るのも怠くなるし」
「行こうよ」と、喋っている俺たちの背後からけいちゃんがやってきた。「俺、委員長行くなら行こうと思ってるけど」
「何よ、それ。ふふ」委員長が困ったように笑った。俺のイメージと乖離する程の素直な笑顔だったので、俺は少し驚いた。「けいちゃんとは、会場であんまり話せなかったね。……行こう、かな」
「それより、伊勢は?」
「エビさんなら、北方先生を家まで送っていくって。……今、伊勢って言った?」
耳敏い委員長のツッコミは無視して、俺は周囲をぐるりと探してみた。……いた。
ホテルの入り口に溜まっている一団の中で、北方先生の横で――彼女の横には例の竹中がいて――二次会やら送別やらの取り纏めを行っているようだ。何やら「いーから! いーから!」と北方先生に封筒を渡されようとしていて困っている。そのとき隣の竹中が彼女の耳元でこちゃこちゃと何かを囁いて、彼女は大きく首を捻ったが、結局その封筒を受け取ることにしたらしい。
「北方先生から、二次会のお金頂きました!」と、集団の中で封筒を掲揚する。すっかり大人になった元生徒たちも両手を挙げて喜ぶ。
なるほどな。今日一日で北方先生の好感度は大分上昇したことだろう。
「松尾……松尾はいるかあ! 松尾-!」
突然、北方先生に名指しで呼ばれた。ニヤニヤ笑っているけいちゃんたちから離れて集団の中に入っていくと、「よっ! 探偵!」と、真っ赤な先生が肩を組んでくる。……こんなに酔っていたのか?
「なんですか。もう探偵じゃないっすよ」
「寂しいこと、言うなや。ちょっと、家まで送ってくれないかい。少し酔っぱらっちまったな」
「……ええ?」
なんで俺にそんなことを言うんだ。――先生にとっての俺が便利屋だからか。
でも俺はとっくに酒を飲んでしまっているし、だいたい、運転が出来ないとは言わないが滅茶苦茶下手だし。
「それじゃあタクシー呼びますか」
早速タクシーを捕まえに出ようとしたら、北方先生の体が急に重たく、俺に纏わり付いてきた。伊勢が見かねたのか、「松尾、私が車で送るから」と、先生の反対側を支える。そうなると北方先生の肩は右と左で二つしかないので、他人の関わる余地がなかった。
入り口前で委員長たちと擦れ違うとき、
「あっ!」と声を挙げた伊勢が、手に持っていた封筒を委員長に渡す。「ごめん、会場まで先導お願いしていい?」
「仕方がないわね」
まず委員長が受け取って、「けいちゃん、よろしくね」と、そのままバトンのように渡し、「おれぇっ!?」と、けいちゃんが驚く。そんな二人に、二次会組の固まりがじりじりと追従するようになる。そのとき竹中なる男の顔を見たのだが、なんだか狐につままれたような、狸に化かされたような、呆然とした顔をしていた。
少し離れてから、
「あっ! 里映ちゃん! 二次会は!?」と、推定竹中が声を挙げて聞いた。
「先生送ってから合流しまーす!」と、伊勢も声を張り上げて答える。
「待ってるよ-!」
竹中は声を張り上げて、駅までのシャトルバスに乗り込んだようだった。
「いや、悪いね。伊勢先生には、ほんと迷惑掛けっぱなしなんだわ。松尾も、ほんとな」
それまで首を垂らしていた北方先生が、申し訳なさそうに呻く。
「北方先生は、私の先生じゃないですか」
「二次会に出してくれた分の親切は、きっちりやりますから」
「だははは」
――伊勢と北方先生を支えながら駐車場を彼女の軽に向かっていく道中、北方先生が、
「う」と唸った。
纏わり付いていた彼の体が軽くなる。突然自分の足で歩き出したようだが、気のせいだろうか。
伊勢と、何だか騙されたような顔を見合わせながら軽に乗り込んだ。
*
北方先生を家に送り届けたとき、彼はしっかりと背筋を伸ばして、自分の足で玄関まで歩いた――ような気がする。玄関扉を開いた北方夫人に「あら、お久しぶりね」と挨拶を交わし、「また二人、ウチの人に迷惑かけられたんでしょう」と、カラカラと笑われて別れた。
……で、二人きりで車に乗り込む時間が発生するわけだ。
無言で伊勢が運転席、俺が助手席に乗り込み、二次会会場へ向かい始める。
ごろごろとした雪道だった。少し横に逸れれば壁のような雪が面々と続く道路だ。暗がりの中、しんしんと雪が呼吸しているようだった。この安全運転ならまず事故の心配はしなくて良いだろう。
……あれ?
「この道、来た道と違うんじゃないか?」
伊勢が車を走らせているのは、彼女が好み、俺とも何度か走った憶えのある、夏には畑の肥料の匂いが漂う住宅地の外縁のような道だった。
交通量が少なく走りやすいが、その分駅までは時間が掛かってしまう、筈だ。
「そうだけど、何」
「いや、別にいいんだけど」
「……」
フロントウィンドウには、丸く輝く月が、ぽつんと星の海に浮いていた。
「月、綺麗だな」
「ん……」
「星も凄い」
「まあ、札幌に比べれば、それはね」とさりげなく言う彼女は少し誇らしそうだ。「あれって満月?」
「さあ。……きっとそうじゃないかな」
俺は、無意識に自分の頬を撫でていたことに気付く。……何で?
「松尾さあ」
「ん」
「く、こ、恋人できたんだっけ?」
「こんな男に、恋人なんているわけがないだろ」
「……さっき会場で女の子と楽しそうに話してたけど」
「だとしたら、俺はハリウッドで俳優になれるな」
「なによ、それ」
伊勢の小さい笑い声が車内に響くと、ジャストのタイミングでガラスに雪が一粒張り付いた。次いで、ぽつぽつとフロントガラスに張り付いては小さな水滴になる。街灯の少ない道だ。車のヘッドライトが、ひたすらアスファルトに張り付いた固く黒い雪を照らしている。
「伊勢だって、竹中? と、随分仲がよくなったんじゃないか」
「あ、竹中君? うん、まあ」
「良かったじゃないか。今回みたいなのが、お前の求めてた出会いの機会なんじゃないか」
「……」
「……」
「……私、さ」
「……」
「松尾のこと虐めてたしょ」
「……」
伊勢は、非常に辛そうな顔でハンドルを握っていた。
「まあ、そういう捉え方もあるかな」
「虐めてたよ。私だって先生だから――当時の私の行動が、どういうものだったのかは流石に分かる」
「それは、だから、要するに……あれだろ」
「好きだったんだよね、松尾のこと」
「…………」
過去形か、と思った。
サイドウィンドウに顔を向ける。真っ暗な畑、深淵の林、どこにも白い雪が降っていた。蛍のようにふわふわと浮いていた。
――こういうのは至極よくある話で、随分親しくなったと思っていた女性には、いつの間にか恋人ができていたり、心が離れていたりするもんだ。だから、深入りしすぎないくらいが丁度良い。
俺だって彼女の幸せを思って身を引くくらいには、大人になってしまったのだ。
「……思えば、そうだな」
「ん?」
「三十で、恋人がいなければ結婚するってのは……無茶だよな」
「うん」
「所詮フィクションの中だけの話だ。だって、――そうだろ?」
「無茶だよねぇ」
そう呟いてから、運転中の伊勢が急に視線を足下に落とした。すぐに顔を上げて、
「私、松尾と――きゃああッ!!」
「え、うわあっ!!」
突然、車体が横にぶれた。
叩きつけるようなGがまず横から、次に正面からあって、……気がつけば、車は畑の方の雪の塊に突っ込んでいた。
「何やってんの!?」
「狐!」と、伊勢が畑の方を指差した。そこには確かにキタキツネの黄色い影がぴょんぴょんと粉雪の上を跳ねていて、一瞬こちらに光る目玉を向け、それから林の方に走っていったのが見えた。
*
外に出て確認した限り、車体は畑側の雪山にフロント片側を突っ込んでいるようだった。それに、タイヤが柔らかい雪の中に埋もれてしまっている。前輪駆動の車にとってそれは致命的で、俺が雪に塗れながら車体を押して、伊勢がリアにアクセルを踏んでみることを試みたが、後輪タイヤが固い雪を削ってどんどん深みにはまっていく一方だった。
困りあぐねて、一旦二人外に出る。
「参ったな。こりゃ無理だ」
「どうしよう……」
「JAFは?」
「さっき電話したけど、年末の時期は忙しいんだって。ここまで来るのに二時間見込みって」
「二時間……。それじゃあ、近くの知り合いに牽引して貰ったりは?」
「この時間からじゃ迷惑だし。せめてシャベルとかあれば良いんだけど」
「じゃあ、家まで取りに行くか? 大分歩くことになるけど」
「……それしか無いんじゃない」
実際は色々手段がある気がしたが、取りあえずその場ではそうなった。何か、共通の意思みたいなものが働いた気配があった。
伊勢の家までは徒歩三十分ってところか。この辺りは歩行者が少ないので歩道には雪が積もっている。歩く度に垂直に差し込むようにすれば、靴の中にそれほど雪が侵入せずに済む。……待てよ、パーティードレスの伊勢はストッキングにバンプスじゃないか。
「伊勢」
「何?」
「おんぶしてやるよ」
「ええっ!?」
「そんな靴でここら辺の道は歩けないだろ」
彼女の前で膝を付けると、遠慮がちな彼女の体重が背中に掛かってきた。次いで、体温。
「ごめん……ありがと」
「別に良いよ。俺たちの仲だろ」
少し前に、彼女の言った台詞を返す。
「私たちの仲って何……?」
「崖っぷちフィアンセ」
「それね」と、伊勢の笑う息が俺の耳をくすぐる。「崖っぷちフィアンセね」
できるだけ靴に雪が入らないように気をつけていたつもりだが、既に靴下はヒヤヒヤと濡れていた。とはいえ、伊勢が足を冷やすよりは良いだろう。
「……で、何?」
「何って?」
「さっき、車突っ込む直前に何か言いかけていただろ。……何?」
「何でもない」
「何でも無いことは無いだろう」
「そっちこそ、何か言いたいことがあったんじゃないの」
「……だから、三十で、恋人がいなければ結婚するってのは、荒唐無稽な話だよなって」
「――」
「伊勢なら、絶対に恋人の一人や二人を作れる。むしろ今までがおかしかったんだよ」
そのとき俺は、月を見上げた。
伊勢の膝を肘に通して、また、頬を撫でている自分に気がついた。
あのまん丸な、輝く存在に、強かなビンタで息を吹き返されたような気がしている。……あれ? 果たしてそれは、あの月だったか? それとも月本だったか。
どっちもかもしれない。
「……だから、さ」
「え?」
「結婚を前提に、付き合ってほしい」
「え――あ、――あ――」
「俺……、別に高給取りじゃないし、ろくな仕事してきてないし、イケメンでもないんだけどな」
伊勢が、俺の後頭部に額をくっ付ける。俺のうなじの下の辺りが、しみしみと濡れ始めた。
「わ、私、松尾に、結婚してほしいって言おうとしたんだけど。さっき。酷いことしたけど……酷いことしたから……言えなくて」
彼女の声も濡れていた。突如、彼女の体温が温かくなった気がした。
「……それって逆プロポーズな気がするな」
「そのつもりだったんだけど、そっちもそうじゃん」
「……そうだな。……え? じゃあ、結局どうなるんだ? 俺たち。付き合うのか? それか――結婚? マジか」
「どうしようかなあ」子供みたいな声で言いながら、伊勢が道路脇の雪山に手をかざした。彼女の指先の三本線が粉雪の表面を囓っていく。「どうしようかなあ。北広島に住めないでしょ、松尾」
そう言う声は、ひたひたと喜びに満ちていた気がする。
「それを言うなら、伊勢だって。……青春時代は北広島を出たいんじゃなかったっけ?」
「松尾と一緒なら、今からでも、どこにでも、行ける気がするんだよね。あはは! あはははははっ! どうしよっかなー!」
どうしようかな、か。
そういう迷いは、ひょっとしたらこれまでの彼女の人生には殆ど無かった、人生の幸福を湛えた悩みなのかもしれない。
不意に、伊勢が俺の背中から飛び降りた。バンプスに雪が入るのも構わず、素手を真っ赤に染めて白い雪を固め、「えいやっ」と俺に雪玉を投げつける。胸に当たって白い雪が張り付いた。
「なんだよっ」
「何かニヤニヤしててキモいんですけど」
「言っておくけどな」俺も雪玉を軽くまとめて、彼女にぶん投げる。それは彼女の腰に強かに当たって、パンと音を出した。「お前も相当キモい顔してんだよっ」
「はあっ!? うざっ! ていうか、痛いんだけどっ!」
今度は、彼女の投げた雪玉が真っ直ぐ俺の顔に当たる。火照った顔が冷えた。
それからは、もう雪合戦と言うよりは粉雪の引っかけ合いに発展した。
もう、この後行かなければならない二次会とか、スタックしたままの軽とか、仕事が不確かなこととか、背中の傷のこととかは全くどうでも良くなってしまった。それは、随分心が軽くなる無関心だった。
唯一気がかりだったのがけいちゃんの告白の結果だったんだが、結局予想通りの結果だった。
*
後々になって、俺はこの日の出来事を思い返すことがある。
……そうだな。
あれは里映と出会ってから、三番目に嬉しい出来事だった。
――終
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