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第32話 「帰りの会でいきなり喧嘩始まるみたいな」

「あら?」


 待ち合わせていた委員長は、意外そうに色つきの眼鏡を指で押し上げた。


 ここはすすきのだが、馴染みの無い外れの居酒屋。どちらかと言えば委員長のフィールドだ。多分海鮮系がメインだけど、客層は高齢の人が多いらしい。店内に騒ぐような奴はいなくて、各々しっぽりと飲んでいるって感じか。


 あれから数日が経ったとはいえ、夜に大人が差し向かいに話すとなったら酒、酒、酒とアルコール抜きには場所がセッティングできないのがちょっとしんどいな。


「まっちゃんと、エビさんと」委員長は個室に入った順番に俺たちの顔を指さす。「まさか、……けいちゃん!?」


 俺は、もじもじしているけいちゃんの背中を押して委員長の横に座らせた。


「あ。ど、どうもお久しぶりです。委員長」


 委員長は、信じられないような面持ちで眼鏡を額にずり上げる。


「おっどろいたあ。いくら何でもイメチェンし過ぎよ、あなた。……本当に、けいちゃん? 武藤圭斗?」


「あ、はい。なんかすんません」何故か自分がけいちゃんであることを律儀に謝罪した後、不安そうに机を乗り出して顔を近づけてくる。「おいまっちゃん。やっぱし俺がここにいるの場違いじゃない」


 俺はけいちゃんの顔を押しのけながら委員長の対面に座った。


「場違いなことあるもんか。けいちゃんは同窓会の幹事する予定なんだから、こういう場面には同席して貰わないとな。委員長も別に構わないだろ」


「私は、……気にしないけど」


 ――と、それっぽい理由を喋っている俺にも一応魂胆はある。


 以前話をしたとき、委員長はどことなくけいちゃんのことを気に掛けているような気がした。伊勢に対して態度の固い彼女も、彼がいれば口が解れると思ったのだ。


 それに、俺たちの推測が正しければ、委員長が俺やけいちゃんに強気に出ることはない筈だ。


「言っておくけど、けいちゃんを連れてきたからって容赦しないわよ。あなたたちの答えが間違っていたら、この話はご破算ね」


「回答権が一回きりなんて聞いてないんだけど!」と、俺の隣に座った伊勢が早速突っ込む。どうも、この間の夜の仕打ちを根に持っているらしい。


「幾ら時間があってもどうせ無駄でしょう。いつまでも付き纏われちゃ迷惑じゃない」


 *


 俺と伊勢がウーロンハイ、委員長がハイボール、けいちゃんがコーラと各々飲み物を手にしてから、ようやく本題に入ることにした。


 乾杯は、していない。


「取り合えず、結構良いとこまで調べは付いたと思うんだよな。委員長が満足するかは分からないけど」


「うん。で?」


「私たち、鈴木さんに会いに行ったんだよ」


「……鈴木さん? ああ、あのシングルマザーの鈴木さん? 風の噂で聞いたわよ。地元帰ってるって」


 けいちゃんが勢いよくコーラを吹き出した。


「え!? 鈴木さんがシング……! 子供……ええ!?」


「けいちゃん。今そのリアクションいらねえんだ」


「えっ!? えっ、結婚……離婚……」


 過ぎた時間の重みに潰されそうなけいちゃんを放っておいて、話を進める。


「鈴木さんだけじゃないぞ。今は札幌で土建業やってる泉とか、エンジニアやってる加藤とか、とにかく今すぐ連絡が取れる数人に会ってきた……それで、はっきり分かったよ」


「……」


「委員長は、クラスメイト全員をブロックしていたんだな」


 委員長は少し目線を遊ばせてポリポリと頬を掻いた。


「要するに、松尾はブロックする以前に登録していないかったから、普通に連絡が出来たワケね」伊勢が俺の説明を引き継ぐ。「勿論けいちゃんもブロックされていない。LINEって、ブロックされた方は全然分からないんだもん。私たちが委員長にスタンプ贈らせようとしたら、皆びっくりしてたよね」


「そうだったな。どうも、あのLINEってアプリはこの辺り優しいんだか優しくないんだか……。とにかく、話の流れはこういうわけだ」俺は指を立てつつ説明を続ける。「一、委員長が同窓会を開くためにクラスメイトのLINEを集める。二、何故か委員長がクラスメイトのLINEをブロックする。三、伊勢がブロックされていることに気がついた。四、今に至る」


「うん。なるほどね」


 委員長が納得したように一つ頷く。それからテーブルの端の灰皿を引き寄せてタバコに火を付けた。その横で、けいちゃんがひっそりと口元をお手拭きで覆う。


「問題は、二。なんで委員長がクラスメイトをブロックしたか、なんだけど……」


「そう。重要なのはそこよね。で、結論は?」


「分からん」


「……」


 委員長は黙ってタバコに口を付けると、隣のけいちゃんに向かって細く濃厚な煙を吐いた。けいちゃんは嫌そうな顔でそれを払う。


「おい、けいちゃんに当たるなよ。下品なことするなあ」


「じゃ、何で私を呼び出したわけ?」


「現実は探偵小説とは違うんだよ。幾ら調べても人の心なんて分かるわけないし、判明する事実には限界がある、と。ここからできるのは推測」


「そういうこと。だから、私と松尾が各々推理してきたってわけ。委員長がブロックした理由をね。どっちかが当たってたら正解ってことにしてよね……!」


 推測という言葉を律儀にも推理と言い換えて伊勢が言う。こいつはどうも、探偵気取りでいるらしい。


「面白いじゃない。良いわよ。ズバリが出たら当たりを出してあげるわ」


 よし。


 俺は伊勢と目を合わせて頷き合った。大事なのはここからだ。


 事前に伊勢と俺で、ありそうなストーリーは組み立ててある。きっとどちらかが当たることになるだろう。……まあ、多分俺の方だろうが。


「じゃ、まず私からね」


 *


「私の推理はね、委員長が人間関係のリセット癖があるって説!」


「リセット癖?」けいちゃんがもの珍しい言葉を聞いたような顔をした。「なにそれ?」


「例えば学校を卒業するときなんかに、それまでの交友関係をさっぱり捨てて、新しい環境でするりと馴染んでしまおうという癖のことね。二十代といえば、大学の卒業から就職とか、環境が切り替わるタイミングが色々あるでしょ?」


 俺は口を結んで溜息を吐いた。


 俺と伊勢はハッキリと意見が別れている。というか対立している立場にある。なんてったって、伊勢の言説はとどのつまり委員長に性格に問題があると言っているだけなんだから。


「これ結構いい線行ってると思うけど。時期的にもリセットのチャンスの機会は多かったはずだし、まさかクラス丸ごとブロックする他の原因も思い浮かばないもん」


「ふーん……?」割と大胆で適当な推理だと思うんだが、委員長は特に笑いもせず腕を組んで唸った。「この考えについて、まっちゃんはどう思ってるのかしら」


 俺はウーロンハイを一口飲んだ。この程度の度数なら俺も伊勢も殆ど酔わない。


「どう思うって、普通にナイと思うけど」


「オイッ」と、伊勢が肘で俺の脇腹を突いてくる。


「……何回も言ってるけどさ。委員長にリセット癖があったとして、わざわざLINEをブロックするなんてのは過剰すぎるだろ。せいぜい友達登録の解除ってところじゃないかね」


「だから何度も言い返してるけど、そこが委員長の性格が悪いところなの!!」


「性格が悪いことは否めないけどな」


「はんっ?」と、俺たちの会話の切れ目に委員長から間の抜けた声が挟まる。


「委員長は以前『疎遠になったくらいでブロックするなんて異常だ』とか言ってたからな。やっぱり、リセット癖説は時期も一致するしクラスメイト全員をブロックした理由の説明にもなるけど、彼女の言動と矛盾している」


「は〜? そんなの適当に言ってただけに決まってるじゃん。そんなんだから松尾は良いように使われるんだ」


「懐かしいなあ、この感じ」蚊帳の外にいるけいちゃんが、腕を唸った。「帰りの会でいきなり喧嘩始まるみたいな」


 ぽん、と置いたようなけいちゃんの言葉に、濃密なノスタルジーを感じてしまった。……そうそう、よく帰りの会とかにいきなり名指しで非難する生徒が出だして、そのまま喧嘩にもつれ込むんだっけ。北方先生は困った顔でよく仲裁していたな。


「あはは。大人になってみれば結構酒の肴になるものね。はい、じゃ次まっちゃん」

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