第9話 最新型ロボットでお願いします
「あえて仕事風に話をするんだけど」
「は・・い」
意味不明なために腑抜けた返事をしてしまい、慌てて「はいわかりました」と返事をやり直す。
もちろん家族を養うためなら働きます。
犯罪は不可です。
家族に迷惑がかかるので。
妻と娘から撲殺されます。
「行ってもらうのは異界にある世界。キミがこれまでいた世界からすると文明のレベルは千年近い開きがあるね。様々な人種や種族がいるごった煮のような世界さ」
「そう・・・なんですか?外国にはあまり言ったことがないのですが。共通語で通じますか?それとも個別の言語を取得した方が?」
最近はネットで大抵の言語は取得できる。通信デバイスは必須だ。
専門用語にならなければデバイス側の翻訳に頼る手もあるが、それは山田流ではない。
「うんわかったよ。じゃあそういうことで。他に希望はあるかい?」
「今の質問のご回答をいただいておりませんが?」
「まあまあ話を聞いてみてよ。キミが行うミッションは"世界の救済"さ。現地に派遣された時点で現地人と同様に言葉をしゃべれるようにしておくし、様々な情報を得るためのデバイスは"スキル"としてキミだけが使えるようにしておくから。この世界のキミの家族はこちらで問題無いよう援助しておくから心配は不要だよ。手段はキミにまかせるからね。世界を救うわけだから結果が出れば問題ないからね?」
うーん、家族は自分のいない世界で幸福、か。
ちょっぴりの切なさと、無理やり強がるハードボイルドな心が拮抗する。
遠く離れた場所で家族の幸せを願うのも「それもまた人生」心の中では遠くの海を眺める自分。波間に見えるのは海鳥だろうか?
そんな思いはすぐに金庫にしまってしまえ!
今は交渉の場なのだから油断するな!!
「救う?世界を?」
「そうだよ、キミはこれはら違う次元を訪れて世界を救ってくるのさ。何か必要なものはあるかい?」
「世界?だいたいナニから救えと?惑星間戦争から自然災害や極悪政治、経済的な大不況、大幅な環境変化で人類が住めない世界になりかかっているとか?人口が増えすぎて?どれも私の専門からは外れておりますが」
もちろんおっさんはどんな分野であっても惑星を救うレベルの専門的な知識も技術も戦闘力もない。ただの会社員。
あなたの専門は?なんて聞かれれば「大リーグの観戦ですっ」と笑いに走るお門違いの返事しかできないのだが、モノは言いようだ。
「キミが訪れるのは魔法と剣の世界。キミは世界を滅亡へ導こうとする教団と異界から召喚された灼熱魔人と対峙することになる」
「は?しゃくねつ?惑星の温暖化問題でしょうか・・?」
理解できる部分だけを切り取って質問してしまった自分を恥じるおっさん。
相手は気を遣ってスルーしてくれているが、おっさんとしては知らないうちに話が勝手に進んでいく危険なヤツだ。
「ちなみにその教団は異界の神を崇拝しててね。こちらの次元にちょっかいをかけようとしている異界の神から神託を受けて行動している。きみは派遣された世界で、私が造った世界にケンカを売ってきた異界の神を退ける必要がある。キミの役目はこの世界の神様から遣わされた救世主ということになるね」
「はあ」
とりあえず話は一度通して聴くしかない質問はその後。今は「お口チャック」の時間だ。
「もちろん身体能力、魔法の才能は最高値で送り出されるし、世界をめぐる過程で「神器」と呼ばれる神の道具とも出会うことが運命付けられているから心配不要だよ」
「はあ。はあ」
「その世界の中で言うと最強だよね。でも異界の使いと戦うにはどうなんだろう?こればっかりは神同士でお互いを詮索できないからボクにもわからないなぁ」
後ろ頭をポリリとかく仕草。
相変わらず表情はわからないが「ってことなんだよね、まいっちゃうよ本当にアハハハハハハ」笑ってる気がするのは気のせいではなく野生の勘だ。
このままではいつの間にか口車に乗せられて危険なハンコを押すことになりかねない。
「あのぉ」
「歴史も文明レベルもこちらの方が上のハズなんだけどね。相手もそれが分ってちょっかいかけてきているワケだから何か隠し玉があるっぽいよね。魔人にも細工してあるかもしれない」
「あのぉあのぉあのぉ」
あまりに自分を無視する相手に山田は常套手段に出ることにした。
背筋を伸ばし相手をしっかり見つめて目を合わせる。
相手の顔はぼやけていて目があるのかないのかもわからないのだが、そこはそれ。
目があるだろう、という位置のほんの少し上あたりをキリリと見つめた上で。
ピッ!
それはキレイな挙手であった。
どうしても発言したいときの上等手段。
相手に自分が申し出たいことがあるという意思表示を全身で行ったあと、無視できないようキリリと手を上げるのだった!!
白旗といい挙手といい「常套手段」ではあるが古臭い、それが山田である。
「ああ何だい?話したいことはだいたい言ったつもりだけど?」
「その重要な役割の担当が何故ワタシなのでしょうか?ワタシは「ただの中年サラリーマン」なんですが」
山田の頭の中でロートルコンピューターがソロバンをはじいた。ソロバンをはじいている時点でコンピューターと言えない代物であるのだが突っ込み役はいない。
苦節30年、自分でも管理職をやっていたからわかることがある。
この相手の言葉は本心なのか?それとも褒め言葉にのせて無理難題を押し付ける罠か?
ヤマダのコンピューターがパチンとソロバンの玉をはじいた。
これは、この口調は・・・罠だ。
どう考えても俺じゃない。
こういう役目は自分を助けてくれたロボットパイロットの赤髪の少女とか、通信先の女性司令官だとかにふさわしい。
そういう自分の中の正義をきちんと持って危機と対面してきた実力者が言われるべきだ。
「キミが想像している立派な人たちにできないこともキミはできるんだから。自信を持っていいと思うよ?」
フルチンで白旗ダンスのことか?
たしかにアレはできない、いややらないに違いない。
あの人達には必要ないだろうし。いやまさかな。
そうか、「ナニ」がないからフルチンなハズがないのか、「マッパ」なら有り得るかいやない。
おっさん頭の中で迷走したあげく迷子。自分で自分を見つけられなくなっている。
その上司的な彼、実はこの次元の創造神なのだった。もちろん神である彼が嘘もおべっかも言う必要はない。
彼の中では異世界へ行くのは山田で確定であり、おっさんが何を言うかなんて本来関係ない。今はなんとなく山田のキャラをイジりたくて話につきあっているだけ。
彼は言った。
いくつかの理由がある。
その中には確かに彼が言った通り、チキンなおっさんなりの清廉な心が大切な要素である。
だがそれにもましてこの神が思ったのは「面白そう」と感じた直感であり、ありていに言えばそれだけだった。
何とかしようとなりふり構わないヤマダの姿勢は、古臭いを通り越して奇行にしか映らない。
山田自身のスタイルと異なろうとも、たとえそれが周りがらどう思われようともそれでもやる。喰らい付いてでもやりとげる。
なんだかんだいって転生すれば恵まれた肉体と魔法の才能で強くなる。頭脳も情報も極上のものが揃うことにお決まりだ。
そして新しい世界では師に恵まれ武具にも恵まれる。
天の采配がかならず最善の目を出す豪運に恵まれることも決まっている。
新しい世界の救世主に必要なのはこの世界での能力値ではない。
山田の性格上やるとなったら黙々とやり続けるだろう、つまり最高の才能が継続した努力に恵まれる。最強にならないわけがない。
そのくせ結果を出すためにはどんなどんくさいこともプライドをかなぐり捨ててやり切れるハートの持ち主。
「では何か望むものはあるかい?無茶苦茶チート状態で生まれるから望みようがないかもしれないけど」
そんなことを知らない山田には何を答えればいいかわかるはずはない。この雇い主が言う「無茶苦茶チートな状態」がどういう状況かもわからないことだし。なんなら山田の年老いた耳には「無茶苦茶ちょっとな状態」と聞こえてしまい、え何それほんのちょっぴり?ほとんど何も持たずに派遣されるってこと?と一瞬考えたが相手の口調と流れでムリヤリ補正をかけたのだった。
何かの援助を与えられるようだが、だからといって世界を救える力が自分にあるとは思えない。相手もわからず自分もわからない、何と戦えばいいのかもわからない。
「なんでもよろしいでしょうか?」
「この世界にあるものなら何でも準備するよ。」
「では、あの敵のロボットを私の味方にしてください」
山田は自分が知っている中で一番強い武器を希望した。
もちろん彼はほかの武器を知らない。軍関係者でも武器マニアでもない。
今回はどうやら武力が関連するミッションらしい、ならば知っている中で最強のものを指定しただけだ。
あのロボットが強いことはわかっているが、相手がわからないのだからそれで勝てるのかどうかなんてわかるわけがない。
「あはははは、そりゃ傑作だ。異界の灼熱魔人に対抗して最新式のモビルアーマーとは恐れ入った、やっぱりキミを選んで正解だったよ!わかったよキミが動き出すころに出会う神器ということにしておくから楽しみにしておいて。燃料やメンテナンスも含めて対応できて操縦も教えてくれるパートナーと一緒にね」