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第8話 これって採用面接でありますか?

ふわふわした道を歩き、俺は瀟洒なビルの前にたどり着いた。

スーツは俺の一張羅のセミオーダーのスーツ、ネクタイも娘がまだ反抗期になる前に誕生日プレゼントで贈ってくれたとっておき。

今となってはつけている姿を見ると「きもい」と娘から軽蔑の目で見られるのだが、今日は気合が入っている。

ビジネスバックの中には選りすぐりの営業資料。

キュッとネクタイの首元を引き締めた俺は受付嬢に声をかける。


訪問相手の部署と名前をつげてきれいな女性に案内され。

応接室で席を勧められて俺はカバンに入っている新しいメーカーのカタログをチェックするのだが。


おやぁ?


お客様のTPOに合わすためにいくつか入っているカタログの、どれを手にすればよかったんだか。


ボケがまわったものだ。

営業生活30年、事前調査で確認した資料は決まっているはずなのに。

決まっている、はずなのに。


おやおやぁ?


今日のお客様はどちらさまだ?


確かに俺は自分の足でこのビルを訪ねたし受付嬢さんもすんなりと案内してくれた。

自分でアポをとって訪問した。

・・・誰を?


なんだなんだ、本当に何も思い出せないぞ?


度忘れ?

アルツハイマー?

ちょっとまて、ここがどこで相手が誰だ?


思い出せないのは何か理由があるのか?


だいたいここまで、このビルまでどうやってきた?

近くから歩いてきたのは憶えているけど、その前が何も思い出せない。

電車にのった?

近くの駐車場に車をとめた?

自分のこの身軽な恰好からすると出張してきたわけじゃないはずだ。


すっかり自分で自分の状況を推測することしかできない。どうせ思い出せないのならスッパリあきらめて「おれだったらたぶんこうしている」を考える。

年をとるとこんなのバッカリでイヤになる。

記憶が手繰れずに、自分で自分の行動を予測してしまう。

カバンの中の手帳も会社支給のデバイスにも今日の予定は空欄だ。


扉が開く気配がしたので俺は立ち上がる。

胸の名刺入れに手をかけ、さあどうなのか。


「やあ山田さんだよね?よく来てくれました」


入ってきたのは爽やかな印象の・・・いや心をさっと掴んでくる経営者独特の・・・いや?あれ?

年配者なのか若手なのか?

やり手なのか古株なのか?


顔を見て姿を確認しようとしても、なぜだか顔を確認できずにいる。

相手の顔を見ようとしても、目が読み取ったはずの内容は頭の中を素通りして抜けていく。

残るのは、光り輝くイメージとオーラを持った「誰か」という感覚だけ。


???


「驚かせて申し訳ないね。いきなり理解できないと思うけど。私に形なんてないんだ。それにほらキミだって」


何言ってるのか、言われてんのかよくわかんないですけど。

なにかの光学術式で姿の認識を阻害しているのだろうかなあ。今どきちょっとでも名前が有名になるとみんな自分がわからないように工夫するし。

それとも目の前の人物は実体じゃなくて加工が入ったホログラム映像か何かなのか。


「今の時代はなんだってできるからねえ。何を信じていいのか世知辛い世の中だよ。キミもそう思うだろう?」


何をおっしゃってるんだろう。会いに来たのに姿が見えないって。

しかし振られた会話に応じるのはイロハのイだ。


「そうですね。それでも今の世の中何があるかもわかりませんので、セキュリティ面も含めていろいろと対策を講じられるのもよくわかります」


相手がハッキリわからないのは痛い。ありきたりの返事しかできないじゃないか。

とりあえず否定せず無難に。

昔ながらの頑固おやじなのか、最新技術をバリバリと使いこなす気鋭のやり手社長なのか?後者っぽい、けどそうとは限らない。

会社が準備した最新鋭のセキュリティにすんなり乗っているだけかもしれない。

顔が見えないってやりずらい。

俺としては、こういう相手も初めてだ。


「うーん、まだなんか感違いしているっぽいなあ。余程君の中にその姿形や相手と接する形へのこだわりが刷り込まれてるのかな?」


「どうも私の理解が悪いようです。どういったことでしょうか?」


「じゃあキミさあ、ボクに何を売るつもりでいるの?人となりを知りたくて見てるけどココは商談の場所ではないんだよ?」


「えっ」


よくわからんけども。

商談じゃなくて、スーツ着て受付通ってお偉いさん(っぽい人)と話ている状況で考えられるのは・・・これはもしかして面接か?


何となく憶えているのは死にかけてロボットの少女に助けられて。それでもやっぱりピンチになったこと。

全裸で白旗を振り続けたのは忘れたい。


うん、あまりのことに会社をクビになって転職先を探しているのか。

ショックで自分の記憶を飛ばした?それならむしろ思い出すべきではない。闇に葬るべきやつだと以前の自分が判断したはずだ。


「少し近くなったけどハズレだよ。確かにこの会話は面接のようなものだけど。それにしてもとことん社畜が身についてるんだね。いい取り方をすれば責任感の塊とも言えるし、逆に他を放棄して仕事に逃げ込んでるとも言える。ボクはそんなあなたがなかなか出会うことが無い相手だよ」


会うことがない相手?

金持ちの御曹司とか?

やり手企業の若社長?

確かに俺が得意なのはご年配相手の足で稼ぐ営業だし中小企業の社長さんだけど。

モニター越しだろうとアバターの疑似空間だろうと。話す言葉は変わらずとも、汗をかいて直接会いに来る相手を喜んでくれる相手もいる。


「そんな古臭いキミがもっと活躍できる場所へ行ってみないかい?」


「つまり"採用"ということですか?」


「うーん"まったくの間違いではない"のが面倒くさいなあ。わかったよ"採用"でいいよ。でも正式には「合意」ってことだから条件を詰めようか?」


うん?

労働契約の合意、ってこと?

それなら合意の前に条件を教えてもらうのが筋だ。


どうにも状況がはっきりせずにモヤモヤしながら進められた椅子に腰かけるのだった。



『珍道中』次回はいつも通りの火曜日夜(おそらく水曜の朝)更新です。引き続きお楽しみいただければ

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