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第4話 降伏ダンス

ブクブクブク・・・


「これが最新の医療カプセルかあ」


透明で少しぬめりのある液体に沈むおっさん。

液体の中で呼吸が当たり前にできているのだが気づくことなく呑気である。


死にかけの俺は、崖を降りてきたロボに救われたらしい(多分)

気が付けば医療カプセルの中だったから。

おかげ様で生き延びた俺は手のひらをグッパーしている。

生きてるなあを実感中。

体中の傷が勢いよくパキパキと音を立てて修復されていく。


こんな高等医療は自分なんかにはもったいない。

救ってくれた操縦士には感謝しかない・・・


コクピットを見ると、赤い髪をクルンクルンに巻いた少女が必死に操縦桿を操って敵の攻撃を捌き続けている。

手元の操作を見ていても右に左に残像しか見えない。目にもとまらぬ凄腕ってこれなんだプロすごい。

プロの操縦士を始めてまじかに感じて感心するばかり。ロボット同士の戦いなんて初めてみる自分には応援することしかできない。

「がんばれ!がんばれ!」


正面のモニターに映る相手は随分と大きく強そうだ。

おそらくピンチなのだろう、俺の身は助かったくせにまた危ういのだろう。

それがわかってるのになんだか他人事な自分がいる。


どうやら俺は、激しい戦闘のさなかでも落ち着き払う大物になりあがってしまったようだ。荒波の中、小舟の舳先で座禅を組んでビクリともしない自分が頭に浮かんだ。

臨死を経験することで覚醒するって本当らしい!


もちろんおっさんの誤解である。


回復カプセルは最大限外部の衝撃に影響されないように最高のバランサーが管理している。

ぶん殴られて吹っ飛ばされても、回復液がちょっぴりポチャンと音を立てて小さく波打つくらいだ。

そんなリビングのソファに座ってゲームをしているような状況で、目の前のモニターの中では相手が拳をふるってくる。

ゲームとしか思えないレベルの衝撃吸収と静音性であり、現実でこのロボットが激しく破壊されているなんて気づかないだけだった。


「あれ最新型のファントムZ3だろ、制圧できないし逃げらんねー!至急応援頼む一刻も早くっ!」

赤髪の少女が必死に叫ぶ。

彼女はあきらめない。弱気になるスイッチは彼女の精神には搭載されていない。

座右の銘は成せばなるだ。彼女のすべての筋繊維がイケイケドンドン太鼓をたたいて彼女を鼓舞する。


へえ。

あれが最新型のロボットかあ。


おっさん他人事。


「できるだけ距離をとって逃げて時間を稼いでくれっ!飛行艇をスクランブルさせているっ!」

通信相手で赤髪の少女からは姉御と慕われている(?)司令官さんも噛みつくように言葉を返す。


え?飛行艇も見れるの?(ワクワク)


そんなおっさんの感想なんてどうでもいい話だ。

現実に対処しているのは操縦士の少女である。


簡単に言ってくれるけどなあっ


赤髪の少女は必死に操縦桿を操りながらひとりごちた。


敵が使用する機体は自分の陸戦アーマーを何世代も進化改良した完全体マルチアーマーだ。

こちらは電磁力と油圧で相手を殴ろうとしているのに、相手はその力に加えて・・・ああ、今もこちらに振りかぶった拳を支えるヒジ関節からシュンッとバーナーが出て拳の威力を加速させている。


ドゴン、と鈍い音が響き、特にぶ厚くパイロットを守っているコックピットの装甲がおしつぶされ、中の少女も後ろまで吹っ飛ばされガクンと気を失った。


吹っ飛ばされて激突した壁は、おっさんと少女のいる操縦席を区切るクリスタル・ウォール。

ミサイルの衝撃で機体が吹き飛んでも中は無事という最強の鉱石で作られた特殊ブロックになっている。

人間がぶち当たったくらいでは傷一つつくことはない。


破壊されたコクピットは正面からボッコリ内側にめり込んでおり、正面モニターもジリジリと怪しい電気音を立てながら画面が映ったり消えたりしている。


「おいおいやめろ!俺を助けてくれた若者が死んでしまうだろっ!」

すぐ目の前で大量の血を吐き出した少女。手足も変な方向に曲がっている。

完全に気を失っていて命の大ピンチにしか見えない。


「おいロボット、俺の声が聞こえてるか?聞こえたらここから出してくれっ」


自分のいるロボットのAIに話しかけるにも実際に相手がいるわけじゃない。

とりあえず上を向いて声をかけてみた。

実際には上も下も横もどこを向いてもロボットの一部だ。


おれもまだまだ傷だらけだけどさっきまでより随分といい。

血は止まっているし意識もハッキリしている。

手を握れるし足もピコピコ動かせる。

それなら死ぬのはこの娘じゃないでしょーっ!


俺を助けてくれた自分の娘のような女の子、しかもロボットパイロットといえば超がつくエリート。

頭脳も肉体も選ばれた若者だ。この子が未来の宇宙を切り開いていくかもしれないんだよ!


燃え上がるおっさんの頭の中はおいておくとしても。

彼は自分の娘とほとんど変わらない少女が死にそうになっていて、ほっとけるわけがなかった。


天井に接続してあるスピーカーから電子音が流れる。

『あなたの治療は終了していません。治療を終了してもよろしいですか?』


答えてくれるAIの音声も途切れ途切れで今にもプツンと止まりそうだ。

急がねばならない。


「YESだっ。パイロットの少女の治療を優先してくれっ!」


『・・・被治療者Aの治療を強制終了することにより回復ポッドへ新たに被治療者を受け入れることが可能です。パイロット"SAKU"は生命レベルが低下しており落命のが危険あります。人命救助優先のため回復ポッドへ回収して治療を開始します』


「いやあの、なんか俺を出してくれるのはわかったけど、他がよくわからんけど?」


『あなたの言った通りになる、ということです。あなたの治療を終了するのは治療を受けているあなたの意思をいただけば可能です。それ以外については本機のパイロット及び管理者の命令以外は受け付けられません』


「敵か味方かわかんないおっさんの命令なんて聞けないと。そりゃそうでしょうがそんな場合じゃないのでは」


『あなたの治療が終了して回復ポットが空けば、本機の機能で傷ついた意識の無いパイロットを自動でポットに収容して回復させます。結果的にはあなたの依頼した通りになります』


「わかりましたでは早々に。ああ、それと何か着るものなんてありますか?少女の前でおっさんが素っ裸というのは犯罪者ですので。無ければ毛布でも布でも」


回復ポッドから出てきた山田は当然のようにマッパであった。


治療にこびりついた服が邪魔だから排除されるのは当然だろう。着ていたスーツはもうただの端切れでしかなかったのだから。

しかし仕方ないとはいえ50代おっさんのたるんだ腹や変なとこに生えている毛を見られるだけでも恥ずかしい。さらに怪しいものをブランブランさせて少女の前にたつ勇気はない。

たとえ今は気を失っていても何かの拍子に気付くかもしれないのだから。そこでこんなお粗末なモノを正面から視られたら。


ウチの娘なら、きっと俺を本気で殺そうと殴りかかってくる。

その様を妻が見ていたならほうきを握って娘の加勢に参入すること請け合いだ。

つまり誰にも止められずにボコボコになるのが目に見えるようだ。


ハラスメント?


ノンノン。


犯罪、YES!


俺の心中を知ってかしらずか。天井の一区画がパカリと開いて一枚のシーツがパサリと落ちてきた。

そりゃそうだ、ロボットの中にビジネススーツの替えなんてあるわけがない。

これを纏うしかないが、隠せるだけ無いよりはマシだ、うん。

きっとなにかあっても、この機体のブラックボックスに残っているログが俺の無罪を証明してくれる。俺がハラスメントにならないように最善をつくしたことを。

壊れるなよロボット。壊れるならせめて記録だけでも残して逝ってくれ。


体に白いシーツをまきつけて片腕を出す。

遥か昔の聖者のように。

殉教に殉じる聖者のように。


回復部屋から出た瞬間に激しい衝撃が襲った。慌てて機器につかまるが当然不格好に転ぶのがおっさんの常。ゴロンゴロンと転がりまわりマンガのように星が飛び出てヒヨコがぴよぴよ頭の周りを飛び回る。激しい衝撃が続いているのは、敵のロボットにあいかわらずガンガンとぶん殴られているらしかった。


「ロボットさん、これもう白旗あげるしかないんじゃないの!?」


『それは私の判断ではできかねます。パイロットが重傷で意識がありませんので本部の指揮官からの指令であれば可能です』


「でもこのままじゃあ大事なパイロットさん死んじゃうよ!?人命優先じゃないの!?せめてその指揮官に確認とってよ!!」


『何度も試みていますが通信システムに反応がありません。システム破損と妨害電波の両可能性があります』


「じゃあ白旗あげる命令を誰も出せないってことじゃない!ちなみに敵に捕まった場合この子はどうなるのさ」


『戦時協定にのっとれば捕虜として尋問されるのが通例です。しかし相手が犯罪者やテロ組織であれば拷問を受けます。その後は殺害されるか洗脳もしくは自白系の薬剤の投与も予想されます』


そんなバカな。

俺を助けてしまったばかりに(と勝手に山田は思っている)この親切な少女の身が危険に晒されるのはあってはならない。


チリリ、と熱い魂がたぎり、心の中ではドラムロールが激しく響き渡る。

どうすればいいかわからない、でも抗うしかない魂。これを闘魂という。


「わかりました。それではハッチを開けてください」


一宿一飯の恩を返さねばならぬ。

これが生きる「道」というヤツだ。


『どうするおつもりですか?』


「俺は所詮ただのサラリーマン、捕まっても何をされるわけじゃない。全力で相手に降伏するから、ロボットさんはその隙に逃げるなり降伏するなりしてください。俺が時間をかせげば援軍が来てくれるかもしれないんでしょう?」


『・・・わかりました。もともとあなたはただの民間人、パイロットのきまぐれで救い上げただけです。あなたの意思を阻害する行動は否定されません。ただし現在打撃による攻撃を受けていますので、敵の攻撃中にハッチを開ける許可は出せません。またハッチを開けた場合・・・』


ガインッ!!!


AIがしゃべり終える前に大きな振動が響き、ついにロボットは10メートルも吹き飛ばされてそのまま倒れ込む。


「よし今だ、ハッチを開けてくれっ!」


『了解しました』


ウイイイイン


ハッチが開き、暗闇の中冷たい夜風がほほをくすぐる。

こすれる金属音がなにかの存在を俺に知らせてくれるが、暗闇で何も見えない。

そういえばさっきまで映っていた映像は暗視モニター越しだから敵が見えていただけだった。


『投光器オン』


AIの自動音声が聞こえると急に周囲が照らされる。

猛烈な勢いでせまってくる敵ロボットが見える・・・やばいやばいやばいって!

凶悪なロボットが勢いよくせまってくる、止めを刺す気まんまんだ!

待て待てあわてるな、こういう時こそ冷静さが必要だぞ山田。

感情に流されず自分を客観的に見るんだ、なにせおまえは死を経験して覚醒した男だろう!(してません!)


俺は閉じたハッチの上に立ち目立つように両手をふる。


いきなりかけるとしたらコレだと決めていた声をかけるのだが

「おーーーーーい」


ゴオオオオォォォッ!!!


敵ロボットが止まる気はないようだ。

俺の声より相手が噴射しているジェット音の方がよほど大きい。聞こえるわけがない!

勢いよく距離をつめてくる攻撃態勢をとっていて、全力でこちらを仕留めにきてる。


うん、俺、詰んだ。


俺は、俺は・・・

社会人生活30年。

やりたいこともガマンして家族のためにつくしてきた、この苦節30年間。

法律を守り、御近所にも礼儀正しく思われるよう誠意ある振る舞いをしてきた。

仕事相手ならなおさらだ。

がまん、がまん、がまん。苦節人生50云年のがまんの集大成としてここにいる。


車の運転免許はゴールドを超えプラチナを超えアダマント・カード。

事故も違反も1回もない。

酔っ払いに殴られても手出しせずに後から警察に通報した。

忍耐一筋50年。

どんなささいな法もやぶらない真面目一途でチキンなこの俺が。


バサリッ


俺はロボットが貸してくれたシーツを握りしめ、両手に持って高らかにかざした。


バサリッ


振った。

振った。

振り続けた。


そう、白旗は万国共通の降伏の証だからっ!


敵ロボットにギュウンッと逆ブースターがかかり、俺たちの数メートル先に静かに着地する。

気ずいてくれたのだろうか?


微動だにせずこちらを伺う巨大なロボット。

暗闇にモノアイだけが俺をロックオンして光る。


「くっそう、俺だって、俺だってやりたくないんだよおっ!」


両手で大きく白いシーツを振り続ける。

バッサ、バッサ。

2メートル四方のシーツだって広げて振ればかなりの重労働だ。

俺は汗だぐになりながら全身を使って勢いよく振り続ける。

全身に布ひとつまとっていないせいか、熱くなった皮膚に夜風が心地よい。

白旗をふる俺、ついさっきまで全裸で回復カプセルに入っていた俺が唯一まとっていたシーツを振り続る。


上げた両手を左にふれば、広がったシーツが左にたなびき、反動で俺のナニは右ふとももをピタンと叩く。

上げた両手を右にふれば、広がったシーツは右にたなびき、反動で俺のナニは左ふとももをピタンと叩く。

ついでにお腹の脂肪も左右にタプンタプンと揺れる。

乳首やオヘソの周辺なんかのヘンなところに生えているおけけが風にたなびき向きを変える。


なんだこれはっ!

シーツを使ったセクシーダンスか恥辱プレイなのか!?

人生の汚点、嗚呼!50歳を超えて人生を悟ってなお刻まれる黒歴史っ!


恥ずかしさが限界を超えている俺の真っ白な頭の中。

自分を包んでいたカラがはがれていくイメージが脳内に浮かぶ。

はがれきって見えた想像上の自分も全裸なのが醜い。


おれが!おれが!俺がやらねば誰がやるっ!!!!!!


避けられない事態に遭遇した自分の背中を押しまくるフレーズを無理やり口から絞り出す。


俺は大袈裟に腰を左右にふる。

後ろから見れば汚いおっさんのケツが左に右に大きくダンスしていることだろう。

俺のナニはふとももを力強くたたき音を奏でる。

まるで気分はロッケンローラーだ、さあ、俺を見て、俺を感じてっ!!

みんな、俺を見てっっ!!!!!


腕があがらなくなるまで。

腰がグキリと再起不能の音をたてるまで。

足がプルプルふるえて立てなくなるまで。


俺は降伏という名のダンスを踊り続けるのだった。


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