第3話 はっきりしない救いの手
「おい本部!なんかおっさんが倒れてんだけどっ!」
電子機器が並ぶコックピットの中。
操縦桿をにぎる少女がうへえとあきれた声を出した。
彼女の前で大きなモニターが前面に広がる森を映し出していた。
そしてそこには木に寄りかかるように血だらけのおっさんが・・・ボロボロに破れているスーツだった服装の残骸?がヘバリついたおっさんが映っている。
「おいおい、なんかちょびっと顔動いたぞ、生きてんのかよ!?」
それは山田が辞世の句を詠んだ瞬間である。
「どうすんだよコレ?ええ?どうせ死ぬから放っておけていうのか?なんかまだ生きてるっぽいんだが!?」
通信相手からのほっとけ指示にためらいながらもボタンを押す。人型ロボットの大きな指先から細いバイタルが延びておっさんの体の触診を始めた。脈はあるようだ。
ぶっきらぼうで面倒くさいことが大っ嫌い、無頼派きどりの彼女であっても死にそうなおっさんを前に一縷の情けくらいは芽生える。
根っこは優しい子なのである。
何の伏線でもないが、パイロットである彼女の父親もまたしょぼくれたサラリーマン。
薄給であり休みなく働きロクに家にいたことはない。いればいたで母親にいつも文句を言われて小さくなっている。
子供心に「情けない父親」そのまんまであり軽蔑の対象でしかない汚らわしい生命体。
好きか嫌いかではない。軽蔑するだけの存在。
そんな父親が目の前のおっさんに大いにかぶってしまったのは彼女の心の奥での出来事であり、表面的に言うならこれはただの気まぐれであり良心の呵責なのだった。
政府主催のロボット・パイロット試験に合格できたのは、そんなダメ親父を反面教師にして血のにじむ努力をしたおかげ。
「死にかけだけど生きてやがるぞ。死ぬなら死ぬ、生きるなら元気でハッキリしろよこのヤロウ!!」
彼女は不器用であり若干理不尽であった。
ロジカルな思考より勢いを大切にするタイプであることが拍車をかける。
白黒つかないとムシャクシャするのだから間違いない。
「もう死ぬから放っとけって?いやわかってるよ、逃げた敵の研究者を追いかけないとまずいのは!でもな?こいつ今すぐ治療カプセルに放り込めばなんとかなりそうなんだけど!!」
コロニーのゲートを開いて敵を招き入れた研究者集団を追跡中。
そいつらのせいで侵入した敵が大暴れしているのだ。
内容次第では戦争が始まるかもしれない重要案件だ。こんなおっさんの吹けば消えそうな命と引き換えるわけにはいかない。そう考えて当たり前なのは彼女にも考えればわかるのだ、だがそれでも。
「回収開始っ!治療カプセルに収納次第引き続き対象の追跡を継続するっ!」
わざと司令部に聞こえるように宣言してからマイクのスイッチを即切りする。
もちろんおっさんを回収するのにわざわざ口に出す必要はなく、ボタンひとつポチッと押せばすむ。だが彼女も軍人なのだ。勝手に行動したとなれば後がやっかいだ。
司令部からの通信では姉御がギャアギャア言っているけども、これも流れる動作でミュートボタンを押してキャンセル。
彼女にとって責任はとるためにあるのではない。回避するためにある。
少女は思い切りがよかったしウジウジ悩むのがきらいな性格である。
彼女の中では自分のことを「清々しい性格」「さっぱりした性格」と考えていたが、まわりからは「いいから立ち止まって考えろ」「10秒でいいから考えろ」「脳筋」「イノシシ」と諭される。なぜか「考えなしの行動派」だと思われているようで心外だと感じている。
ロボットの手のひらから触手のようなコードが何本も出てきておっさんを丁寧に持ち上げた。
運転席の横に設置してある治療カプセルへの搬送もすべて機械が自動で処理してくれるが、その間は機体を動かすことが出来ない。
赤い髪がくるくると天パーでまいているガタイのいい少女は、納得がいかない顔をしてトントンと操縦桿を指先で叩いた。
「この機体にも飛行機能をつけてくれりゃー話が早いんだけど。そうすりゃこのおっさんを見つけちまうこともなかったのに」
モビルアーマーにはいくつもの種類がある。
少女が乗っているのは陸戦だけの戦闘タイプ。旧式にカテゴライズされる。
それでも人間相手ならコイツがちょうどいい。
スポーツカー並みの速度で走り、パワーシャベルやクレーンよりも力強く、マシンガンでもビクともしない装甲を持つ。
人型であるため舗装路でなくても走行することができ、ギャングを単機で制圧する程度には武力を持ち、負傷した際の治療カプセルも内蔵する。
ピーッ
注意を促す発信音がなり、モニターには「収納完了しました。治療開始します」と確認メッセージが表示された。待ちわびていた少女は収納にかかった時間を確認する。
約10分。
ターゲットは障害の多いこの暗闇の森で目立たないよう小さな灯りを頼りに逃げているのだ。せいぜい1km進まれたくらいだろう。
「本部、ターゲットの位置を補足してこっちに送ってくれ」
ちゃっちゃと音声通信を復帰させた少女が何事もなかったかのように先ほどまで通信していた相手へと依頼をかける。
申し訳なさのかけらも感じさせない。
何事も「ツラッとやってしまう」ことが大事。
そして「やるならトコトンとぼける」彼女の座右の銘だ。
プウンッ、と本部につながったモニターには頭を抱えた司令官である姉御がトホホの顔をして映っていた。
「あんたねえ、自分勝手にもほどがあると思わない?」
地の底から絞り出すようにドスの聞いた声で答えた司令官の表情を移した後に、それでもこの一帯の地形図が3D表示されターゲットのポイントが光った。
所詮は敵も人の足で逃げてるだけ、予想通りの距離感。
すぐに追いつけると算段する。
「さすが姉御だ話が早い。借りは返すから楽しみにしていおいてくれよっ?」
「いいからさっさと追いかけなさい。あと回収した民間人の様子はどうなの?」
後ろを振り返ると、修復用の培養液に沈んだおっさんのまわりにはブクブクと気泡が浮いている。
シュウシュウと煙のようなものが溶液の中で揺れているから傷を治しながら生命維持もできている様子。
「生きてるっぽいよ。とりあえず追跡を開始するから」
あの培養液を漂う煙は体が修復する際の屑が排出されているだけだ。
死人は修復できない、生きて治ろうとしていることだけは違いない。
それでほっとした気持ちになれたのだから振り返る時間は終わりだ。
「いっけえええぇぇぇーーーーーっ!」
ロボットの足元からブースターに点火された炎が噴出され、機体が猛スピードで発進した。これだけ離されてしまったからには追跡がバレてもしかたない。上空から衛星と、闇に紛れて敵を追尾しているドローンが正確な場所を教えてくれる。
下手に建造物へと逃げ込まれる前に捕縛する必要がある。
ガツンガツンと当たる木の枝も今は気にしていられない。
猛スピードで木々の間を抜けて敵に接近する。
「推定接触位置まで30秒、減速開始っ」
推進しまくっていたロケットバナーが消え去り、逆方向へと吹き出すアフターバナーの空気の圧力で速度が急速に下がっていく。
一瞬だけ振り返っておっさんを見た彼女の顔には腹立たし気な表情が浮かんだ。
「なんでこんな・・・バッカヤローだ、アタシ」
ただの人命救助であればその胸には誇らしい感情が浮かんだかもしれない。
そうではなく、自分の中に生まれた言葉にならない感情に影響されたことが腹立たしい。
公私混同してしまっている自分と、そして軽蔑の対象である相手(実際の彼女の軽蔑の対象は自分の父親であって山田ではない)を命令に背いてまで助けてしまった自分に。自分でも不可思議な行動をとってしまった自分に腹が立つ。
「だあーーーっ!アタシはこういう悩んだりするの苦手なんだよ、いいからハッキリしろ私!!」
首をブンブンと振り回すが、心から染み出てくる声と後悔の気持ち、そして彼女は認めたくもないほんのちょっぴりの安堵。
当然だが心の中の感情なので首をいくら振り回そうとも何ともならない。
せいぜい首周りの筋肉をほぐす役目くらいしか・・・いやむしろ痛めるかもしれない勢いなので悪影響があるくらいか。
どちらにしても彼女はそんなことに気付くタイプではない。なぜなら脳筋だから。
しかし世界はそんな心中乱れる彼女をそっとしてはくれなかった。
ガツンッ!!
突如として彼女が操縦するロボットに横から激しい衝撃が走る。
「うおおおおぉっ!」
ロボットパイロットとして性別関係なしの厳しい審査と訓練をくぐりぬけてきた。
彼女の辞書に可愛らしい少女の悲鳴「きゃあ」なんて存在しない。
驚き焦りながら操縦桿を握りしめて瞬時に立て直しを図る雄たけびは「うおおおぉ!」なのである。
衝撃で数メートルも宙を飛んだが、ロボットのバランサーが倒れることを許さない。
地面を大きく後ずさりながら着地すると、己に攻撃を加えた対象をモノアイが捉える。
「最新型?」
自分の機体より二回りも大きい敵機は、暗闇の中で光るモノアイが巨大なバケモノのようなロボットだった。
関節も背中もブースターが内臓されており、放熱のかげろうが巨大なケモノの姿を蜃気楼のように揺らがせる。
背中や肩から出ている突起は開閉して飛行する際のウィングともなり、宇宙空間でもコロニー内でも飛行が可能。
それでいて地上での移動や攻撃においても各動作がブースターと連動した協力な馬力を発揮する。
体格が二回りも大きいのは発揮する巨大なパワーに耐えられる太く堅牢なメイン・フレームで構築されているからだ。
体は大きく、動きは早く、力も強く、空でも宇宙でも超高速で移動する。
内地専用の旧式対人陸戦ロボットからすれば絶対闘ってはいけない相手だった。