第24話 長距離走者の孤独
暗黒竜は空を見上げる。
キラリン♪と光る彗星がまっすぐに自分に向かって落ちてくる。
まいったなあ本当に。
元々がなで肩の暗黒竜がさらにヤレヤレと肩を落とし、なんならため息まで出そうだ。
『異次元の世界からやってきた暗黒竜』
この世界の人間はみんなそう思っている。なんなら神々だって。
だいたい合ってる、でも暗黒竜本人?本竜?からすれば微妙に違うのだ。
『異次元の世界から』正解ですっ!
『暗黒竜』正解ですっ!
『やってきた』 ちょいちょいちょおおぉーーーーーい!
暗黒竜の叫びが地の底から聞こえてくるようだった。
異次元の世界に次元の壁を越えて突入して現地の敵を殲滅する?
そんなの次元間侵略者じゃないのっ!
彼は『やってきた』のではないのだ。それだと自分からこの次元で暴れようとしてるみたいじゃないそうじゃないのだけど!その次元の神から『突っ込まれた』または『断る選択肢のない選択を迫らされた』いやいや『問答無用でぶち込まれた』という方が正しいのだろうか。
これでも元の世界では暗黒竜族の首長。
力が全ての竜種で最強の存在だ。
ちなみに暗黒竜はその次元で最強の生命体。
つまり生命体ヒエラルキーのトップ種族のトップ。
普段目にすることのない神々に対して世界中の生命体から現人神、いや現竜神として奉られ崇められている存在なのだ。
しかし最強であろうと力だけでは統治なんてできない。
聡明な頭脳、酸いも甘いも噛分けて裁きを下す最高峰の叡智。
力だけの独裁者では神として崇められることなんてありえない。
下々のものまでをも思いやりながら、私心なぞ一切捨てて世界の平安のために決断を下してきたのだ。
馬車馬のように働き続けてはや幾年月。誰に命じられたわけではない。
自分の使命として世界の平和バランスを保ち続けてきた漢。
『その世界』ではトップオブ漢。
長い年月を長命種の孤独に耐えながら己の使命を全うしてきたのだ。
そんな聡明な彼は、今の状況を正確に理解しているのだった。
そりゃあ必死に自分の世界を守ろうとするよな。
あの綺麗な彗星はこの次元の隠し玉なんだきっと。
この世界を救うために必死な顔で叫びながら自分に突っ込んでくる若者。
自分の命を賭しているのだろう、己の魂魄すらかけてこ世界を守ろうとしているのだろう。宿命に殉じて生きる漢に年齢は関係ない。考えることは同じだ。
まるで俺がやってきたように。
クパア。
大きく口を開き、体内に蓄積した暗黒エネルギーを射出する準備を行う。
のどの奥に暗黒のエネルギー弾が渦巻き膨張していく。
うまく避けろ若者よ。
新しい世界を創りあげていくのはおまえたち若者なのだから!
すっかり消滅する気の暗黒竜。
先ほどまではよかったのだ。
この世界のオーバー・スペック、神に近しい若者との闘争には魂を揺さぶられた。拮抗した武力、魔法力、知力は武人としての誇りをかけた闘いにふさわしかった。
次元の侵略なんてだいそれたことは棚の上に置いておいて、お互い切磋琢磨した武人同士が世界大会の決勝戦で闘うような誇り高い闘争だったのだ。
まるで天下〇武闘会、いや次元一武闘会の決勝戦だった。
でもあれを見てしまったらもうダメなのだ。
よく考えなくてもコチラが侵略者だ。
こんな若者が世界を守る宿命に殉じようと、意味不明の叫びをあげて泣きながら刀をかざして俺に向かってこなければならないなんて、漢の生きる道にはあってはならないのだ。
これでも現竜神としてあがめられた俺が、次元違いといえど無垢で純粋で熱い魂に手をかけるなんてできるわけがない。
もちろん暗黒竜には若干の誤解がある。
それは誤差程度であるのだが、いい感じにこの竜には刺さっていた。
落下してくるのは若くハンサムなヤムダである。
だが泣き叫んでいるのはおっさん山田なのである。
長い年月を生きる暗黒竜種からすれば、10代のヤムダも60代のおっさんも若造であるには違いない。これは年齢的な問題ではなく見た目の問題なのだが熱い想いに支配される暗黒竜は気づけない。
落下してきたのがブヨンブヨンで脂ぎったおっさんが汗と涙を鼻水と涎を垂れ流し糸を引いた見た目であれば、暗黒竜はでっかい蛾が暗闇からいきなりこちらに向かってきてびっくりした時のごとく反射的に叩き落そうとしただろう。
しかし繰り返しになるが落下してくるのは若くハンサムなヤムダ。流れる汗も涙も鼻水さえもキラリンと輝くその様は美しい絵画か勇ましい彫像か。
ゴオオオオオォォォッッ!!!!
ついには暗黒竜の口から砲撃が打ち放たれた。
遥か上空の輝きに向かってであろうが狙いは正確。ヤムダの頭をぶち抜く軌道を描いている。
元いた世界の神から遣わされた使命を果たさないわけにはいかない。しかし竜には竜の、漢には漢の道がある。
その正確すぎて集約した砲撃はヤムダが首を横にかしげるだけで避けられるだろう。
俺も自分の次元の神に遣わされた身だから攻撃しないわけにもいかねえんだ。
だがお前の周りで輝きまくってる神々の加護があれば楽勝で防げるのだろう?
自分の役割から逃げることはない。
だが己の魂の根源をゴマかすことなどできはしない。
そこにあるのはまさに漢のあるべき姿だった。
すべてを悟り切った竜は静かに目を閉じる。
さあ俺の魂を生まれ育った次元へと戻してくれ。
輪廻を巡り巡れば、いつかまた懐かしい仲間達にも会えるかもしれないのだから。
そんな自分に浸りきっていた暗黒竜がふと我に返る。
え?こんな異次元で消滅したら俺の魂魄って大丈夫?
そんな一瞬の迷いにとまどう瞬間すらなく。
聖なる力を宿した流星が暗黒竜に直撃し、彼の肉体も魂もそのすべてを粉々に打ち砕いたのだった。