第22話 狙い撃ち
モビルアーマーFT-ZXの足首にしがみつくおっさん。
いやがらせのように足部のバナーから噴出される炎を右へ左へとよけながら、高高度の上空で突風と極寒の温度と戦う男。
彼が纏うは黄金に輝く神の鎧。
着用するだけで対魔法、対物理の効果を発揮する優れもの。しかも着用者の発する魔法や物理攻撃を劇的に高めるバフ効果がある。
おっさんはそれを見越してFT-ZXの背に乗ることを決めたのだ。
風魔法で空気防壁を張り正面から押し寄せる突風を妨ぎ、自分の周囲の空気を火魔法であたためた温風で包む。
快適な空の旅が俺を待ってるぜ!
なぜこうなってしまったのかわからない。
ボッ!ボッ!ボッ!ボボボボボッ!!!
おっさんがバナーの炎を避けるとすぐに別のバナーが点火する。
ずっと同じ方向を噴射し続けていればいいものを、わざわざおっさんが避けた方を噴射口がロックオンして炎を噴き出す。
いかしたヒーローであればクライマーのようにボルダリングの選手のように、ひょいひょいと取っ掛かりを移り障害(炎)を楽しむ余裕があるかもしれない。
しかしここにいるのはおっさん。
「ふんぎいぃーーーーーーーー!!!」
豚のような悲鳴を上げながら必死にしがみつくおっさん山田。
突風でホッペタが吹っ飛びいきそうなほどひんまがり、顔面はいろいろな体液が凍りついて白く覆う。
魔法を詠唱するわずかな時間すら与えられず、かろうじて神の鎧の保護機能で生命活動を保持しているだけ。
生かさず殺さずの拷問タイムがエンドレスで続く。
一瞬も気をぬくことはできない、その瞬間に風にさらわれて空へ散る定め。
何故こんなことになったなんて考える暇もなし。
まさに狙い通りの展開にほくそ笑む少女がひとり。
そうだ。
おっさんは狙われたのだ。
今この瞬間の氷漬けのブタのような表情や悲鳴もすべて録画されている。
長い旅路でパイロットがわき目を振らずに操縦桿を握るなんて遥か昔のこと。
当然のように自動操縦に切り替えられているFT-ZX。機体と航路の異常をチェックしておけば勝手に目的地へと連れて行ってくれる。
そのパイロットはしかし、一瞬も逃すまいとバックカメラの映像にかぶりついているのであった。
記録もとるが脳内にもしっかり焼き付ける。LIVE感が大事。
夢中になる彼女は完全に違う世界にイッてしまっており、彼女の中では今すぐおっさんを抱き上げ肌を寄り添い抱きしめあいたい、私の全てであなたに触れあい温めたい。突っ走る妄想は情熱の炎に油を注ぐ。
「おいおいおいっ!おまえ、何やってんだよ!ヤムダは大丈夫なのか!!」
現在サクは王国の王都のはずれ、森に近い第二倉庫の別室「指令室」でモニタリングしながら指示を出す役割にあたっている。
離陸からここまで、どうにもエミイの操縦におかしな気配を感じているのだ。
自動操縦のはずなのにちょくちょくバナーをいじっている気配。
点火つけては消し、方向を変えてまたつけては消す。
レーダーで確認している航路ではFT-ZXが右に左にジグザグに飛行しているのだから危なっかしくて仕方ない。1流パイロットのはずのエミイがなぜにそんな運転をするのか不思議なのだ。
こいつ、なんかやってんのか?
あいつの体や頭の動き、それに細かく操作しているパネル類・・・
FT-ZXは指令側でも操縦席のパイロットと視界を共有できる機能付き。操縦者が気絶したり重傷を負った場合などに自動回避や帰投指示を出すためのものだ。
どうにも納得できないサクがAIに指示を出す。
「パイロットとの視界共有を開始しろ、サブモニターはこれまで通りに操縦室の内を見せて」
キリッと画面が切り替わる。
なぜエミィがこんな運転をしなければならないのか?
飛行タイプの魔獣がFT-ZXのスピードについていけるとは思えないのだけど。
私の愛しいヤムダは大丈夫なの?
「ひょ、ひょ、おひょおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
おひょお。
もちろんおっさんが以前生きていた世界では意味不明の言葉。
残念ながら派遣されたこの世界でもやっぱり意味不明。
つまるところ美少年ヤムダは情けなく意味不明な叫びを上げ続けている。
美少年かたなし。コレは本来おっさんの役目だ。
目元からは風圧で涙が真横を経て頭の後ろまで線をひき、鼻水は鼻の穴から上に向かって鼻筋通りに上っていきおでこを突き抜ける。涎は一瞬宙を舞った上でベチョンと顔全体にひっついている。
そしてこれら体液のすべては高高度の極寒と吹きさしの極風により顔面を汚ったらしく氷付けていた。
情けなく両腕でしがみつき、宙ブラリンの両足は少しでもFT-ZXの足を登れまいかと空中でガニマタからピンと伸ばす平泳ぎの動作を繰り返している。もちろん空を切るだけで意味なんてあるわけがない。疲労が蓄積してしばらく経てば足がツるだけだ。
そう。
そこにいたのは最近売り出し中の西の王国の英雄ヤムダではなく、前世でコロニーを逃げ惑う情けないおっさん山田そのものだ。
「なっ・・・なっ・・・なっ!!!」
つい先ほど両想いとなったばかりの愛しい人。
ぶきっちょな自分をいつも笑顔で支えてくれた眩しいヒト。
だが映し出されている彼氏はサクの何倍もぶきっちょで、不格好で、汚い。華麗さのカケラもない。
サクは言葉を失う。
それはそうだ、誰が愛しい人が泣きながらロボットにしがみく情けないところを見たいものか。
ビビッて鼻水も涙も涎もなんでも垂れ流す姿をみたいものか。
必死で、真面目で、ドンクサイ姿を見られたいものか。
こんな姿をうら若く恋に恋する乙女が見てしまったら。
100%幻滅したはずだ。
憧れの存在から氷漬けのブタ野郎へとヤムダ株は世界恐慌なみの暴落するに違いない。
淡い恋は極寒の地獄へとたたき落され、絶対零度でバナナで釘が打つことができるしバラの花びらは指で触れば粉々の破片で飛び散るに違いない。んっ?
しかし神はそうならない道を示した。
これまでのサクは男性を愛する自分なんて想像もできなかった。
ヤムダは親友であり、尊敬する先輩であり、ずっ友なんだと思っていた。
ヤムダにふさわしいのは女性らしいエミィであり、サクは二人の仲をからかいながら応援する役目。
自分の起業に力を貸してくれて、アレコレと自分を導き世話を焼いてくれるヤムダを尊敬して信頼している。惹かれている自分にチョッピリ気付いてもこれは真の友情だと自分をたばかっていた。
胸のドキドキは魂と魂が引きあう終生の友だからだと強引に解釈した。
自分でも『これはもしかして恋?濃いでも鯉でもないアレなのか?』なんて思うこともあった。
けれどもこんな筋肉女が、こんな炭まみれの鍛冶屋が高貴なヤムダに似合うわけがないという諦観がある。自分で想像するヤムダの相手ドンピシャリである可憐な美少女エミィがいつも目の前にいるのだ。
彼女は決して自分を卑下するタイプではないし自分の道を突き進むことしか考えていないが、だからといって独りよがりではない。相手があることは荒っぽくても思いやることを忘れないし理想とする姿もある。
エミイのことをほんのちょっぴりだけうらやましいと思う。
もし次の生があるのであれば女性らしく生きてみたい。
そうすればヤムダのような男の子と恋仲になることもあるのかもしれない。
ヤムダと愛し合うことは、これまでの彼女からすれば「来世にはなんとか」くらいの遠い憧れでしかなかったのだ。
そんなサクがこんな情けない姿のおっさんを見たからといって。だからどうしたドンと来い恋。
理想的な貴族として見上げていたところに下方修正が入る。だけれどそれは心地よいクール・ダウンであり湧いてくるのは親近感だ。勝手に作ってた壁が何回も破壊されてあふれ出すのは母性と庇護欲。
この人は何でもできる理想の人なんかではない、そんな人はいるはずがないと気付く。人知れず努力する苦労人であり、ぶきっちょであり、格好悪く、それでも必死に役目を果たそうとする責任感の強いヒト。
気付いたからにはサクの魂に情熱の炎が吹き上がる。
アタシがアンタの力になってやる。
これまでさんざん世話になってきたのに何の見返りも求めないこのヒトの力になる。
アタシだって何もいらない何の見返りも求めない。アタシのすべてでこの男の力になってみせる。
汗も涙も鼻水も。そんなものは自分だってさんざん流してきたのだから。
同業の職人連中にも、顧客の貴族連中にも、街のやつらにもコケにされバカにされてきた。悔し涙にくれる自分を陰に日向にと手伝って助けてくれたヒトだ。鍛冶の仕事で煙とスミに顔を真っ黒くした筋肉女なアタシの相手が、どんなグチャグチャな顔であろうと気にするわけがない。
なんならアタシの熱い胸筋に抱きしめてその氷を溶かし、熱い唇で吸い付いて舌をたっぷりとこねくってベトベトの汚れを吸い取ってやる。だからすべてをアタシに任せればいい。
ヤムダから流れた体液は黄金の一滴なのだから。
ちょっと待て。
「黄金の一滴なのだから」じゃないだろ。
第三者がサクの頭の中を覗いたならば間違いなく羽交い絞めにするだろう。
うら若き少女が妄想の世界で突き進むには段階を飛ばしすぎる。恋に恋する迷走いや爆走。
愛を交わし合う二人が互いに望めば悦楽の深淵となるだろうが、自分勝手な妄想で突き進むのは大変危険である。
サクとエミィ。
どちらも血気さかんな乙女であり若さゆえの思い込みも激しいお年頃だ。




