第2話 It's my life
ガサリガサリ
すぐそばを通り抜ける足音がした。
誰かが踏みしめていく枯れ葉、かき分ける草木のさやずれ。
そんな音で目を覚ましたおっさん山田。
「まだ生きてた」
ぶるりと体が震える。随分と冷えてるのは気温のせいか、血液が少なくなったせいか。あたりはすっかり暗くなってもう夜になってしまっていた。
ドーム型のコロニーでも日は昇り沈む。
人間工学的に健康な環境で過ごせるよう、科学技術の結晶が当たり前のように日々の暮らしを演出するこの世界。
日が昇って明るくなって1日の活動を開始し、日が沈み暗くなると体をリラックスして休ませる。気温もそれっぽく上がり下がりする。
チラリチラリと小さな光が見え隠れし、数人の人影が森の中を小走りに進んでいく。
転びそうになりながらもペースを変えないところは焦っているのかもしれない。
そしてその灯りはどんどん小さくなっていく。
ああこのままじゃあ希望の灯が行ってしまう。
声をかけないと。助けてって言わないと。
「おおぉ~~~いいぃぃ」
灯りに向かって無難に「おーい」と声をかけてみた。
山田としては一生懸命。
しかし傍からみれば、瀕死のおっさんが木の袂で血だらけで倒れじっと見てもわからないほどに微かに唇が動いただけ。
当然その声も・・・鳥のさえずりどころかやぶ蚊の羽音ほどにも周りには聞こえていなかった。
灯りは見えなくなり人の気配が消えていく。生死をかけたミッション見事に失敗。
山田を再び闇と静寂が取り巻いていく、まさにその瞬間。
消えていった人影を追いかけるように轟音が響くのだった。
ガガガガガッ!!!!!
耳をつんざくような金属音をたて、目の前の(自分が転がり落ちてきた)斜面を巨大な物体が滑り落ちてくる。
次の瞬間には、ドカンッ、と体が浮いてしまうような激しい衝撃が走りそれを契機に静けさが戻る。
どうやら金属製の巨大物体が崖を滑り降りて無事着地できたらしい。
暗闇の中。彼の目には何も見えていない。
激しい音と衝撃が響いたことしか理解できない。
轟音で木がしなり着地で体が浮くほどの衝撃。それが見えない暗闇の目の前で展開されている(はず)なのだ。
ここは激しい恐怖に襲われるのが正しく普通のおっさんの役割である。
「ひゃぃ~~んっ」となっさけない声を上げながら腰が抜けてプルプルと大木につかまるのが本来あるべき光景なのだ。だが。
すでに魂が半分以上お空に昇りかけている彼にとって、今さら隕石が降ろうが巨大ロボットが崖を滑り降りてこようと関係ない。
そんな恐怖を感じる神経がぶっ飛んでおり、
「ああ、無事に着地できたのか。よかったなぁ」
おじいちゃんが公園でスベリ台を滑る孫を微笑ましく見るような表情を浮かべるばかり。
なにせ彼の頭の中では棺桶に全身ダイブして安らかな顔で腕組みまでしちゃってるのだ。
そんな彼からすると、人知れず死んじゃいそうな彼からすると、人間の手が加わっている物体が動いていて誰かが操縦している。そう思えるだけで誰にも知られず死んでいく孤独が薄まるのを感じるのだ。
「俺ってさみしんぼさん」
誰にも聞こえない声。
あまりにも悲しい最後の一言。
そんな感慨にふけりながら自分の生をゆるやかに手放しかけそうになるのだが。
いや?
いやちょっと待て!
俺の辞世の句「俺ってさみしんぼさん」
それは無いわ!
山田は完全にいってしまった世界で自己完結のツッコミを自分に入れた。
あまりにもな自分のラストにアドレナリンが噴出したのだ。
齢50云歳。真面目で愚直を絵にかいたような人生。
面白味のかけらもないおっさん。
そんな自分が最後の最後でしょうもないことを言うのは自分のスタイルではないはずだ。
おっさんが最後にくだらないポエムを口ずさむ。しかも全く面白くもない。
何の意味もない。誰が聞いても笑えない。
切なすぎる。
死んだ後にどう思われようと関係はないのだ。だが自分は最後の辞世の句を詠むところだし目の前には人が操縦しているハズのなにかがいるのだ!
他人がいると思えば恰好つけるのが男であり感謝の心は社会人の常識。
せめて残していく妻と子供に感謝の一言くらいは言わねばならない、それこそ去り行く大人の義務だ。
「今まで俺なんかと一緒にいてくれて・・・」
走馬灯がよぎる。
家族との思いでが・・・よぎる?
どんな?
んんん?
娘の誕生日、参観日、運動会?
全て仕事でパス。
幼い娘は泣いていた。
愛する妻の顔が般若に見える。
心の中ではいつも五体投地で詫びている、だが口に出すこともできずにスルーするしかない。
薄給なくせに家族とロクに過ごす時間すらないのだから妻が正しい。
言った瞬間に「あやまるくらいならなんとかしなさいよっ!」ぶん殴られるのがオチだ。
それを言っちゃあおしめえよ。
愛する家族のために平凡なおっさんが必死に頭を下げてあがいて駆けずり回る。
そんな姿を娘に見せられるハズもない。
今日も会社の窓から見える夕日が目がしみる。
「まあいっか」
最後の最後に彼が思考することをぶん投げたのはしょうがないじゃないか。
死んでしまえば反省もクソもない。
あっちの世界が。魂だけの世界が。
やり投げ選手のステップのように勢いをつけて近づいてきてる。
これがお迎えというやつだ。
意識が薄れ彼は再び気を失った。
彼の中で現時点の辞世の句は「まあいっか」
口に出そうが頭の中での勝手な思い込みだろうがどちらでもよかった。