第19話 今はまだ早い
ゴオウウウウゥゥゥゥゥンッ
闇夜を一筋の輝きが切り裂いていく。
夜空に流れ落ちる星の涙とは違い、轟音を立てながらまっすぐかなたの空へと飛んで行く。
下から見上げた森の民たちからは落ちることのない異常な流れ星としてみえた輝き。機体はFT-ZX。
マッハで空を駆け抜けるマルチモビルアーマーである。
暗闇であろうと関係ない。暗視モードと全方位ナビゲーションに自動運転の組み合わせで迷うことなく搭乗者を目的地へと運び届ける。
ということになっている。未来では。
GPSなんて概念はない衛星だって飛んでいないこの時代。すべては機械神の「さもそういう機能つき」演技なのだった。
この機体の全ての機能を把握した上で、すべては搭載された「最新型のAIのおかげ」だというように機体を動かしている。もちろんAIの音声も機械神。イケボが胸の奥を疼かせるなんて神様だからお手の元だ。
やるからにはトコトンやる凝り性の機械神、すべてはNAKAMAのために。
それはさておき。
その背には神の鎧に身を包んだ青年もといおっさんヤムダ。
なぜだか頭から一直線に突っ込んで飛んでいくマルチアーマーの最後尾、足のかかとに必死でしがみついては泣きそうな顔で何かを叫んでいる。
パタパタと豪風にたなびて巻きまくっているマントが何とも切ない。
なお地上から流星のように見えた輝きはFT-ZXではなく、ヤムダの神の鎧から噴き出す金色のオーラが見えているだけなのだった。
夜間隠密行動も行うFT-ZXがわざわざ敵に狙い打たれるために輝くことはない。
「ほんっと目立ってしょうがないわねその鎧!振り落とされないようしっかり掴まっていなさいよこのポンコツっ!」
エミイの罵倒はマイクがミュートされており誰かに聞かれることはない。せいぜいがFT-ZXの最新型AIが聞き流しているくらいだ。
しかし。
なぜに熱いエールを受けて旅立ったはずのヤムダがこんなことになっているのか?
時は数刻戻り、倉庫から出たFT-ZXが森で発信準備をしているところから始まる。
ヤムダがモビルアーマーに搭乗するエミイへと声をかける。
「それじゃあ行くけど。本当にいいのかい?君を危険にさらすつもりはないんだ」
「もちろん行く。私もサクもそのためにズッと頑張ってきたんだからっ!」
不安に駆られながらも必死に虚勢を張る健気な少女。
勇気を奮い立たせて恐怖を無理やり押さえつけている頑張り屋さんの可憐な少女。声も体も震えている。
そう言われれば止めることはできない。
なにせこの機体を雇用主にねだったのは自分だ。
本音は「だからってこんな少女を危険にさらさなくても、もっと自分みたいなおっさんでよかったのに」だけど。
なぜか雇用主の声「楽しい出会いに乾杯。いいから急いでくれる?」どこかで響いた気がした。どういう意味かはミッションが終わればおっさんにもわかる。
今はよくわかっていないおっさん山田、とにかくこの少女に何かあってはお天道さまに顔向けできない。顔をあげて歩けなくなる。
世界を救い必ずこの少女を無事にこの場所に戻すのだ、たとえ自分の命尽きようともっ!
古臭くて的から少しハズれているのだが気づかない。
なぜならこの世界で言われるお天道様とは創造神のことであり雇用主。エミィを戦いに巻き込んだ本人、いや本神だったから。
まあそのぉーーーーおっさんの誓いとしてはアリなのだろう。
自分はいい、どうせ一度死んだ命。
だがこの体はヤムダのモノだ。消滅するなら自分の魂だけくらいのさじ加減が必要になる。これから始まるヤムダの絶頂期だ。メンコイこの子の人生ココで終わらせちゃあ育ての親としての資格がない!(育ての親ではありません!)
気合いれてくぞと自分のほほをパンとはたく。
ゴール設定完了、なんとか俺の魂とこのロボット崩壊くらいの絶妙さ加減でこの世界を救えればOK!
タスクには明確な目標地点が重要なのである。
「さあ、背中に乗って!?ヤムダが自分で移動するより絶対こっちの方が早いんだからっ。さっそく活躍しちゃうんだからね!」
FT-ZXの外部スピーカーからエミイの声が響く。
目的地は北の果ての大森林。身体強化の魔法でヤムダが激走しても数日はかかる。
だがFT-ZXの超光速戦闘機並みの速さならばほんの数時間だ。雇用主から急げとお尻もたたかれる。どうやらタイムスケジュールはパンパンだ。
少女をお尻の下にしてしまうのは申し訳ないが委ねてしまおう。
屈んだ機体に手をかけてヨチヨチと昇っていく。
ちょうど背中の部分は厚みで盛り上がったランドセルのよう。パーツの真ん中は人が座れるほどのスペースで平らになっており、水平飛行に入ればココに胡坐でもかいていれば快適な空の旅に間違いなし。
すさまじい速度だろうけど神の鎧の効果で風も温度も少々の衝撃も問題なし。
まずは離陸するための勢いが大事だろう。
つかめそうな端っこをつかんで声をかける。
「それではお願いするよ。安心していい僕がかならずキミをここへ無事に返すから」
「うん・・・私、ヤムダのこと信じてるから大丈夫だよ?」
心配を感じさせないよう平気なふりをする少女。
安心させようと誓う少年。
美しい友情と思いやり。
しかしすでに策略は始まっているのだ。
「じゃあ発進するからね?水平飛行の姿勢になるまではしっかりつかまっててね!」
ガションガションガションッ!
FT-ZXが地面を駆け出し「トォウッ!」と掛け声を出して一気にジャンプしたその瞬間。
ウイイィィン
ヤムダが両端をつかんで張り付いていたロボットの背中の平らになってるとこ。
平の面の中央に縦の割れ目が入ったかと思うと左右へと開き、その下から飛行するためのゴツイパーツが盛り上がってくる。
それは飛行するための巨大なバナーであり、ウィンウィンと張り出してきた二つのファイヤバナーはおっさんの顔を突きあげながらもりあがっていく。
「え?え?え?ちょ、ちょ、ちょっとまっつ・・・」
全力で腕をのばして何とか指先だけで両端を掴むおっさんの、その指がかかっていたところにもあってはならないモーター振動が響く。
ウィンウィンウィン
両端の隙間から空気抵抗を考慮した大きな翼が出る音である。
もともとギリギリ指がひっかかっているだけのおっさんの両腕がどんどんと押し広げられ、そんなことおかまいなく
パシィッ!
いっきに翼が展開された。
腕を左右にひろげられてギリギリでつっぱねていた指先が一気に解放される。
それでもつかみなおそうとニギニギと不格好に動く指が何かをつかめるハズもなし。
「ひゃああぁぁぁいいぃぃぃん」
情けない雄たけびが大空に反響した。
遠くの山からコダマが返る「ひゃああぁぁぁいいぃぃぃん」「ひゃああぁぁぁいいぃぃぃん」・・・・
本物のヒーローであれば格好よく片腕でどこかに捕まれたのかもしれない。
ニヒルな笑みを浮かべ「大したことないぜ」とでもいえば英雄かスーパーヒーローとして恰好がついたかもしれない。だけれど。
おっさんはおっさん。
腕が離れ体が宙を舞い、慌ててロボットの臀部、太ももと掴もうとするがツルンとすべりもんどりうって。最後の最後にロボットの足の踵の部分を両腕両足で抱えるようにしがみ付くことになんとか成功したのだった。