第16話 あの時の変態
同じ時、同じ場所。
熱く唇を交わす二人にジェラシーの炎を燃やしていたエミイにも記憶が回帰していく。
あの時と同じFT-ZXの機体の中。
同じく全方向モニター、自動でズームされる照準、座る椅子や握る操縦桿の感触。すべてが同じだからか神様のいたずらか。
はたと思い出す。
え?
あの時の人って。勇者ではない?
サクとエミィの二人にはヤムダが勇者として記憶に刻まれていた。
モビルアーマーなんて機械が存在していないこの世界。見たことも聞いたことも、そして想像すらできないのだから。それは神の作った神具であるという思い込みなのだ。神具に囲まれているのならばそれは勇者だ。
幼い二人にとってはしょうがない。
宇宙世紀なんて知る由もない、科学文明が発達して人が宇宙に住みロボットを操るなんて想像できるわけがない。
熱い口づけを交わすサク。自分を救ってくれた勇気と行動は勇者でしかありえない。
サクにとっては。
しかし今のエミイには違う景色が見えた。
ピンクのフィルター越しで膜がかかっていた思考が冷静さを取り戻したのだ。
頭の中で対象を理想通りの相手に補正してしまうというげに恐ろしいピンクのフィルター。
冷静になったエミィはハッキリと記憶を取り戻す。
革命軍工作員の護衛と敵アーマー破壊という任務を遂行していたはずなのに、突然機体の中から白いシーツに身を包んだおっさんが厳かに登場する。
何かを悟った表情の男はシーツのハジをつかんで勢いよく空に掲げた。
全身で勢いをつけてシーツを振るのだ、フルTinな自分にいっさい躊躇することなく!
え?
あの時の変態?
大好きなヤムダ。
顔良し。
性格よし。
あらゆる才能に溢れ。
武勲でお国から爵位まで賜った将来性の塊。
優秀すぎて誰も近寄れないエミイに寄り添って包み込んでくれるたった一人の異性。
だけれど記憶の中では変態。
理想と変態。
エミィの中で相容れることができない2面性。頭の中はこんがらがって大混線。
同じ存在だなんて信じられない、それでもあの時の変態は間違いなくヤムダだ!!
背の高く均整のとれたヤムダの胸の内からも。
たるんでブヨブヨで醜いあのときのおっさんの中からも。
同じ輝きを感じるのだから。
ふたつの存在から感じる魂のオーラ照合率99.999%ファイブナイン達成。
容姿端麗で才能に溢れるはずのヤムダは裸で踊り狂うおっさん?
あり得ない?でも間違いない?
その憧れのヤムダは、親友でありライバルでもあるサクと抱きしめ合い口づけを交わすのだ。何度も何度も互いに求め合うように。
血走った瞳で凝視するエミィに宿るのは、受け入れられない高慢な少女の想いであり。そして燃えカスのようにくすぶる未練。
強く噛みしめた奥歯が砕け血がにじむ。
エミィを待ち受けるのは狂気という名のモンスター。
淡い恋心が切り刻まれ圧縮され凝縮されて。小さな小さな種として生まれ変わり芽吹いていく。
生まれたばかりの小さな炎。揺らぐのは真っ赤な情熱の炎ではない。ピンクな純真な炎でもない。
憧れ、情熱、愛、嫉妬、憎しみ、悲しみ、喪失、恨み。失望と嫌悪も。
様々な色を混ぜ放題で合わせれば、生まれる色は決まっている。
黒い炎。
可愛い後輩から高慢ツンデレ少女へ変貌していく。
ピュアな少女から腹黒い淑女へ皮がむかれていく。
瞳にメラメラと黒光りする炎を宿したエミィ。
あふれる思いで重ねる二人の大人のキッスに耳まで真っ赤にしながら。
ああいうのがヤムダの好みなのねと目が離せない。