第15話 あの時の想い
夜のとばりの降りる頃。
ヤムダは旅立つ前に街のはずれの第二倉庫へと来ていた。
体中に神具とよばれる鎧兜を装着し腰には聖剣エクスカリバーを下げて。
背中には聖盾アマデウスを背負い、胸のホルダーには魔法杖エルドラドを装備。
それぞれの神具から仲間の神々が与えられた神力が輝き周囲を照らす。
学院の後輩であるエミイとサクとの約束が終われば、あとは旅立つだけだ。
孫のような少女たちから見せたいものがあると真顔でお願いされては断れないおっさん。
それにこのタイミングで声がかかったということは。
できるビジネスマンは察しもいいのだ。
「遅くなったね」
ガラガラと横開きの大きな扉をあける。
場違いな恰好だよなと思いながらもピカピカの鎧姿で現れたヤムダ。サクもエミィも目を見開いた。
暗がりに輝く鎧。
神具からあふれる魔力と神力。
見ほれるエミイ、目を輝かせるサク。一瞬の間を置いて二人は顔を合わせて頷きあった。
「出番なんだろう?」
エミィはうつむいているが。サクは聞きたいことをズバリズバリと聞いてくる。
「そうだね。ちょっと長期で学院を休むことになりそうなんだ。学院長からの依頼だから」
「そうか。敵は強いのか?」
平気なフリの表情、明るい笑顔。
心配してもはじまらないなら笑顔で信頼するし応援する。
戦の続くこの時代。
完全武装で旅立つ戦士がいるなら、残るものは笑顔で背中を押すのだ。
勝利を祈るのも無事を願うのも本人の前でやることじゃない。
「この数か月、はるか北の森に異変が起こっているのは聞いてるかい?」
「"神の森"だろ?遠目にも天変地異らしいって噂になってるよな」
「聖戦の真っ最中とのことだよ。ユーリさんが数か月も異界の魔物とやりあってるらしい」
その言葉にサクは驚きエミイも顔をあげる。
「「ユーリさんって、あのユーリさん!?」」
二人同時に声が重なった。
東西南北すべての大国の首脳陣から絶大な信頼を寄せられる世界髄一の魔法使い。
王国の守護神ガイゼルに剣で認められた達人。
世界的な企業ガリクソン社の顧問も務める経済人でもあり、世界で数人しかいないS級冒険者としてギルドに認められている大魔法使い。
ユーリ・エストラントを説明するにはいくつもの肩書と、成し遂げてきた偉大な業績の説明が必要になる。
世界は彼がいるから成り立っているとまでいわれる武人であり政治家であり経済人。さらには人間という種族を超えて竜種を始め魔物たちも統べる。
現人神と噂される世界最強の魔法使いだ。
実在すらあやむばれる男だが、彼はヤムダやサクとエミィが通う魔法学院の主席卒業生である。そして第二王女シャルロットの護衛者であり10年来の親友。
二人の世直し旅は様々な伝説を生み出し、サーガとして吟遊詩人に語り継がれている。
この世界最強が数か月も戦い続けている。
生きた伝説と呼ばれ竜種すら従えている男が苦戦しているのだ。
それはつまり。
「世界がヤバイってヤツ?」
ヤムダは落ち着き払って頷く。
いよいよタスクがはじまったとわかっているから。
サクとエミィの二人は目を見合わせる。
「こういうのってやっぱりタイミングなんだよなあ」
巨大な10メートルはあろうかというテーブルにかけられた布をとっていく。
全てのチューニングが終わり整備完了したばかりの機体が現れる。
深淵の森から発掘され、この日のためにチューニングされた神機。
輝く機体に今度はヤムダがビックリする番だった。
「最新型のモビルアーマーじゃないか!!」
転生する際に雇用主(神様)にお願いしたヤツだ!
チラリと目くばせすると降臨している機械神も気づいたのか。ヤムダにだけわかるように一瞬だけモノアイがフインと点滅した。
ということは?
おっさんは得意げに鼻のあたまをこする赤髪の少女をまじまじとながめる。
一緒にいるとここちよいダチ。
クルクルくせ毛の赤い髪。
勝気な瞳、情熱的な唇、そして体を覆う筋肉!
その姿に見覚えがあることに気づく。
ここまで成長したから、あの時と同じ年になったから気づくことができた。
「あ、あの時の・・・!!」
あの時自分を救ってくれたパイロットの少女!?
前世のおっさんを必死に救ってくれたかけがえのない少女。
サクは必死に自分を見つめてくるヤムダに、思わず自分の全身をチェックする。
「な、なんだよジロジロ見んなよな。オ、オイルで汚れてるしくせーし。ダチのお前でも、つーかお前だからアタシでも恥ずかしいっつーか」
いつもの元気はどこへやら。最後はゴニョゴニョと声が小さくなっていく。
「ありがとうサク」
感極まったおっさん山田。
後輩としてずっと懐いてくれていた少女が、実は前世での命の恩人だったのだ。
おっさんは照れるサクを優しく抱きしめた。
なにせ鎧で覆われた体だ、きつく抱きしめてしまうとイタイに違いない。
気を使った軽く包み込むようなハグ。
感謝と、そしてこの女性の気持ちに、彼女のやさしさに涙があふれる。
こんなおっさんの命を救おうとしてくれたその行動に。
結果としては死んでしまったのだけど。
それでも自分を救ってくれた少女へ初めて会話だ。
感謝の気持ちが溢れて魂の蛇口からしょっぱい水が流れ続ける。
そして気付くのだ社畜のヤマダ課長。
思わず感謝の気持ちでやってしまったが、冷静に考えるとハラスメントだぞこれはマズイと。
「おっオイオイ!なななんだってんだいったい!わかった、なんだかわかんねーけどわか・・・っ・・・た・・?」
頭と頭をゴッツンコした二人の脳裏に、あの日の風景がフラッシュバック。
おっさんの感謝の気持ちがサクの気持ちに上書きされ、ふたりは同じシーンを思い出す。
サクとエミイがそれぞれの神機に搭乗して相対したあのシーン。
二つの機体の間でピンチのサクを助けようと立ちはだかる男。
「あのときの勇者ってヤムダだったのか?」
サクはすぐにピンときた。
これまで何だかわからかった頭に浮かぶ情景。それがどういうものだったのかを。
あの時。何の武装もない徒手空拳の男は、それでもたしかに心根は勇者。
そしてその魂の色とオーラの波動は、間違いなくヤムダから流れてくるものと同じことにサクは気付いたのだ。
ろくに話したこともない相手を救おうと。自分の全てを投げ打ってサクを守ろうとした男のことを。
手段なんて何も持たないくせに、それでも無償で救おうとしてくれるなんて。神様か勇者様しかいない。
あのとき感じた感謝と感動がよみがえり、サクの頬には一筋の涙が流れた。
火が付いた想いは止まらない。
サクはそのまま自分からもヤムダを抱きしめると、情熱的な唇をヤムダの唇に重ねる。
ヤムダもまた深く胸を打ち砕かれており、二人は固く熱くお互いの唇を交わしあい感謝の涙を流すのだった。