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第09話

◇ 影を従える者 灰色の空の向こう ◇

三人が歩む道の先、瘴気の霧は次第に深まり、空の紫が不気味に明るさを増していく。廃墟の瓦礫の間から伸びる瘴気の結晶が、まるで人を拒むように鋭く尖っていた。谷を越えたばかりの彼らの足取りは重く、それでも一歩ずつ前へ進む。

「ここまで来ると、瘴気が息苦しくなるな。」

イサムが口元に巻いた布を調整しながら呟く。

カイも同じように呼吸の辛さを感じていたが、リリィに目を向けると彼女は疲労の中にも微かな輝きを保っていた。リリィの手には薄い光が宿っており、それが瘴気を僅かに追い払っているようだった。

「リリィ、その力、大丈夫か?無理はするなよ。」

カイが心配そうに声を掛ける。

リリィは小さく笑ってみせた。

「平気……今は、少しでもこの力が役に立ってると思うと、怖さも消える気がするの。」

「そうか……でも、無理だと思ったらすぐに言え。」

カイは言葉に力を込めた。

イサムは二人のやり取りを聞き流しながら、銃の点検を続けた。

「油断するな。この先、喰らい花の巣窟に入る可能性が高い。」

カイとリリィはイサムの言葉に緊張を新たにし、足元を確かめながら歩を進めた。

◇ 「影の主」の登場◇

廃墟の通路を抜けた先に広がる広場には、幾本もの倒れた塔の柱が散乱していた。その中で異様な姿の喰らい花が群れをなしていた。形状はさまざまだが、どの喰らい花も花弁が裂け、牙のようなものをむき出しにしている。彼らは群れで動き、瘴気の中を徘徊していた。

「数が多いな……戦闘を避けられるか?」

カイが呟く。

「無理だろうな。」

イサムが銃を構えた瞬間、喰らい花たちが一斉にこちらを向いた。その動きは、何かに呼応するように揃っている。

「来るぞ!」

イサムが叫ぶと同時に、喰らい花が四方から襲いかかってきた。

カイは短剣を抜き、リリィは慎重に後方へ下がる。イサムの銃声が響き、喰らい花の一体が倒れる。しかし、残りの敵は次々と迫ってくる。

「多すぎる……!」

カイが叫びながら短剣で一体を斬り伏せるが、次の一撃を防ぐ余裕がない。喰らい花の爪が彼に襲いかかる瞬間、リリィの歌声が響いた。

高らかで清らかな歌声が広場を満たし、喰らい花たちの動きが一瞬止まる。しかし、その直後――。

「な、なんだ……?」

リリィの声に反応するように、広場の奥から一際大きな影が動き出した。巨大な喰らい花がその場を支配するように立ち上がり、まるで他の喰らい花を従えているかのようだ。

「影を従える者か……」

イサムが目を細めた。

「厄介な敵だ。」

◇ 不協和の歌 ◇

「この声は……」

リリィが立ちすくむ。巨大な喰らい花の喉元から漏れる音は、人の声のようにも聞こえた。低く、不気味に響くその声は、リリィの歌に干渉するように広がり、彼女の力をかき消そうとする。

「リリィ!歌をやめろ!」

イサムが鋭く叫ぶ。

「あいつはお前の力を逆手に取るつもりだ!」

リリィは喰らい花の声に圧倒されながらも、必死に歌声を止めようとしたが、喉が引き裂かれるような痛みが襲う。

「ダメ……止まらない……!」

カイは瞬時にリリィの前に立ちはだかり、短剣を構えた。

「リリィを守る!イサム、どうにかしてくれ!」

イサムは銃を構え直し、巨大な喰らい花の中心に狙いを定めた。

「やれるだけやってみるさ。」

◇ 死闘の果て ◇

イサムが放った弾丸が巨大な喰らい花の頭部に命中するも、それは致命傷にはならなかった。喰らい花はまるで怒り狂ったように咆哮し、四方の喰らい花たちをさらに凶暴化させる。カイは果敢に立ち向かうが、敵の攻撃を完全には防ぎきれない。

「カイ、もう無理だよ!」

リリィが涙を浮かべながら叫ぶ。

「無理じゃない!まだ終わらせない!」

カイは短剣を振り上げ、喰らい花の一体を仕留める。その瞬間、リリィの歌声に変化が訪れた。

不安定で途切れがちだった歌が、再び調和を取り戻し、光を宿す。巨大な喰らい花の動きが一瞬止まり、その隙をイサムが見逃さなかった。

「今だ!」

イサムが叫び、カイが全力で短剣を投げつける。短剣は見事に巨大な喰らい花の胸部を貫き、その体から瘴気が吹き出す。

◇ 勝利と代償 ◇

巨大な喰らい花が倒れ、広場に静寂が戻った。しかし、リリィは膝をつき、息を切らしていた。

「カイ……私……もう、力が……」

カイは急いで駆け寄り、彼女の体を支えた。

「大丈夫だ、リリィ。終わったんだ。」

イサムは倒れた巨大な喰らい花を見下ろし、呟いた。

「これがただの前哨戦だとすれば、本体はもっと厄介だぞ。」

「そんな……」

カイはリリィの肩を抱きしめながら、彼女の疲れ切った表情を見つめる。

「これ以上、あいつに無理をさせるのか……?」

リリィは薄く笑い、

「カイ……大丈夫だよ。私、まだ……歩ける。」

と囁く。

三人は互いの無事を確認しながらも、次の試練に備えて静かに歩き出した。瘴気の霧はさらに濃くなり、彼らの前にはいまだ長い道が続いていた。

◇ 遺された希望 瘴気の森 ◇

荒廃した大地を進む三人の前には、鬱蒼とした森が広がっていた。木々は瘴気を吸い込んで異様に膨れ上がり、幹はねじれ、枝は棘のように尖っている。どこからともなく漂う花の腐敗臭が、三人の鼻を刺した。

「この森を越えれば、瘴気の源まであと一日というところか。」

イサムが低い声で言った。

カイは周囲を警戒しながら短剣を握りしめる。

「ここも危険そうだな。喰らい花が潜んでてもおかしくない。」

リリィは疲労の色を隠せないものの、小さく頷いた。

「でも……進むしかない。戻ったところで、地下都市にはもう帰れないもの。」

「正しい選択だ。」

イサムはリリィの言葉を認めるように言ったが、その目は森の奥に向けられていた。

「ただし、この先は何が出てもおかしくない。あの巨大な喰らい花の『親玉』みたいなのがまた出てきても驚かないさ。」

三人は瘴気を避けるためにそれぞれ布で顔を覆い、森の中へと足を踏み入れた。

◇ 影の記憶 ◇

森の中は昼なお暗く、瘴気の霧が重く漂っていた。カイは足元の土を慎重に踏みしめながら進む。突然、リリィが立ち止まった。

「カイ、あそこ……」

彼女が指差す先には、ぼんやりと光る瘴気の結晶があった。その周囲には人間のものと思われる骨が散らばっている。

「喰らい花に襲われたんだろうな。」

イサムが結晶を睨む。

「瘴気が濃い場所では、やられた者がそのまま結晶化することもあるらしい。触れるなよ。」

リリィは小さく息を呑み、視線を落とした。

「ここにいた人たちも、誰かを守ろうとして……」

カイはリリィの肩にそっと手を置いた。

「気にするな、リリィ。俺たちは前に進むだけだ。」

リリィはカイの言葉に励まされ、小さく微笑んで頷いた。しかしその笑顔の奥には、どこか自分の命の儚さを悟ったような影が差している。

◇ 森の主 ◇

森を進んでいくうちに、三人は徐々に音の異変に気づいた。風の音も鳥の声もなく、静寂が耳を圧迫するようだ。それは、ただ静かというだけではない。何かが息を潜めている、そんな感覚だった。

「止まれ。」

イサムが低い声で命じた。その目は一瞬たりとも周囲から離れない。

「いるぞ……ただの喰らい花じゃない。」

カイが短剣を構える。その刹那、地面が轟音を立てて揺れた。目の前の瘴気の結晶が砕け、巨大な影が姿を現した。全身がねじれた木のような外見の怪物――森そのものが具現化したような喰らい花だった。

「でかい……!」

カイが短く叫ぶ。

怪物は無数の蔦を鞭のように振り回し、地面を叩きつけてきた。イサムが咄嗟にカイとリリィを押しのける。

「散れ!まともに戦える相手じゃない!」

カイとリリィは木々の間を駆け抜けながら、怪物の攻撃をかわす。リリィは震えながらも口元に手を当てた。

「歌えば……でも、また暴走したら……!」

「歌うな!」

カイが叫んだ。

「無理してお前を失うくらいなら、俺が全部やる!」

「カイ……!」

リリィの瞳に涙が滲むが、彼女は震える手を握りしめ、歌うのを踏みとどまる。

◇ カイの覚悟 ◇

怪物の攻撃をかわしながら、カイはその巨体を睨んだ。蔦を操る怪物は広範囲に攻撃を仕掛けてくるが、動きが鈍い。弱点を見極めるには、もっと近づく必要がある。

「カイ、やめろ!」

イサムが声を荒げる。

「お前一人じゃ無理だ!」

「分かってる!でも、俺がやらなきゃリリィが危ないんだ!」

カイは短剣を握りしめたまま、怪物の足元に向かって突っ込む。

イサムは舌打ちしながらも、怪物の注意を逸らすために銃を放った。銃弾が怪物の幹に命中するが、木々の皮膚は硬く、ほとんどダメージを与えられない。

「クソ……!カイ、無茶するな!」

イサムが叫ぶ。

しかしカイは耳を貸さなかった。彼は怪物の隙間に滑り込み、短剣を振り上げる。その刃が怪物の幹に深く突き刺さった。

「効いてる……!」

カイは刃をさらに押し込むが、次の瞬間、蔦が彼を捕らえ、宙に持ち上げた。

「カイ!」

リリィが叫ぶ。

◇ リリィの決意 ◇

捕らえられたカイを見て、リリィは息を呑んだ。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。彼女は歌を封じようと必死に耐えていたが、カイが蔦に締め付けられ、苦しむ姿を見た瞬間、その決意が揺らいだ。

「私が……歌えば……!」

リリィは震える足で前に出た。

「カイを守るためなら……!」

彼女が歌い始めると、周囲の瘴気が渦を巻き、光が怪物を包んだ。その光は怪物の動きを一瞬鈍らせたが、同時にリリィの体に異変が起こる。

◇ 痛みの果て ◇

リリィの歌が力を増すたびに、彼女の腕に花弁のような模様が浮かび上がる。それは狂花病が進行している証拠だった。しかし彼女は歌を止めない。

カイが蔦から解放され、地面に叩きつけられる。

「リリィ!やめろ、もう十分だ!」

だがリリィは笑顔を浮かべた。

「大丈夫……私なら、まだ大丈夫だから……」

その瞬間、イサムが怪物の幹を狙い、最後の一撃を放った。銃弾が光の渦の中で弾け、怪物は悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

◇ 進むべき道 ◇

森の中に再び静寂が訪れる。倒れた怪物を見下ろしながら、カイはリリィの元へ駆け寄った。

「リリィ……お前、無茶しすぎだ。」

カイは震える声で言った。

リリィは弱々しく微笑む。

「カイが助かったなら、それでいいの……」

イサムは二人のやり取りを見つめながら、深い溜息をついた。

「これで前進できる。だが、時間がないぞ。リリィ、お前の状態はもう限界だ。」

カイはリリィを抱きかかえながら、小さく頷いた。

「分かってる。でも、行くしかないんだ。」

三人は再び足を踏み出した。瘴気の森を抜けるその先に、瘴気の源が待ち受けていることを確信しながら――。


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