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第06話

◇ 消えぬ歌声 ◇

リリィの歌が止まり、重い静けさが広がった。周囲にうごめいていた喰らい花たちも、歌声の停止を受けて一時的に動きを止めた。だが、空気は依然として重く、何か大きな波のようにカイの心を圧迫していた。

カイはリリィを抱きしめながら、無意識に自分の息を整えていた。リリィの肩越しに見た巨大な喰らい花は、花弁が裂け、瘴気を吐き出しながら足元を震わせていた。それは単なる一体の怪物ではなく、リリィが歌を歌い続けることによって引き起こされた存在だ。

「今度は違う歌を歌う。今度は……」

リリィの震えた声が、カイの耳に届く。

カイは彼女を引き寄せ、少しでもその恐怖を感じさせないように心を決めた。どんなに絶望的な状況でも、リリィの心が壊れることだけは許さない。それが、今、彼にとって唯一の目標だった。

イサムがその時、冷静な表情で言った。

「あれを倒さない限り、俺たちはどうにもならん。リリィの歌が原因で、今度は逆にその怪物が俺たちを飲み込もうとしている。」

その言葉通り、巨大な喰らい花は一歩を踏み出すごとに、辺りの空気をさらに重くしていた。瘴気の渦巻く中、その巨大な体が地面を揺るがすように進んできた。

「カイ、イサム、お願い……私、あの怪物を……」

リリィは消え入りそうな声で続けたが、その目はしっかりとカイを見つめていた。

「私の歌じゃなくて……あなたたちの力で倒して。私、怖くて……もう、あんな歌は歌いたくない。」

その言葉にカイは強く頷き、リリィの手をしっかりと握りしめた。

「俺も、リリィに歌わせたくはない。だから、今は戦うよ。俺たちの力で。」

イサムは素早く銃を構え、肩越しにカイとリリィを見た。

「覚悟しろ。あれはただの怪物じゃない。瘴気が集まり、変異を重ねた存在だ。お前たちが近づくほど、あれの力は強くなる。一歩も引かずに戦うんだ。」

その言葉に、カイの心はしっかりと引き締まった。これから何をするべきかは、すでに決まっていた。戦うこと、リリィを守ること、そして、あの怪物を倒すこと。それが、彼女の命を繋ぐための唯一の方法だ。

「リリィ、少し離れていて。すぐに片付けるから。」

カイは小さく言い、短剣を取り出した。彼の目に決意が宿る。その目を見たリリィは、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。

「気をつけて、カイ……」

カイは何も言わず、ゆっくりと前に歩み出した。イサムが後ろから続き、慎重に位置を取りながら銃を構えていた。

その瞬間、巨大な喰らい花が再び動き出した。その動きは、まるで時間の流れを引き裂くように速く、まるで無限の力を持つかのようだった。その花弁が次々に開く度に、周囲の空気が吸い込まれ、瘴気が渦巻く。

カイはその動きを注視しながら、周囲の地面を踏みしめた。足元に苔が生えた岩や、ひび割れたコンクリートがあり、荒廃した風景が一層その空気を重くしていた。だが、今はそんなことに気を取られている暇はない。

「行くぞ!」

イサムが叫び、最初に銃声が響く。

銃弾は喰らい花の体に突き刺さったが、それはほとんど効果がないように見えた。弾は花弁に吸い込まれるように消え、喰らい花の体がさらに膨れ上がる。

「このままだと、いくら撃っても無駄だ!」

イサムが叫んだ。

その言葉に、カイはすぐに駆け出した。彼は短剣を握りしめ、喰らい花の近くに迫った。花弁の隙間に入り込む瞬間、猛烈な瘴気が彼を包み込んだ。だが、彼は一歩も引かず、その先に待つものに決して恐れを感じなかった。

「カイ、無茶だ!」

「カイ!」

リリィとイサムの声が、遠くから響く。

だが、カイは無視して突っ込んだ。彼は花弁を見極め、そこに隠された芯のようなものを目指した。もはや、理性を失った喰らい花には、もう正気はない。それが彼の目の前で凶暴化しようとしているのを感じたが、恐れることはなかった。

「来い!」

カイは一瞬にして短剣を突き刺した。花弁を貫く刃の手応えに、彼は確信を持った。それが、喰らい花の「本体」に触れた証だ。だが、その刃が鋭く響くたびに、花弁が激しく震えた。

イサムがその隙を見逃さず、再び銃を撃ち込んだ。

その瞬間、喰らい花の体が一気に揺れ、花弁が開いていく。瘴気の波が、カイの体を包み込んだ。だが、カイはその波を受け入れ、さらに力を込めて短剣を突き進めた。

次の瞬間、喰らい花の体が爆発するように揺れ、周囲に鋭い瘴気が飛び散った。それと同時に、巨大な音が響き渡った。瘴気と共に、花弁は崩れ落ち、喰らい花の体はゆっくりと倒れ込んだ。

その光景を見守っていたリリィは、しばらく言葉を失っていた。カイが戦っている姿に、強い思いが込められていたからだ。

カイは倒れた喰らい花の傍らに立ち、深い息をついた。瘴気の影響で、彼の体も次第に蝕まれていくのを感じていたが、それでも、今はただリリィを守るために戦うことができた。

「終わったか?」

イサムが近づき、カイに問いかけた。

カイは答えることなく、ただ頷いた。そして、リリィの方へ歩み寄り、彼女の手を取った。

「大丈夫だ、リリィ。もう、恐れることはない。」

リリィは微笑んだ。それは、彼女にとって初めての、心からの笑顔だった。

だが、その笑顔の裏に潜む、次の試練が待ち受けていることを、まだ誰も知らなかった――。

◇ 嘆きの焰

瘴気が薄く漂う荒廃した景色の中、カイとリリィは静かに歩を進めていた。イサムが前を歩き、彼の周囲に漂う不穏な空気を振り払うように、銃を手にして慎重に歩みを続ける。

「どうして、こんな世界になってしまったんだろう。」

リリィがぽつりと言った。声はかすれ、震えていたが、その目はどこか遠くを見つめている。

カイはその問いに答えることなく、ただ前を見続けていた。彼はすでに答えを知っている。世界が滅びた理由も、瘴気が蔓延した原因も、すべては過去に起きた出来事が重なり合ってできたものだ。しかし、そんなことを今さら語るべきではないと思った。彼らには今、目の前に迫る未来がある。その未来に向かって、彼らは走り続けなければならない。

「リリィ、もう少しで目的地だ。」

イサムが振り返り、無表情で言った。彼の声には少しの期待も込められていないように聞こえたが、その目は確かなものを見つめているようだった。何かを信じているかのように。

「本当に行けるんですか?」

カイが思わず尋ねた。その問いかけに、イサムは静かに答えた。

「行けるさ。もうすぐ、瘴気の源がある場所に辿り着く。それが、すべての始まりであり、終わりでもある。」

その言葉には力強さがあった。だが、カイはそれが単なる希望ではなく、彼がどれだけその「源」を破壊したいと思っているのかを感じ取った。

カイとリリィは、イサムの後ろで互いに目を合わせ、無言で頷いた。やがて、三人は辿り着いた。

その場所は、かつて巨大な都市だったと思われる跡地だった。崩れたビルの骨組みが空に向かって突き出し、地面には深いひび割れが広がっている。遠くの方から、何かが不気味にうごめいている音が響き、瘴気の波が彼らを包み込んだ。空は曇り、太陽の光が届くことはなかった。

「ここだ。」

イサムが足を止め、冷徹な目でその場所を見渡した。

「瘴気の源が、この地下に眠っている。」

「地下?」

リリィが驚いて言った。

「でも、どうやって?」

イサムは答える代わりに、地面にあった大きな鉄の扉を見つけ、歩み寄った。その扉は半分開いており、内側からはひんやりとした空気が漂っていた。明らかに、誰も近づこうとしなかった場所だ。

「この扉を開けると、そこにある。だが、待っているのはただの源ではない。瘴気を集め、維持するための装置が隠されている場所だ。」

イサムはそう言うと、無造作に扉を引き開けた。

カイはその背中を見つめた。イサムの言葉通り、ここに来ることができても、これから先はどれほど危険が待ち受けているのか、予測できなかった。それでも、彼の中に芽生えた気持ちがある。リリィを守りきるという、ただそれだけのために、彼はもう引き返すことはできない。

リリィが歩み寄り、カイに視線を送った。

「カイ、行こう。」

カイはゆっくりと頷き、彼女の手をしっかりと握った。その手には少しの震えがあったが、力強さが感じられる。

三人は扉をくぐり、暗い階段を下り始めた。地下へと続く道は、冷たい風と共に、ますます不気味さを増していく。リリィの足音が響き、カイの心臓もその音に引き寄せられるように、ひどく速く打っていた。

階段を降り切ると、広大な地下空間が広がっていた。そこには、想像を絶する光景が広がっている。何もない荒れ果てた空間に、巨大な機械が無数に並び、その周囲には瘴気を吸い込むための巨大なパイプが伸びている。まるで、空気そのものが機械に飲み込まれているかのようだ。

「これが……瘴気の源?」

リリィが息を呑んだ。その目には恐怖が浮かんでいたが、同時にその存在に対する理解もあった。

「そうだ。」

イサムが冷徹に答える。

「これが全ての元凶だ。ここから瘴気が生み出され、世界中に広がっていった。」

カイはその機械群を見つめ、深く息をついた。これを壊すためには、何をどうすればいいのか全く分からない。だが、もう後戻りはできない。自分の体に忍び寄る狂花病を止めるため、リリィを守るため、この場所を破壊しなければならない。

イサムはすでに動き出していた。彼は機械の前に立ち、何かを操作しようとしているようだった。だが、その時、突然、地下の空間全体が震え、機械が異常な音を立て始めた。

「何だ?」

カイが驚いて言った。

「まさか……!」

イサムが顔を青くしながらつぶやいた。

「何かが起きている。これはただの機械じゃない。……瘴気を集め、制御しているのは、もはや人の手の及ばない存在だ!」

その瞬間、地下空間の奥から、奇怪な音が響き渡った。それは、どこか遠くで鳴っていた人間の叫び声のような、恐ろしい音だった。

リリィが震える声で言った。

「カイ、何かが……来る。」

その言葉を聞いた瞬間、カイは全身に冷たい感覚が走った。彼の背後で、黒い影が動いていた。瘴気の影響を受け、変異を遂げた何かが、今まさにその姿を現そうとしている。

「来る!」

イサムが叫びながら、二人に向かって叫んだ。

「動くな! ここからすぐに逃げろ!」

だが、カイは立ち尽くしたままだった。その目の前に現れたものを見て、彼は息を呑んだ。それは、かつて人間だった何か――いや、それを超えた、異形の怪物だった。

その怪物の姿は、花のような形をしており、まるで人間の姿を歪めてしまったような形をしている。花弁が開き、その中から瘴気を発している。その目は、すでに人間のものではない。理性を失い、完全に怪物と化したその姿に、カイは震えが止まらなかった。

そして、その時、リリィが震える声で呟いた。

「それは、私……」

その言葉にカイは凍りついた。


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