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第04話

◇ 決裂の調べ ◇

瘴気の塔の扉を越えた先には、息を呑むような異様な光景が広がっていた。

闇に浮かぶ無数の花――それらは瘴気に満ちた空間の中で静かに揺れている。花弁は薄紅色に輝き、空間に舞う瘴気の粒子と混ざり合いながら不気味な美しさを放っていた。

「これは……花畑?」

リリィが呟く。しかし、目の前の光景に込められた異常さを本能で悟り、言葉を失った。

花畑の中央には、巨大な結晶の塊がそびえ立っている。それは暗い赤と黒が絡み合った色をしており、周囲に浮かぶ瘴気がその中心に吸い寄せられているようだった。

「これが、瘴気の核だ。」

イサムが鋭い目つきで結晶を見据える。

「どうやって破壊すればいい?」

カイが短剣を握り締めながら尋ねると、イサムは肩越しに銃を構えた。

「まずは周囲を制圧する。この空間に潜む喰らい花が動き出す前に結晶を叩くんだ。だが、油断するな。ここは瘴気そのものが作り出した領域だ。何が起こるか分からない。」

◇ 記憶の幻影 ◇

三人が花畑を進む中、不意にリリィの足が止まった。

「どうした、リリィ?」

カイが振り返ると、リリィの顔は蒼白だった。

「……歌が聞こえる。また……」

リリィの瞳はどこか遠くを見つめていた。その瞬間、周囲の空気が震え、花畑が赤黒い光を放ち始める。

「しまった、幻覚だ!」

イサムが叫んだが、すでに視界が歪んでいく。

カイの前に現れたのは、一人の少女だった。

「お兄ちゃん……」

その声を聞いた瞬間、カイの胸が強く締め付けられた。そこに立っていたのは、かつて彼が守れなかった妹――エマだった。

「エマ……?そんなはずは……!」

カイは短剣を握る手が震えるのを止められなかった。エマの姿ははっきりとした輪郭を持ち、目の前で悲しそうに彼を見つめている。

「どうして守ってくれなかったの?」

その言葉がカイの心を深く抉る。

一方、リリィの前にもまた別の幻影が現れていた。孤児院で彼女を見下ろしていた、冷酷な大人たちの姿。リリィは歯を食いしばりながら後ずさった。

「お前なんか、最初から必要なかったんだ。」

その声がリリィの耳に響くたび、彼女の体は震え、心をえぐられていく。

「嘘……私は……!」

「リリィ!目を覚ませ!」

カイが叫ぶが、彼自身も幻影に囚われて動けない。

◇ イサムの過去 ◇

イサムもまた、かつて自分が見捨てた仲間たちの幻影に囲まれていた。彼の両手には血が染み付いており、目の前で倒れた人々の声が耳を埋め尽くしている。

「イサム、どうして助けてくれなかった!」

幻影の中で、彼は無言のまま耐え続ける。彼の手が震えるたび、銃の照準がぶれていった。

「くそ……!俺は過去に戻るためにここに来たわけじゃない……!」

◇ リリィの覚醒 ◇

花畑の幻影に囚われ、三人がそれぞれの記憶に縛られている中、リリィがふと空に向けて歌い始めた。

その歌声は幻覚をかき消し、周囲に揺れる花たちの動きを止めた。

「そんな嘘……私は、ここにいる……!」

リリィの声が強く響き渡ると、彼女の前に立っていた幻影が消え去った。その歌声はさらに広がり、カイの元へ、イサムの元へと届いていく。

カイの耳にも、リリィの声が届いた。

「……リリィ?」

その瞬間、目の前のエマの姿が薄れていく。カイは短剣を握り直し、幻影を断ち切るように一閃した。

「俺はもう、過去に縛られない!」

◇ 喰らい花の覚醒 ◇

だが、リリィの歌声に反応するかのように、花畑全体が激しく揺れ始めた。瘴気の結晶が割れ、そこから無数の喰らい花が生まれ出る。

「リリィ、お前の歌は奴らを刺激する!止めろ!」

イサムが叫んだが、リリィは首を振った。

「違う……この歌が、私たちの唯一の武器なの!」

彼女はさらに声を強めた。すると喰らい花の動きが鈍り、一瞬の隙が生まれた。

「今だ!仕留める!」

イサムが叫び、銃を乱射し始めた。

カイも短剣を振るい、次々と喰らい花を倒していく。

◇ 瘴気の核との対峙 ◇

花畑を制圧し終えた三人は、再び結晶の前に立った。

「これが瘴気の根源だ。どうにかして破壊しなきゃならない。」

カイが短剣を構えたが、その時、結晶の中に微かに人影が浮かび上がった。

「……人間?」

結晶の中で眠るように佇むその人影は、どこかリリィに似ている。

「この結晶……まさか、人間が核になってるのか?」

イサムが驚愕の声を漏らす。

リリィはその人影に吸い寄せられるように歩み寄った。

「待て、リリィ!」

カイが制止しようとするが、彼女は結晶に手を触れた。

すると結晶が強く輝き、瘴気が爆発的に放たれた。三人はその衝撃に吹き飛ばされ、視界が真っ白になる。

◇ 次なる試練へ ◇

リリィが目を開けたとき、彼女は暗闇の中に一人佇んでいた。遠くから微かにカイとイサムの声が聞こえるが、彼女の体はまるで何かに縛られているかのように動かない。

「あなたは……だれ?」

暗闇の中から現れたのは、結晶の中にいた人影――それは、リリィに瓜二つの少女だった。

「私?私は……あなたよ。リリィ。」

不気味な微笑を浮かべるその少女が、何かを囁きかけてくる――それは、狂花病の真実と、この世界の終焉に関わる秘密だった。

◇ 影を背負う者たち ◇

暗闇の中に立つリリィは、自分の目の前にいる少女から目を離せなかった。その少女は、まるで鏡の中の自分が形を持って現れたような存在だった。黒い瞳、流れる金髪、そして何より、口元に浮かぶ薄い微笑み――それは、彼女自身を映し出したかのように見えた。

「私が……あなた?」

リリィは震える声で問いかける。しかし、相手は微笑みを崩さず、少し首を傾げた。

「そうよ。私はあなた。そして、あなたが私。ずっとそうだった。」

その言葉は不思議な響きを持ち、リリィの胸に奇妙な安堵と恐怖を同時に呼び起こした。

「……何を言っているの?」

「何も難しいことじゃないわ。リリィ、あなたは歌うことで命を与えることができる。けれど、その命が誰のものか、気づいたことはある?」

リリィは何も答えられなかった。ただ頭の中に、これまでに歌を歌った記憶が浮かび上がる。そのたびに、周囲の人々が一時的に力を取り戻し、希望を抱いた。だが、それが終わった後には、必ずどこかに喪失感が漂っていたような気がした。

「あなたの歌は、代償とともに力を与えるもの。あなた自身の命を削るだけじゃない……他の命も、ね。」

その言葉を聞いた瞬間、リリィの中で何かがはじけるような感覚が走った。

「嘘……私は、みんなを救いたかっただけなのに……」

「救いたい?それならいいわ。だけど、救うたびに世界は少しずつ壊れていく。自分の歌が本当に正しいのか、よく考えて。」

リリィの双子のようなその少女は、最後にもう一度微笑み、ふっと消えるように姿を消した。

◇ 目覚めと再会 ◇

気がつくと、リリィは冷たい地面に横たわっていた。視界がぼやけていたが、すぐにカイの顔が目に入る。

「リリィ!大丈夫か?」

カイは明らかに心配そうな顔をしていた。彼の腕の中で、リリィは自分がひどく震えていることに気づいた。

「カイ……私……」

何かを言おうとしたが、頭の中で言葉がうまくまとまらない。ただ、その瞬間、自分が独りではないことだけははっきりと理解できた。

「今は何も言わなくていい。ここから脱出しよう。」

カイの声は静かだが力強かった。それは、彼女が今もっとも必要としている種類の声だった。

近くでは、イサムが無言で銃を点検していた。その顔には緊張が張り詰めているが、どこか達観した冷たさも漂っていた。

「さっさと行くぞ。このままじゃ瘴気に飲まれる。」

イサムが促すと、三人は重い足取りで歩き始めた。

◇ 旅路の中の疑念 ◇

夜が訪れたころ、彼らは瘴気の影響が薄い場所を見つけ、休息を取ることにした。崩れかけたビルの一室、窓からはわずかに星空が覗いていたが、その光も瘴気の霧にぼやけていた。

リリィは焚き火のそばに座り、じっと炎を見つめていた。彼女の心の中には、あの少女の言葉が何度も繰り返されていた。

「リリィ。」

隣に座ったカイが声をかける。彼もまた、自分自身の幻影と向き合った後の疲労を引きずっていたが、リリィの様子が気になっていた。

「何か隠してるなら、俺に話せ。」

その言葉に、リリィは一瞬躊躇した。しかし、彼の真剣な目を見ていると、自分もまた彼に嘘をつきたくないと思った。

「私の歌……」

リリィはゆっくりと言葉を選びながら、あの少女との会話を話した。自分の歌が力を与える代わりに命を奪う可能性があること、そしてその力が本当に正しいのか分からないことを。

「そんなこと……」

カイは思わず否定しかけたが、言葉が喉に詰まった。彼もまた、これまでリリィの歌がもたらした奇跡を目の当たりにしていたが、その裏に隠された真実には気づいていなかった。

「それでも……俺は、リリィの歌に救われた。だから信じてる。」

カイの言葉は真っ直ぐで、リリィの心に温かさを与えた。しかし、その一方で、彼女は自分が彼にとって負担になっているのではないかという不安を捨てきれなかった。

◇ イサムの影 ◇

その頃、イサムは少し離れた場所で焚き火の光を背に、静かに銃を磨いていた。その顔にはいつになく険しい表情が浮かんでいる。

「……お前たち、こんなことで本当に瘴気の核を破壊できると思ってるのか?」

彼はぽつりと呟いたが、それは誰にも届かない。

イサムには、リリィが抱える「力」の真実が薄々理解できていた。彼女の歌には癒しの力がある反面、それが引き起こす危険も知っていたのだ。それでも彼は、彼女がその力を制御できるかもしれないという小さな希望を捨ててはいなかった。

彼が焚き火に戻ろうとしたとき、不意に周囲の空気が変わった。闇の中に、低いうなり声が響く。

「来たか……」

イサムは素早く銃を構え、火のそばで話し込んでいたカイとリリィに向かって叫んだ。

「敵だ!構えろ!」

◇ 襲撃 ◇

闇の中から姿を現したのは、喰らい花たちだった。彼らは明らかにこれまでのものよりも大きく、凶暴だった。その姿を見た瞬間、リリィの心臓が凍るような感覚に襲われた。

「逃げ道はない……戦うしかない!」

カイが短剣を構え、リリィを守るように前に出た。

イサムの銃声が闇を貫き、最初の一体が地面に崩れ落ちた。しかし、その直後に新たな喰らい花が二倍以上の数で現れる。

「数が多すぎる!」

カイが叫ぶ。

リリィは恐怖に震えながらも、自分にできることを探した。自分の歌が本当に危険なら、もう歌うべきではないのかもしれない。しかし、このままではカイもイサムも死んでしまう――。

「私が……やらなきゃ……」

彼女は静かに立ち上がり、震える声で歌い始めた。その声は再び闇を裂き、喰らい花たちの動きを鈍らせた。

カイとイサムはその隙を逃さず、一体ずつ確実に仕留めていった。しかしリリィは歌えば歌うほど体力を削られ、目の前が霞んでいく。

「リリィ!もうやめろ!」

カイの叫びが届く頃には、彼女はその場に膝をついていた――。

◇ 失われた命、得た絆 ◇

襲撃を何とか退けた三人は、再び静寂の中に戻った。しかし、リリィの顔色はひどく青白かった。

「リリィ、大丈夫か?」

カイが抱き起こすと、彼女はかすかな微笑みを浮かべた。

「うん……まだ……大丈夫……」

彼女の言葉に安堵したのも束の間、イサムが険しい表情で言った。

「もうすぐ瘴気の核に近づく。だが、その前に覚悟を決めろ。この先はもっときついぞ。」

カイとリリィは互いに目を合わせ、無言でうなずいた。彼らの旅は、いよいよ山場を迎えつつあった――。


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