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第17話

◇ 廃墟の咆哮 崩壊する廃墟 ◇

瘴気が濃密に立ち込める廃墟の中、カイとイサムは慎重に足を進めていた。二人の前には巨大な構造物がそびえ立ち、その表面には異様な紋様が浮かび上がっている。それはまるで、瘴気そのものが形を成したようだった。

「ここが瘴気の源へ続く入り口……か。」

イサムが低く呟いた。手にしたライフルの先を構えながら周囲を警戒する。その背後で、カイは短剣を握りしめていた。

「ここを突破すれば……全てが終わるのか?」

カイが問いかける。だがその声には期待ではなく、覚悟が滲んでいた。イサムはちらりと彼を見て、一瞬の間を置いてから答える。

「終わるかどうかは分からない。ただ、この先で引き返せば、何も変わらないのは確かだ。」

カイは静かに頷いた。その瞳にはリリィの面影が浮かぶ。彼女が託した希望を無駄にしないために、彼は進むしかなかった。

突然、廃墟の奥から不気味な振動が響いた。壁が微かに震え、上空から瓦礫が降り注ぐ。

「来るぞ……!」

イサムが警告を発する。その瞬間、霧の中から咆哮が響き渡り、異形の影が姿を現した。

◇ 巨大な喰らい花 ◇

現れたのは、これまで見たどの喰らい花とも異なる異形だった。その体は異様に巨大で、無数の花弁が禍々しい光を放ちながら蠢いている。瘴気がその周囲に濃厚な霧となって漂い、生き物の気配を全て吸い取るかのようだった。

「こいつが瘴気の守護者か……!」

イサムが低く呟き、ライフルを発砲する。だが、銃弾は巨大な花弁に弾かれ、効果は薄いようだった。

「カイ、注意を引け! 隙を作る!」

イサムの指示にカイは即座に動いた。彼は短剣を構え、喰らい花の周囲を駆け回りながら挑発するように斬撃を加える。

「こっちだ!」

咆哮が響き渡り、喰らい花の触手のような花弁がカイに向かって襲いかかる。その攻撃をギリギリでかわしながら、カイは喰らい花の動きを引き付けた。

「イサム、今だ!」

イサムが間髪入れず、爆弾を投げ込む。それは喰らい花の中央に着弾し、爆発が周囲の瘴気を一瞬で吹き飛ばした。

だが――それでも喰らい花は倒れない。爆炎の中から姿を現したその巨体は、さらに凶暴性を増していた。

「……タフなやつだな。」

イサムが苦笑しながら新たな弾倉を装填する。一方、カイは短剣を強く握り直し、喰らい花に向かって再び走り出した。

◇ 狂花病の力 ◇

激しい戦闘の中、カイの体に異変が起こり始めた。肌に浮かび上がる瘴気の模様――狂花病が進行し、彼の体を蝕みつつある兆候だった。

「……カイ!」

イサムが叫ぶが、カイは立ち止まらない。その瞳には迷いも恐れもなかった。ただ、全力で敵を倒すことだけを考えていた。

「俺はリリィのために戦うんだ……!」

カイの体から放たれる瘴気の力が、短剣に宿り始める。その刃は黒く輝き、周囲の空気を切り裂くかのように鋭さを増していた。

「リリィ……お前が教えてくれた希望を、ここで終わらせるわけにはいかない!」

叫びと共にカイは喰らい花の巨体へ飛び込んだ。その一撃は、花弁を切り裂き、その奥にある中心核へと深く届く。

咆哮が響き渡り、喰らい花の動きが鈍り始めた。

◇ 勝利と代償 ◇

ようやく喰らい花が完全に倒れたとき、カイはその場に膝をついた。体中に浮かぶ瘴気の模様はさらに濃くなり、彼の体を完全に支配しようとしていた。

「……カイ、大丈夫か?」

イサムが駆け寄るが、カイは弱々しい笑みを浮かべただけだった。

「まだ、終わってない……瘴気の源を……破壊するんだ。」

イサムは無言で頷く。二人の前には、さらに奥へと続く扉があった。その向こうに瘴気の源が待ち受けているのだろう。

「行こう、カイ。」

イサムが手を差し伸べる。カイはその手を掴み、立ち上がった。

「リリィ……見ててくれ。俺たちは、この世界を救ってみせる。」

その言葉を胸に、二人は瘴気の源へと向かって歩き出した。

彼らの背後には、倒れた喰らい花の残骸と、浄化された空気が静かに広がっていった。だがその先に待つ戦いが、さらなる試練を伴うことを、二人はまだ知らない――。

◇ 最奥の真実 歌声の呼びかけ ◇

廃墟を抜けた先に広がっていたのは、かつての文明の残骸――だが、その中心には異様な輝きを放つ巨大な結晶がそびえ立っていた。それは瘴気の源、そして狂花病の根源とされる存在だった。

「ここが……すべての始まりか。」

カイは短剣を握りしめ、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。目の前の光景には不気味さと荘厳さが共存していた。結晶はまるで心臓のように脈動し、そのたびに瘴気が渦を巻きながら周囲に放出されている。

「見ろ。」

イサムが指差した先には、無数の喰らい花が結晶を囲むように咲き乱れていた。花弁が震えるたびに空気が軋み、狂気が満ちていく。

「奴らは結晶を守っている……近づくには、まずこの守護者たちを倒さないといけない。」

カイは短剣を握る手に力を込めた。リリィのことを思い出すたびに、彼の心は揺れる。それでも、前に進む理由を見失うわけにはいかなかった。

その時、不意に空気が震えた。微かだが、どこからか歌声が響いてくる。

「この声……リリィ?」

カイは立ち止まり、耳を澄ませた。確かにそれはリリィの声のようだった。だが、不思議なことに、イサムには聞こえていないようだ。

「どうした?」

イサムが訝しげに問いかけるが、カイは首を振る。

「いや……なんでもない。」

リリィの声が、彼を結晶の中心へと誘うように響いていた。

◇ 守護者たちとの死闘 ◇

「準備はいいか、カイ。奴らを突破するぞ。」

イサムがライフルを構えた。その声に応えるように、結晶を守る喰らい花たちが動き出す。巨大な茎がしなり、花弁がまるで刃物のようにカイたちを狙って襲いかかる。

「来い……!」

カイは短剣を振り抜き、迫り来る茎を切り裂いた。だが、一撃を受けた喰らい花はすぐに再生し、さらに激しく襲いかかってくる。

「倒してもキリがない……!」

イサムが叫びながら次々と銃弾を放つ。しかし喰らい花の数はあまりにも多く、すべてを相手にするには無理があった。

「カイ、結晶を狙え! 奴らの力の源を破壊すれば、全て終わるはずだ!」

イサムの言葉にカイは頷き、結晶へと走り出した。だがその道は喰らい花たちによって阻まれていた。

「俺は止まらない……!」

カイの体から瘴気の模様がさらに濃く浮かび上がる。狂花病の進行が彼の肉体を蝕みつつあるが、その力を制御することで短剣に異様な力が宿り始めた。

「リリィ……お前のために!」

彼の一撃は喰らい花たちの防御を打ち破り、その奥へと道を開いた。

◇ リリィとの再会 ◇

結晶の近くに辿り着いたカイは、そこで信じられない光景を目にした。結晶の前に立っていたのは、リリィその人だった。

「リリィ……?」

カイは目を見開き、足を止めた。だが、彼女の瞳にはかつての暖かさはなく、冷たく光る瘴気の色が宿っていた。

「カイ……来てしまったのね。」

リリィの声には悲しみが滲んでいた。

「どうして……どうしてここにいるんだ?」

カイが問いかけると、リリィは寂しげに笑みを浮かべた。

「私は……この結晶の一部となったの。」

リリィの体から瘴気が溢れ出し、彼女自身が結晶を守る存在となっていることを示していた。

「狂花病が私を変えてしまったの。だけど……カイ、あなたはここで終わらせて。」

リリィの言葉にカイは震える声で答える。

「そんなこと……できるわけがないだろう! リリィを……俺が壊すなんて!」

「カイ……お願い。私を救って。」

リリィが手を伸ばすと、彼女の体が結晶と一体化し始めた。その光景にカイの心は揺れる。

◇ 決断の時 ◇

その時、背後からイサムが駆け寄ってきた。

「カイ、何をしている! 早く結晶を破壊しろ!」

だが、カイは動けなかった。彼の中で、愛と使命の間での葛藤が激しく渦巻いていた。

「イサム……俺には……!」

「カイ、彼女も分かっているんだ。世界を救うためには、お前が動くしかない。」

イサムの声が冷たく響く。その言葉が、カイの迷いを鋭く突き刺した。

「リリィ……俺は……!」

カイは短剣を握り直した。その刃には、リリィとの思い出と、彼女を救いたいという強い意志が宿っていた。

リリィは微笑みながら、最後の言葉を囁いた。

「カイ……私は……あなたを信じてる。」

彼女のその言葉に、カイの心は決まった。

「リリィ……ありがとう。」

カイは涙を流しながら、全力で短剣を振り下ろした。その一撃は結晶を貫き、全てを包む瘴気が一瞬で消え去るように輝きを失った――。

◇ 世界の変化 ◇

結晶が砕け散り、周囲の喰らい花たちも次々と崩れ落ちた。瘴気が晴れ、空には青空が広がり始めた。

だが、カイはその場に崩れ落ちた。リリィの姿はどこにもなく、ただ彼女が残した微かな歌声だけが風に乗って響いていた。

「……リリィ……。」

イサムがカイの肩に手を置き、静かに呟いた。

「よくやった、カイ。お前たちが、この世界を救ったんだ。」

カイは答えず、ただ空を見上げた。その瞳には、深い悲しみと、リリィへの感謝が映っていた――。

◇ 終焉の恋歌 澄み渡る空の下で ◇

瘴気の源である巨大な結晶を破壊した瞬間、世界は変わり始めた。長らく空を覆っていた灰色の雲は散り、陽光が初めて地上を照らし出した。風に乗る瘴気は霧散し、周囲の喰らい花も次々と崩れ落ちていく。

それは、地上に長く漂い続けた絶望が、ようやく終わりを迎えたことを告げる光景だった。

だが、その中心に立つカイの胸には、満たされるはずのない空虚が広がっていた。

「リリィ……。」

彼は崩れた結晶の前で、ただ呆然と立ち尽くしていた。リリィは、結晶を破壊するために自らを犠牲にした。彼女が完全に結晶と一体化し、その力を弱めてくれたからこそ、カイは短剣を振り下ろせたのだ。

しかしその代償は、リリィの存在そのものだった。

「……これでいいのか?」

背後からイサムが近づいてくる。彼の声には、達成感というよりも重い疲労が滲んでいた。

「世界を救ったんだ。お前たちは自分の命以上のものを賭けて成し遂げたんだよ。」

カイは答えなかった。彼の視線は、リリィが消えた場所を見つめたままだった。

◇ リリィの声 ◇

やがて、静寂を破るように風が吹いた。そこに微かに混じるのは、聞き覚えのある歌声だった。

「リリィ……?」

カイが振り返ると、陽光の中に彼女の姿が浮かび上がった。

「カイ、ありがとう。」

彼女の声は、どこか遠くから響いてくるようだった。体は透明で、まるで陽光の一部と化しているようだ。それでも、彼女の微笑みだけは、あの日々のままだった。

「私たちの旅はここで終わるけど……あなたが生きてくれるなら、それだけで十分。」

カイは目を見開き、彼女に手を伸ばそうとした。

「待ってくれ! 一人で行くな……!」

だが、彼の手は空を切った。リリィの姿は風に溶けて消えていく。その最後の瞬間、彼女の口元が「愛している」と動いたように見えた。

◇ 新しい始まり ◇

地上に再び人が住める可能性が出てきたと気づいたのは、それから数日後のことだった。瘴気が消え去った世界には、かすかながら緑が戻り始めていた。

イサムは、カイとともに廃墟を巡り、生存者を探し始めた。地下都市の住人たちを地上へと導く日が、そう遠くないことを確信していた。

「お前はこれからどうする?」

イサムが尋ねたが、カイは答えなかった。ただ空を見上げていた。その瞳に映る青空は、彼にとって美しくも苦いものだった。

「リリィは、希望を残してくれたんだろう。だったら俺たちは……それを受け継ぐしかない。」

イサムの言葉は淡々としていたが、その意味は深かった。カイは小さく頷き、短剣を腰に収めた。

「俺は……もう少しだけ、この世界を見ていたい。」

◇ 風に乗る歌声 ◇

その夜、カイは丘の上で一人で過ごしていた。手には、リリィがかつて歌った歌詞を書き留めた小さなノートがある。

彼はそれを開き、リリィの歌を思い出しながら静かに口ずさんだ。

「♪失われた光の中で、見つけたのは……♪」

彼の声が風に乗り、空へと広がっていく。ふと、遠くからリリィの声が重なるように響いた気がした。

「リリィ……。」

カイの頬に一筋の涙が伝う。それでも彼の表情には、微かな微笑みが浮かんでいた。

◇ 終焉と再生 ◇

夜空には星が輝いていた。カイは目を閉じ、リリィとの旅路を思い返す。絶望の中で出会い、愛を知り、そして別れた彼女の存在は、彼の心の中で永遠に生き続けるだろう。

「終わりじゃない……これが、新しい始まりだ。」

彼はそう呟き、ゆっくりと立ち上がった。手にはリリィのノートが握られている。

どこかで風が吹き、再び彼の耳に歌声が響く。それは、愛と希望を込めた永遠の「恋歌」だった。

「終焉の恋歌」――完


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