表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

第11話

◇ 「花の守護者」の集落 ◇

カイはリリィを背負ったまま、息を切らしながら門を叩いた。目の前には、廃墟の中に突如現れた奇妙に整然とした村が広がっている。瘴気が漂う世界の中、この地だけは浄化されたかのように澄み渡った空気に包まれ、花々が咲き誇っていた。

「助けてくれ!彼女が……リリィが死んでしまう!」

門の向こうから現れたのは、白い衣装を身にまとった青年だった。その姿はどこか神秘的で、瞳には鋭い光が宿っている。

「彼女を中に入れるわけにはいかない。」

青年は冷たく言い放つ。

カイは反射的に彼を睨みつけた。

「何を言ってるんだ!リリィを助けられるのはお前たちだけなんだろう!」

青年は一瞬黙り込んだが、背後から穏やかな女性の声が響く。

「彼を入れてあげて、レオン。」

現れたのは、長い髪を後ろで結んだ落ち着いた雰囲気の女性だった。彼女の表情には優しさが溢れているが、どこか不思議な威厳が漂っている。

「あなたたちは遠くから来たのね。この子を見せて。」

カイは安堵する間もなく、リリィをそっと地面に降ろした。女性はリリィの顔色と体に刻まれた花弁状の模様を見て、眉をひそめた。

「……厄介な状態ね。」

「助けられるのか?」

カイが食い下がるように問う。

女性は微かにうなずいた。

「ここには浄化の力がある。彼女の命を繋ぎ止めることはできるわ。ただし……」

「ただし?」

「完全に治すことはできない。それでも構わない?」

カイは息を飲む。

「彼女が生き延びられるなら、それでいい。」

◇ 花の力 ◇

リリィは浄化の儀式を受けることになった。村の中央には大きな聖樹がそびえており、その根元で儀式が行われる。

聖樹の下に寝かされるリリィ。その周囲に花の守護者たちが集まり、穏やかな旋律を口ずさみ始める。すると、聖樹の枝が微かに揺れ、青白い光が降り注ぎ始めた。

「これが……浄化の力?」

カイは呆然とその光景を見つめた。

リリィの体に刻まれた花弁状の模様が徐々に薄れ、苦しそうだった表情が安らぎを取り戻していく。

「すごい……本当に……!」

カイは感動に震えた声を漏らしたが、その隣でイサムが腕を組みながら呟いた。

「だが、これで終わりではない。」

その言葉に、カイは胸がざわつくのを感じた。

◇ 新たな脅威 ◇

儀式が終わり、リリィは意識を取り戻した。

「カイ……?」

彼女が微かに呟く。

「リリィ!」

カイは彼女の手を強く握った。

「良かった……お前が戻ってきて……!」

リリィは少し微笑み、カイの顔に触れた。

「……ありがとう。カイがずっとそばにいてくれたから……」

その場面を見つめていた女性が、優しい声で告げる。

「今の彼女は安定しているけれど、瘴気の影響が完全に消えたわけではないわ。これからも慎重に様子を見る必要がある。」

「慎重にって……どういうことだ?」

その質問に答えようとした瞬間、村の外からけたたましい警報の音が鳴り響いた。

「喰らい花だ!」

レオンが叫ぶ。

守護者たちは一斉に武器を手に取り、村の門へと駆けつける。

「喰らい花がここまで来るなんてありえない!」

カイは驚きの声を上げる。

イサムが冷静に銃を構えた。

「ありえないことが現実になるのが、この世界だ。」

◇ 守りきる戦い ◇

喰らい花の群れが押し寄せる中、守護者たちは必死に村を守ろうと立ち向かう。

「この村は瘴気を嫌うはずだろう!どうして奴らがここに現れる?」

カイが叫ぶ。

「……あんたたちだ。」

レオンが冷たく言い放つ。

「瘴気の源を壊したことで、喰らい花の行動パターンが狂ったんだ。」

「それって……俺たちのせいだって言いたいのか?」

「そうだ!」

その場を収めたのは先ほどの女性だった。

「責めるのは後よ。まずはこの危機を乗り越えなければ。」

戦いは激しさを増し、守護者たちの力でも押し返すのが難しくなってきた。

「リリィ、下がっていろ!」

カイは短剣を握りしめ、喰らい花に向かって駆け出した。

だがその時、リリィが弱々しい声で言った。

「カイ……私も……」

「無理だ!今のお前に戦える力は――」

「歌う。」

カイが振り向くと、リリィは立ち上がり、周囲を見回していた。その表情は決意に満ちている。

「この歌が喰らい花を呼び寄せる力になるかもしれない。でも、それで守れるなら……」

「リリィ!」

彼女の口から歌声が漏れた瞬間、周囲の空気が変わった。喰らい花たちが動きを止め、凶暴だった表情に僅かな変化が生まれる。その歌声は村中に響き渡り、喰らい花の動きを鈍らせた。

イサムがそれを見逃さなかった。

「今だ!」

守護者たちは一斉に攻撃を仕掛け、喰らい花を次々と倒していく。

◇ 背負うべき罪 ◇

戦いが終わり、村には静けさが戻った。

「……終わったのか?」

カイは膝をつき、肩で息をする。

リリィは歌の影響で力尽き、再び倒れたが、カイの腕の中で安らかな表情を浮かべていた。

女性がカイに近づき、静かに言った。

「あなたたちが背負った役割は大きい。この村だけでなく、世界全体が今、変化しつつあるわ。」

カイはリリィを見下ろしながら小さく答えた。

「……それでも、俺たちは生きるしかない。」

イサムがその横で低く笑った。

「その覚悟があれば、まだ先に進める。」

そして、彼らは再び新たな道を探し始めた。

◇ 裂かれる静寂 崩れゆく安寧 ◇

リリィの歌によって喰らい花の襲撃を凌いだ翌日、カイ、リリィ、そしてイサムは花の守護者たちの村で束の間の休息を得ていた。リリィはまだ儀式の疲労が抜けきらず、村の聖樹のそばで寝かされていた。

「ここまで清らかな空気を感じたのは、いつ以来だろうな。」

イサムが煙草を手に呟いた。

「吸うなよ、空気が台無しになる。」

カイがぼやきつつ、村の周囲を観察していた。

聖樹を中心としたこの村は、一見平和そのものだが、村人たちの警戒は解かれていない。門番たちは常に周囲を監視し、武器を手放さない。

「この村に永遠の安寧はない。」

村のリーダーである女性・マリアがカイに語りかけた。

「喰らい花の襲撃があった時点で、ここも瘴気に飲み込まれるのは時間の問題よ。」

カイは彼女の言葉を聞きながらも視線を村の外へ向けた。リリィの容体が安定しているとはいえ、それが一時的なものであることを理解していた。

「……俺たちがここにいる間に、できることをしなきゃならない。」

◇ イサムの警告 ◇

その日の午後、カイとイサムは村の一角で簡易的な武器の補修をしていた。イサムはカイの短剣を手に取り、刃のバランスを確かめる。

「お前、よくこのボロで戦えるな。」

イサムが呆れたように言った。

「使い慣れてるだけだ。それに、こいつで助けられる命もある。」

「まあ、俺の銃の方が役に立つけどな。」

イサムは薄く笑った後、真顔に戻った。

「カイ、お前に聞きたいことがある。」

「なんだ?」

「瘴気の源を壊すって話、まだ信じてるのか?」

カイは短剣を手に取り直しながら、イサムを見据えた。

「信じるしかないだろう。俺たちはもう戻れない。」

イサムはしばらく無言だったが、最後に口を開いた。

「なら、いい加減覚悟を決めろ。瘴気の源にたどり着いたとき、何を犠牲にしても達成する覚悟だ。」

その言葉の重みにカイは何かを返すことができなかった。ただ胸に広がる不安を押し殺し、短剣の刃を見つめていた。

◇ リリィの願い ◇

一方、リリィは聖樹のそばでマリアと静かな会話をしていた。リリィの体調は多少回復しているように見えたが、彼女の声には弱々しさが滲んでいる。

「……マリアさん、この村の花は、全部聖樹のおかげなの?」

マリアは微笑みながら頷いた。

「そうよ。この花たちは聖樹の力によって瘴気に抗う存在になったの。私たちもね。」

「すごい……でも、それならどうして喰らい花がここに来られたの?」

その問いに、マリアの微笑みが消えた。彼女は少し間を置いてから静かに言った。

「聖樹の力も永遠ではないわ。あなたたちが持っている“瘴気の力”が、影響を与えているのかもしれない。」

リリィは目を伏せた。自身の歌の力が喰らい花を呼び寄せる可能性を思い出し、胸が痛む。

「私が……みんなを危険にさらしているの?」

「責める必要はないわ。むしろあなたの力が、私たちを守る可能性もある。」

その言葉を聞いたリリィは、静かに口元を引き締めた。

「……私の力で守れるなら、やるべきだと思う。でも、もしカイに迷惑をかけるなら……」

マリアはリリィの手を優しく握った。

「その決断をするのは、あなた自身よ。」

◇ 異変の兆し ◇

その夜、村に再び不穏な気配が漂い始めた。

カイとリリィは休んでいたが、突然村の中央にある鐘が鳴り響いた。

「何だ?」

カイは跳ね起き、短剣を握った。

外から聞こえてくるのは村人たちの叫び声と足音だった。カイは急いで外に出ると、門の方向で火が上がっているのが見えた。

「喰らい花か?」

「いや、違う。」

イサムが門から戻ってきて言った。

「人間だ。どうやら瘴気に侵されて暴徒化した連中だ。」

カイは息を呑む。「……なんでこの村を?」

「聖樹の力が目当てだろうな。連中は狂花病の末期だ、何かに縋らないと死ぬ。」

カイとイサムはすぐに戦闘態勢を整え、門へと向かった。一方で、リリィはまだ聖樹のそばにいる。

◇ 命を懸けた選択 ◇

村の門では、暴徒たちが村に侵入しようと必死に柵を壊していた。彼らの目は血走り、皮膚には狂花病特有の花弁模様が浮き出ている。

「やめろ!ここにはお前たちの求めるものはない!」

レオンが叫ぶが、彼らは耳を貸さない。

カイは短剣を構え、イサムは銃を手に暴徒を制圧しようとする。だが、その数の多さに圧倒されそうになる。

「リリィの歌を使うしかない。」

カイが言った。

「だが、喰らい花も呼び寄せるかもしれんぞ!」

イサムが警告する。

「それでも、ここでやられるよりはマシだ!」

カイは聖樹の方へ駆け出し、リリィを探した。

「リリィ!頼む、歌ってくれ!」

リリィは戸惑いながらも頷いた。聖樹の下に立ち、目を閉じると深呼吸をした。

その瞬間、再び彼女の歌声が夜の空気を切り裂いた。美しくも儚い旋律が村中に響き渡る。暴徒たちは一瞬動きを止め、苦しそうに頭を抱え始めた。

だが、歌声が遠くまで響いたせいで、森の奥から不気味なうなり声が聞こえてきた。

「喰らい花だ……!」

イサムが呟く。

◇ 絶望の夜 ◇

暴徒が鎮静化した一方で、新たな脅威が村を襲おうとしていた。

喰らい花の群れが次第に近づき、村人たちは再び恐怖に包まれる。

「どうする?」

カイがイサムに問う。

「全員で守るしかない。それとも、聖樹を捨てて逃げるか?」

その言葉にカイは拳を握りしめた。

「……ここを守る。」

リリィの歌声とカイたちの奮闘が、この夜の村の運命を左右する――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ