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御剣家当主の手記

作者: 霧科

(事務的な文章が並んでいる)

○月□日

 北の怪異が目覚めたらしい。禅譲から討伐の依頼が来たがどうしようか。過去の文献を見るに刺激しない方が良いと思われる。玉響に報告をせねば。


○月□日

 怪異が心なしか活発になっている。鏡水によると北の怪異が原因という訳ではないようだが……。禅譲の動きに注意しておくべきだろうか。


○月□日

 玉響から刺激するなという警告文が来た。送るべきは禅譲に対してだと思うのだが、このまま転送して良いものか。


○月□日

 龍威と名乗る組織の人間が挨拶に来た。見たところ魔術師に似た気配だが、彼等自身は魔術についてそこまで詳しい訳ではないらしい。やけに珍しい容姿の人間もいたが、彼は本当に人間だろうか。


○月□日

 禅譲からの音沙汰がない。玉響の方に文句を直接言っているのならば問題ないが、龍威という組織のこともある。一応鏡水にも注意を伝えておこう。


○月□日

 龍威主催の会合の招待状が来た。聞けば鏡水、玉響共に来ているらしい。玉響は当然のように欠席すると言っており、鏡水はそろそろ代替わりの時期である。一応行って状況を確認しないといけないかもしれない。


○月□日

 仕事中に龍威の者と出会った。あの人並外れた容姿の人間である。傍にいる二人は明らかに怪異の類であるがよく懐いていた。どうやら怪異の中でも上位に分類されそうな者達であるのだが、どうやって従えているのだろう。


○月□日

 龍威の会合、そう聞いていたのだが実際はただの顔見せ、自慢だった。彼方はどうやら力を誇示し此方に牽制をしたいのだろう。……成程、色彩と名付けられた異能は確かに脅威である。しかし、それは所詮上澄みだけ、仕事が出来そうなのは初代と呼ばれていた者達とそこに従う怪異だけじゃないだろうか。


○月□日

 報告が上がってきた。どうやら禅譲が何やら裏で動いているらしい。北の怪異についての催促がなくなったと思っていたらこれである、少しは大人しくしていられないものか。


○月□日

 龍威の宇城さんと仕事をする機会に恵まれた。宇城さんはまるで精霊のようにふわりと空中に漂い、穏やかな敬語と柔らかな口調で鈴を転がすような声を震わせる。なびく髪は絹よりも上等であり動くことで光を纏い止まることで全ての視線を奪うまさに赤信号。世界を知り世界に認められた存在である彼女は怪異という理から外れた存在に滅法強く、世界の理そのものである彼女は怪異からの攻撃を受け付けない。成程確かに彼女のような存在がいるならば龍威も強く出るだろう。彼女もまた初代と呼ばれる者であるらしいが、会合のときに姿はなかった。失礼を承知で問い掛けたところ、曖昧な笑みではぐらかされてしまった。


○月□日

 鏡水が代替わりした。素質はあるがまだ幼いため仕事は任せられない。龍威からは桔梗と名乗る青年が来ていたが、やはり人並外れた容姿である。人間というには少し妙な気配だったが。


○月□日

 仕事帰りに宇城さんと遭遇した。挨拶をすれば弾んだ声音で挨拶を返され、記憶されていたという喜びと彼女にとって自分が好印象を持つに値する存在であったことに歓喜を覚えてしまう。控えめに手を口に当てて微笑む彼女曰く、隣にいた雪白なる人物と共にこの辺りを散策していた最中だったらしいのだが、双方人目を惹く容姿だったが故にあちらこちらで声をかけられ続け疲弊していたとのこと。宇城さんのたおやかな仕草と凛とした表情から紡がれる総てが森羅万象あまねく存在を魅了するのは世界の常識であるが、彼女が困っているというのならば話は別である。御剣の当主である自分が案内を申し出れば花が咲くような笑顔と世界を浄化するようなはにかみとともに了承の言葉が返ってきた。明日ゆっくりと街を回るという約束を交わし、龍威へと送る。


○月□日

 約束通り龍威へと向かえば、宇城さんは楽しみだったからと少し早い時間に出てきた。どうやら雪白なる人物の方は仕事が入ってしまったらしい。案内のために歩き出そうとしたところで宇城さんから白魚のような指が伸ばされ、控えめに服の裾を掴まれた。もし、と小鳥がさえずるような声と共におずおずと近付いてきた宇城さんからふわりと甘い砂糖のような香りがする。はぐれないよう、掴んでいても良いでしょうか、と帰った瞬間に完璧な保存処理をして未来永劫一切の損失なく家宝として保管したくなるような申し出をされ、思わず微笑んで手を差し出してしまった。宇城さんは少しだけ目を見開き表情を僅かに緩め、脈を二拍ほど早めてから差し出した手をとった。このときほど動体視力の良さに感謝したことは過去未来含めてもないだろう。触れた指先は儚い硝子細工が如く華奢であり、精巧な飴細工が如き滑らかな肌は未だ外界を知らぬ赤子のような柔らかさと無垢さを湛えその美貌を際立たせている。

 宇城さんは野に咲く花に微笑み民が丹精込めて作ったものに感嘆と敬意を零す慈愛を体現するような御仁である。聞けば龍威に所属することで初めて外の世界に出てきたといっても過言ではない生活だったらしく、非常に、組織としての不審さは十二分にあれど宇城さんにとっては恩人といっても過言ではないという発言がとれた。異端とされた者達にとっての拠り所、これから増えるであろう異種族との共存を目指すという初代達の願いは成程、私達にとっても考慮するに値するだろう。勿論話し合いが通じない相手というのは往々にして存在するが、龍威にいる怪異達は共存という意味合いでは間違いなく成功例である。敵対することなく穏便に事態を解決することが出来るのであれば、どれほどの命が救われるだろうか。

(一部抜粋)

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