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第22章② 白き光と黒き影、そして緑竜(後編)

 ポーリンは一歩進み出て、黒い沼じゅうに聞こえるよう声を張り上げた。


「私はラザラ・ポーリン、サントエルマの影の使い手。そしてある地域では、<烈火の魔女>として恐れられている。こちらへいらっしゃい、相手をしてあげましょう」


 まるで騎士の口上のように名乗ったことを、ポーリンは自分でも驚いていた。


 緑竜は、ちっぽけな人間の挑発に対して、怒りよりも興味を感じていた。


「ほう、そのように大言壮語たいげんそうごする人間ははじめて見た。良かろう、わが偉大なる名はフィンガルバドル、おまえを食らう者だ」


 だが、ポーリンはドラゴンの言葉を聞いていなかった。目を閉じ、深く集中状態に入る。古代の魔法の呪文を呼び起こし、自らの意識を影の世界に重ねる。持てる力のすべてを注ぐ必要があった。


 圧縮された空気が彼女に集まっていくかのような圧を、すぐそばにいるフィラーゲンも感じていた。ポーリンの本気を見るのは、彼も初めてかもしれなかった。


 最後に複雑ないんを結び、難解な呪文が完成した。


 彼女は目を開く。


「・・・この世に力を解き放て、“影の魔王”よ」


 ポーリンの瞳が影に支配された。


 彼女の足元から影が伸長し、立体的な形となって眼前に具現化した。


 それは暗闇そのものであったが、何かの影を表しているようだった。王冠をかぶり、三又の槍を持ち、マントをたなびかせた、魔王の影・・・


 それはたちまち巨大化し、ドラゴンよりも大きな存在となった。


「・・・おもしろいぞ、魔法使い」


 フィンガルバドルは称賛と興味の入り混じった声で言うと、大地を蹴って”影の魔王”へととびかかった。


 ちょうど魔法陣の中で、“影の魔王”と緑竜は激突した。“影の魔王”がくりだす三又の槍をたくみにかわし、巨大な怪物どうしが直接ぶつかり合った。


 ドラゴンがその巨大なきばき、”影の魔王”が槍を背に突き立てようとする―――と、“影の魔王”がふっと姿を消した。


 組み合っていたドラゴンが、急に相手がいなくなったことで前のめりに地面に倒れた。


「?」


 同時に、ポーリンも力を使い果たし、両膝を地についていた。


「短い・・・やっぱり、想像の通りに“影の魔王”を具現化するのは、無理があるか・・・」


「いや、十分だ。備えよ!狙いは口の中だ」


 フィラーゲンは大きな声でそういうと、彼の呪文の詠唱えいしょうを開始した。


 大地に突っ伏したドラゴンは首を振りながら身体を起こした。どうやら、魔法の力が切れたようだ。楽しみは一瞬で終わり、失望を感じた。


「・・・わらわをからかうだけで精一杯か、なにがしかの影の使い手よ」


 一瞬の興奮は冷め、押し寄せる退屈に気を滅入らせた。


 余興は終わりだ。魔法使いどもをほふって、ふたたびぬめぬめした沼の中で、猛毒の涎を垂らしながら眠りにつこう。そう思って歩を進めかけたとき、押し寄せる魔法の力を感じた。といっても、フィンガルバドルにとっては春のそよ風程度のものだったが。


 彼女は、青白い円陣にすっぽりと囲まれていることに気づいた。


「わらわを罠に捕らえるつもりか・・・」


 そう言ってせせら笑う。


 彼女は再び威嚇いかくの体勢を取り、押し寄せる魔法の力を振り払おうとした。それは、深呼吸をするのと同じくらい容易にできるはずだったが・・・できなかった。


 老いたとはいえ人間に比べれば遙かに屈強な彼女の肉体が、少しばかりこわばりを感じていた。


 彼女は、呪文を唱え続ける白いローブの魔法使いを目に捕らえた。奴が力を振り絞り、彼女を罠の中に留めようとしていた。


―――――人間にしては、なかなかの力だ。


 フィンガルバドルは少々感心したが、そもそも魔法という特別な力を使ってわずかながらに神の行為の真似事をする人間と、神に最も近い生き物とされる竜では、たましいの格が違う。少なくとも彼女はそう考えていた。


 翼を広げて上空へ向けて咆吼を放つと、フィラーゲンの魔法の力は跳ね返され、青白く神秘の輝きを発していた魔方陣も光を失い粉々に砕け散った。


「勝てなかった」


 フィラーゲンは力を使い果たし、仰向けに倒れた。生温かく湿気を含んだ地面に、居心地の悪さを感じていた。戦いのさなかには気づかなかったが、空には満天の星が輝いていた。


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