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第20話 ヴァンパイア・ロード 対 白髪の美丈竜

 ロスロナスとヴァンパイア・ガールの連携のまえに、フィラーゲンの防戦は続いていた。一体減ったとはいえ、ヴァンパイア・ガールたちはまだ三体いる。しかも、時間を経るごとに、徐々に戦い慣れしているようだった。


 依然として、フィラーゲンは引きながら戦う。


 切れ味を増すヴァンパイア・ガールの直接攻撃をかわしながら、ロスロナスの魔法にも気をつけなければならない。


「おいおい、フィラーゲン。出し惜しみをしている場合ではないぞ」


 ロスロナスは失望したように言う。


「よもや、少女たち相手に力を抜いているわけではあるまいな。そいつらは、容赦なくおまえを殺すぞ」


 フィラーゲンは答えず、必要最小限の反撃にとどめつつ、を描くように動きながら黒い沼の辺縁へと再び近づく。


 そのとき、空に新たな太陽が生まれた。


 燦然さんぜんと輝くまぶしい光に、ロスロナスもヴァンパイア・ガールも思わず気をとられた。


 フィラーゲンはここで、長めの魔法の呪文の詠唱に入る。


 ロスロナスの頭上に巨大な岩が現れ、標的を踏みつぶそうと落下した。


 想像以上の巨石だったので一瞬ぎょっとしたが、ロスロナスは難なくそれを回避する。しかし、避けた先には、向かってくる多数の石の槍。


 ロスロナスは短く舌打ちをしながら防御態勢を取りつつ、超人的な身体能力でそれらをぎりぎり回避した。人間だった時代であれば、今の攻撃は致命的なものになっただろう。


 口をわずかに開け、目を見開きながら過ぎ去った石の槍を見送る。血がたぎる、というのか、心地よい興奮がロスロナスの精神を満たした。


 巨石が地響きをたてて地面に落下し、まばゆい魔法の太陽の灯も消えた。


 しもべの三体のヴァンパイア・ガールもロスロナスの近くへと戻った。


「惜しかったな、フィラーゲン」


 賞賛するように言ったが、それはロスロナスにとって勝者の立場からの賞賛であった。


「もう、今のような好機は来ないぞ」


「・・・さて」


 フィラーゲンは余裕に満ちた目で、空に浮かぶヴァンパイアたちを見上げた。


「私はぐるっと一周まわり、始めにいた沼のきわへと戻ってきた」

「だから何だ・・・」


 ロスロナスは言っている途中に、フィラーゲンの真意に気づいた。


 フィラーゲンは、戦いながら円を描くように動いた。そして、はじまりの場所へと戻った。


 その目的は・・・


「魔法陣を描きながら戦っていたのか!」

「ご名答」


 竜のような人間離れした顔貌がんぼうに浮かび上がった笑いは、薄暗さのなかで凄みを帯びていた。


「一匹も逃さないためにね」


 彼がたどった軌跡きせきに、青い円状の模様が浮かび上がった。魔法の力によって描かれた、魔法陣だった。その魔法陣は、ヴァンパイアたちをすっぽりと包囲している。


 高く明朗めいろうに、歌うような呪文の詠唱が黒い沼に響き渡る。


 魔法陣は輝きを増した。


「フィラーゲン・・・!」


 ロスロナスは歯噛はがみした。罠にはめられたことを、はっきりと自覚していた。逃れられない罠に。


 呪文の詠唱がいっそう力強くなり、魔法陣から魔法の光が立ち上る。


 びじびしと音がしながら、彼は自分が足元から石化していくのを感じていた。


「くそ・・・こんなところで」


 ロスロナスは押し寄せる魔法の力に抗おうとしたが、魔法陣によって強化された、サントエルマの森でも屈指の力の持ち主の魔力に敵うはずがないということも本能で悟っていた。


 翼が思うように動かせず、体が重くなり、地面へと徐々に落下する。三体のヴァンパイア・ガールは完全に石化し、すでに地面へと落下していた。


 フィラーゲンは呪文の詠唱を終え、地に引きずり降ろされたヴァンパイアの主の近くへとやってきた。


「私の勝ちだ、親父さん。”死者の書”は回収するぞ」


 ロスロナスの着る外套がいとうの内ポケットから、”死者の書”を回収する。


 中身を確認するまでもなかった。それを手にした瞬間に、死者たちの怨念おんねん宿る凄まじい負の力を感じたから。


 ロスロナスは牙をむき出しに悔しそうな顔を浮かべていた。目は血走っている。


「・・・最後に、何か言い残すことはないか?」


 ”死者の書”をふところにしまい、ため息をつきながらフィラーゲンは問うた。


 そのとき、黒い沼の中央付近で、突然どろ水が破裂したように空高く舞い上がった。


 フィラーゲンは驚いて、黒い沼の方を見た。


 ぶくぶくと、気泡のようなものが沼の中央に沸いていた。


「くっくっくっ」


 ロスロナスは押し殺したような笑い声を浮かべた。


「おまえが激しく地面を揺さぶってくれたおかげで、”あれ”が目覚めたよ。計画通りだ」


 再び、黒い沼の水が空高く舞い上がる。


 さっきまでは感じなかった、とんでもなく嫌な感覚が、その場にいる者すべてに押し寄せた。


「ああ・・・」


 首元まで石化したロスロナスは、感嘆かんたんともあきらめともつかない声でいった。


「起こしたはいいが、”あれ”を支配するのはたぶん無理だったな・・・俺の力では、結局のところ、ここまでだったか。じゃあな、フィラーゲン」


 ロスロナスは完全なる石像と化してしまった。


 だがフィラーゲンは、旧友をほうむったことよりも遥かに大きな問題が差し迫っていることを全身で感じていた。


 暗く不吉な声が、大地を揺らすように黒い沼に響き渡った。


「わらわの眠りを妨げるものは・・・誰だ?」


<主な登場人物>

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。<白髪の美丈竜>の異名を持つサントエルマの森の魔法使い。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。ドルイド見習い。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。現在に至るまで、消息不明だったが、黒い沼での戦いのなかでカイ・エモに血を吸われ死亡。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。ラザラ・ポーリンとの戦いに敗れ死亡。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。フィラーゲン、コノルとともに<黒い森>へ入る。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアたちの主。人間のころの名をロスロナスという。かつてサントエルマの森でフィラーゲンと共に学びし者。


ラザラ・ポーリン サントエルマの影の使い手の異名を持つ女性魔法使い。

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