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第17話 黒い沼の戦い

 ヴァンパイア・ロードを名乗るロスロナスと、四体のヴァンパイア・ガールとの戦いは熾烈しれつをきわめた。


 生き血を吸うことで若返り、人知を超えた身体能力を手に入れたロスロナスと、幼いながらもやはり人間離れした力と素早さを持つ四体の少女だった者たちの間断かんだんない攻撃に、さすがのフィラーゲンも押され気味であった。


 ロスロナスに気を取られればヴァンパイア・ガールたちが物理的な攻撃を仕掛け、ヴァンパイア・ガールたちへの防戦に手を取られるとロスロナスの魔法が襲い掛かる。ロスロナスは、魔力においても、人間だったころをはるかにしのぐ力を手に入れていた。


 黒い沼のきわで戦っていたフィラーゲンだが、押されながら弧を描くように移動し、気が付けば黒い沼からかなり離れた内陸部にいた。


「相性はあまり良くないな・・・」


 フィラーゲンは額ににじみ出た汗をローブのそできながらつぶやいた。


 ヴァンパイア・ロードとヴァンパイア・ガールたちは、コウモリのように空を飛び回る。彼が得意とする大地の魔法では、空の敵に対して有効なものは多くない。


 一方のロスロナスは、こみ上げる万感ばんかんの思いにひたっていた。


 かつて、サントエルマの森で行われた模擬もぎ戦闘で、ロスロナスがフィラーゲンに勝ったことは一度もなかった。それが今や、押し気味に戦いをすすめているのである。


 ロスロナスはしばし攻撃の手を止めた。


「いい気分だなぁ、フィラーゲン。おまえはいつもこんな優越感を味わっていたのか?」

「・・・優越感は、油断のもとだぞ」


 フィラーゲンは忠告するように言葉を返すと、続けて素早く呪文を詠唱えいしょうした。


 地面の泥がむくっと起き上がったかのように見えたかと思うと、フィラーゲンの身長の倍はありそうな屈強の泥人形が作りだされた。それも、四体。


「少し楽をさせてもらおうか」


 フィラーゲンがそういうと、泥人形たちは四体のヴァンパイア・ガールに向かって戦いをはじめた。


 ロスロナスは腕組みをして余裕の表情を浮かべた。


「マッド・ゴーレムか。そのような木偶でくに、我がしもべたちが負けるわけがない」

「時間が稼げれば、それでかまわないさ」


 ヴァンパイア・ガールの四方からの攻撃をひとまず気にしなくて良くなったフィラーゲンは、さらにを描くように移動しながら、魔法でできた石の槍をたてつづけにロスロナスへ投げつけた。


 ロスロナスは優れた目と身体能力でそれらを華麗にかわしつつ距離をつめると、フィラーゲンめがけて口から炎を吐いた。


 フィラーゲンはとっさに石の壁を召喚してその炎を防ぐ。


 石の壁を解除するとともに、酸の泥の弾幕だんまくを張り、ふたたび吸血鬼を遠ざけた。


「口から火を噴くヴァンパイアとは、なかなか面白いじゃないか。そういえば、もともと火の魔法が得意だったな」

「死者の書は、永遠の命と、若さ以外にも、いろいろなものを与えてくれたというわけさ。どうだ、おまえも―――」


 ロスロナスの言葉を、地響じひびきをともなう爆発音が遮った。


 黒い沼の北側の、まだかろうじて樹冠じゅかんを残した樹木が保たれているあたりだ。樹木のあいだから土煙つちけむりのようなものを起こる。


 その土煙のあいだから、無数の触手をもった巨大な何かがあらわれ、こちらへ向かってきていた。


 フィラーゲンもロスロナスも、眼を凝らしてそちらを注視する。


 それが何であるか、先に理解したのは、視力のすぐれたロスロナスの方であった。


木の精霊(トレント)・・・」

「トレントだって?」


 フィラーゲンは目を細める。


「それにしては、様子がおかしい」


 木の精霊は、概して温厚で争いを好まない。けれども、そのひときわ大きなトレントは、枝を触手のように振りかざし、明らかに乱暴な勢いでこちらへ突っ込んできていた。


 木の幹に現れた顔は、憤怒ふんぬの表情を浮かべていた。


 トレントの肩のあたりにあたる枝に腰掛け、けしかけるように煽っているのは、ドルイドたちの長、ドルヴ・レビックだった。


「私たちの森を、取り戻す。よそものには、速やかな死を」


 老いたドルイドの偏狭へんきょうな瞳に宿るのは、怒気とも狂気ともつかぬ赤黒い炎。


 数日前に森に入り、トレントたちを探していたドヴィックだったが、眼にしたのは受け入れがたい現実であった。


 かつて彼と懇意こんいにしていたトレントのほとんどは死に絶え、唯一残ったこのトレントも病に冒され狂気にとらわれていた。


 ドヴィックは悲しみに打ちひしがれて動くことができなくなり、森へ入り込んだよそ者を排除するという強い思いが再び彼を突き動かした。


 痛めつけられた森の、かたきを取るのだ。


 それが正しいかどうかはもはやどうでもよかった。ドルイドとしての最後の仕事―――もともと偏狭だった心が唯一受け入れることができたのが、その思いだった。


「よそ者に、死を与えよ!」


 ドビックが命じると、根っこから引き抜き脇にかかえていた若木を、ロスロナスへ向かって投げつけた。


 ドルイド長とトレントの乱入により、黒い沼の戦いは混迷へと向かいつつあった。

<主な登場人物>

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。<白髪の美丈竜>の異名を持つサントエルマの森の魔法使い。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。ドルイド見習い。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。現在に至るまで、消息不明だった。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。現在、消息不明。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。フィラーゲン、コノルとともに<黒い森>へ入る。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアたちの主。人間のころの名をロスロナスという。かつてサントエルマの森でフィラーゲンと共に学びし者。

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