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第16章 絵描きはなぜ絵を描くのか

 黒い沼のきわに沿って、クレイ・フィラーゲンがひとり歩を進めた。


 それを確認したロスロナスは、満足げにうなずくと軍勢の進軍を止めた。そして、興味深そうな笑みを浮かべながら一人つぶやく。


「さてどう出る、白髪はくはつ美丈竜びじょうりゅうよ?」


 すっかりと薄暗くなったなかで、腐ったような匂いを放つ沼の水にもめげることなく、フィラーゲンは目を閉じて集中状態へと入った。長く複雑な魔法の呪文をよどみなくつぶやく。


 呪文の詠唱えいしょうが続くにつれ、夜気が張り詰めたようにピリピリとなるのを、ロスロナスは感じていた。しかし、三百の兵に守られる彼は、余裕の見物である。


 フィラーゲンはその手を地についた。


 すると、驚くべきことに大地が揺れ始め、フィラーゲンの手元からロスロナスのいる場所へ向かって亀裂きれつが走った。


 ロスロナスがすっと目を細めた次の瞬間、湖面に張った氷が割れるかのように大地がくだけ、数百の骸骨の戦士たちは地の底へと飲み込まれていった。


 死者たちゆえに、怒号も悲鳴もあげない。ただ、壊れた人形が放り棄てられたかのように、大地の亀裂に落ちてゆく。


 無数の亀裂は、砕けたときと同じくらい速やかに再び結合し、大地の揺れが収まるころにはほぼ元通りの沼辺へと戻った。立ち枯れの木もかなり大地に飲み込まれ、むしろ足場が良くなる。


 フィラーゲンは一つ息をつくと、歩きやすくなった沼辺を悠然と進んだ。


 歩きながら次の呪文を唱え、空中に浮かぶ青白く発光する魔法の球を作り出した。その光により、沼地全体が明るく照らし出された。


「せっかくの軍勢を一掃いっそうしてしまって悪いな、親父さん」


 まるで“不在の間に部屋をかたずけてしまってすまないね”というような軽い口調でフィラーゲンは言った。


 ロスロナスは、背に生えた翼を広げて空中に舞い、フィラーゲンを見下ろしていた。


「兵はいくらでも調達ちょうたつできるから別にいいさ、気にするな」


 皮肉っぽく言う。しかし、フィラーゲンの魔力に舌を巻いている様子を隠そうとはしなかった。


「・・・相変わらずすごいな、お前は。見たことのない魔法もある」

「その聖なる光の球は、火の球の呪文を基礎として創成そうせいしたものさ」


 フィラーゲンは自慢げに光る球を指さす。


「弱いものであれば、よこしまを遠ざける効果もあるはずなんだが・・・あんたには効いていないようだ」

「たしかに、“我々”にとって心地よい光ではないが、まあどうということはない」


 そう言ってから、ロスロナスは指笛ゆびふえを鳴らした。


 四体の小さなヴァンパイアたちが彼の周りにやってきて、はべるように待機した。その小柄なヴァンパイアたちは、美しい少女のような風貌をしていた・・・フィラーゲンはあることに気づいた。


「・・・村の少女をさらっていたのは、このためか?」


 それは、村から連れ去られ、今や不死なる者へと作り変えられてしまった十四歳の美少女たちだった。


「ヴァンパイア・ガールと呼べ。彼女らは永遠の美しさをとどめたまま、私に仕える」


 ロスロナスは青白い顔に凄惨せいさんな笑みを浮かべながら言った。


「私は、ヴァンパイアたちの主(ヴァンパイア・ロード)だ」


 フィラーゲンは眉間にしわをよせ、苦々しく旧友をにらみつけた。


「それが、あんたの夢だったのか?十四歳の少女たちを侍らせて、失われた青春を取り戻せるとでも?」

「取り戻せるならば、何でも取り戻してやる」


 ロスロナスは口調を強めた。


「そればかりではないぞ、フィラーゲン。私は不死者たちの主としてこの地に君臨し、やがて来る混迷こんめいの時代を待つ」


 そうして、一人悦に入るように夜空を見上げた。


「おまえは、光のような存在だ、フィラーゲン。かつてお前をまぶしく感じたが、闇に堕ちた俺にとって、もうまぶしさは感じない」


 そして低く笑いながら、フィラーゲンに視線を流す。


「そして、いま、ここで起こる戦いの結末によっては、光の時代が終わり、闇が到来することを早めるだろう。まさに、ここは“光と闇の交差するところ”というわけだ」


 ささやくようにいいながら、肩を揺らす。


「何を言っているのか知らないが・・・あんたは許されない一線を越えてしまった」


 フィラーゲンは険しい表情のまま重々しく言った。


「久しぶりに怒りがわいた」


 怒気とともに、強い魔力がフィラーゲンの周囲に渦巻くのをロスロナスは感じていた。人間であったときならば、気圧けおされただろう。けれども今は冷静にフィラーゲンの怒りを観察できた。不死者の力を得て、フィラーゲンと対等に向かい合うことができていることに、ロスロナスは満足感を覚えていた。


 フィラーゲンが言葉をぐ。


「だがいったん怒りは脇へ置く。『死者の書』は回収するぞ、おまえの死体から」

「ふふ・・・“死んだ母親が悲しむ”というようなことは言わないのか?」


 ロスロナスは面白がるように問うた。


「あんたの母親を知らないから、そんなことは言わない」

「だろうな、陳腐な言葉を吐かないままで、安心したよ」


 獣のような瞳になってしまったロスロナスの目に、わずかばかりに過去への追憶ついおくが浮かんだ。


「『絵描きはなぜ絵を描くか?』ということについて議論したときを覚えているか、フィラーゲン?」

「・・・今はあまりおしゃべりを楽しみたい気分じゃない。だが、今わの際だ、続きを聞いてやろう」


 フィラーゲンはつれなく言ったが、ロスロナスは楽しそうに話をつづけた。


「おまえはあのとき、『あふれ出る才能をとどめておくことができず、情熱に任せて内なるものを解放するためだ』と言った。天才のお前らしい答えだ」


「それで?」


「いまの私の答えはこうだ、『自分という存在の爪痕つめあとをこの世に残したい、だから絵を描くのだ』」


 ゆっくりとそう言ってから、ふところから一冊の古びた本を取り出した。


「おまえが勝ったら、この“死者の書”を持ち帰れ。だが私が勝ったら―――おまえも不死者の仲間入りだ」


「そんな言葉で私に恐怖を与えることができるとでも?」


 冷ややかに言うフィラーゲンに、ロスロナスは小さく肩をすくめた。


「まあ、恐怖を与えることができれば、もうけものだろう?さあ―――戦おうか」


<主な登場人物>

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。<白髪の美丈竜>の異名を持つサントエルマの森の魔法使い。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。ドルイド見習い。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。現在、消息不明。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。現在、消息不明。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。フィラーゲン、コノルとともに<黒い森>へ入る。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアたちの主。人間のころの名をロスロナスという。フィラーゲンの知己。

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