表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

第13章 死にゆく森

 昼ごろ、彼らは少し開けた場所へと出た。


 少し湿気しっけた足下には草が生え、ところどころに野生の花があざやかないろどりを添えていた。


「ここは<狩人かりゅうどの休憩所>と呼ばれる、少し休憩しようか」


 案内役のマルフォイは、小走りに広場の中央へと向かった。


 幽玄ゆうげんとした森の中とは異なり、青空が見える広々とした場所だった。太陽は中天に上っていた。


 フィラーゲンとコノルは、マルフォイの後を追ったが、しばらくすると足下の草花は次第に減り、枯れ草や腰ぐらいの高さで折れた枯れ木が目立つようになってきた。


 りんとした森の清々(きよぎよ)しい空気ではなく、かすかな腐臭ふしゅうが混じるかのような匂いが鼻をつく。


 少しさきでは、マルフォイが両膝に両手をついてうなだれていた。


 彼女の目の前にあるのは、黒々と腐敗ふはいしたかのように見える沼だった。


「どうした?」


 フィラーゲンがマルフォイの背に言葉を投げかける。


「黒い沼からき出た水は、森の中をとおることで浄化じょうかされ、ここに綺麗な池を作る。ここの水は、もっと綺麗だったんだ」


 愕然がくぜんとしたようにそうつぶやき、周囲の枯れ草にも視線を流す。


「ここには草花があふれ、森の動物たちも水を求めてやってきていた。それがこのありさまだ」


 そしてフィラーゲンをコノルを振り返り、確信したように言った。


「森が弱るわけだ・・・森の水が、死んでいる」


 それから三人は、かつて清流せいりゅうだったという小川に沿いながら、森のさらに奥へと進んだ。その“小川”に流れるのは、良く言っても黒い泥水どろみずで、フィラーゲンの正直な感想としては腐った水だった。しばしば毒気のある腐臭を感じ、顔を背けなければならなかった。


 次第に、天蓋てんがいとして頭上を覆っていた樹冠にぽつりぽつりと穴が開き始める。


 木々の間から青空を垣間見ることも増えたが、青空に向かってそそり立つのは枝葉えだはを失った枯れ木だった。


 森の中央に近づくにつれ、はじめはまばらだった枯れ木が、明らかに増えていった。


 もはやマルフォイもキノコを探すことはなかった。かろうじて樹冠を維持している木も、色艶いろつやが悪くかさかさで樹皮はひび割れている。


 明らかに、森は死につつあった。


 そして、太陽が西に傾きその色合いがオレンジに染まり始めたころ、彼らは森の中央にあるとされる“黒い沼”へとたどり着いた。


 そこは、異様な風景であった。


 黒い沼は、ぶくぶくと不気味な泡を放ち、その周囲には、見渡す限り立ち枯れの木が並んでいた。見晴らしは良いが、気分は良くなかった。


「ここは、木々の墓場だ」


 フィラーゲンは思わず、そうつぶやいた。


「これからどうするの?」


 コノルが不安そうに聞いた。


「ここで、ロスロナスを待つ。奴はヴァンパイアだ、夜にならなければ出てこないだろう」


 その言葉を聞いて、コノルは身を縮こまらせた。死者たちの世界に住まう化け物と戦うために、夜を待つ。それは、あまりいいことのように思えなかった。


 少年の不安を感じ取り、フィラーゲンが頭をぽんと叩く。


「心配するな、楽勝だよ」


 いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした口調。


 だが、敵はロスロナスだけではない。取り逃がしたカイ・エモも行方が知れず、さきに森へ入ったドルイド長レビックの動向も不明だ。


 不安は山積みだった。


 案内の役割を終えたマルフォイも、これから待ち受ける未来を大きな心で待ち構えることはできず、不安げにフィラーゲンに問うた。


「あんたは、サントエルマの森では何番目に強いんだい?」

「何番目?」


 フィラーゲンは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。


「まあ、今のところ二番目か、三番目かな」


 そう言ってから、西日が作る自らの影を振り返りながら面白そうに笑った。


 サントエルマの森には、魔法使いたちのなかでも選りすぐりのものしかいないことを、マルフォイは知っている。その中でも最高位に近い力の持ち主であることが本当であるとするならば、多少は現状を楽観視することができるのかも知れない。


 それでもまだそわそわと落ち着かない気分のマルフォイは、何か話を続けたくて、言葉を継いだ。


「日が暮れるのを待つあいだ、ロスロナスという奴のことを教えてくれないか?」

<主な登場人物>

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。ドルイド見習い。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。フィラーゲン、コノルとともに<黒い森>へ入る。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアの主。人間のころの名をロスロナスという。フィラーゲンの知己。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ