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ナルシストは心変わりして自分と付き合う

作者: 骨皮 ガーリック

 高校1年生三学期始業日の様子。


 1年1組は全生徒が登校し席に着いていた。にもかかわらず席が1つ空いていた。そのことについて、始業のチャイムがなる前までクラスがザワついていた。


(ガラガラ)

 1年1組の担任が入室すると生徒たちはソワソワしていた。始業日という特別な日だからではなく、1つ空いた席のことを期待してだ。

 みんなが話した転入生の話は非日常だ。どうしても盛り上がってしまうのは仕方がない。


「えー、ホームルームの前に…」


 ザワザワと生徒たちは前後左右の者たちとアイコンタクトを取る。それは決してうるさくしないようにという最低限のマナーがなっていた。

 なので担任はそれを咎めることはしない。


 少し間を開けてみんなの期待を引き上げる。

 やんちゃっ気のある担任も実はワクワクしていたりする。不安よりも好奇心の方が大きいのは担任として少し頼りない気がするが、そこは人柄でカバー出来ている。


「このクラスに転入生が来ました!」


 まだはしゃがない。扉の奥にいるであろう転入生に変なプレッシャーをかけないようにという優しい思いを持った生徒たちだ。

 この団結力は3年間クラス替えが無いという校風に良く合っている。もちろんこれは一朝一夕でできたものでは無い。およそ半年の苦楽共に、時に喧嘩し、時に笑いあったからこその団結力だ。

 体育祭や文化祭というのはやはり学校行事で大切なものだ。人間関係の構築には必要不可欠となる。



 1枚のドアに生徒の注目が集まる。

(ガラガラ)


 入室した女子生徒には目力があった。


(((ごくり)))


 教室中の生徒、担任含め、唾を飲み込んだ。


 小柄ながらにその目力で存在感があった。みんなの視線が集まる中、怖気付くことも無く堂々としていた。


(ガタっ!!)

 窓側最後尾の男子生徒が大きな音を立てて立ち上がる。


「おい、座れー」

 その言葉が届いていないのか、不動を貫く。


 そして、何事も無かったように進行する。


 女子生徒は黒板に名前を書くと。

「バスケ一筋15歳。好きな言葉は徹頭徹尾。

 期待膨らむ高校生活、文武両道とはいきません。バスケ一筋15歳」


 端的。そしてみんなが思ったであろう変人が来た。

 みんなの視線が一度、後ろで今も立っている男子生徒に注がれてまた戻り一呼吸する。

 「「「変人には慣れている」」」

 何度も捌いてきたであろうみんなの顔は立派で謎の使命感を背負っていた。

 「「「このクラスでしか捌けない」」」



「席はあそこな」

 さすがはこのクラスの担任。対応がスムーズすぎることに生徒たちは今日も心を掴まれた。


 が、女子生徒は担任が示した席とは別の列を歩いてく。

 困惑の中に、何かやるなと確信めいたものがみんなの心にある。


 立ち止まったのは今も立ち続けている男子生徒の目の前。

 またしてもクラス中で唾を飲む。


 真剣な空気だ。

 まさか告白か。”さすがに”を超えてくるのを知っている。そのまさかだ。



「スキ」

 女子生徒の放った言葉に教室の空気は変わる。

 告白された男子生徒はこれまでに何度も告白されていて、全て断っている。このクラスにも告白した者がいる。

 それは周知の事実。だからこそ、訪れるであろう未来のフォローをみんなが考える。

 転校初日だ、不安も多いだろう。こんなアウェイで告白したんだ、この子を支えるのは私、俺たちだ。クラスの絆は深まる。


 外見は良い。小柄ながらに感じる力強さ。

 そしてやはり緊張したのか、少し上擦った声にみんなの心は惹かれた。

 守ってあげたくなるような小動物の可愛さ。

 だからこそ、振られた時のフォローは慎重に。



 男子生徒は片膝を着いて女子生徒の震えていた手を取って甲に口をつけて言った。


「ずっと待ってた」



(ブフォォ!!)

 一拍置いて生徒、担任を含め撃沈。鼻血がたらりと垂れ落ちる。


 「「「絵になる!!」」」


 ぼぅっと見惚れたのも束の間、仕事は忘れない。


「「「フゥーフゥー!!」」」

 クラスメイトからの祝福。どこに隠し持っていたのかクラッカーまで飛び出す。


 ホームルームが終わり、1時間目の授業までの間2人は質問攻めにされた。



 この2人は何を考えていたのか。少し前に遡る。




 高校1年冬。新年度が始まれば新学期の始まりは近い。

 彼女いない歴=年齢のボクは恋に飢えている。

 モテないわけじゃない。選り好みをしているんだ。

 そう、きっとボクは十分な食料が無い状況でも選り好みするに違いない。

 人に話せば愚かだと鼻で笑われてしまうだろうが、それがボクにとっての美なんだ。


 どんな状況であれ、信条を崩さない。

 式である信条が崩れれば解である己が崩壊する。


 解があるから式はできるのではなく、式があるから解はできる。

 これがボクの自分自身を見失わないためのルーティン。


 髪を切るのは五千円以上の所だけ。

 美容師の善し悪しでは無い。

 ありえないがもしも、美容院が無くなったとしたら誰かに五千円を払って切ってもらう。

 そう、髪を切るのに重要なのは五千円を払っているかどうか。


 こういったルーティンが他にも多くある。


 ということで話は戻るが、ボクの感性にあった人物がいないのだ。

 告白してくれる女子はみんなボクの美と合わない。

 可愛いと好きは別物だ。ましてや恋人ともなると式は複雑化する。



「はっ!」

 目が覚めた。何から覚めたのか。眠った記憶が無い。


「こらー、転校初日から遅刻する気?はやく起きなさい」

 誰の声?ママの声。ここはどこ?アタシの部屋。

 知らない記憶を記憶してる。

 一度出てくると、ホースの先を潰したように記憶が勢いよく飛び出してくる。



 しかしどういう訳か、断片的な記憶しか無い。先週のご飯、2年前の6月18日の授業の記憶がない。

 前までは全部覚えてたのに。そしてこの記憶はボクのじゃない。


 性別すら違う人間の体になった?それとも記憶が違うから魂が乗り移ったのか。

 だとしたらこの体の本来の魂はどうなったのか。



 ボ…アタシの美は。式は解は。アタシはどうやって構築された。何を好み何を嫌う。

 整理しよう、アタシならできる。


 そう、既にある。それこそアタシ。


「さてと、シャワーを浴びにいかなきゃ」

 すでに式は出来上がっていた。ならば解も出来上がっている。アタシはアタシ。


 鼻歌を歌い、体を洗う。

 お化粧はこれでOKっしょ。ふふ。


 汗を洗い流し、身支度を終えたら朝食だ。


「いただきまぁす」

 頭の中でトーストの真ん中に1本線を引いて左右対称になるように左側から食べていく。



「いってきまぁす」

 学校は歩いて15分。こっちに引っ越してきたのは年末だったおかげで年末年始は新鮮で楽しかった。


 アタシはこの学校を知っている。このクラスを知っている。この担任を知っている。


「それじゃあ、中に入ったら呼ぶから入ってきてね」

「はい」


 それだけ言って担任は教室に入っていった。

 始業のチャイムが鳴り終わり、廊下にいるのはアタシ1人。何十mも続いているこの階に立っているのはアタシだけ。

 少し寂しいけど……。


(タッタッタッタッタッ)

 誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。階段の横に1組があってその先に2組3組。階段を挟んだ反対側に4組以降がある。


(タッタッタッ)

 現れたのは金髪ギャル。2組の女子で人気者。


「お?もしかしなくても転校生じゃん。

 これから自己紹介でしょ?気負んなよぉ!」


 すれ違いざまに励ましをくれた。

 そして、2組の扉を開けると、

「よっしゃー!ギリセーフ!!」「アウトだよ!」

 なんて会話が聞こえた。


「ふふっ」

 太陽のようなギャルだった。

 落ち着いた心は普段通りのアタシを求める。



「このクラスに転入生が来ました!」

 アタシの新生活の第一歩、平常を取り戻した今なら怖いものは無い。

(ガラガラ)

 見知った顔だ。


(ドクンっ)





「バスケ一筋15歳。好きな言葉は徹頭徹尾。

 期待膨らむ高校生活、文武両道とはいきません。バスケ一筋15歳」


 緊張して頭が真っ白になった時ようにインプットしていた自己紹介情報を吐き出した。

 2週目に入るところを何とか食い止めた。しかし。


 アタシは恋をした。






(ガタっ!!)

「おい、座れー」

 脚が高飛びの棒のように、弾性力で真っ直ぐに戻ろうと、曲がっていた膝が勝手に伸びて立ち上がった。


 反応を示さないボクを無視して転入生の自己紹介は始まる。



 なんで……アタシがいる。アタシじゃないアタシがいる。待って、これ男の体。なんで今まで気づかなかっ……て、えーーー。

 いらない。余計な事は考えなくていい。アタ、ボクのやることは変わらない。ボクはボクだから。


 そう、ボクなら立ち上がる。




「席はあそこな」

 担任の声で停止していた思考が再開する。


 担任の声が聞こえていないのか、1つ隣の列を進んでいく。そんな不可解な行動に自然と転入生にクラスの視線が集まる。


 ターゲットをロックオンした監視カメラのようにみんなの目線の先が転入生にフォーカスされて頭が回る。


 転入生は不自然にボクの前で止まった。


「スキ」

 こぉれっ!開口一番愛の表現。前言は一切無し。前置きなんて炭酸ジュースのキャップをゆっくり開けるようなもの。そんなんじゃ気持ちは時間とともに(しお)れていく。


 ボクはあなたを待ってた。ぶっきらぼうに、だけど言葉の端に僅かな照れによるぎこちなさを含んだ言葉尻。

 最初はガっと目を合わせるけどすぐに斜め下へと視線を落とす。照れか気まずさかは関係無い。

 視線を落とすことでわかるまつ毛の長さ。


 指先はブレザーの端をつまんでこねこねしていた。



 クラスのみんなはこの状況をどう思っているのか。ボクがいつもと同じように転入生の告白を断ると予想しているのか。


 答えは否である。


 ボクの恋人に対する美を、転入生はこれまでの行動で天文学的数字を叩き出している。

 先程の転入生の(ことば)への解は同意。

 感性の一致。共通の美。


 ただし、ここからアプローチの仕方を間違ってはいけない。

 ボクの美をここまで理解しているんだ。当然、こだわりの美を持っているのだろう。


 ここで間違えてしまえば僕は独身のまま生涯を終える事が容易に想像できる。





 そう、この告白の仕方。体は勝手に動いていた。一目見て、この人は運命の相手なのだと。


 慣れはいらない。ほんの少しのぎこちなさと振り絞った勇気。

 前髪で顔が隠れないくらいの角度で顔を落とす。見えてくるのはまつ毛の長さ。


 自分の見せ方をわかってる。さすがアタシ。


 さあ、あなたの解を見せて。




 一目見て言葉は決まってた。


 精一杯の丁寧で君を想う。君にこの身を捧げると。



 やりすぎくらいがちょうどいい。

 片膝をついてそのガラス細工のような手をとれば君の体温を感じる。


 親愛と寵愛の誓いとして手の甲に口をつける。



「フゥーフゥー!!」

 教室にビブラートの歓声が鳴り響く。





 喫茶店アルデンテ。


「砂糖入れるなんてありえない」

「視野を広く持とうよ」

 静かな店内に響く声に客の視線が集まる。

 声の主を見れば青々しい学生のカップル。子供を見るような目に変化する。


「今日何の日かわかる?」

 店内の客に緊張がはしり視線が集まる。中には小声で「頑張れ」という声も。メニュー表を立てて覗き見る者も。

 店長の手も止まっていた。一際静かになる店内。


「付き合って1日目…でしょ?」

「そう」

(カシャーンっ!)

 何かが割れたような音に2人は店内を見渡した。


「失礼いたしました」

 店長は優雅に一礼する。

 手元を謝ってコップを落としてしまったようだ。

 客のみんなもズコーっとテーブルに顔を伏せていた。


 カウンター席に座る男性は一連の流れを見て、店長に「なんなのあの2人」と聞くも、店長は静かに首を横に振る。ティーカップを拭いている姿が様になっていふ。

 


「ピザの耳はパリパリでしょ」

「視野を広く持ちな?」

 再び声が店内に響いた。客のみんなは暖かい目で2人を眺めていた。



「「メロンクリームソーダ!」」

「ふふ、同じ〜っ!」

 和気あいあいな雰囲気、譲れないこだわりの言い争い、無邪気な笑顔にいつしか店内の客たちは目を離せなくなっていた。



 結局30分ほど2人に振り回され続けた喫茶店アルデンテ。

 その場に居合わせた初見の客はその日からアルデンテの常連になった。



((好みも完全に一致じゃなくて交差するのも1つの美。調和と不調和の調和))


((大好きだ))


「まだおみくじやってるかなぁ?一緒に行こ?」

「うん」


 お互いの魂が戻ることはなく、濃密な時間が過ぎていく。

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