人間のふりをした魔人の王妃~魅了眼を使って国造り無双をもくろむ~
久々な気がする短編。
よろしくお願いいたします。
私はティアラ。王妃だけど、人間のふりをした魔人。
人間の夫に溺愛され、可愛い息子が生まれたことを考えればすでにハッピーエンド。
でも、魔人の人生は人間以上に長い。
息子のレイディンだけでなく、夫の連れ子――第一王子のアーネストも、私やレイディンや夫のために活用できるようしっかり育てようと思った。
だけど、人間たちは私がアーネストにだけ厳しいと言う。
当然でしょう?
レイディンは魔人の血を引いている分、魔力の制御をしやすい。
でも、アーネストは両親共に人間。より厳しく教えなければ、魔力を制御できないに決まっている。
自分の子どもではないからといってアーネストを放置するのは危険。いつ暴発するかわからない魔法の塊を放置するのと同じ。
人間たちは、魔力が多すぎるアーネストがいかに危険かを真に理解できていない。
私の可愛いレイディンや可愛い夫に何かあったらどうするの?
好みに改装させた王宮も、綺麗に整えた王都も全部なくなってしまったら最悪だわ!
一応、王妃で義理の母親という立場。
魔人的には関係ないとして切り捨てるけれど、人間的には面倒を見るのでしょう?
アーネストは大人しく優しく温厚な性格。
生母がいないのもあって、厳しくても魔力や魔法について教える私を敬っている。
弟子だもの。師を敬うのは当然のことでしょうけれど。
何も問題はない。勝手に周囲が憶測や悪意で騒いでいるだけの話。
私は広過ぎる世界に飽きた。魔物と戦うのも飽きた。血なんて一滴も見たくない。
小さな国の小さな王都の中にある小さな王宮で、可愛い息子と可愛い夫と可愛い弟子と生活しながら、お洒落をしたり、自分の好み通りの生活空間づくりをしたりして楽しみたいだけ。
でも、それはだんだんと難しくなってきた。
レイディンが成長して、自分の意志を強く主張するようになり、王宮や王都は小さくて狭くて窮屈な世界だと思い始めてしまった。
魔人の血を引いているせいで才能に溢れている。
私の整えた空間では、自分の好きなことができない。不満に思うに決まっている。
そして、私も王宮や王都を好み通りにしてしまったため、もっと広い場所を綺麗に好み通りに整えたくなった。
何か良い方法を考えなければと思っていたら……。
「母上、僕は魔境に行きたいです」
「レイディンは王太子になったでしょう? アーネストの代わりに王都にいないとだわ」
「魔物討伐によって魔境の拡大を防ごうとしている兄上を支えたいのです。僕が行けば、かなりの戦力になるはず。王国の安寧を守るのは王太子の務めです」
「書類仕事もあるでしょう?」
「やる気がおきません」
「だからこそ、素敵なペンを魔法収納から召喚して、それをできるだけ多く増やして、一斉に動かして複数枚の書類にサインする技能を、早く美しく滑らかに行えるよう教えてあげたのよ。魔力の消費調整をしつつ、特別な魔法を行使する優越感があって、効果も結果も出せて楽しいはずだわ。だというのに、何が不満だというの?」
「全部です」
レイディンは完全拒否の姿勢。
魔人らしいというべきか、人間で言うところの反抗期というべきか。
わかりにくいわね。
「僕は魔物と戦って兄弟無双をしたいのです! 絶対に僕を裏切らない兄上と一緒ならできます!」
魔物相手に無双だなんて……魔境にいる魔人たちと同じだわ。人間らしく育てたつもりだったのに。
「魔境というか、ヴィラージュのことはアーネストに任せておけばいいでしょう?」
魔境から来た魔人の私が絶対に行きたがらないところへアーネストは向かった。
私が嫌がる魔物討伐を弟子がするのは悪くない。
むしろ、弟子の役目かもしれない。
人間の一般常識において、弟子が独り立ちするのは立派という考えもある。
私は人間のふりをしているし、偉大な師らしくあるためにも、しぶしぶ許しただけなのに。
「僕が何のために母上の厳しい魔法教育に耐えたのかわかっていますか? それは兄上と力を合わせて魔物討伐をするためです!」
「魔物討伐なら一人で行けばいいでしょう? 日帰りでできるわ」
「母上はわかっていません。一人で魔物と遊んで何が楽しいのですか? 母上は一人で衣装選びをしますか? 父上や側近にちやほやされながら、多くの侍女たちに指図して選び、貴族たちに見せびらかして自慢。素晴らしい、美しい、最高だと賞賛された方が楽しいのでは?」
そうだけど。
「母上は父上を通して、この国を好きにしたいと思われているのでは?」
「そうよ」
「人間の一般常識において、子どもが独り立ちするのは立派という考えがあります」
「それは弟子のことでしょう?」
「子どももです。全ての人間が弟子を育てているわけではないので」
「そうなのね」
「父上を説得してください。僕の方で種を撒きました。すでに芽吹いています」
レイディンは何度も魔境にいるアーネストに補給物資を送り、国内に潜む犯罪者が強盗団を結成して補給物資を狙うように仕向けていた。
強盗団を討伐する理由で王都を出発。 国内の犯罪者撲滅に一役買って騎士の忠誠心を強化、被害を受けていた人々に感謝される。
そのまま魔境に向かい、アーネストと合流。
王太子として魔物の脅威と魔境の拡大を防ぐという難題に取り組み、国民の熱い支持と賞賛を集める計画を立てていたことがわかった。
「本当にレイディンはお利巧さんね」
「僕の計画通りになると、第一王子と王太子の第二王子は王都に不在ということになります。国王を支える王家の者は王妃である母上しかいません。特別な処置として、国王代理兼王太子代理になれます。王妃でありつつも、この国を好きにできますが?」
ああ、レイディン……本当に可愛くて天才で素晴らしい息子だわ!
「母上、お願いです。僕のためにも母上のためにもなりなす。説得が難しいなら魅了眼を使ってください」
「仕方がないわね。私の邪魔をしないようにするのよ?」
「母上は王都で国造り無双。僕は魔境で兄弟無双。かぶりません」
「そうね」
私は可愛い息子の可愛い計画を許すことにした。
止めても行こうと思えば行ける。すぐにでも。
そうしないのは、私への愛。
人間らしくて、とてつもなく愛おしい。
「いいわ。レイディンのために魅了眼を使ってあげる。でも、その前に説得できるよう策を練るわ」
「母上らしいです」
私は夫に了承させる計画を立てた。
考え過ぎてどれにするか迷ったので、くじで決めた。
これも人間らしい方法の一つだから。
「話があるの」
執務室で安全で簡単な執務に励む夫のペンを奪い、耳元に囁く。
「私、良い王妃になりたいの。衣装選びや王宮の改装や王都の美化活動ばかりではダメだと思ったのよ」
「そうか。さすがティアラだ」
「慈善活動をするのはどうかと思うのだけど?」
「大変素晴らしい。魅力的なだけでなく、慈悲深い王妃として賞賛されるだろう」
「最近、王宮が暑いでしょう? レイディンの魔力のせいだわ。私、暑いのは嫌なの。貴方の熱苦しいほどの愛は好きだけど」
「私にはティアラしかいない。何もかも捧げたいほど愛している」
だったら、国を捧げてもいいわよね?
「とても嬉しいわ。じゃあ、レイディンに功績を立てる機会を与えてくれる?」
「わかった。適当に手配させる。どんな功績がいい?」
これだからダメなのよ。
適当に手配を命じたら、手配する者にとって都合の良い内容になってしまうでしょう?
「手配はしなくていいの。強盗団が出るらしいわ。アーネストへの補給物資を狙うから、自らの手で制裁したいらしいわ。完膚なきまでに叩きのめしたいのですって」
「レイディンらしい」
「行かせてあげて。強盗団を討伐した功績ができるし、レイディンの苛立ちも減るし、王宮の暑さも和らぐわ」
「しかし、レイディンは王太子だ。王都にいてほしい」
「少しの間だけでしょう? 王都にずっといるだけでは、功績作りができないわ」
「できる。手配すればいい。レイディンは討伐の報告書を読むだけでいい。手柄にできる」
「それではダメなのよ。自分で討伐しないとスッキリしないに決まっているでしょう?」
「レイディンの魔法は強い。犯罪者を消し去るのはいいが、勢い余って王国を消されては困る」
「威力を抑えてくれるわよ」
「わからない。苛立っているのだろう? 大地がえぐられ、焦土と化すかもしれない」
「それぐらいは許してあげて。可愛い息子のためでしょう?」
「私は国王だ。国と国民を守る義務がある」
「面倒だわ」
私は魅了眼を使った。
「強盗団討伐の勅命をレイディンに出しなさい。わかったわね?」
「わかった」
あっさり解決。
せっかくいろいろと考えたのに。本当に夫は私を困らせるのが得意だわ。
でも、いろいろと考えるのは好きだし、すぐに魅了されてしまう夫が可愛い。
「ああ、忘れていたわ。私を国王代理兼王太子代理にして」
「なんだって?」
魅了が切れるのが早いわね。
「私を国王代理兼王太子代理にして。勅命書を書きなさい。わかったわね?」
「わかった」
あっさり解決。
魅了眼はチート過ぎてつまらないのに!
「ティアラ」
夫が私を抱きしめた。
「愛している。命ある限り」
これは魅了のせいではないわよね? もう切れているはず。
「時間を作る。デートしよう」
「どこに?」
「どこがいいだろうか?」
「デートに誘った方が考えるべきではなくて?」
「そうだな。まあ、その前に執務を片付け、デートの時間を作らなければ!」
頑張って書類を確認する夫が可愛らしいため、加速魔法をかけてあげた。
肉体的負担を軽減するための強化魔法もついでに。
「ありがとう」
お礼の言葉とにっこり微笑む表情も加速中。
全然堪能できない。執務なんて邪魔過ぎるわ。
ドアがノックされて、邪魔者が来た。
「失礼します。また加速魔法をかけて執務を……過労で死んでしまわないか心配です」
宰相が私を睨む。
「ティアラを責めてはいけない。私がデートの時間を作りたいからだ」
「書類を置いていきますので」
書類の山が追加された。
親友である国王の過労を気遣いつつ、容赦なく書類の山を置く人物。それが宰相の本性。
「これを」
私は勅命書を二枚差し出した。
レイディンへの強盗団討伐の勅命書と、私を国王代理兼王太子代理にする勅命書。
宰相は不満そうな表情になった。
「嫌な予感がします。セレスティーナが知ったら、ついていくと言いそうです」
「知らないわ。勅命なのよ。すぐに必要な手配をしなさい。それとも、ここに留まって書類の山を片付けてくれるかしら? 愛妻や愛娘との大事な時間が減ってしまうけれど」
「わかりました。国王代理兼王太子代理の王妃様」
宰相はさっさと帰宅したいためにそう言ってドアを閉めた。
溺愛系の類友ね。
私は自身に加速魔法をかけると、国王代理兼王太子代理として書類にサインをすることにした。
国造り無双はサイン無双から。
愛用の豪奢なペンを召喚、複製魔法で増やし、魔力で綺麗に並べた複数枚の書類へサインする。
もちろん、認識魔法で内容も同時に把握。問題がないことも確認する。
息子や弟子に負けるほど、私の技能は劣ってない。
魔人だもの。誰よりも早く多くの書類を確認しながらサインできる。
でも……夫の安全で簡単な仕事を奪っているのかしら?
「ティアラ?」
夫が私を見つめた。
「無理をしなくていい。アーネストも無理をしていた。一枚ずつでいいのに、たくさん片付けようと頑張ってくれていた」
「せっかく魔法を教えてあげたのに、王太子の身分を返上するなんて」
「仕方がない。ペンよりも魔法剣の方が得意だ」
私はおしゃべりな魔剣を思い出した。
「あの剣、壊したいわ」
「壊してはいけない。大変なことになる」
「大変? どうして?」
「秘宝だけに悲報だろう?」
……夫の可愛さに免じて、聞かなかったことしてあげるわ。
私は夫の執務負担を最大限に減らすための国造りをするため、溜まっている書類へのサインをして容赦なく片付けた。
執務を奪うのは仕方なし。
だって、二人でデートするためだものね?
お読みいただきありがとうございました。
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王妃の可愛い弟子や可愛い息子につきましては、「婚約破棄のあとで辺境(魔境)行きになった王子様」の方でちょこちょこ書いています。
ほのぼのさせたいのですが、訳あり難あり謎あり登場人物たちが集まっているのでどうなることか……。
よろしくお願いいたします!