第1話 社畜は女子高生Vtuberです。
ずーっ、ずずーっ。あー、うんま。
『何飲んでるの?』
ん? ミルクコーヒー。おいちい。
『俺らだけブラック飲まされてるぞ』『甘い汁吸うな』『不公平』『訴訟』『責任取ってにがり飲め』
にがり飲むのは地獄だろ。腐ってもあたし、死に体だぞ?
……あれ、コメント止まった? 返事がねえ。ただの屍のようだ。
うわー、再起動じゃんめんどくさ。ちょっとアプリ起動してきまーす。
ちょっとまってよー。えーと、再起動っと。どう?
『重すぎワロタ』『配信止まった』『嘘だと言ってほしい』『え、これどうすんの? 言って大丈夫なの?』『最後まで聞きます』
おお、動いた。良かった。
いやー、聞くに堪えないと思っている人にはごめん。
けど、あたしのリスナーになってくれた以上、多少はあたし以外のVに興味持つ人も増えるだろうからさ。少しだけ心に留めておいて欲しいんよ。
つっても、これはあくまで個人的な主観。
決して他のVが同じように思ってるとは当然限らないからそれだけはちゃんと伝えておく。
こういう風に言ってないと必ず、お前はV代表か? とか、人それぞれ考えは違うでしょ。とか当たり前の事言ってくる奴がいるからさ。
『一定数いる』『面倒な界隈だと思う』『揚げ足取る奴はどの世界にもいる』『普通はそんなこと考えないんだけどね』
ほんとそれな。
まず、個人勢Vtuberってどうしてもパゥワが人並みなの。
だから絵を通して画面越しのお前らに会うのが主流なわけ。ある程度のパゥワがないと歩き回るどころかジャンプもできない。
『パゥワ』『パゥワ』『パゥワうっぜ』『パワーイズマネー』『マネーのこと、そんな風に言うなw』『言い方w』『顔面きっしょ』
最後だけ関係ないよね? 最後の言葉マジでいらないよね?
と、とにかく。
そうなる以上、人ってのはどうしても自分に似たもの、同等なものに命の重みを感じるからさ、あたし達のようなアニメチックな見た目……ましてや平面だと、より人以外の何かとして見られやすいんだよね。
結果Vtuberは病んじゃうし、不幸な出来事は起きるし、認知の歪んだバカが暴動を起こして止む無く活動を停止することもある。
結局は全て相手が同じ人間、もしくは心ある存在だと理解できていないからそうなるんだと思う。
どんな見た目だろうが、どんな形をしていようがそこには確かに命がある。
言葉が通じないからとか、見た目が違うからとかそんな理由で誰かを虐げちゃいけないんだよ。
『最近そんなことある?』『昔の話じゃね?』『昔はやべかった』『今もあるくね?』
そそ、残念ながら今もあるんだよ。
今、SNSでどれだけ誹謗中傷が行き交ってると思う?
Vtuberに限らず、自分の気に入らない奴攻撃しては上手い事言ったったとか思ってる奴、腐る程いる。
多分レイドバトル感覚なんだろ。自分達の気に入らない奴がいて、そのくせ自分よりも力やら魅力やらがある目の上のたんこぶ。だから結託して敵を倒す。そんな風に思ってるんだろうな。
お前らが相手してるのは文字や絵、アニメのキャラじゃないのにな。
歴とした人間なのにな。
少なくともあたしを知ってくれた以上、そんな闇落ちはさせたくないし、そもそも見たくない。
だからマジで無理だと思った奴は今すぐソイツを視界から消せ。そいつに時間使うのはもったいねーからよ。
『了解です!!』『気を付けよ……』『何故に今?』『最後は真面目系?』『楽しいことしようぜ、真面目なのは社会だけで十分』
ま、釈迦に説法って奴だよな。すまん、念押しする必要はなかったか。
と、ここまでは世知辛い世間話。
最後の配信はよ、あたしがVtuberを始めて今に至るまでの話をしようと思っててん。
さっきの話を踏まえたうえで話を聞いてもらった方が面白いと思ってさ。どうよ?
『アリよりのアリ』『マジのあり』『お前の話、聞かせろよ』『重苦しい空気を消し去っていけ』
オーケー。
じゃあ、こっからはなんであたしがVtuberになったのか話したいんだけど、聞いてもらえる?
『聞いてやる』『任せろ』『早く聞かせろ』『3行で頼む』
ごめん、3行は無理。
まず、「あたし」がバーチャルにやってくるまでの経緯を話そうか。
この広いバーチャルに来るまではあたしもしがないサラリーマンやってた。
大学を卒業して就活でそれなりに苦労して、そこそこの会社に入った。
そこではSE――いわゆるシステムエンジニアとしてシステムを作る役割についたり、システムの設計したり、実際にプログラム組んでみたり色んなことさせてもらった。
『上流やってたの?』
ちょっとだけかじったな。お、上流知ってるとはお前もさてはプログラマーのはしくれだな?
そうだな。
皆に説明すると、上流とは上流工程の事をいってシステムを作る為の企画を立てる作業のことを言うんだ。
厳密には要件定義とか構成管理とかいろいろあんだけどよ、とりあえずシステムの根本を計画して、そっから細かく作業分担して、設計してプログラムを組むんだよ。
そういう流れでSEやプログラマーは各々のタスクを終わらせて、最終的に出来上がったシステムをリリース。
つまり、お前達がよく使うスマホアプリとか色んな機関で活躍するシステムとして使われていくんだよね。
『はえー』『そうなんだ』『そうそう』『そうなんだよ』『リリースしてからが地獄』
それはほんとそう。
まあ、SEになるとそういう世界にぶち込まれるんだけど、ここまで偉そうにいっておいてなんだけど、あたしはそこまで優秀じゃなかった。
上流に触れる機会なんてあまりなかったし、かといってプログラマーとしても足引っ張ってません程度だった。
一言で言うなら普通って奴だな。だから、スペシャリストでは決してなかった。周りはエリートばっかりだったけど。
『エリートに囲まれてんだったら、お前も実は……』
そんなことないと思うぞ。毎日怒られてたしな。仕様が雑過ぎるとか、設計が甘いとかバカほど言われたもんなあ。
と、まあそんな凡才なあたしは競争が激しいエリートの巣窟で見事落ちこぼれて、結局雑用係になったんだよ。書類整理なら任せろ。
『お前も結構な苦労してんだな』
うーん、一概には言えん。あたしにはエリートの中に居る奴らの方がよっぽど辛そうに見えたよ。
性格終わってる奴とか、自分にしか興味ない奴とか、逆に聖人君子みたいな奴もいたけどよ、皆飲み込み早すぎるから常に比較され続ける。そんな中で一定の成果を出さないといけないから、心労は絶えないだろうよ。
『お前、ひょっとしてたかしか?』
誰だよ、たかしくんって。
そんな出世競争に加われもせず、加わりたいとも思えない絶食リーマンな自分にがっかりして、何かもう全部投げ出しちゃいたいなー。異世界転生したいなーって思ったわけよ。
『ひょっとしてお前、異世界転生者ァ!?』『チート使いなのか!?』『マ? 転生マ?』
そう、流れ着いたのはココッ、バーチャルの海!! ごめん、地球儀のってねーわ。
で、そんな地図にものってない世界に行きたかったあたしは、じゃあどんな自分になりたいかって考えた。
何のとりえもない自分が掲げる理想って奴が何かを探したんだ。
『その理想にはなれたの?』
なれた、確実に。
『それは良かった』『お前の努力だよ』『ずっと頑張ってきたもんな』
めっちゃ褒めてくれるじゃん。そう言ってくれてうれしい。
意味もなくだべって、社会のしがらみなんて忘れて、ただ目の前の楽しさだけの為に時間を消費する――青春ってやつを経験できるのは高校生だと思った。
だから最期の1年くらい、そんな人生を生きてみたい。
そうして、あたしは雀田まりんになった。
そのお陰でさ、ほんっと時間が過ぎるの早くてさ。
いや、忙しすぎてどうとか以前に楽しすぎて気づいたら時がすっとんでるのよ。
そういう日を繰り返していると、Vtuberになりたいと思った日が昨日のことみたいに感じられてさ。
『お前に会えてよかったとは思ってる』『お前がいなかったら俺、ここにいなかったかもしれんし』『貴女の事を知れてよかった。感謝してます』『くそぉ、視界がぐちゃぐちゃだあ』
泣かせんなよな、バカヤロー。声きもくなっちゃうだろうが。
『泣くなよ』『泣いてるのお前だけ』『草』『草』『臭』
あたしの感動を返せ。おまえら全員消毒してやろうか。いや、してやる。
ま、お前らには本当に感謝しているよ。
こうして会えなくなるのは言葉に出来ない位寂しいけど。
『体調どうにかしてまた毎秒配信しろ』『会えなくなるとか決めんな。諦めないからな』『また帰ってくるって信じてるからな』『俺達の仲はお前の病気にはまけねえから』
……やっべ、滝みたいにコメント流れてら。あたしゃ、本当に幸せ者だな。さっき引っ込んだ涙が返ってきちまうよ。
『もっと早く会いたかった』
そう言ってくれるのはマジで嬉しい。
こんなどうしようもないあたしだけどさ、こうして出会えたのも何かの縁だと思うし。残せるものは残していこうと思ってるからさ。
楽しんでってくれよな。
30歳女子高生Vtuber、最期の配信を。