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聴麗母懐 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーん、こいつがASMR動画というものか。いやはや、環境音だけじゃなくてキャラがしゃべるものだと、結構有名どころの声優さんも出演しているんだねえ。

 昔からボイスドラマのたぐいはよく聞いてきたけれど、癒し関係でこのようなものが開発されるというのは、時代の流れを感じるよ。ひと昔前にクラシック音楽をレコードで何度も流していたのが、こう変遷したんだと思えばね。


 ふふ、でもこの人の場合だと、そこかしこでキャラ声が失せて馬脚を表しちゃっているけど。

 この人、普段は高音のイメージがあるから低音ダウナーキャラはしんどかったんじゃないかな? カラオケのシチュエーションで、キャラ声のまま歌うのは難易度高そうだしね。


 自分がいいなと感じる曲、ひいては音。どうしてそう感じるのか、君は考えたことはあるかい?

 僕が昔に体験した話なんだけど、聞いてみない?



 据え置きの家庭用ゲーム機といえば、当時の僕たちにとっては重要なコミュニケーションツールだった。

 インターネットも携帯電話も普及していない時代、学校などで顔を合わせれば攻略情報を交換。放課後の遊びにはみんなでひとつ部屋に固まって、誰かのプレイを酒のさかなならぬジュースのさかなにして、指示ややじを飛ばす。もしくは自分が飛ばされる側に回る。

 そうそう感じられない一体感と、心地よさがそこにあったな。そりゃ親からしてみると、外で身体を動かしなさいと、お小言だっていいたくなる。

 果てしなく広がる空の下で騒ぐのと、限られたスペースしかない一室で騒ぐのとでは、うるささの度合いが違う。その密度の濃さに、どこか儀式めいた危うさも漂うかもしれない。

 それがテレビひとつと、ちっこい機械ひとつで起こるというなら、そりゃヤバさを感じる人がいてもおかしくないさ。



 でも、先にも話したように、僕たちにとってはコミュニケーション手段。ヘタに後れをとると、そのまま話の輪に入れなくなることもあり得る。

 逆について行けさえすれば、話題に困らない安全牌。その準備に抜かりがあってはならない。今日も今日とて、僕はゲームプレイにはまっていた。

 最近のクラスでのはやりは、ロールプレイングゲーム。基本となるストーリーはあるものの、寄り道要素もまた豊富。それなりにやり込んだと自負しても「え? そんなイベントあった?」などと、聞き返すことがままあるほどだ。タイミング的に取り返しがつかず、セーブデータの予備もなかったら、その嘆きたるや筆舌に尽くしがたい。

 情報が簡単に手に入らないご時世。ゆえに得難い経験のため、僕たちはじっくりとゲームの世界をめぐっていたよ。


 そして僕はその日の午後、ゲームの佳境で手に入る乗り物を得た。

 この乗り物のためのみに、専用BGMが用意されているという力の入れっぷり。部屋の外では母親が掃き掃除をしている音がするも、それすらうっとおしく思えてテレビのボリュームをあげてしまう。

 僕は昔からオーケストラより、この音数の少ないピコピコ音が好きでね。いかにもゲームという感じのチープな曲にはまっていた。特に今回の専用曲は、これまででも屈指のストライクゾーンだったんだよ。


 何周ほど流し聴いただろうか。閉め切っていた部屋のドアが、とうとつに開かれる。

 母親だった。ほうきを片手に立つ姿に、僕は身構えてしまう。

 いつも、ゲームに関していい顔をしていないからだ。コミュニケーションツールだと理解を得られなければ、おそらく買ってくれなかったと思う。

 以前、音をおおいに響かせてプレイしていたら、かけていた掃除機をわざとらしく近づけてきて、ゲーム機を揺さぶり、リセットしてきた記憶がある。

 いかにも不可抗力をよそおった振る舞いに、僕の怒りと警戒心は一気に高まったね。


 ――また難癖つけるように、ゲームを中断させてくるのか?


 あえて気づかないフリをしながら、僕はさっさとセーブを済ませてしまう。

 けれど、しばしアクションを起こさずにいた母親から、意外なコメントが。


「――それ、けっこういい曲ね」


 耳を疑って、つい母親の顔を見ちゃったね。ここ数日前から浮かべる、眉間にしわが寄るような、険しい表情をさ。

 いつもなら平然と部屋へ入ってきて、ところかまわずほうきで履いていきそうな母親が、そのほうきの柄に手を当て、でかいおはちを頬杖つくようにそこへ乗せながら、曲へ聞き入っている。

 息子の僕にはギャップが印象に残りすぎた。同時に「ゲーム音楽ってスゲー!」とも思ったし「いざ母親が邪魔して来ようとしたら、これ聞かせればいいんじゃね?」とも思ったよ。

 それ以来、僕は母親が部屋のそばを通りそうな気配を見せると、どうしても抜け出せないダンジョン攻略以外、できる限り例の乗り物へ乗るようにしていたよ。

 実際、曲を流している間、足音が不自然にドアの前でしばらく止まることもあったしね。効果がてきめんと思いつつも、早くどこか行ってほしいなあとも思ったし、難しいものだよ。


 それから何日も過ぎた夜のこと。

 僕はいよいよラストダンジョン攻略の段と来たものの、難易度がべらぼうに高くて、足踏み状態だった。

 当時は難易度が高くて、宝箱ひとつ回収するまでにも全力全開。即撤退して体勢を立て直してから再トライなどザラだった。

 とにかくえぐい敵のオンパレードで、下手に不意打ちを食らえば、一回の戦闘であわや全滅に追い込まれるバランス。乱数に祈りをささげることしばしばなほど。

 自然と伸びるプレイ時間。それはついに就寝するべき時間に食い込み、いよいよ母親からとっとと寝ろとの指示が出る。

 今回、落ち度は僕にもあった。従わないわけにはいかない。けれど、試行回数を減らされればクリアはますます遠ざかるだろう。


 ――寝るのはあくまで戦術的撤退。適当なところで起きて、夜中から朝までの間もやる!


 そう決意すると、不思議と夜中でも目が覚めるもの。

 ひと眠りして、起きた時には草木も眠る丑三つ時。家族の誰もが寝入っている時間帯での覚醒に、しめたとばかり足音を忍ばせて、僕は寝床を抜け出したんだ。


 

 ところがだ。

 いつもゲームをしている居間から、かすかに明かりが漏れている。

 部屋についている、傘付きの電灯とは違った。天井からではなく、横から漏れる光。なおかつ青白い光は、テレビの液晶がもたらすそれだったんだ。

 そして聞こえてくるのは、例の乗り物の曲……とくれば、誰がいるかも見当がついてしまう。


 すき間からそっとのぞく僕は、ゲームをテレビにつなぎ、乗り物に乗った状態のまま放置している母親の姿を見た。

 コントローラーも放り出したまま。その前に背筋を伸ばして正座し、動かずに画面を見つめる母親の姿は、およそゲームをプレイするものとはほど遠い。

 いささか見くびっていた僕は、驚かざるを得ない。曲を聴くためだけに、ここまでするかと、つい息が漏れそうになるのをどうにかこらえたよ。


 そのままで居続けてくれるなら、まだ良かったろう。

 やがて母親は、耳を塞ぐような動きで両方のこめかみを手のひらで押さえつける。そして円を描くように、ゆっくりとさすり出したんだ。

 もみあげを含めた、周りの髪たちもつられて一緒に渦を巻き始める。乗り物の曲をバックに、こすり合わさる音が添えられて、僕がいぶかしみながらも様子をうかがっていると。


 ぴょんと、不意に母親のつむじあたりから、飛び上がる影があった。

 テレビの光に照らされるその形は、ごくごく小さい。けれど、見覚えのあるものだった。

 頭と四肢、それらを生やしてつなぎとめている胴体……人間の赤子、そっくりの姿に見えたのさ。

 影はいったん、テレビの上へ降りる。やがてもうひとっとびすると、テレビの裏手。部屋の奥の、開けっ放しにしている窓の向こうへと消えてしまったんだ。


 どうにか声を漏らさずにいられたけど、もたついてはいられない。

 影が消えると、母親はこめかみに当てた手をすぐゲーム本体へ伸ばしたからだ。「切られる」と思った時には、もう僕は背を向けていたよ。それを裏付けるように、背後からの曲もプツリと途絶えた。

 足を忍ばせ帰り着いた自室で、僕は眠れない夜を過ごす。

 結局、ほどなくして母親が部屋へ戻っていったらしい、小さな足音以外に別の音は聞こえてこなかった。

 けれど、いつもかけていた目覚ましの通り、布団から出て平静をよそおう僕は、台所で母親を見て愕然とする。


 大きかった頭が、だいぶほっそりしている。そのうえ、ここ数日のしかめ面がいくらかやわらぎ、笑みさえこぼれてきそうな雰囲気。

 ルンルン気分で皿を並べていく母親に、僕はつとめて冷静に、「なにかいいことあった?」と突っ込んでみる。


「そりゃねえ、胸のつかえがとれたから」


 調子よく配膳を続けていく母親を、できる限り気にしないよう、僕はそばに置いてあった朝刊を広げる。

 いつもテレビ欄しか見ないのに、今日は中ほどを適当に開いた。自分の顔を少しでも隠したいと思ったからだ。

 記事越しに、どんどんとテーブルに置かれていくだろう皿の音。「召し上がれ」の声と一緒に新聞を畳む僕だけど、そうして解き放たれた耳へ、待っていたかのように注がれる言葉。


「あの曲、抜群の胎教だったわ」


 え? と向き直った時には、もう母親は父親へのお弁当を詰めていて、こちらを見やることはしなかった。

 それからもう、あの曲を聴いて手をゆるめることなく。母親はひと回り小さくなった頭のまま、またゲームへ良い顔をしなくなってしまったのさ。


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