第三話
「――それで君は神具である“光輪の槍”を破壊したと冤罪を着せられて、追放されたという訳か」
隣国、エムルエスタ王国への道中――私はサイラス殿下にこれまでの経緯を話しました。
彼は真剣な顔をして話を聞いてくださり、腕を組んで何かを考えるような仕草をします。
「信じられんな」
「えっ?」
「そのミゲルとやらが神具を破壊したということだよ」
「……そ、そうですよね。普通は聖地を守る公爵家の者が神具を破壊するなど――」
「いや、そこではない」
サイラス殿下はミゲル様が神具を壊してしまったことについて、信じられないと言われました。
私も自ら結界を壊すような真似をするなどあり得ないと思ったので、それに同意すると、殿下の気になった点はそこではないみたいです。
「本来、神具には神の力が宿っている。ならば、人間ごときの力では決して壊れぬくらいの頑強さはあるはずだ。それが簡単に壊れたことが信じられん」
「しかし、実際に結界は消えて、神具は見るも無惨な状態に……」
「恐らく、もう壊れかけていたんじゃないか? リルア殿は莫大な魔力を放出して結界を張り、さらに結界を維持するためにも常に魔力を放出していたと言っていたが、神具を使ってそこまで疲労困憊になっていたのは明らかにおかしな話だからな」
なんとサイラス殿下は神具が元々壊れかけていたと推理します。
確かに、結界を張った後の疲労感や常時魔力が吸い取られる感覚は異常だったかもしれません。
私は聖女とはこういうものなのだと、納得してしまっていましたが。
「確かに壊れかけていた可能性はありますね。結界が解けてから体の調子が良くなりましたし。……それが神具が壊れかけていた影響だとしたら」
「しかし、その結果……君はその規格外の魔力を得たという訳だ。定期的に行われる大量の魔力の放出と常時行われる魔力の微量放出。これは遥か昔に神子を生み出すために作られた儀式に近い」
「神子……ですか?」
急に神子を生み出す義式という言葉を口にしたサイラス殿下。
神子とは文字通り神の子のことですが、伝説では神に匹敵する魔力の持ち主だと聞きました。
そんな人間はいるはずがないので、伝説だと思っていましたが、それを生み出すことが出来るなんて信じられません。
「魔力の限界を常に超えるように命懸けで修練を積むのだが、適性がない者は断念するか死ぬ。リルア殿の成していた聖女としての務めはそれに極めて近いのだ。実際に結果として神子クラスの魔力を得ているし、な」
確かにあのとき放ったアイスニードルは以前と全く違う、異次元の威力でした。
私の魔力が上がっている? それも信じられないくらいまで……。
祈ることが出来なくなり、聖女でなくなった代わりにこんなにも大きな力を得ることになるなんて……。
「そこで、だ。リルア殿には神子クラスの魔力がある。ぜひ、我が国の宮廷魔道士として腕を振るってくれないか? エムルエスタ王家直属という立場になる。アストリアの公爵家といえども手は出しにくくなるはずだ」
「――っ!?」
突然のスカウト。
サイラス殿下は私に王家直属の宮廷魔道士になってほしいと仰せになります。
まさか、追放されてすぐにこんなことになるなんて思いもよりませんでした――。
◆
サイラス殿下に連れられて、エムルエスタ王国の宮殿にやって来たのが一ヶ月前。
きらびやかな造りの宮殿にも驚きましたが、サイラス殿下の用意した私の家にも驚きました。
『あの、これはお城ですよね?』
『いや、リルア殿に用意した屋敷だ。ちょうど家主が隠居することになってな。空き家だったのだ』
『……お、大きすぎますよ。大聖堂の三倍以上です』
案内されたのは小さな城と言われても納得してしまうくらいのお屋敷。
どうも、国王陛下の弟君にあたるファルマン公爵が住んでいたらしいのですが、公爵は田舎に引っ越したのだとか。
『自らの巨大な魔力を飼いならす為には広い庭が必要だ。今、リルア殿には神子クラスの魔力が宿っているのだからな』
私の体に宿っている魔力はいつの間にか膨大な量になっていました。
それだけ結界を維持することが大変だったことを意味しているのですが、まさか毎月結界を作ってそれを維持するだけでこんなにも大きな魔力が――。
『それならば、先代聖女である公爵夫人も同じくらいの魔力が?』
『いや、先代聖女は体調不良が原因で聖女を辞めたのだろう? これは俺の推測だが、その頃から神具が壊れかけており、結界を作るのに膨大な魔力を消費するようになったのではないか?』
よく考えてみれば、先代の結界は魔物の弱体化ではなく、魔物の侵入を完全に防いでいたとのことでした。
そして、先代はある日、結界を張ろうとした瞬間に体を急に壊して引退を余儀なくされた。
サイラス殿下の仰るとおり、神具はすでに壊れかけていたのかもしれません。
そもそも、神具自体は人間の手で簡単に壊せるものではないみたいですし。
ということで、私はこの屋敷の中庭で宮廷魔道士として魔力をコントロールする訓練に明け暮れたのです。
「炎の玉ッ!」
自分の身長の2倍弱くらいの大きさの魔法陣が生成されて、巨大な火球がズドンと撃ち出されます。
修行して分かったことは、間違っても中級以上の魔法を使ってはならないことです。
初級魔法のファイアボールでこの規模――中級魔法のフレイムインパクトなど使えば、辺り一面が火の海です。
攻撃魔法は苦手なので、上級魔法は未だに習得していませんが、もし使うことが出来るなら、地形を変えてしまうことでしょう。
「全体回復魔法ッ!」
魔法陣を広げて、陣の中の人々を癒す私の得意な治癒魔法。
得意分野は更に膨大な魔力の恩恵を得ているらしく、エクストラ・ヒールの効果範囲は王都全体まで及びます。
「すっかり、癒やしの神子様って感じだな」
「からかわないで下さい。私はそんな大層なものではありません」
「そんなことない。王都中、奇跡を起こす神子様の噂で持ち切りだ。すまないな、利用しているみたいで」
「いえ、住むところを提供していただけた恩返しとしてはまだまだ足りません」
エムルエスタ王都では私のことを奇跡の神子、癒やしの神子、と呼んでいる方がいるみたいです。
もう祈れなくなってしまい、聖女として生きる意味を失ったと思っていたのですが……誰かの役に立てるということは良いですね――。