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第二話

 ダークドラゴン――結界が失われたとはいえ、とんでもない魔物が姿を見せました。

 かつて幾つもの町を火の海に変えたという、巨大な龍を目の前にして、私も憲兵たちも足が震えています。


 追い払う……、にしても私も魔法の心得はありますが、聖女を目指す手前、癒やしの魔法や結界魔法に特化しており、攻撃魔法は不得手でした。

 いけません。口から炎を吐こうとしていますね。

 結界を張るには時間がかかりすぎますので、氷魔法で何とか威力を和らげるしかありません。


「グオオオオオオオン」

氷の刃(アイスニードル)ッ!」


 一か八か。ダークドラゴンの口の中をめがけて、私は氷の刃を放ちました。

 ちょっとでも、炎の勢いが弱まれば……スキを見て逃げ出して――。


 あ、あれ……、妙に静かですね。


「り、リルア様……! な、なんという威力の魔法を……」

「まさか、ダークドラゴンの首を初級魔法のアイスニードルで吹き飛ばすなんて」

「魔法の素養は随一と聞いていましたが、治癒魔法と結界魔法のことだけかと思っていました」


「ええーっと、こ、これはどういうことでしょうか……」


 目の前には首から上がなくなってしまっているダークドラゴンが鎮座していました。

 多量の青色の血の雨を降らせながら、グロテスクな光景が見えています。


 牽制しようと放ったアイスニードルでダークドラゴンの首が吹き飛んだですって? あの鋼鉄よりも硬いと言われているドラゴンの鱗を貫いて――。


 いえ、そんな威力があるはずがありません。

 今まで私は修行で何度もアイスニードルを放ったことがありますが、子犬くらいの大きさの氷の刃が飛び出るだけでした。


 でも、魔法を放つ瞬間、いえ正確にはミゲル様に糾弾されたあたりから、体が妙に軽くなった実感があります。

 ですから、先ほど魔法を放ったときも手応えがなさすぎて驚いたくらいなのです。


「ガオオオオオオオ!」


「しまった!」

「もう一体いた!」

「さっきよりもデカイかもしれない!」


 なんともう一体、ダークドラゴンが居たみたいです。

 地鳴りがするほどの唸り声。確かに先程のドラゴンよりも大きいかもしれません。


 もう一回、アイスニードルを……。


「――お嬢さん。いいもの見させてもらったし、あれの相手は俺に任せな」


「――っ!? えっ? あ、あなたは……」


 男性が、低く透き通った声で囁いたかと思えば、私の肩を叩いて、ダークドラゴンに向かってジャンプします。

 満月に照らされたその銀髪は月色に染まり、妖しく輝いていました。

 

 ――食べられてしまう。


 私はそう思ったのですが、驚くべき光景を目撃してしまいます。


 一刀両断……!?

 彼の振り下ろした大剣はまるでカステラにナイフを落としたかのように、ダークドラゴンを真っ二つにしてしまったのでした。


 人間業ではありません。

 鋼鉄よりも硬いダークドラゴンの鱗を簡単に両断するなんて。


「こちらの国の結界が急になくなったから来てみたら、大物が暴れているときた。君も凄いな。まさか、ダークドラゴンをアイスニードルで倒すなんて、驚いたぞ。ははっ……!」


 上機嫌そうに笑いながら剣に付着した血をハンカチで拭う銀髪の男性。

 エメラルドのように輝く瞳は、どんな宝石よりも美しいと感じました。


 こちらの国と言っているということは彼は他国の人間なのでしょうか……。


「殿下! サイラス殿下……! 駄目ですよ! 勝手にアストニア領に入ってしまわれては!」

「ふわぁ……、もう夜も遅いし、寝る時間。サイラス殿下、さっさと帰るべき……」


「おおっ! 悪かったな、ジューダス、アーニャ!」

  

 ええーっと、今、駆け寄ってこられたお二人はサイラス殿下と言っていませんでした?

 ま、ま、まさか。この銀髪の男性はエムルエスタ王国の王太子殿下――サイラス・エムルエスタ殿下……!?

 隣国の王太子がなぜこんなところにいるのでしょうか――。


 ◆


 サイラス殿下と呼ばれた銀髪の男性は、追ってきた二人の男女に勝手にアストリア王国に入るな、と言われています。


「ごめん、ごめん。つい、大物を見つけて危ないって思ったからな。それより、聞いてくれよ。こちらの――、あれ? そういえば、名前を聞いていなかったな。俺はサイラス・エムルエスタ。こう見えてもエムルエスタ王家の者だ」


 彼はやはりサイラスと名乗り、灰色のマントを捲り、襟に縫い付けられているエムルエスタ王家の紋章が刻まれた金バッジを見せます。

 王家の者しか持たない特別な金バッジ。偽物の可能性は低いでしょう。

 しかし、一体、なぜ……、こんなところに。


「リルア・サウシールです。訳あって、アストリア王国から追放処分を受けており、現在はその道中です」


「おおーっ! リルア・サウシールの名前は知っているぞ。アストリア王国の聖女じゃないか。なるほど、なるほど。それで、あの馬鹿げた魔力を持っていたのか」


 どうやらサイラス殿下は私のことを聖女だと認知してくれているみたいですね。

 私などの名前が隣国にまで届いているとは思いませんでした。

 あれ? そういえば、追放処分された話をスルーされたような……。


「で、殿下、その聖女様が追放されているとは、只事ではない気がするのですが」


 気弱そうな黒髪の青年が小声でサイラス殿下に私がワケアリそうだということを話しています。

 なんだか、苦労されていそうな方ですね……。


「んー、追放か。なるほど、結界が無くなったことと関係しているのかい? あの国一つを覆い尽くす巨大な結界は君が張っていたのだろ?」


「そうです。神具の力を借りて、張っていました。……しかし、神具は破壊されてしまい、その罪を擦り付けられた私は追放処分に」


「んっ? なんだそれ? 詳しく聞かせてくれ」


「は、はい。ええーっと――」


 擦り付けられた、と話すと殿下は私の両肩を掴み詳しい事情を説明してほしいと仰せになりました。

 私はつい、先程の理不尽を全部話してしまいます。

 たった今、会ったばかりの王太子殿下が信じてくれるとは思いませんでしたが……。


「あーあ、そのミゲルさんとやら。やらかしたぞ。神具による結界が無くなったら、さっきみたいなダークドラゴンのような魔物が元気になる。……お前たち、アストリアの憲兵なんだろ?」


「「は、はい!」」


 話を全て聞き終えたサイラス殿下は事態を重く見たのか、渋い顔をして憲兵たちに話しかけます。

 私の話したこと、全て信じてくださるのでしょうか……。

 

「至急、アストリア王国の防衛を強化するように、聖地を管理している公爵殿に進言してくるんだ。急がないと、甚大な被害が出るぞ。リルア・サウシールはこのサイラス・エムルエスタが王宮で責任を持って保護する!」


「「――っ!?」」


 サイラス殿下は憲兵たちに急いで防衛を強化するようにミゲル様のお父様である公爵様に伝えるように命じました。

 確かに由々しき事態です。結界を張っていた私自身もあのような魔物がこんなにも早く姿を見せるとは思いませんでしたから。


 それにしても――。


「サイラス殿下は私を保護すると仰せになりましたか? 追放処分を受けたというような私を」


「だって、それは不当なのだろう?」


「いえ、それはそうなのですが。信じて下さるのですか?」  


 話を鵜呑みにして、保護すると断言された殿下に私は驚きました。

 もしかしたら、私が嘘を言っているかもしれませんのに。


「ダークドラゴンから必死に憲兵たちを守ろうとしていた君が嘘を言うとは思えない。安心してくれ。エムルエスタ王国は君のことを歓迎する!」


 力強くて、それでいて温かい言葉でサイラス殿下は私のことを迎え入れてくれると仰せになりました。

 信じて頂けることがこんなにも嬉しいなんて、今日まで知らなかったと思います――。

 

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