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オタク喪女、質実剛健バスケ部イケメンに恋をした

作者: 諸王Ω

 あーネイル落としてくればよかった。

 切実に今そう思う。



 今日は調理実習だった。

 私の担当は家からお砂糖を持ってくる人。私はタッパーに入れた白いそれを意気揚々とボウルの中にぶちまけて混ぜていた。

「鳴尾、それ混ぜるの疲れね?俺暇だし代わるよ?」

「え、いいの?ありがと」

 同じ班の佐々木くんは今日も親切で素敵だ。スッキリした短髪に涼やかな目元、形の整った耳。身長180センチを超える彼はバスケ部のレギュラーで、休日の試合でもさぞ活躍してそうな雰囲気を醸し出している。陽キャ・オブ・陽キャ。

 ボウルの中の黄色い粘土状の何かをぐりぐりかき混ぜる佐々木くんの腕は、捲られた袖の先からそそり出て、青い血管が浮き出ていた。

「腕、太いね。血管すごい、浮き出てる」

「おう。鍛えてるから」

 堅物体育会系好青年の模範的な解答だと、私は思った。


 佐々木くんは料理に慣れているわけではなさそうだったが、筋は悪くないように感じた。ボウルの中身を混ぜ終えると、他の女子がキャイキャイとホットケーキを焼いているのを尻目に、もう使い終わった器具の洗い物を始めた。

 そういうところに目が届く男子、ナイスだと思います。はい。

 私は親が共働きで帰るのが遅いこともあり、同年代の中ではかなり料理をする方だと思う。ご飯を作りながら、並行して洗い物を片付けていく、このマルチタスクが私はたまらなく好きだ。

 腕まくりをしてスポンジと洗剤を駆使する佐々木くんの腕に、これまた見事な青い血管が浮き上がっていた。

 はあ、まじ眼福です。ご馳走様です佐々木くん。


 焼き上がったホットケーキは非常にしょっぱかった。

「なんで!?」

 班のみんなは、予想外の出来事にひどく狼狽していた。

「あ」

 私は持参した空のタッパーを手繰り寄せると、中にへばりついていた白の粒々を指で掬ってぺろっと舐める。

 しょっぱ。これ、塩だわ。

「ごめん塩だった」

「ええ!?そんな漫画みたいなことある!?」

「ドンマイドンマイ!てか意外に食えないことも無いことも無いかも!いやマジで!」

「いやーウケるわww 後でストーリーに上げるからこれと美奈の写真撮らせてww」

 私の告白に、なんかみんなピーチクパーチク騒ぎ出した。みんな楽天的で結構なことだね。悪いのはたぶん私だけど。て言うかもっと言うと、悪いのはこれを持たせた私のお母さんだ。

 佐々木くんはというと、表情を変えずに塩辛ホットケーキをもぐもぐ食べていた。

「これ、しょっぱいのか?全然気づかなかったわ」

「嘘でしょ?私が言うのもなんだけど、これ結構ひどい味だよ」

「そんなもんか。食えないんだったら俺が食うぞ」

「いや、責任とって自分の分は食べるから」

 私の班の惨状を見かねた家庭科の水谷先生が、あらまーもーもーまーまーと唸りながら蜂蜜をたくさん持ってきてくれた。ホットケーキのしょっぱさがより蜂蜜の甘さを引き立て、結果的には美味しい思いができた気がする。




 今日は文化祭の準備だった。

 うちの高校では文化祭1週間前から体育会系部活動は自粛気味になり、屈強なアスリートたちがクラスの出店準備に加わり始める。

 ガチ目の文化系部活(吹奏楽とか演劇とか)の人はそっちの準備で忙しいので、クラスの出し物をここまでコツコツと準備してきたのは、ユル目の文化系部活(茶道とか写真部とか)の人間か、私のような帰宅部の人間なのである。

「今まで任せきりでわりい!今日からよろしく頼むわ!」

 放課後に入ったとたん、爽やかな声が教室に響きわたる。

 佐々木くんは案の定今日も素敵だ。

 仕方がないこととはいえ、クラス準備に全く今まで現れなかった体育会の面々に、我々コツコツ準備組はやっぱりいい感情は抱いていなかったけど、佐々木くんのこの一言と、それに続く野郎たち(もちろんアスリート娘も含む)「おなしゃす!」「っす!よろ!」という気持ちのいい鳴き声に、なんか心も洗われてしまった。

 陽キャの正面突破に陰キャは弱い。すぐに尻尾を振る。

 周りでは既に同志陰キャたちが、助っ人外国人枠陽キャたちに「何したらいい?」「これどうすんの?教えて!」などと懐かれてヘラヘラしている。全くもって嘆かわしい。


「鳴尾も今日まで毎日準備してくれてたんだよな?ありがとうな」

 いきなり視界に至近距離で現れる佐々木くんマジ心臓に悪い。私にとって致死量です。

「あ、ううん・・・。私あんま何もしてなかったっていうか・・・」

「そんなことないだろ。装飾のデザインとか仕切ってるって聞いてるぞ」

「いや、そんな大層な・・・デザインって・・・」

「鳴尾って絵うまいよな。ノートの表紙とかに描いてる先生似顔絵とかすげえ」

「ぎゃ、見てたの」

「見えたんだよ」

 佐々木くんは腕まくりする。青い血管は今日も快調にドクドクしていて今にもはち切れそうだ。

「わりいけど俺も何していいかさっぱりで。何か手伝わせてくれ!」

「あ、うん、わかった。それじゃ御利益大明神の髭のパターンでどれが良さそうか意見が欲しい。あと東ティモールと南スーダンの民族衣装をモチーフにしたエプロン作り途中なんだけど、もし現地の人が来たら伝わりそうかどうかも」

「うん?うちの出店って大正ロマン喫茶だよな?」




 なんとなく感じていたが、私はどうやら佐々木くんのことを好きになってしまっているらしい。

 こんなナイス陽キャが毎日視界に入って、意識しないほうが無理か。

 帰宅部オタク喪女の私では特に大成することもないだろう悲しい恋の花ではあるが、せめて散るまでは大事に大事に育てていきたいものである。




 それからと言うもの、何かと席が近かったり実習班が同じだったりで、佐々木くんチャンスがやたらと巡ってきた。

 チャンスと言っても、距離を近づけるでも好意を伝えるでもない。そういった類のチャンスではない。

 私は佐々木くんの近くの空気を吸えたらそれでいいのだ。あわよくば会話までできたら儲け儲けである。

 しかしほんとにありがたいことに、

「鳴尾、昨日のニュースステーション見たか?すごかったよなー、イグアナの出産」

「鳴尾、世界史得意だったよな?ちょっと教えて欲しいんだけど、カノッサの屈辱って教皇にとっては結局プラス?マイナス?」

「鳴尾、俺の妹が腐女子?の可能性あるんだけどどうやったら見分けれらるかな」

 なんか佐々木くんから話しかけてくれることが多かった。あと腐女子疑惑の妹さんのことはそっとしておいてあげてと言っておいた。




 お察しの通り私は引きこもりが趣味のオタク喪女であるが、そんな私にも友人はいる。

 みーちゃんだ。彼女はとても明るい。なんで私といつもつるんでくれてるのかわからないくらいの天使で、素養的には陽キャなのだろう。

「あんまたくさんの人とワイワイやるの疲れるんだよね〜。あんたといる方が気楽だからつるんであげてるの。感謝したまえ」

 以前どうして私と仲良くしてくれてるのか聞いたらこう返ってきた。

 字面にすると上から目線だが、その実ちょっと顔が赤かった気がするのでたぶん照れ隠しも入っていると思う。我が友みーちゃんまじマブい。

 私たちは高校のクラスも一緒だし家も近くということで、おはようからバイバイまた明日〜まで二人一組と言っても過言ではなかった。


 今日も学校からの帰り道、二人で最寄り駅からぶらぶらと歩く。

「なんかさ〜、聞いて欲しいんだけどね」

 私の何気ない喋り出し。もうこのフレーズ、生まれてから何回使っているかわからん。

「ほいほい」

 慣れきってますと言わんばかりに、脊髄反射で相槌を入れてくるマイベストフレンド。

「今私恋してるっつーか。好きな人できたかもしれないんですよね〜」

「え???ほんと???誰々???私の知ってる人???」

「佐々木くん」

 か〜〜〜〜〜!言っちゃいました!言っちゃいましたよ私!!

 改めて声に出して第三者(親友だけど便宜上この表現にしてるだけだぜ☆)に宣言すると、動かぬ事実となったようでいきなり気恥ずかしさが腹の底から迫り上がってくるようだった。

 ぶっちゃけ最近もう佐々木くんのことしか考えてないかんね、いやマジで。好きすぎてやばいんだこれが。

 我が友も非常に納得してくれてるようで、

「佐々木くんか!いいよね!すごく爽やかだし、陰の者にも優しいし・・・」

「そう!そうなの!ほんともう全体的に素敵でさ、まああれだけカッコよかったら彼女も絶対いるだろうし、もう見てるだけで全然オッケーていうか、それだけで十分なんだけど。あとあれね。腕のーー」

「あ、わかる。腕の血管の筋」

「やばいwwマジうけるwwあんたもそこ分かるんだww」

「いやあれはオタク女子は目が追っかけちゃうってwwwww」

「いやいやww変態すぎでしょww絶対あんただけだってwwww」

 結局私たちらしい変態ノリに移行する。二人でデュフデュフ鳴きながら薄暗くなる家路を歩くうちら、花のJKとしては幾分怪しすぎるが、青春の1ページということで大目に見てほしい。




 いろいろあり、当たって砕けようという結論に至った。

 というのも日に日に佐々木くんへの想いが募りに募ってもう頭の中どうにかなってしまいそうだったからである。

 ちなみにもう8日連続で私の夢にも登場している。修学旅行でモンゴルに行ったり何人かのグループで遊園地に行ったり、なぜか二人で郵便局に行ったりという内容だ。残念ながら明晰夢にはならなかったので、私の都合のいいように佐々木くんと夢の中であれやこれやはできていない。郵便局デートという地味チョイスは、オタク喪女ゆえの慣れてなさが滲み出ていて我ながら悲しい。

 みーちゃんには迷ったが言い出せていない。自分の中でひっそりと決着をつけた方が良い気がしたからだ。ダメだったら自分の中にそっとしまって、今まで通りたわいのないオタ話でデュフデュフ盛り上がればいい。

 もし、もしも。もしもうまくいくようなことがあれば、その時はその時だ。きっと彼女は喜んでくれるに違いない。

 そう思った。


 今日の佐々木くんも素敵だった。

 現在、私はななななんと席替えガチャで 「SSSR☆佐々木くんの後ろの席」を引いていたのだ。

 授業中、佐々木くんのうなじや広い肩幅、時たまワイシャツを突き破るかのように隆起する肩甲骨を視姦しているとまさに光陰矢の如し。

「鳴尾。ほら、消しゴム落としてる」

 いきなり視界に佐々木くんの双眸が飛び込んできた。だから致死量!!

「あ、ありがと」

 私の机にいつの間にか落としていた消しゴムをそっと置くと、すぐに前に向き直る佐々木くん。

 消しゴムを掲げて私の方に伸びてきた逞しい腕、そこに走る青い血管が残像となって私の網膜にこびりついている。

 ああ、このまま目を瞑っていたい・・・相加相乗平均の板書などでこの美しい景色を上書きなどしたくはないのだ。

 やっぱり私、佐々木くんの近くでその優美な姿を目に焼き付けながら同じ空気を吸えればそれで満足かも・・・。


 放課後。私は意を決して佐々木くんを呼び出していた。場所は購買部の裏、朽ち果てた花壇のあるちょっとした空き地。私のような陰の者ならば知る人ぞ知る穴場スポットだ。

「あ、あの・・・」

 流石にするすると言葉は出てきてくれない。みーちゃんとオタトークをする時のような、推しへの愛を語る時のような、誰にも理解されないカップリングについての演説をする時のような、あちこち動き回る舌と膨大なネットの海で拾い集めた語彙力はどこかへ行ってしまったようだ。

 ああ、私は普通の女子高生ぽい青春は諦めたと思っていた。いろいろなものを捨てて、今のオタク喪女ポジションに落ち着いたと思っていた。腐れ縁のようなみーちゃんという友達一人いればそれで幸せだと思っていた。

 一丁前に恋愛をしようとしている、恋愛に憧れている自分が、突然滑り倒しているように思えてきてしまった。

 ええいままよ、滑らば滑れ、奈落まで。

「佐々木くんのことが、好きです」

 オタク女子もやる時はやるもんだ。言えたぞ。

 佐々木くんは驚いているようだった。告白され慣れてはいないのだろうか?少し意外。

「あ、えーっと・・・」

 彼は頭を掻きながら、

「ありがと。気持ちはすげー嬉しい。でも、ごめん」

「そ、そうだよね。気にしないで!」

「うん、なんかごめんほんと。俺、他に好きな人がいて」

「あ、あーそうだよね!うんうん、了解です。わざわざ時間くれてありがとね!」

 申し訳なさそうな顔の佐々木くん。でも彼は目線をずっと私に向けてくれていた。そういうとこが本当に素敵だと思う。

 私はいてもたってもいられなくなって、その場から逃げ去るように走った。

 ううん、うまくいくとは1ミリも思ってなかった。むしろ私の自己満足に佐々木くんを巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいだ!そう、ほんと意外でもショックでもなんでもなくて、ああ、青春というものはこういう味なのかとセンチメンタルな感傷に浸りながらしばらく走り続けた。下唇から雨の日の鉄棒の味がした。




 佐々木くん。私にとって特別な人。

 彼にとって私もそうであればいいなと思う。

 当たって砕けなければ、その確認もできないのだ。




「なんかさ〜、聞いて欲しいんだけどね」

 私のオタク喪女青春劇場失恋編から数日後。

「私、佐々木くんと付き合うことになった」

 みーちゃんからそう聞かされた私は、一体どんな顔をしてただろう。

 確かにみーちゃんと佐々木くんが仲良さそうなのは見ていた。二人で佐々木くんトークで盛り上がったくらいだし、そりゃあ全くの予想外、てわけではないかもしれないけれど・・・

「佐々木くんに思い切って告白しようとしたんだよね。そしたら途中で遮られて、『後出しで悪いけど、俺から言わせてくれって』て言われて、そのまま告白されちゃった!!」

「そ・・・そ、そうだったんだ!おめでとう!めっちゃいいね!」

「そーなの!ありがとう!二人でよく佐々木くんトーク盛り上がったし、前に話も聞いてもらってたから、あんたに一番に報告しようと思って」

 みーちゃんはとても幸せそうだ。満面の笑みで私を見る。

 私はもううまく笑えている自信がない。私の方が先に好きだったのに。私の方が先に告白したのに。みーちゃんは明るくて可愛くて、私なんかではとてもじゃないけど釣り合わない女の子だ。なのに私なんかに優しくしてくれて、つるんでくれて、とても嬉しかった。モノクロだった高校生活に色が付いた。本当に感謝している。

 でも。

「でね、ほんと悪いんだけど、これから週に何日かは佐々木くんと一緒に帰ろうって話してて・・・。だから今までみたいに毎日は一緒に帰れない。ごめんね。朝は今まで通り毎日一緒に行こ!」

 今までも十分すぎるくらいキラキラして見えていた彼女が、今はもう直視できないほどの輝きを放っている。ああ、世界の中心にいる気分って、こんな感じなのだろう。

 羨ましいなあ。

「ねえ」

 私はみーちゃんに声をかける。

「なに??」

 みーちゃんはくるりと私の方を振り返る。本当に何をするのもサマになる子だ。私の横にいてくれるのが勿体無い。

「今日うち親いないからさ。よかったら久々に寄ってかない??

 ーーー佐々木くんの告白の話、じっくり聞かせてよ」

 いろいろ溢れかえっていた感情が、不思議と今は落ち着いている。

 みーちゃんはニヤッと笑った。

「ぜひぜひ!たくさん話させて!」


 玄関で靴を脱ぎ、目の前の階段を上がり、すぐ脇の部屋に入ると床にペタリと腰を下ろす。

 さて、何からどう話そうか。ワクワクしながら考えていると、後ろから私の大切な友達の絞り出された声が降ってきた。

「今までありがとね」




 ーーーーーーーーーーーーーーー




 今日は早く学校に着きすぎてしまった。

 水曜日はバスケ部の朝練もないので、今までは1限開始5分前に教室のドアをくぐっていた。今までは。

 だが今日は逸る気持ちを抑えきれなかった。教室に入ると一番乗りだった。

 あいつはまだか。

 自分の後ろの席を見る。

 鳴尾美奈。昨日の夕方からなんと俺の彼女だ。

 彼女ができるなんてことは初めてで(周りからは意外と言われる。悪い気はしない)、自分の好意が相手に受け入れられたときは正直信じられなかった。まあ正確には、相手も告白してくれようとしていたタイミングだったので、成功するだろうとは半ば確信していたのだが。

 彼女のことを意識し始めたのは調理実習だった。小さい身体と細い腕で、無心にホットケーキ粉を混ぜる姿が無性に気になった。

 話しかけてみると、存外カラッとした喋り方で、言い回しはなんとなく独特で、持ってる知識は少し世間ずれしていた。だがそこが好みだった。

 それからは機会があれば話かけ、なんとか仲良くなれないかと思っていたのだが、まさか本当に付き合えるとは。

 ひとり思案しているうちに、パラパラとクラスメートたちが教室にやってくる。

「佐々木、今日は早いな」

「おう」

 鳴尾はいつも何分くらいに登校しているのだろう。

 ひとり、またひとりと教室に現れ、そして。

「佐々木くん」

 振り返ると、そこにいたのは鳴尾ではなかった。

 彼女の顔を見ると、俺は少し後ろめたさを感じてしまうのだ。

「おう、おはよう水野」

「おはよう」

 水野はにっこりと微笑んだ。

「なに?」

「佐々木くん、もしかして美奈のこと待ってるのかなって思って」

「あ、おう・・・。そか、お前たち割と一緒にいるもんな。てことは、もう知ってるのか・・・」

「そだね、おめでとう」

「ありがとう。あと、なんかごめん」

「ううん、気にしないで。私が勝手にやったことだから」

 俺は少しホッとする。

 水野は続けた。

「ていうかごめん。私の方こそ佐々木くんに謝らないといけないことがあって」

「お、なんかあったか?」

「美奈、もう学校には来ないから」

「え?」

 俺は水野が言うことをよく理解できない。

 だが彼女はそれだけ言うと、教室の隅の自分の席に戻って行ってしまった。

 鳴尾は今日は休みということか。でも、水野は「もう学校には来ない」と言ったが。


 ああ、佐々木くんのさっきのきょとんとした表情、少し間抜けなあの顔もとても素敵だった。

 やっぱり見てるだけでも私には十分だ。

 そのうちみーちゃんが見つかって、そしたら私もこの学校にはしばらく来れなくなる。

 だから今のうちに、素敵な素敵な佐々木くんを目に焼き付けておくんだ。

 やっぱり彼は、誰のものでもない状態が一番素敵だと思う。

 しかし一晩経ったと言うのにまだ爪が痛い。

 縄を強く握りしめて、手のひらに爪が刺さっていたんだった。

 ネイルは昨日の激闘を讃えるかのように、荒々しく削れている。

 しかしこれは流石に見苦しいかな。

 あーネイル落としてくればよかった。

 切実に今そう思う。

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